0005:個性と言う言葉は素敵だと思いますわ
男は、強くなければ生き残れない。優しくなければ生きる資格がない。
顔で笑って心で泣いて、傘を差しだし夜露に濡れる。
日向を歩かず日陰を往き、法もルールも関係無く、信じる己の道だけを、背筋を伸ばして生きていく。
憎まれようと、蔑まれようと、罵られようと、何も求めず、見返りも無く、いつだって自分が損な役回り。
そして、愚痴らない、泣きごとを言わない、恨み事も吐き出さず、分厚い背中で己の人生をただ静かに語るのみ。
それが漢。
それこそが、漢の世界。
「悪かったわよ……あたしが悪かったわよ。だからほら帰っておいで」
「………グス」
「オー……ジャックは見た目よりデリケートデース」
窓に向かってハードボイルドの世界に突入してしまったジャック――――――生後2週間ちょっと――――――の背に、今回ばかりは雨音も素直(?)に謝っていた。色々悪いとは思っていたのだ。その外見も含めて。
タフでクールなのは見た目だけ。その中身は寂しがり屋のピュアボーイだったりする。雨音が呼ばない限りは、ここではない場所で、ジッと待っていなければならない。
それを思えば、雨音もジャックを表に出しておいてやりたいが、何にしても見た目がネックになっていた。
「カティはどうなの? お雪さんって普段どうしてる?」
「もち、お家で一緒にいマース。殺伐としたおヘヤに花一輪デスねー」
「それならあの鎧武者片付けた方がいいんじゃない?」
カティの部屋に鎮座する武者鎧はともかく、そろそろジャックに戻ってもらわねば話が出来ない。
一瞬、雨音の中の天の邪鬼が「ジャックを無視してお雪さんから話を聞けば」と囁くが、努めてその声は無視した。そこまでの仕打ち、と言うか追い打ちは出来ない。
「ほらマスコットさん、お仕事お仕事。ま、魔法少女を助けて下さいな……」
これでも雨音は最大限下手に出ている。この際『魔法何とか』に関しては目を瞑った。
その甲斐あってか、マスコット・アシスタントというジャックの存在意義と矜持をくすぐり、ハードボイルドモードから連れ戻すのに成功した。
「あたしの……能力? 能力は――――――――――――」
「『魔法』だよアマネちゃん。魔法少女なんだし」
「――――――――――え……ああ、うん」
魔法少女とか言うな、と雨音は喉元まで出かかったが、頑張って堪えた。ようやく話が出来るという所で、またジャックにハードボイルドに入られては堪らない。
「ま、魔法ね……。あたしの……はもうカティも知ってると思うけど」
「銃とかヘリをポケットから出す魔法デスね? アマネの趣味は知ってマシタけど、正直アレはどうかと思うデス……」
「アンタに言われたくないわ! って……カティのあのスゴイ格好ってあたしと同じ変装能力よね? カティの能……魔法って、どんな?」
終末戦争モードの雨音を思い出し、青い顔のカティが怯えた声を絞り出していた。流れ弾よりも何よりも、あの時の雨音が一番おっかない。
そんなカティに、雨音は心外だと眦を吊り上げたが、考えてみれば比較対象たるカティの能力の事は良く知らない。
今回はそこのところをハッキリさせておきたかったのだ。
「勝左衛門様は容量のほぼ全てを、概念強化に割いておりますわね。擬態偽装は格好だけでおまけの様なモノですし、『深海』はニルヴァーナ・イントレランスとの門ですので、勝左衛門様の容量とは関係ございませんし」
実は自分でもよく分かっていないカティに変わり、カティのマスコット・アシスタントであるお姉さんが説明してくれる。
だが、所々雨音には分からない部分が。
「概念強化……って何だっけ? 前に聞いた覚えが……。それに『深海』? 『門』って?」
「それはボクに聞いてよアマネちゃん!」
ここで、雨音のマスコット・アシスタントがやる気十分といった感じで声を上げた。よほど仕事が出来るのが嬉しいらしい。
「概念強化っていうのは、ニルヴァーナ・イントレランスの『セルウス・プログラム』で適性のある人間に与えられる基本的なコンポーネントのひとつだよ。他にも素子形成、環境設定、事象観測とかがあって、そういったファウンデーション・コンポーネントを土台に、その上に使い易いようにエレメンタル・コンポーネントを細かく設定して、能力の個性を決定するんだ」
「……なるほど分からん。日本語で教えて」
ジャックは再びハードボイルドモードに入ったが、今回のは雨音のせいではないと思う。
「えーと……つまりカティ達の魔法はコンポーネンツの組み合わせで出来ているという事デスね?」
カティがどうにかジャックを援護しようとしたが、そこが理解の限界だったらしい。結局は自分のマスコット・アシスタントと雨音に助けを求めていた。
雨音もその程度なら分かるのだが、いまいちピンとこない。
「ええ、勝左衛門様は先ほども申しあげました通り、勝左衛門様に許されたほぼ全ての許容量を概念強化に充てております。ですが、ごく僅かではありますが、擬態偽装コンポーネントの為に素子形成と環境設定にも容量を割いてございますわね」
「そうなんデス? 良く分からないデスが」
「あ、なるほど。そういう組み合わせでなんだ」
おっとりとして落ち着いたキャラクターの為でもあろうが、実例を交えたお雪さんの説明は分かり易かった。ジャックには気の毒だが、少々空回り気味か。
「で……つまりそれって、カティの魔法って?」
「はい、ほとんど全て、身体能力の強化のみでございますね」
「カティの魔法は無敵のサムライガールに変身するデース!」
「……そこは巫女侍の方がいいかも分からないわね。何か、誰かのお叱りを受けそうよ」
「……?」
カティは何の事やらと小首を傾げていたが、以後は巫女侍で固定である。
それにしても何と言う脳筋能力。雨音もあまりヒトの事は言えなかったが。
「そういえば、その辺って細かく聞かなかったわね。それどころじゃなかったし。ジャック、あたしの魔法って?」
まるで強大な敵に最後の戦いを挑む前夜の様な空気を纏ってたビッグマンは、何気ない雨音の問いに、子供らしい元気の良さで振り返った。
「アマネちゃんは素子形成系を基本にした魔法少女だよ! 他にも精密狙撃系に事象観測、射撃制御に環境設定も組み込んでいるんだ。概念強化は最低限の身体保護に使われている程度だね」
「……うん」
「……また分かり辛かった?」
「い、イヤそんな事なかったわよ!? 何かモリモリ入っているのね。豪勢な事だわ」
シュンとする少年――――――見た目はオジさん――――――に気を遣い、言葉を濁してしまう雨音だった。
この繊細な少年をどう遇したものかと雨音は迷う。おまえあたしのマスコット・アシスタントだろうがあたしがアシスタントしてどうすんだ、と言いたい。
「あら……雨音様は純粋に近い素子形成系能力者かと思っていましたが。あれだけの力を見せて下さいましたので、わたくしてっきり………」
「……? お雪サン、どういう事デス?」
そんな魔法少女とマスコットを他所に、もう一方の魔法少女チームが話を進めていた。
「魔法の性質はコンポーネントの種類と組み合わせによって決まりますけど、どれだけのコンポーネントを個人の情報コアに上乗せ出来るか、またはどの程度の精度や規模で魔法の様な現象を物理現実領域に展開できるかは、適性を持つ方の容量と認識力……併せて力量とでも申しましょうか、それに依存することになります。当然、複雑な魔法を強力に展開しようと思えば、能力者個人に求められる部分は大きく、逆に単純な能力でしたら……言わずもがな、と言ったところですわね」
「ハー………」
お雪さんの説明を、頑張って理解しようとするカティ。
お雪さんを見て、自分の手をジッと見て、そしてジャック相手に固まっている雨音を見て首を傾げると。
「エ……と、つまり、要約すると……アマネはごっつい魔法少女で、カティはバカで一つ覚え的なダメ魔法少女って事デス?」
どことなく悲しげなカティに、おっとりお姉さんも追い詰められて冷や汗をかいていた。
雨音、ジャックのペアとは逆の構図で言葉に詰まるお雪さんだったが、実際のところカティの容量は小さくない。
しかし、比べる相手が悪過ぎた。何せ雨音は、ニルヴァーナ・イントレランスが獲得に躍起になった魔法少女の卵である。
それに、カティは容量こそは並みだったが、能力を物理現実に展開させる認識力は素晴らしいモノがあった。思い込みが激しいとも言うが。
何にしても、能力は個人の資質、認識力、そして性格や、何より嗜好がモノを言う。容量が小さいくせに多くを望むと、大した事の無い能力者となる。
トリコロールのロボットフィギュアを操っていたケンヂがそうだった。
ケンヂは本来、本物――――――架空の存在だったが――――――と同じスケールの、全長18メートルのスーパーロボットを現実のモノとしたかった。
ところが、ケンヂにはそれほどの容量も認識力も無く、ニルヴァーナ・イントレランスがコーディネートした結果、あのような能力に落ち付いたのだ。
その点、カティは逆だ。
最も単純なファウンデーション・コンポーネントである概念強化一本に絞り、性格的な相性も抜群に良い。
トリコロールカラーのロボットフィギュアには押され気味だったが、それは単純な錬度の差だったのだろう。
そして雨音はと言えば、気が多いようでいて、その対象は『銃』や『兵器』に絞られている。容量、認識力、性格的相性、嗜好との合致、と申し分ない。
それに、素子形成は最も容量を喰う能力だ。それをあの規模で展開する雨音の容量は、完全に人間の規格を超えている。
その辺をどうにか、持ち前のおっとりとした喋り口調も手伝って、お雪さんはカティに納得させる事に成功していた。
「いちいせんしん(一意専心)、と言う事デスねー。ブシドーって感じでカティにはぴったりデース」
ウンウンとカティが頷き、お雪さんも手を合わせてホッとしていた。
途中から話を聞いていた雨音は、あえて何も言わなかったが。
「それじゃお雪さん、お雪さんを連れて行ったオタクどもはどんな能力だったの?」
「アマネちゃん、どうして他のマスコットに聞くのさ……」
もう雨音はジャックを無視した。あたしのマスコット面倒くさい。
「そういえばあの狼藉者ドモ! アマネ一体どうしたデスか!? 千の肉片に変えてやったデスかー!?」
「変えるかい。言っとくけど、あたしの銃だとヒトは殺せないのよ。ねぇジャック?」
「うん……環境設定の付加条件だね」
それでも一応、ジャックはマスコットとしての仕事をした。
カティはお雪さんに与えられた恥辱――――――本人は全く気にしていない――――――を思い出し、小型犬のように歯を剥き出して唸りだす。
雨音はややぞんざいに頭を撫でて、カティの気を紛らわせていた。思いの外効果的だった。
「で、お雪さん?」
「はい。今更ではありますが、雨音様の仰る通り、あの御二方も勝左衛門様、雨音様と同様にニルヴァーナ・イントレランスによって見出された能力者で間違いないと思われます」
「つまり敵の魔法少女デスね!?」
「い、いや待ってカティ。あの連中を魔法少女と呼ばないで……」
いい歳をした野郎二人をそう呼ぶのも、自分達と一緒にされるのにも、雨音には強過ぎる拒絶反応があった。今すぐどこでも良いから対戦車ロケット砲でフッ飛ばしたい衝動にかられる。
「能力者ではありますが、あの御二方は魔法少女系コンポーネントのプリセットを用いていないと思われますわ、雨音様。単純なコンポーネント・レイアウトでしょう」
「ああ、そうなの? 良かッ――――――――――良かったのかな?」
雨音も、どの辺が良くてどこでホッとしていいのか、よく分からなかった。
「あの二人のお兄ちゃんはどっちも環境設定系に偏重してたんじゃないかな」
「勿論そうでしょうけど、概念強化系の勝左衛門様が手傷を負われていたのを見る限り、人形の動きにやや概念強化が干渉していたと考えて良いでしょうね、雨音様?」
「うん、流石にちょっと分かって来たけど、ジャックもお雪さんも何か『思われる』とか『そうじゃないかな』ってのが多いわね。あの二人の事とか、ハッキリは分からないの?」
元々はジャックもお雪さんもニルヴァーナ・イントレランスと一緒にいたのだし、向こうの面接(?)で見知っていたり、こちらでは他の能力者が分かったりしないのか、とマスコット二人の説明に雨音が疑問を挟む。
だが、どちらの答えも『分からない』との事だった。既にジャックは雨音の一部であり、お雪さんもカティの一部であるが故に、それ以上の事など知りようも無いのだ、と。
それにしても、思った以上にニルヴァーナ・イントレランスの能力と言うのは――――――良い意味ではないが――――――奥が深そうだった。
最も根本的な複数の能力をかけ合わせ、あらゆる事象、現象を現実のものとする。
ならば、つまり可能だという事だろう。
「…………いるかぁ、吸血鬼」
「やっぱりアマネもそう思うデスか!?」
「いや喜ぶな」




