0012:エンドレスなサプライズも力尽くでデッドエンド
魔法少女近況:このまま埋めよう
.
三月第4週の水曜日。
午後10時20分、イギリスとの時差-4時間。
東米国、ワシントンD.C。
深夜間近なニュース番組の時間帯、報道各社はホワイトハウスからの声明を発信した。
それは、「中国軍による異世界の国家『サンサリタン』への侵攻は明確な国家主権の侵害であり、これを強く非難すると共に国家元首のレアーナ女王の立場を全面的に支持する」という内容である。
魔法少女の黒アリスと華奢な巨乳女王レアーナが世界を飛び回り展開した、超高速外交とロビー活動。
サンサリタンとの国交成立は双方の国の合意によるモノ、という中国の主張は、それにより大きく信憑性を損なう事となった。
レアーナ女王がイギリスで記者会見を行った時点で、歴訪した国は10カ国になる。
これによりある程度国際世論の下地が形成されたと判断し、東米国政府も中国への非難声明を出すに踏み切ったワケだ。
なお東米国以外にも、主にレアーナ女王が会談を持った複数の国がサンサリタンの立場を支持している。
中でも特に世界を驚かせたのがイギリスの声明で、中国に対し自制と国際協調と平和的な外交を求める、という内容だ。
比較的中国に近いと思われたイギリスの見せるこの態度は、多くの国と人々にとって想定外であった。
その背景に、予期せぬ訪問者により提供された異世界交流への手がかりがあった、とは知る由も無い。
こうして僅か12時間で国際社会から孤立する流れに呑まれた中国だが、当然それに反発の姿勢を見せる。
すぐさま東米国の声明に対し、「内政干渉だ」と反論。レアーナ女王と押し出しの強いヒゲ公爵の会見内容は、「何者だか知らないが世界各国で吹聴されている事は全て妄言である」と切り捨てた。
そして従来どおり、「サンサリタン国との国交樹立は二国間での合意事項であり、いかなる勢力にもそれを覆す事は出来ない」と態度を硬化させていた。
同時に裏では、異世界側のサンサリタン制圧部隊と地球側のレアーナ女王確保の為の部隊に、一刻も早く任務を果たすよう強く圧力をかけていた。
◇
三月第4週の木曜日。
午前5時28分、ワシントンD.Cとの時差+7時間。
ロシア、モスクワ。
早朝の何の変哲もない大通りか、と思ったのも束の間。ロンドン側からゲートポータルを潜り抜けようとした途端に、黒アリス一行は襲撃を受けた。
ある程度予想していたので最初に装甲車(ロシア製)を突っ込ませたが、どうやら対戦車ロケット弾『APG-7』を撃ち込まれたらしくド派手に爆発。
これまでで一番殺しに来ている勢いに、ゲートの反対側で暫しの間呆然とする魔法少女とSP警官、それに異世界組の女性陣であった。
だがしかし、雨音は異世界側に残して来た仲間の心配も限界で、もはや一秒の足止めも我慢ならない。
「何もさせずに殲滅するわよ桜花!」
「ですとろいぜむおー!!」
次にゲートポータルから飛び出してきた巨体に対しても、待ち構えていた襲撃グループは対戦車ロケット弾を発射した。
だがそれは、車体正面に備え付けられた金網のような対HEAT弾防護柵、スラット装甲に喰い止められ本体に届く事なく炸裂。
爆風も、ほとんどその鋼鉄の車体にダメージを与えられなかった。
そして爆炎を蹴散らし、巨体を弾ませ躍り出てくる戦闘車両。
全長約7メートル、全高約2.1 メートル、全幅約3.8メートル。
スウェーデンの旧主力戦車『ストライフ.103D』は、クレムリンに通じるトヴェルスカヤ通りの進撃を開始する。
片側3車線に幅広の路肩まである道路は、戦車が走るにも全く問題が無かった。
それでも、この上なく面食らった一般車両は、すぐさま道の両脇に逃げている。
建物や通りの陰からは武装集団の銃撃が来るが、当然ながら戦車に通常弾が通じるはずもない。
そういった相手には、戦車の後方から追従するSP警官達が銃撃して頭を抑えていた。
「ウフハハハ! なんだコレは面白いなぁ! 雷神殿! 我もこの怪物操ってみたい!!」
「向こうに帰ったら好きなだけ乗っていいですから! 上は危ないですから乗らないで!!」
「全員戦車の陰から出るな! 対戦車火器を持つ相手を優先して制圧しろ!!」
「こ、こんな鋼の要塞のような物が…………」
戦車の操縦席から黒ミニスカが頭を出して叫び、後ろ向きの通信士席ではお嬢女王様がプルプル震えてらした。
車長席ではSP警官の隊長が進行方向を確認しながら部下に指示を飛ばし、車体の上では羽付き魔王が機嫌良さそうに周囲を睥睨している。
公爵入り棺桶をズルズル引いてる三つ編みは、機関銃を撃ちながらフと通りの横に視線をやった。
そこは早朝なので営業していないが、モスクワでも有名な夜のデートに発展し易いというナイトクラブだったりする。
三つ編み娘と女性SP警官に物言いたげな目を向けられ、ワープシックスはそっと顔を逸らした。
唐突に脇道から出てくる同型戦車に、黒アリスは62口径105ミリ主砲をズバドンッ――――!! と連射。4秒ごとに1490メートル/秒の砲弾をぶち込み破壊する。
側面を向けて現れるなど、どうぞ撃ってくださいと言っているようなもんであろう。そして、なんでそんな戦車が出て来るかなど考えている余裕は無い。どうせ能力者の何かだ。
かと思えば、今度は戦車の上に突然降って湧く男。中肉中背の、若いロシア系男性である。
その若いロシア系は無言で銃を引き抜いてくるが、車長席の大平警部補にぶん殴られると、魔王さまに首根っこ掴まれ車外に投げ捨てられた。
ところがそのロシア系男性、足裏からロケット噴射のように火を吹くと、後ろ向きに建物の壁面を駆け上がり、またしても戦車目がけて落下してくる。
「面白い! 全くこの世界には変わった輩ばかりだ!!」
それを、魔王ラ・フィンが戦車の上から飛び上がり迎撃に出た。
今までの騒動にもかかわらず、その宵闇色のドレスには全く衰えが見られなかった。
「は……? え? え!? アレは……!!?」
「ああ!? アレって『デタモン』だろ!? 甥っ子がクリスマスに確か欲しがってた!!」
襲撃者に対し反撃を続けていたSP警官たちだが、その相手の中にヒト型で刺々しい鎧を着たような存在を見つけて色めき立つ。
それは、日本の子供に大人気のカードゲームで、テレビゲームやアニメにもメディア展開されている『デタモン』こと『データモンスター』と呼ばれる作品中に出てくるキャラクターだ。
「おおっと『バスターデータ』じゃーん!
『ダークネスデータを倒す為にジモー博士の手によりアップデートされたファイターデータの新たな姿! その必殺技ブレインバスターはあらゆるプロテクションを無効化する!!』
どんな能力に仕上がっているか見せてもらおうかー!!」
「って北原さんキャラの詳細とか覚えてんの!?」
カードのテキスト内容を諳んじる雑学三つ編み娘は、外套を翻して刺々しい鎧の能力者に突撃する。色んな意味で驚きのSP警官。
空中の吸血鬼は2挺持ちしたGMG3汎用機関銃をブッ放し、トゲ鎧能力者は大砲になっている腕で対空射撃した。
オレンジの光の弾が通りの建物に大穴を開け、7.62ミリの雨が周囲の地面ごと相手を滅多打ちにする。
路上駐車のクルマを踏み潰し、正体不明の立ち入り禁止力場や沸いて出る大量のコンクリートブロックを戦車砲で粉砕しながら、魔法少女のストライフ.103Dがクレムリン前、赤の広場に突入。
当然ながら、ロシアの政治中枢近くで大乱闘などしていれば、FSBこと連邦保安庁の特殊部隊『アルファグループ』が間髪入れず飛んでくる。
それでもレアーナ女王と魔法少女たちへ攻撃を止めない、ロシア系アジア系能力者入り混じる武装集団。
FSBアルファグループにまで噛み付く武装集団だが、ロシアの誇る特殊部隊との戦力差は決定的であり、間もなく出血を伴いながら鎮圧されていた。
ここロシアに限った話ではない。
各国で襲ってきた集団は、どれも周辺被害や現地の警察組織とぶつかるのもお構い無しに、後先考えない勢いでレアーナ女王を狙ってきている。
それを差し向けているであろう中国政府の執念を感じるが、どうやらそのチキンレースも終わりに近付いているようだ。
ロシアの環境資源大臣との会談に前後し、東米国が中国に対し非難声明を出したと雨音が知ったのが、この時だった。
「やっとかー!!」
「いやーまー国の対応としては十分早いんじゃないかなー。サンサリタンを取られたくないのは東も西も同じだろうから急いだんだろうけどー」
環境資源庁舎で状況を知らされた雨音は、すぐさま携帯電話で某所へ連絡。アイアンヘッドで待機中だった海兵隊の出撃を確認した。
桜花の言うとおり、手ぐすね引いて待っていたのは東西米国も同じだったのだろう。東米国から少し遅れ、古米国も中国へ非難声明を出し防衛軍海兵隊の出動を決めている。
こうなればロビー活動を続ける必要も無く、黒アリスは大至急サンサリタンに戻らなければならなかった。
ちなみに、クレムリン前で騒動を起こした件はロシア政府もただで済ませるつもりはなかったようだが、レアーナ女王が知っていたポータルの向こうの情報で手打ちとなった。
ロシアポータルの先にある国、『マト・ゾーヤ』はサンサリタンと北海を挟んだ対面という位置関係で、極僅かだが過去には交流を持った事もあるという話だ。
レアーナ女王自身も真偽の程は分からない大昔の話だったが、ポータルの異世界側が全く調査できていない状態では、貴重な情報に違いなかった。
◇
三月第4週の木曜日。
現地時間の午前6時39分。
西方大陸ナラキア地方北部、サンサリタン王城。
アイアンヘッドポータルを通過し、SP警官を除く魔法少女と異世界組はサンサリタンへと戻ってきた。
その周辺を一目見て、雨音はワープシックスが瞬間移動先を間違えたのかと思ってしまう。
サンサリタンの城が、まるで廃墟のようになっていた為だ。
激しい戦闘を思わせる硝煙と延焼のニオイが立ち込めているが、交戦の音は聞こえない。
戦闘は最終的に王城内部にまで及んだらしく、魔法少女と特殊部隊の皆は最奥にある王族の寝所まで後退している。
次から次へと増援を送り込む中国軍に対し、ほぼ篭城戦の様相を呈していたのだとか。
通信でその辺りの話を聞き、残骸を晒す無人機の姿に不安を掻き立てられる黒アリスは、足場の悪いところを全力で駆け抜けた。
途中、くたびれた特殊部隊員や蹲る城の兵士の真横を通り過ぎ、弾痕や焦げ跡だらけになってしまった謁見の間を抜けると、ほぼ片側の壁が無くなっている廊下を渡り、
そうして寝室に辿り着いた雨音が見たのは、血の滲んだシーツに覆い隠される、ベッドに横たわる誰かだった。
その上には、ツバの部分が大きく千切れたテンガロンハットが乗せられていた。
「え……ちょっと…………?」
雨音の脳が強烈に理解を拒み、言葉が出ない。
心臓が一際強く高鳴ると、走っている時よりも激しく血液を送り出し始めた。
耳元まで拍動の音が響き、内側から破裂してしまいそうな錯覚に陥る。
声を出せない黒ミニスカの魔法少女は、それでも何かを否定して欲しいと願い、ほかの仲間に目を向けた。
少し離れた壁際には、言葉を飲み込むように難しい顔をしている鎧武者が。
巫女侍はご主人様の様子を見て顔を青くしている。
「あ……ヤダ…………」
平衡感覚が失われ、雨音は自分が真っ直ぐ立っているのか分からなくなっていた。
次に襲ってくるのは、何もかもを無くしたかのような底無しの喪失感だ。
胸の中が鉛で満たされるような重い後悔が湧いてくる。
置いていくべきではなかった。
もう会えない。
「ヤダ……ミユさん…………やだぁ……!」
腰が抜けたように座り込むと、黒いミニスカートの少女がポロポロと涙を零しはじめた。
頭の中は完全に停止し、ただ剥き出しの感情に呑まれている。
作戦ミス、取り戻す魔法、遺体の保存、中国軍への備え、など、考えは次々と湧いて出るが、思考が全く纏まらない。
頭の片隅では、最優先でやるべき事がいくらでもあると分かっていた。
しかし今は、ただ仲間を生き返らせたいという事しか考えられず、
「な……なーんてお約束のさぷらーいず、ってー…………」
その死体が気まずそうに起き上がったので、蘇生能力者を探そうという雨音の決意は無駄に終わった。
黒ミニスカの表情が、泣きっツラからポカンとしたモノに変わり、そこから徐々にまた変わっていく。
まぁそんなこったろうと思った、と呆れ顔で言う三つ編み娘は、黒アリスの後ろにいるので、その変化に気付かない。
最初に悲鳴を上げたのは巫女侍だった。
「だからやめろって言ったネーこのおバカ! アマネすごく心配するからこの手のジョーダン通じんデスて!!」
「知りませんよわたしは……? どうなっても知らないと最初に言いましたよね!? 責任とってひとりで死んでくださいよ生徒会長!!?」
「だって状況的に絶対やっておくべきでしょうこのドッキリは!? ここを逃したら次いつ機会が来るか分からなかったんだもん!!」
バカを切り捨て保身を図るカティと士織、そして既に己の運命を悟って泣きが入る愚か者の美由。
ちなみに、予めこの事態が読めていたので、チビッ子魔法少女のヒトは逃げていた。
「銃砲形成術式…………」
崖っぷち魔法少女3人の叫びが響き合う中、黒アリスの呟きがヤケにはっきり聞こえてくる。
「せ、せんちゃん、さまー? ヤベ……!?」
黒ミニスカ魔法少女から放たれる怒気に気が付き、三つ編み娘は一歩二歩と静かに退がると、この国の女王と魔王の手を引き一目散に避難した。公爵入りの棺桶は置いていった。
恐る恐る黒アリスの方を見て、危うく心臓が止まりそうになる巫女侍と鎧武者、そして元凶たる死んだ振りカウガール。カティはちょっとチビる。
ギリギリと腕の筋が切れそうなほど回転拳銃を握り締める黒アリスは、魔法少女としても女子高生としても完全にアウトな顔付きをしていらっしゃった。
まるで、この世の皮肉を知り尽くした挙句に、やりどころの無い怒りが圧力で核反応を起こしているかのようだ。
「…………境界突破!!」
しかも、怒りのままに銃砲兵器の魔法、第5段階を起爆。
外套のようなジャケットが真横に伸びる17.4メートルもの直進翼となり、その背に円筒形のターボファンエンジンを背負う。
ミニスカートの後ろ側が縦横の尾翼に変化し、主武装である7連装回転砲身機関砲は少女の細腕と一体化しアンバランスに突き出ていた。
あまりに腹が立って思わずやってしまった、黒アリスさん怒りのカミナリ。
SA-10『サンダーストーム』飛翔殲滅装甲である。
「おのれら……このクソ大変な時にやっていい事と悪い事の区別も付かんのか……手遅れになったらどうしようと、あたしが向こうでどれだけ…………」
「ウワーンごめんなサイー! カティは絶対やめた方がイイ言いマシたヨー! お慈悲ヲー!!」
「雨音さんその火力はやり過ぎです! ただでさえミサイルやら能力者やらで城が……! わたしだって悪趣味だって窘めましたよ!?」
「たしかにブラックかなー? とちょっと思ったけど泣くほどだとは思わなかったのよー! ゆるして雨音さん30ミリ弾とか死ななくても死んじゃうー!!!!」
巨大生物に踏まれても壊れない鎧武者、ひたすら頑丈な巫女侍、死して屍拾う者無いカウガールと、お互いを盾にしようとクルクル入れ替わっているバカ3人。
しかし、黒ミニスカの振り上げた7連装の砲身は無慈悲な回転を始め、
「そんなに死んだフリしたかったら、あたしが完璧な生きる死体に変えてあげるわ。あと黙ってたんだからお前らも同罪じゃリアルな演技しやがってー!!」
秒間65発の弾幕は、王城の基礎にトドメを刺し完全に崩落させてしまった。
なお、この砲火に続き乱れ飛んだミサイルやらロケット弾の凄まじい勢いに、対空迎撃能力の回復と見た中国軍の後続部隊は直ちに撤退。
中国軍が態勢を立て直している間に、先行してきた東米国の海兵隊が到着し、サンサリタン侵攻を断念せざるを得なくなった。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、または悪ふざけが過ぎた小娘へのお叱りもお受けします。




