0057:女子高生のアルバムに混じる部隊の集合写真みたいなヤツ
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三月第3週の日曜日。
午前10時05分。
ナラキア地方北部、ヒディライ国王都マムス、王城。
『死の濁流』怪生物群殲滅作戦『テラーブラスト』の二日目となる。
もっとも、大半の脅威は昨日に排除済みだ。事故みたいな作戦開始から臨機応変のみで対応したにしては、上出来な結果と言えるだろう。
あまりの疲労に、魔法少女どもが目を覚ましたら完全に夜が明けていたが。
昨日は、これからの人生でも恐らくトップ10に入る程大変な日であっただろう。
40体もの巨大生物と戦争するのも大変だったが、何故かその後も大変だった。
何が大変って、『黒アリス』の旋崎雨音が大変な目に遭っていた。
東の大陸の魔王、『ラ・フィン』からの対巨大生物戦争での応援要請と、語られた『ニルヴァーナ・イントレランス』の情報。
その魔王さま(♀)が突然三つ編み娘の北原桜花に求婚したと思ったら、桜花はその場で断り何故か雨音にディープなボディーランゲージで好意を示す、と。
もうワケが分からなかった。
事態が一旦沈静化したのは、それから2~3時間経ってからの事。
怒り狂った巫女侍にせよ、他の野次馬根性を出した魔法少女どもにせよ、体力が尽きていなければもう少し面倒な事になっていたかもしれない。
多少落ち着いてから食事や入浴を済ませ、今後の事を自衛隊の釘山三佐や前線指揮所の米軍士官と少しだけ打ち合わせてから、今度こそ魔法少女たちはぐっすりと爆睡した。
その間も、東西米国軍と能力者たち、それにナラキア連合軍は数十万を残す怪生物群の駆逐にあたり、それは当面続くようだ。
『テラーブラスト』作戦は、これから長期間に渡り継続される事になる。
しかし日本のJKたる魔法少女たちは、仕事も終わったので今日中に撤収だ。
◇
巨大生物は行方不明の一体を除き排除したので、後はナラキア連合軍だけでも対処できる。
東西米軍や能力者といった地球側の戦力は、当初の計画通り順次撤退する予定だ。
特に魔法少女混成連隊にいた者は消耗著しいという事で、優先的に帰されるという話だった。
その為、黒ミニスカをはじめとする魔法少女たちも、帰る前に方々へ挨拶して回っているというワケだ。
「感謝します『雷神』クロー殿。貴女方のおかげでこのマムスは壊滅を免れました。貴女はまさに、ナラキアの救い主だった」
「恐れ入りますイムカン殿下……。出来れば王都は無傷で済ませたかったですけど」
「アレだけの邪神の群れを前にしては、贅沢というものでしょう」
短い黒髪にちょっと厳つい系のガチムチ王太孫、イムカン王子は見た目からは想像もできない腰の低さで黒アリスに礼を言っていた。
巨大生物を阻止出来ずにヒディライの王都が戦場となったが、それでも最終的な被害を見れば全体の10%程度のモノとなっている。
これならば十分復興が可能であり、またこれからもヒディライ国内で戦いが続くにせよ、これ以上の被害が出る恐れも少ないと言えた。
◇
「エアリーさまはこの後もイレイヴェンの軍の指揮があるのですね」
「我らの軍はもう戦える状態ではないので、全て引き上げますが。国に帰るまでは将としての責任もありますから」
「大丈夫? また怪生物が残っているからって飛び出して行かないよね? エアリーの場合やらかしそうで心配…………」
「あら心外ね。クローはわたしを兵を無駄死にさせるような大将だと思うの? それとも……不安だって言うなら残ってくれる?」
「そうは言わないけど…………エアリーが帰るのとタイミング合わせるかなぁ……?」
魔法少女混成連隊と一緒になって戦い続けたイレイヴェン軍は、もはや再編成のしようが無い程消耗している。既に作戦終了の目処が立っているのは、不幸中の幸いだった。
イレイヴェン軍が連合のどこの国よりも果敢に戦ったのは、誰の目にも明らかだ。故に、全軍が引き上げてもどこからも文句は出ない。
とはいえ、属国合わせて8万人近くを動員して来たイレイヴェンなので、帰り支度だけでも一苦労となる。
これ以上は戦闘も行わないだろう、という事で魔法少女たちは先に帰るよう言われているが、雨音はエアリーを残して行くのが若干心配だった。
銀髪姫だって本音で言えば、黒アリスには残って欲しいが。
特に、昨日から想い人の周りで不穏な動きが多過ぎるので。
早く国に帰って、また急いで異世界へ行きたいエアリーである。
◇
ヒディライの国王やネメラスの王子などにあいさつした後、中庭の天幕にいた自衛隊の三佐のところに顔を出すと、魔法少女たちは後を任せて仮設飛行場へと向かう。
王都から離れた所にある、今は見る影もないほど荒らされた宿営地の横に作られたモノだ。
現在は怪生物を排除し、海兵隊が確保していた。
ゴォオオ――――――! という排気音を響かせ、全長約240メートルの中型旅客機が陽炎を引き高度を上げる。
4キロ四方の滑走路には、何台もの航空機が待機中だった。滑走路を造成できなかった地方向けに、大型の軍用ヘリも用意されている。
何せナラキア連合軍が100万、東西米国軍は10万人を動員。これに自衛隊と能力者を加えるのだから、移動の足はいくらあっても足りない。
海兵隊は当面ナラキア連合軍と連携して残存する怪生物の駆除にあたる。
地球の軍隊を残して先に帰るのは、雨音としても少々不安だ。大きく消耗した状態で、どこぞの実効支配でも無いとは思うが。
これに関しては、ポータルのある選手村でヒトの出入りと滞在期間を掌握すれば抑止できる、と思うほかなかった。
軍の衛生部隊を装う特殊部隊と大企業の人間が、巨大生物の残骸を調べていたと知ったのは、問題が起こった後の事だが。
そして、真っ先に帰される事になっている、対巨大生物の要とされた能力者の1900人はと言うと、
「お! 隊長じゃん! おい隊長がいる!!」
「隊長! レッドクイーン連隊長!!」
「ボスが来たぞ! 我らがヒーロー!!」
「なに!? なにごと!!?」
屋根だけのパイプ天幕の下、搭乗予定の飛行機を待とうと思っていたら、雨音はその能力者たちに遭遇した。
しかも何やら、黒ミニスカなど魔法少女の姿を見ると、ドヤドヤと大量に集まってくる。
突然の事に面食らった黒アリスだが、よく見るとそこには知った顔が多かった。
乱戦のドサクサで吸収、合流した能力者たちのようである。
これも後から知らされるのだが、実際に戦闘で活躍した能力者は、連隊に合流した約100人程度だったらしい。『テラーブラスト』作戦報告書による公式な報告である。一部は雨音もがんばって記憶を掘り起こして書いた。
そして、魔法少女小隊から混成連隊に至るまで、参加した能力者及び兵士に、死者無し。逆に怪我をしなかった者もいなかったが。
魔法少女としての面目躍如といったところか。
後はもう帰るだけだと思ったのに、そこから想像だにしないほど大変な事になった。
満面の笑みの戦友たちに握手を求められる黒アリスら魔法少女は、その流れで携帯電話による記念撮影という事になったのだが、それが止まらなくなったのだ。
最初に連隊にいた能力者たちと撮っていると、次に能力者グループで一緒に撮りたいという話になる。
連隊に加わっていた能力者は、大手の古米国『ハーシーズ・ユニティー』や複数国から参加する『レジスト・オブ・アーマゲドン』と、様々なグループに所属していた。
その過程で『ヒーローズ・ユニオン』の能力者とも記念撮影をしていたのだが、そこでリーダーのコマンダー・アコードとも再会した。
済し崩しで始まった『テラーブラスト』の序盤、最強の巨大生物とも言えた個体を黒アリスに代わって引き付けてくれた能力者だ。多少負傷したが、大事無いらしい。
言うなれば、魔法少女混成連隊が友軍を援護しながら巨大生物を倒して回る切欠を作った、立役者。中のヒトは、仕事が出来そうな人当たりのいいお兄さんだった。
能力者たちと記念撮影などしていると、いつの間にか迷彩服にボディーアーマーとヘルメット装備の海兵隊が混じり始める。ブライ一等軍曹らとは別口だ。
この頃になると、しぶとく生き残った報道関係者も事態に気付いて撮影しに来ていた。
フライトまで2時間という長い空き時間があったのも良くなかったのだろう。
最終的にナラキア連合軍の兵士や隊長格の貴族まで加わり、もう収拾が付かなくなった。
◇
西方大陸東部、ナラキア地方における『死の濁流』怪生物群殲滅の報は、その後間も無く猛スピードで世界を駆け巡る事となる。
特に西方大陸中央の『ジアフォージ』や西部の『アークティラ』といった大国は、ナラキア地方の国々が滅びると予想し疑わなかったのだ。
その予想をひっくり返された驚きたるや、大変なものだった。
と同時に、様々な動きも方々で起こってくる。
東方大陸南部の大国『ザピロス』が、ナラキア共同体の『イレイヴェン』を通して異世界の魔道士を招聘しようとしたのも、そんな動きのひとつだ。
ナラキア地方での戦いを観戦に来たザピロスの統治者、魔王『ラ・フィン』は、『雷神』の魔道士やその仲間と話をした後、帰国の途に就いた。
帰り際、雨音はライバル宣言をされてしまった。諦める気は無いらしい。
位置的に近いという事もあり、大陸中央の魔導大国ジアフォージは、『死の濁流』との戦争に先立ち監視の目を送り込んでいた。観戦武官というヤツだ。
それ故に詳細な情報を得ていたが、それだけに事態を深刻に捉えている。
ジアフォージにとって、ナラキア地方の共同体各国は、潜在的な敵であると言って良い。
以前は恭順を求めるだけだったが、ナラキア共同体の全体会議で要人暗殺に失敗してから関係が悪化。
明確に敵対してはいないが、ナラキアの国が以前のように外交的譲歩を受け入れる事も無くなった。
そこに来て、ナラキアが邪神と怪物群を殲滅するという戦果を上げたのだ。異世界の魔道士が大きな役割を果たしたとはいえ、その力をナラキアが持った以上同じ事である。
魔道の知識に乏しい東の蛮族、と下に見ていた者達が、自分たち以上の存在となる。
プライドの高い自称賢者たちが、それを認められるはずもなく。
『死の濁流』など所詮は智慧無きケモノの群れであり取るに足らない存在だったのだ、と貶めながらも、現実を理解出来る一部の者は焦りを募らせていた。
それが、ジアフォージの賢者たちを愚行へと走らせる。
◇
神聖国『アークティラ』にとって、ナラキアの怪物禍はジアフォージを挟み対岸の火事であった。
ところが、その事情も変わってくる。
忌敵、ザピロスの『魔王』がナラキアと異世界の魔道士達に接触したからだ。
そもそも、東の大陸に棲むヒト以外の種族を『魔族』とレッテル張りし、悪しき者と決め付けたのはアークティラの神聖教会である。ザピロスの種族連合も反骨心が勢い余ってこれを受け入れてしまったワケだが。
そのザピロスの頂点に立つ魔王が戦争の中で接触した、ナラキア共同体に手を貸したという異世界の魔道士たち。
これらの情報を集めるうちに、教会の上層部である疑念が生まれてきた。
ある者は姿を変え、ある者は自在に武器や道具を作り出し、ある者は自由に空を飛び、触媒や祭壇も用いず強大な魔術を振るう、異世界から来た魔道士。
その在り様は、かつて他ならぬ教会が『勇者』と呼んだ彼の少女と同じモノではないか、と。
その想像は、かつて『勇者』を謀殺し、その友であった『魔王』を陥れた教会の者たちを恐慌させるには、十分過ぎるモノであった。
◇
そして大国以外にも、ヒディライ王都マムス周辺での戦いを注視していた者達がいた。
それは、地球で最も注目された能力者のひとり、あるいは異質な能力者の少女、野望と使命が渦巻く組織、またはこの世界の忘れられた民族のひとり、あるいは姿無き高空の意志。
ナラキアの戦いは『神滅戦争』と呼ばれ世界に大きな波紋を広げる事になるが、その影響は当然地球にも波及する。
オペレーション『テラーブラスト』はチェックポイントのひとつに過ぎず、地球各国からすればようやく本題に入れるといったところなのだ。
歴戦の兵が裸足で逃げ出す戦場を完走したばかりだが、魔法少女もすぐに次の仕事へかからねばならない。
順風満帆という言葉から程遠い運命にある魔法少女をして、新たな厄介事がインターバル無しで待ち構えているのを知る由もなかった。
知る由もないが、既に何となくそんな気がしている雨音さんである。
◇
「うぅ……最後の最後でえらい目に遭った。もうダメだ……世界に拡散してしまう…………」
「ウチの法務がメディア対応で画像の削除依頼業務とかやってたから、その辺は帰ってから考えましょうよ。流石に疲れたわー」
「オマエやられた船のロボットどうなったわけ?」
「ヒトの目があるから撤退させられない…………。脚をやられて自力で海にも入れないから、三佐殿が能力者の協力で海に放り込んでくれると…………」
黒アリスと魔法少女勢は、撮影会から抜け出してきた。他の者同士で記念撮影を始めていたのを見計らい、そのまま見つからないようにステルスゲームのように脱出してきたのである。
ただでさえ丸一日命がけの全力疾走をした翌日でフラフラなのに、体力にトドメを刺された感のある雨音と友人一同であった。
今はとにかくもうおウチに帰りたい。
帰りの飛行機、7時間のフライトは爆睡確定である。
「あー……なんか今回も順調にヤバくてバタバタしてばっかで、ちっとも上手くやれた気がせんわ。戦死したヒトとか家族のヒトに恨まれそう……。そんなところにあんな写真が出たら…………」
「気にするな、戦争だ」
「せんちゃんはマイナスよりプラスの方がおっきーでしょ? せんちゃん無しじゃヘタすると全滅してたんじゃん?」
グッタリと飛行機の座席に沈み込み、虚ろな目で呟く黒ミニスカを不器用にフォローする後部座席のブライ一等軍曹。海兵たちとは世界間ゲートポータルの地球側、アイアンヘッドまで一緒である。
それに、いまいち分かり辛い慰め方をする三つ編み。
黒アリスがいた方が被害は少なかった、という事を言いたいらしいが、この娘に関しては自分に対する被害を計上したい雨音だった。
あんな事をしておいてその後特に反応も無く平然としているのが腹立つ。自分の方はどう接していいかよく分からないというのに。
実際問題、黒アリスがいようがいまいが『死の濁流』怪生物群は王都マムスに来ていたのだから、被害抑制という点では無駄ではなかったのだろう。
後は、生き残った者のひとりとして、良い結果を出していくしかないのだと雨音は思う。
地球と異世界で相互利益を上げていく『アイランド・プラン』はこれからだ。明日からの仕事量を思うと、雨音は今すぐ失神したかった。
旅客機が滑走路上を加速し、乗客を座席の背もたれに押し付ける。窓から外を見ると、手付かずの大地と、転がっている巨大な異形の影が高速で遠ざかっていた。
後始末が大変そうだな、と思うが、雨音も他人事ではない。
既に次の資源調査団の話やナラキア各国との外交の話が三国の官僚から出ているのだ。昨日まで巨大生物と殴り合っていたのに気が早過ぎる。他人事だと思いやがって。
ふと窓の外で何かが動いたかと思うと、そこにいたのは護衛の戦闘機であるSF-35だった。東西米国からの持ち込み分は粗方落ちたと聞いたので、恐らく魔法少女の創造物だろう。
『死の濁流』も片付いたし今後しばらくこういうのを作る機会も無いかな、と合理的に考えればそういう事になるが、残念な事にビビり少女の本能は否と判断している。
平和が訪れる気がしない。
「もうすぐ2年生かー……キチンと高校生できてるのかあたしは」
呟いた後で雨音は後悔した。んなもの出来ているはずがない。この一年の記憶が悲惨な事になっているのに。
そして、次の年度に何が起こるか想像すると暗澹たる気持ちになって来るが、考えたら潰されそうになるので早々に考えるのをやめた。
自分の精神を守る為の緊急措置だ。思考停止とは違うと思いたい。
「エヘヘヘ……コレでジャマ者センメツしたからアマネのプラン進められるネー。マオーのアレもあるし、またアマネと大暴れできそうデス?」
「いやなんで荒事前提なのよ…………平穏無事に過ごしたいわ」
隣の席で大人っぽい黒髪美人が、子供の様に黒アリスへ笑いかけている。
その顔をジトっとした目で見据え続けると、巫女侍の笑みがぎこちなく固まっていた。
言葉が無くとも後ろめたい事がある人間は、勝手に心の心の声を再生するのだ。
「アマネー…………やっぱり怒ってル?」
心当たりは、当然ながらある。巨大生物との戦闘中に、衝動的に嫁のはじめてをいただいてしまった件だ。
『アマネ成分』なるエネルギー物質の補給の為とはいえ、今となってはカティも悪い事をしたとは思っている。
カティもはじめてだったので、一生忘れられない体験だとは思うが。
耳を伏せた大型犬状態でプルプル怯える巫女侍。
そんな駄犬魔法少女を冷ややかに見下ろしていたご主人様だが、実のところそれほど怒ってもいなかった。状況とやり方に関しては、この小娘家に帰ったら尻引っ叩いてやろうと思っている。
雨音も別に嫌というワケではなかったのだ。ただ、許してしまうと色々問題があるので、ある程度怒って見せる必要があると考えていた。躾が大事。
そして、行為自体を許している事の意味も考えないようにしている雨音である。
想定された最大の山場を越えた魔法少女たちであるが、これも次の段階の過程に過ぎない。
息つく間も無くスケジュールはみっちりで、おかげさまで戦場帰りの魔法少女はトラウマを抱える暇もありやしなかった。これ以上抱え切れないので。
日常へと帰っても、そこは安住の地ではない。日常とは何だったのか。
ただひとつ確かなのは、雨音と魔法少女どもはノリと勢いだけで、明日と言う名の不測の事態に臨むのであった。
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また次の更新でお会いしましょう。




