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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
wave-11 休息無き魔法少女のホームグラウンドゼロ
513/592

0005:バカの考えで休むに似るのは本人だけで周囲は大変

魔法少女近況:彼女は無能だ、だが女王の中の女王だ(失礼

.


 三月第4週の月曜日。

 異世界ナラキア地方北部、サンサリタン国王都『キールザス』。


 サンサリタンの王城は、山の中で森に覆われるようにして存在していた。

 キールザスは、王城から伸びる整備された山道の伸びた先、その山の(ふもと)に広がっている。

 王城からは、赤茶けた瓦の屋根が寄り集まっている王都の姿が見えるだろう。

 小さいが隙間無く煉瓦で組まれた家々が、無数に密集している都だ。


 素朴な街並みのあちこちに見える迷彩服姿の兵士と、装甲車などの無骨な軍用車両。

 そんな戒厳令下のような光景を想像していた旋崎雨音(せんざきあまね)や特殊部隊の軍人たちだったが、実際に潜入してみると、街中は至って平穏だった。

 しかし、人通りは非常に少ない。目抜き通り(メインストリート)すら、数える程の住人しか見られない。開いている店も(まば)らだ。

 ショルカーから借りた案内人のお爺さんも、以前に来た時はもう少し賑わっていた、と言う。

 冬季には家に(こも)るのがサンサリタンの生活らしいが、それにしてもまだ早いそうである。


「うーん……まぁ平時ではない、って事かな?」


「クーデターが起こった国なら、国全体も暗くなるかもね。軍服のヒト達がいないのは気になるけどー」


 その大通りを目立たないように、「普通の平民ですよ?」的な顔をして歩いているふたりの少女がいた。

 ひとりは、銀の輝きが混じった金髪娘の黒アリス。

 もうひとりは、ところどころ金髪を外跳ねさせた、ワイルドな少女だった。


 魔法少女の『レディ・ストーン』。

 カウガールスタイルの能力者で、ビキニ水着のようにホットパンツと胸を覆う布を身に着ける、露出過剰少女である。

 他にもカウガールレギンスや革のジャケット、すすけたテンガロンハットを装備し、普段はそれらしい格好をしていた。

 でもそんなの目立って仕方がないので、今はふつうの町娘風だ。

 その正体は、見た目だけ清楚な危険大好きお嬢様の、荒堂美由(こうどうみゆ)である。


「シックス、戻るわ」


『了解ボス。キャプチャーポイントAで待ってる』


「『ボス』って言うな。チェックポイントA了解、アウト」


 イヤホン型通信機で迎えを呼ぶと、魔法少女ふたりは『キャプチャーポイントAってどこだっけ?』などと言いながら早歩きで移動する。

 記憶していた場所は間違っていなかったようで、裏通りから更に袋小路に入ると、そこにフードを目深に被り顔を見せない何者かがしゃがみ込んでいた。

 その何者かはおもむろに立ち上がると、フードを取って魔法少女ふたりに顔を見せる。分かってはいたが、最近仲間になった瞬間移動能力者の『ワープシックス』ことジャスパー=チェインフッドだ。しっかりした体格の、なかなかのイケメンである。


 ワープシックスが背後の壁を手の平で叩くと、中心から円形に異なる景色が広がっていった。

 少しそこを覗き込むような仕草を見せた後、銀混じりの金髪の方から、円形の景色の中へと入っていく。


「戻ったー……グエふッ!?」


「おっかえりデース!」


「何度見ても凄いわねー。ちょっとくらくらするのは感覚的なモノなのかしらー?」


 円形のゲートポータルを潜ると、そこは石造りの建物の中だった。

 飛び付いて黒アリスを迎える巫女侍以外にも、何人ものゴツイ男たちが武器の点検や装備の確認を行っている。

 馬鹿力の魔法少女に吹っ飛ばされた黒ミニスカについて、何かコメントする暇な者はいない。


 いったいどういう場所なのかというと、王都『キールザス』から少し離れた森の中にある、今は使われていない砦跡だった。滅多にヒトも訪れない、古い時代の物であるとか。案内人のお爺さんの話である。

 この砦跡を、作戦の拠点として使用する事になっていた。


「トッドさん、これ」


「ああ」


 サングラスをかけた巨漢のスキンヘッドおじさんへ、黒アリスが小型カメラを渡す。

 その中には、雨音が割と必死になって撮影した王都市中の映像が入っているはずだ。

 なお、『トッド』一等軍曹はレスラーのような見た目に合わず、チームの電子機器担当だったりする。


 魔法少女と特殊部隊による『ソーンリーパー』任務部隊(タスクフォース)は、王都と王城付近の情報収集中だ。黒アリスとレディ・ストーン以外の者も、周辺地形や外観から、王城の観察を繰り返している。

 黒ミニスカとカウガールが王都内を歩いていたのも、無論ただの散歩ではない。建物と通りの配置を把握し、人々の様子を知る為の調査だ。一番安全なところを回されたという事もあるのだが。

 そんなワケで、外套(マント)姿の黒ミニスカはともかく、カウガールは地元サンサリタンのワンピースだった。意外と胸元が大胆に開いている代物だが。


「中国軍らしい兵隊も装甲車もありませんでしたね……。それらしい物が飛んでたのを見たとか、城が騒がしかったみたいな話は聞けたんですけど」


「外から城を見た限りは、軍の車両も兵士も見られない。駐屯地らしき場所も確認できない」


「もっと詳しい内部の情報が欲しいですね。中に詳しい協力者を作れませんか?」


「通信の傍受もまるでできないってのはどういう事だ? 完全に通信封鎖中とでもいうのか」


 ここまで集めた情報をペーパーやノートPC上に並べ、状況を整理してみる。

 進行役無し、議題の提起無し、議事録の記録も無し、ただ各々が自分に必要な情報を求め、それを埋めていく。

 丸太を切って置いただけの台の上には、資料やPCや電子機器のほか、携帯食料や飲み物のボトルや現地調達した食べ物が雑然と置かれていた。

 王都『キールザス』では、しっかりした白身魚のサンドイッチのような食べ物が手に入った。北海が近いので、塩漬けの魚介類なども入ってくるのだとか。


                        ◇


 翌日、三月第4週の火曜日。


 丸一日を調査に費やした結果、周辺地形と兵士の配置、装備と巡回パターン、そして女王の生存を目視で確認する事ができた。

 一方で、中国軍の存在を気配すら捉えられないというのは、どういう事なのか。

 金銭で釣った情報提供者から、女王の幽閉場所は聞き出す事が出来た。しかし、異世界の軍(・・・・・)はクーデター劇の後に間も無く姿を消したというのだ。

 以って、詳細は不明のままだ。


 ここで、『ソーンリッパー』任務部隊の意見は割れた。


 最大の問題である中国軍の動きが掴めない。放置するには大き過ぎる不確定要素であり、この状態で任務遂行はできない。


 中国軍の不在は不気味であるが、救助対象とそこに至るまでの道筋は分かったのだから、さっさと救出に行くべきだ。中国軍がいないのなら、少なくとも有利でこそあれ不利な状況ではない。


 慎重に行動するという点では、全員が意見の一致を見ている。

 しかしなんと言っても、サンサリタンへの干渉を許さないとまで言っておきながら、同国内をほったらかしにしている中国軍の動きがネックだ。防衛要員すら置いてないというのはどういう事だ。

 かといってこれ以上の情報もなく、また時間もかけられず、最終的な判断は『ソーンリーパー』任務部隊の隊長に委ねられる事となる。


「どうするの? 雨音」


「決行するのか? クロー」


「え? あれ!? あたしですか!!?」


 ここで、自分が隊長だったという衝撃の事実が雨音を襲う。素直に物凄くビックリした。

 そして、ビキニカウガールと苦み走った海兵の軍曹には、いまさらなに言ってんだ的な目で見られた。申し訳なくてつらい。


 特殊部隊や海兵の方々の手際を見て忘れていたが、思い返せば確かにこの作戦(ソーンリッパー)は黒アリスが主導するモノだった。

 なんとなく、もうこのヒト達が全部やってくれるんじゃないかな? という気分になっていたが。

 同行を申し出たのは本国の意向だとしても、特殊部隊を連れて来たのは雨音である。責任を投げっ放しにして、あまつさえ無駄に命の危険を冒させるワケにもいかない。


 唐突に――――本人主観で―――迫られる重い選択に、黒ミニスカ魔法少女の顔色が一気に悪くなる。

 作戦決行か否か。

 とはいえ、考えたところで時間もかけられない撤退も出来ない救出の断念も出来ない以上、実行すると決めた上で、それを補強する手を考えるほかなかった。


「…………中国軍の情報が全くありません。気配すら感じたら作戦中止。安全圏まで撤退して体勢を立て直しましょう。それを踏まえて、決行で」


 全力で腰が引けているが、とりあえず救出作戦を進めるという方針を示す黒ミニスカ隊長。

 ブライ軍曹が周囲の面々を見渡すと、特殊部隊員たちも無言で肯定の意志を示した。

 そうと決まれば、いざという時の撤退を優先した行動計画が立てられる。

 その上で綿密なミーティングが行われ、実に無駄なく作戦実行までの準備が進められていた。


                        ◇


 三月第4週の水曜日。

 午後10時30分。


 魔法少女の小娘連中が若干の不安要素ではあったが、『ソーンリーパー』任務部隊は作戦を実行に移す。

 兵士は突入部隊の『エリート』、支援部隊の『ホイール』に分け、更に前衛(フォワード)後衛(バックアップ)に役割を分担させた。魔法少女も特性によって振り分けられる。


 ただし、三つ編み吸血少女は別行動を取る事になった。

 レアーナ女王が幽閉されていると思しき場所が、外部から直接乗り込むのが難しい高い塔の上であり、忍び込めるのがこの三つ編みだけな為だ。


 情報の確度は高かったが、危険地帯に踏み込む以上、実際に女王がその場にいるという確証が欲しい。生憎と今回、こういう時に便利なアイドル魔法少女は不参加だった。

 また、攻撃開始から目標地点到達までに女王を移動、ないし人質に取られる可能性もある。

 その為、隠密性に優れた吸血少女が、先に女王を抑えに行くと言う話に。

 顔見知りなので警戒もさせないだろう、とは本人の言である。


 正直、雨音としては桜花をひとりで行動させるのは物凄く不安だった。

 吸血鬼化能力、『吸血鬼紅書レッドデータブック自ら日の下へ(デイウォーカー)』は連続使用時間に制限がある。延長もできるが、確実性に乏しい。

 なにより本人の性格に不安があった。いつもどおり緊張感なくフラフラと敵陣の中を歩いていく姿が目に浮かぶようである。

 いっそ女王の囚われている塔の上部を火器なり巫女侍なりで吹っ飛ばしてから瞬間移動能力で乗り込めば良いのでは、という案もあるにはあったのだが、女王もろとも吹っ飛んだり怪我をする可能性を考えて却下となった。

 運悪く塔の上に女王がおらず、ただ騒ぎを起こすだけになる可能性もある。


 どこにいるか分からない中国軍の呼び水となるような派手な行為は控えるべきであり、ギリギリまで、あるいは最後まで王城の兵士には気取られないのが望ましい。

 よって、結局は三つ編み吸血鬼による先行潜入が決まってしまう。

 確かに、桜花以外の魔法少女は隠密行動向けではなかった。


 作戦開始後、城の兵士に発見された事も含めて状況は大方の想定通りに動き、突入(『エリート』)チームはレアーナ女王を保護。

 想定外だったのは、たまたま女王がクーデターの首謀者であるガルヴィラ=フィレモント公爵に言い寄られている最中であり、これを三つ編み吸血鬼がどつき倒した点であろうか。


「だってなんかもうヘタすると取り返しつかない感じでさー、結構あたし達もギリギリだったかもねー」


「そ、そうなんだ……じゃぁ仕方ないか……」


 部屋の片隅で小さくなり、そんな事を小声で確認する桜花と雨音。手篭めにされかかった事など、知られたい女性はいないだろう。しかも護衛らしき部下を室内に残したままとか、殺意しか覚えない。

 いっそ塔に穴あけて侯爵を投げ捨ててやりたくなるが、その辺はサンサリタンの国内事情となるだろう。魔法少女が口を出す事ではない。


「それで中国軍はどうしたんだ。クロー、陛下に聞いてくれ」


「あ、そうだ。すいませんがレアーナ陛下、この公爵を支援していた異世界の軍隊がいたと思うんですけど、そっちは今どうしたんですか?」


 特殊部隊の隊長に促され、取り急ぎ一番大事な点を確認する黒ミニスカ魔法少女。

 女王は少し戸惑ったように視線を周囲へ巡らせていたが、どうにか考えをまとめて言う。

 その内容は、誰もが予想だにしないものだった。


「え? つまり追い出したんですか? このオッサ……公爵が? 中国軍の力でクーデターしたのに??」


「国の実権を握っちゃえば、あとは戦力を総動員して異世界の軍にも対抗できる、とでも考えたのかもしれないねー」


 なんでも、中国軍の武器の力で王城を抑えた公爵は、王座を手に入れた途端にその中国軍を追い出したらしい。

 なぜ、どうやって、と頭の中に『?』マークが乱れ飛ぶ黒ミニスカ娘。顔一杯に疑問も浮き出ている。

 一方で、そんな馬鹿も珍しくもない、と。三つ編み少女は珍しく冷め切ったモノの言い方をしていた。


                        ◇


 フィレモント公爵は、ヒディライ国における怪生物群殲滅作戦(『テラーブラスト』)がひと段落したタイミングで、アサルトライフルを持った迷彩服の一団と共に王城を制圧したらしい。

 当時、多くの将兵が遠征して国を離れていたが、それでも1000人以上の兵士が王城の守りに就いていた。それは、女王を守るに十分な人数のはずだった。

 とはいえそれもナラキア地方での基準であり、地球の軍を相手にしては到底十分とは言えなかったが。


 中国軍と思しき部隊は、およそ200人。中隊規模だが、全員が高度な訓練を受け高性能な装備を持つ兵士たちだ。

 しかも、味方であると疑いもしない自国の公爵に率いて来られては、城の衛兵は戦うという選択肢すら選べなかっただろう。

 少数の犠牲を出し、フィレモント公爵は王城を制圧。レアーナ女王は塔に幽閉され、後に公爵から婚姻を迫られていたと、こういう話だ。


 どうやって公爵と中国軍が繋がりを持ったのかなどは、レアーナ女王にも分からない。

 しかし支援を得て王座を手中にした以上、今後は中国にも相応の利益を与え、その後ろ盾を以って相互に協力してサンサリタンを支配していくのだろう、と女王は考えていた。

 ところが翌日、得意満面(ドヤがお)の公爵が口にしたのは、『異世界の者などと愛する国を分け合うつもりはない』という科白(セリフ)だった。

 塔の中にいた女王は現場を見ていないが、王座を手に入れた直後には、王城と王都と遠征帰りの兵士を何千と集めて中国軍を取り囲んだとか。

 中国軍も、まさか公爵がそんなアホな裏切りに出るとは思わなかっただろう。後先を考えれば、出られるワケがない。

 それでも、公爵は中国軍の武器を接収したので量産可能だと言い、また情報源(・・・)も手に入れたので相手の動きが分かると豪語している。

 だから自分と結婚し国を治めるのが賢い選択だ、と迫ったらしいが、そこはもはやどうでもいい。


 問題は、一時撤退したに過ぎない中国軍が、このまま黙っているワケがない、という非常に確かな未来予測だ。


                        ◇


「裏切るにしてもどうしてご丁寧に帰してやるんだ! 中途半端なことしやがって!!」

「連中編成と装備を整えたらすぐにスッ飛んでくるぞ!!」


 あまりに想定外の事態に、現場の特殊部隊員も一気に(あわ)ただしくなった。玄人の動きは読めるが、馬鹿は何をするか分からないという事だろう。

 ナラキア地方、ひいては異世界への足がかりを得られようかという、この状況。国益で考えれば、中国がサンサリタンを諦める事は絶対に無い。

 侯爵は軍を恫喝して追い払ったつもりだろうが、今度は以前と比べ物にならない規模で再進攻して来るのは火を見るより明らかだった。


「CP! パッケージは確保した! 撤収するぞ!!」

『CPより全チームへ! 北東方面ヘリ接近中! 数30以上! ガンシップらしき機影も確認!!』


 即時撤退を決める特殊部隊の隊長だったが、時既に遅し。

 離れた場所から城を監視していた支援部隊(ホイールチーム)狙撃手(マークスマン)観測手(スポッター)が、暗視画像の中に中国軍のヘリを目撃していた。

 民間の機種に大型エンジンを追加したような、オリーブグリーンの汎用ヘリコプター『LF-9』。

 大型の格納スペースを持つ輸送ヘリコプター『LF-08』。

 そして、細身の機体に武装を搭載した攻撃ヘリ『ZF-10』。

 これらが編隊を組み、王都『キールザス』へ向かって来てるとか。

 その構成から、どういう戦術を展開するつもりなのか予測する事が出来た。


「シックス! 穴を開ける迎えに来い! アジトまで下がるぞ!!」

『り、了解!!』

「トッド! シャーマン! C4だ!!」

「イエッサー!」

『CPより全チームへ、任務終了、速やかに現状を放棄、撤退してください』


 とはいえ、中国軍が来る事自体は想定の内である。経緯と結果には大分度肝を抜かれたが。


 『ソーンリーパー』任務部隊(タスクフォース)は精鋭――――素人の魔法少女含む――――ではあるが、40程度名で大隊(1000人)規模の中国軍などとは戦えない。

 しかも、誰かさんが怒らせてくれたおかげで、相手は最初から戦闘態勢である。

 海軍特殊部隊のチームリーダーは部下に爆薬を仕掛けさせ、瞬間移動能力者(ワープシックス)に回収を要請。

 慌てる魔法少女を海兵隊員が懐に隠した直後、ドドンッ――――! と塔の側面が吹っ飛ばされ、そこに大穴が開いていた。

 事前に決めておいた、ワープシックスの着地(・・)ポイントだ。見通し線上であれば、ジャスパーは未踏派の場所でも飛んで来られる。


「ワオ! やっぱ軍のやる事は派手だな! こんなのに追い回されたらたまんねーなホントに」


 塔の中に飛んで来たワープシックスは、そこからすぐに拠点である砦跡(アジト)に戻り、ゲートポータルをその場に残した。

 円形の風景画のような時空間境界面(イベントホライゾン)へ、特殊部隊の兵士が次々に入って行く。


 同時に、城を覆う城壁の方で立て続けに爆発が起こった。

 支援部隊(ホイールチーム)の陽動、などではない。地上部隊に先行してきた、中国軍の攻撃ヘリによる爆撃だ。

 篝火よりも何倍も大きな炎が、逃げ惑う兵士と崩れた城の姿を陰影で浮き彫りにする。

 雨音の頭の中に一瞬『迎撃』という文言が出るが、今すべき最優先を思い出し、その光景を視界から振り払った。


「レアーナ陛下、一旦ここから離れましょう。ここは兵士でいっぱいになります。この魔法で王都の外に一瞬で出られますから、イレイヴェンに避難して落ち着くのを――――」

「あ、あの……ありがとう存じます、クロー様。でもわたくしは行けません!」

「――――待つのが良いかと思われますが、今なんですと?」


 ところがその最優先事項様ご本人が、逃げるのに反対するという想定外な事態。

 思わず黒ミニスカ魔法少女も目を丸くする。

 

「あ、あのレアーナ様? 女王として国に残るというのは、僭越ながら理解できます。ですが今来ている国と軍隊は、この国を完全に征服しますよ!?

 時間が無いんで詳細は省かせていただきますが、サンサリタンは属国化、国の舵取りは本国から派遣された役人が行い、陛下は傀儡かヘタすると反政府的って事で一生拘束状態です!

 どんな説得(・・)をされるかも分からないのに、残るのは自殺行為ですよ!!」


 中国政府のやり方は、例の公爵様の比ではない。中国国内、あるいは各自治区、そして対外政策を見れば、サンサリタンがどんな事になるかは高校生にだって想像できるだろう。

 レアーナ女王とサンサリタン国民の意思と主権は、無いモノと思っていい。

 絶対に置いては行けなかった。


 ところがである、


「わたくしは……私は、ただ序列で王位に就く事になった女王です。きっとフィレモント公爵以外にも、それを不満に思っている貴族はいるでしょう。それを押さえるような力も、私にはありません。お爺さまが王位にあった頃からの臣下に支えられているだけです。

 それでも……そんな形ばかりの王でも、いえそんな王だから、民を見捨てて逃げたら王も国もおしまいなのです! 民は失望し、結局は新しい支配者を受け入れざるを得ないでしょう。

 例え無能でも王としてあり続けるのは、私に出来るたったひとつの役割なのです」


 フワフワした女王様の、思いのほか強固な統治者哲学に、雨音としても脱出を断念せざるを得なかった。

 それに、レアーナ女王の言う事にも一理ある。

 政治的にどのように決着するか見当もつかなかったので保留していたが、中国にサンサリタンを制圧された時点で、女王が無事だろうがそうじゃなかろうが国としては終了のお知らせだろう。

 とりあえず親交のある女王だけ助けるつもりだったが、その後どうなるか考えても、あまり良い結末は思いつかない。

 一生を他国で、亡国の女王として生きるという事。

 いち女子高生いち魔法少女でしかない雨音には、その辛さを想像しようもなかった。


 ではどうしようか、という話になる。

 レアーナ女王の意志を尊重し、全てを大国に支配される中で役割に殉じさせる。

 まさか、魔法少女の存在意義として、そんな結末は看過できない。


 つまり、いつも通り雨音に選択肢は皆無であった。





0006:雷鳴轟くレース終盤の追い上げに挑む乙女のバトル 09/01 20時に更新します。


感想(アカウント制限ありません)、評価、レビューで追い上げられたい願望と追い付かれてお返事アップアップな現実との戦い。

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