0056:いつでもいつまでも
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三月第2週の土曜日。
午後04時38分。
ナラキア地方北部、ヒディライ国王都マムス。
追い詰められた末に、真の姿を現した巨大生物のG40『古木の魔法使い』。
当初は、大きな傘を被る外套姿のヒトにも見える形状をしていたが、今はその人面から下が、数千数万とも見える触手に変貌していた。
G19『クラゲ浮遊要塞』に近い形態となっているが、その性能が違い過ぎる。
口腔から吐き出される強力な主砲、無数の触手から放たれる鋭利な副砲、頭部に広がる傘から撃ち下ろされる爆弾、更に見えない防御障壁、と。
これら凶悪な攻撃能力で、人類軍を磨り潰そうとしていた。
東方大陸の魔王に曰く、真に神の領域に踏み込んだ『碧玉位の邪神』と言わしめる、凄まじい力である。
「どらっシャァアアアアアアアアア!!!!」
怪力巫女侍の魔法少女、秋山勝左衛門のフルスイングした刃長300メートルにも及ぶ巨大刀でぶん殴られ、大きく押し返されていたが。
頭上を鋼色の何かが奔ったかと思えば、次の瞬間には触手の束に喰い込み多くを断ち切る。
能力者やナラキア軍の兵士たちは、遅れてきた暴風に煽られながら、その一撃に度肝を抜かれていた。
絶対的な存在と思われた巨大生物が、聞いている方が発狂しそうになるほどおぞましい悲鳴を上げている。
全長560メートルもの巨体が傾き、無数の触手がそれを支えて持ち直そうとしているところに、
ミシミシと全身の筋肉を軋ませる巫女侍が、地面を踏み砕き、歯を食い縛って真正面から叩き付ける巨大刀『大深海』の二太刀目。
一瞬だけ見えない障壁を展開した巨大生物だが、数秒しか持たずに胴体に直撃を喰らっていた。
ダムが決壊したかのように大量の体液を垂れ流すG40『古木の魔法使い』。
本来、一日に一撃が限度である秋山勝左衛門の第2の魔法は、ここに来て外部エネルギー供給による連続使用を可能としていた。
ある魔法少女の犠牲が必要であるのと、この状態だと巫女侍の理性が飛ぶのが欠点であるが。
「ふヌゥ……!!!!」
牙を剥き出す改造巫女装束の美少女は、巨大刀を身体ごと360度振り回して巨大生物に対し横一文字。
G40『古木の魔法使い』は苦し紛れのような薄い障壁でこれを止めるが、やはり一瞬しかもたずに触手を半分、巨大刀に持っていかれた。
触手キノコの巨大生物は、頭部の傘から青紫の光弾を大量に撃ち出し巫女侍へ反撃。残った触手からも赤い光線を一斉に放つ。
巫女侍は理性がブッ飛んでいるなりに、巨大刀を担いで後ろ向きに飛び回避していた。桁外れの脚力により地面が破裂し、爆発したかのような土煙を上げる。
それでも巨大生物は巫女侍を追い、何が何でもと言わんばかりに攻撃を集中させるが、
その頭の傘を一部大きく吹っ飛ばす、黒アリスの80センチ口径列車砲。
「さぁこれでオーラスよ! 再装填!!」
『全部隊に通達! ここで押し切るぞ! 撃ちまくれ! 撃ちまくれ!!』
同時に、特殊戦車の残存部隊もあらん限りの砲弾を一斉に発射し、能力者たちが最後の力を振り絞る。
G40『古木の魔法使い』も死に物狂いか、これまでに見せた全ての攻撃手段を解放。
傘から青紫の光弾をバラ撒き、触手の光線を乱舞させ、人面の口腔から大型光線を放射していた。
「うおーヤベぇ!!?」
「構うなブッ潰せー!!」
「この形振り構わない感じ! 堪らないわね!!」
「鉄の峰にて斬り拓かれし命の流れ――――――!!」
「――――――永劫流転にして留まる事なき力の波濤!!」
「もはや退く道無しである! 押せー! 押せぇええええ!!」
「ダダダダダダダダダダ! ガッチャ! ハー! ダダダダダダダダダ!!」
近接攻撃主体の能力者は足下から攻め込み、片っ端から触手へ襲い掛かり破壊する。カウガールが古式ライフルを連射し、槍と刀の二本持ちの鎧武者が乱れ切り、魔王と僕がブチかまし、騎士が飛びかかりホラー少女がチェーンソーを振り回し全身銃火器が爆竹のように暴れ回った。
爆発で吹き飛ばされる能力者もいたが、それで逃げるような者は最初からこの場にはいないし、すぐに立ち上がり攻勢に復帰する。
「今こそ命を捨てる時だ! 死して英雄になるは今ー!!」
「矢弾を残して死ぬなよ! 死ぬ前に撃ち尽くしてやれ!!」
「ホント戦争は地獄じゃぜーフゥハハハハァー!!」
触手光線の一斉射に、盾の横列陣形で拮抗するナラキア軍。そのすぐ後ろからアサルトライフルで応戦するイレイヴェンの民兵団。やたら派手な弾幕を展開する寒村の老人分隊。
「突っ切れ! このまま後方に抜けろ! 主力の囮になればいい!!」
「ウマの野郎は前に出るんじゃねぇ! 俺たちの陰から出るな!!」
「ゴーベイビーゴー!!」
「ガォオオオオオオオオオオオオ!!!」
爆風の中へ怯まず突っ込む騎兵の群れ。その中にはモンスタートラックやスポーツカー、ライオン型や恐竜型ロボットも含む。
「うぉおおおおおジェネレーターが焼き切れても構わん! フルパワー!!」
「ギャーこっち来んなー!!」
『全火力を敵巨大生物の頭部に集中! 撃ぇ!!』
「こうなればどこにいても同じよ! 攻撃あるのみ!!」
「殿下に遅れるな! 続けぇえええええええええ!!」
防御スクリーンや空中の力場、防弾盾に防がれた赤い光線が無数に散らされ戦場に乱反射する。被弾するがお構い無しに射撃を続けるパワードスーツやアンドロイド、ヒト型巨大戦艦。
身体を張って後続を守り大破した装甲車、それを乗り越え魔道剣を振り上げた銀髪の姫や騎士達が突撃していく。
「ぅぬぁああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
そんな修羅場の中を突っ走る巫女侍は、地面を抉りながら巨大刀を斜めに斬り上げ、バッサリと触手の束にトドメを刺した。
支え無しでも浮遊して見せる巨大生物だが、下からの脅威が無くなった事で、頭部の傘に全軍の攻撃が集中する。
見る間に巨体を削られていく、G40『古木の魔法使い』。
それでも、人類軍を薙ぎ払うべく、燐光を溢れさせた口腔を地上へ向け、
「あたしの仲間に汚いもん吐きかけるとか殺すぞ」
黒アリスの精密砲撃が、巨大生物の顔面を直撃。
先端から減り込む80センチ破甲榴弾だが、直前に微かに発生した防御障壁により貫通するには至らない。
だが、目の据わり切った黒アリスはお構い無しに、全く同じ位置へと榴弾をピンホールショット。
玉突き事故を起こした二発の80センチ砲弾は、うち一発が巨大生物のキノコ頭深くにまで浸徹。
中心部に近い位置で破裂し、連鎖爆発により全体をバラバラに吹っ飛ばしてしまった。
◇
午後06時00分。
ヒディライ国王都マムス、王城。
山の上に作られた大雑把な意匠の城は、現在無数の人間が出入りしており、ざわめきに満ちていた。
対『死の濁流』怪生物群殲滅作戦、『テラーブラスト』。
その前線指揮所が移された同所は、東西米国軍や自衛隊の他、ナラキア連合軍の将軍クラスの人物も大勢集まっている。
巨大生物、G40『古木の魔法使い』を撃破した時点で、魔法少女混成連隊は力尽き、継戦能力を完全に失っていた。
しかし最大の脅威が消滅した事で、マムスから撤退する為に集結していた全軍が攻勢に出る事が可能となり、魔法少女連隊と入れ替わりに出撃。
現在までに、怪生物群の大半を駆逐していた。
なお残りの巨大生物であるが、
G22『迷彩トロル』は、G40のマムス北部への無差別爆撃に巻き込まれたと思われ、残骸だけが確認されている。
直前まで交戦していた海兵などの情報からも、その可能性が高いと考えられた。
そして G39『未知のコウモリ』は、いつの間にか姿を消していた。
元々あらゆるレーダーやセンサーで捉えられない謎の巨大生物だったが、完全にマムス近辺からいなくなったらしい。
これはアイドル魔法少女の広域走査でも確認されていた。
これを以って、40体の巨大生物はその全てを排除したという事になる。一体は行方不明だが、その対処は他の小型怪生物と同様に、今後の課題とされるだろう。
300万体の怪生物も、東西米国軍とナラキア連合、それに能力者達により大半が駆除されたが、群れから拡散した個体も少なくない。
『テラーブラスト』は終了の目処が立ったが、最終的な解決は『アイランド・プラン』に移行してから長期的に取り組んだ末の事となるだろう。
夕刻となり、王都マムスの山から麓にかけて長い影が落ちていた。
平地に近い王都下段の町並みは、半壊してしまっている。全壊こそ免れたが、地球側の政府の面目が保たれたかは、微妙なラインだ。
ヒディライは緯度が高い地域の国であり、現在は夏場とはいえ夜は冷え込む。家を失った人々に対しては、自衛隊が仮設テントを設営する事になっていた。
また、疲れ切った人類軍が休息を取る場所も必要だった。
南部にあるローアンダーとイレイヴェン、そして今回のヒディライにおける『死の濁流』怪生物災害。二度の被災で、ナラキア地方は大きく疲弊している。
地球側からの本格的な支援が行われるのも、これからだ。
しかし、少なくとも当面の脅威は排除できた。
ナラキア地方の復興、そして地球側との交流も、ようやく開始する事ができるだろう。
魔法少女の画策する『アイランド・プラン』も、次の段階に入る事となる。
肝心な魔法少女どもは、王城の一画にある賓客室で屍と化していたが。
是非も無い事であった。何せ約10時間、限界を超えて力を出し切り、地獄の戦場を戦い抜いたのだ。16~17の小娘たちには過酷過ぎる。
巨大生物撃破直後は、まだ元気があった。
勝利を喜び胸元に飛び込んで来る巫女侍をこの上ない笑顔で迎え、抱き付いた瞬間にジャーマンスープレックス決める程度には、黒ミニスカ魔法少女にも余力があった。
そんな嫁の仕打ちに泣いて抗議する馬鹿であったが、むしろどうして怒られないと思ったのか。
巨大生物撃破後。
やらかした親友をしばき倒したり怪我人を運ぶのに魔法を連発したりと、後始末に追われた旋崎雨音がようやく人心地ついたのが、30分前の事。
賓客室なる大きな部屋を用意され、そこに敷き詰められた毛皮に腰を下ろした直後、魔法少女たちは糸が切れたように倒れていた。
慌てたブライ軍曹が衛生兵や回復術者に診せるが、いずれも疲れ果てた為に寝ているだけという話。
実際、軍曹も最初からそんな事だろうとは予想しており、室内の見張りを女性士官に任せて自分たちは室外の警護に就いた。
ブライ一等軍曹らの任務は何より黒アリスを守る事であり、それはまだ続いている。
実戦直後だろうと仕事を続けるだけのタフネスを持つのが、海兵という人種なのだ。
魔法少女たちは雑魚寝状態だ。
大の字になっている海賊ギャル、隣で丸くなるアイドル、ライフジャケットを抱き枕にしている艦長、妙に姿勢が良いのに顔にテンガロンハットを被せているカウガール、鎧など着てられっかと普段着のまま転がるポニテ少女、
そして、カラダ中を弄られて目を覚ます黒ミニスカ金髪娘。
「…………オイ何をしている三つ編み」
「んー……? いやせんちゃんのカラダとか大丈夫かなー、と思って?」
眠気で機嫌が悪いのが声にも出ている黒アリスだが、一方の三つ編み娘は悪びれる様子も無くフトモモなど抱え上げていた。
咄嗟に雨音はミニスカートを手で押さえる。短いので内側が見えてしまいそうだ。
なお、身体には異常無い。擦り傷切り傷の類には事欠かなかったが、治療系能力者やナラキアの魔道士により綺麗に治されている。
もっとも、北原桜花が言いたいのはそういう事ではないのだと、そこは雨音も分かっている。
分かっているが胸を揉むな。
「だってせんちゃん、流石にあの変身は引くわー。どこかおかしくなってたりしない? 固くなったりマヒしてたりさー。例えばココとかはどうかニャー?」
「ンわッ!? やめんか!」
ダメなところをワザと刺激しようとしたエロ三つ編みを蹴っ飛ばす黒アリス。心配させたのは悪いと思うが、それとこれは話が別である。
懸念するところは分かるのだ。
今回の戦いで、銃砲兵器の魔法少女は第5段階に踏み込む事となった。
その急激な成長と、自身の身体自体を一時的とはいえ作り変えてしまう能力は、何らかの後遺症を残すのではないかと心配せざるを得ない。
そこのところは、雨音本人にも分からないとしか言いようが無かった。また、参考にした他の能力者たちも事情は同じだろう。
今のところ、問題が出たという話は聞かない。
しかし『知らない』というのはそれ自体がリスクであり、新たな魔法もまた多用を控えるべきなのだろうと雨音は考える。
同じ事を第3段階と第4段階の時にも思ったので、結局は状況次第という事なのだろうが。
「アマネは夢中になると平気でケガとか無視するデスしネ…………。もっとちゃんとカラダ調べた方がイイ思うマス」
「そうか…………つまり全然反省して無いなキサマ」
いったい何を調べているのか、真面目に心配そうな顔をしながら、巫女侍のやっている事は三つ編みの変態と変わっていなかった。
なので、胸の谷間を凝視し両サイドから寄せて上げて遊んでいる馬鹿のコメカミに、同じく両サイドからフックをブチ込んでやる黒アリスである。
「でもクロー……本当に大丈夫なの? 邪神をただひとりで屠るほどの力、ヒトの身には余るモノだとしか思えないのだけれど…………」
「だ、大丈夫……じゃないかな? いやホラ、同タイプの能力を使うヒトって結構いるのよ。今回はあたしの能力も、そっちに拡張しただけだと思うし…………」
様子を見に来てそのまま横で寝ていた銀髪姫のエアリーも、戦争中に見せた黒アリスの変貌ぶりに不安を隠せずにいた。
チタニウム装甲の戦闘機と融合して音速で空を飛び、邪神を一撃する砲熕兵器には身体半分埋まっていたのだ。
この華奢な身体にどれだけの負担がかかっていたのか、想像するに泣きそうだ。
故に、心配をかけた雨音も、エアリーを安心させる為に好きに確かめさせるしかなかった。
「ふわ……スゴイ……クロー柔らかい……温かいわ…………」
「うぅー…………」
なにやら自分から胸を差し出すような真似をしており、とんでもなく恥ずかしい思いの黒アリスだが。
真っ赤に茹で上がり涙目な黒ミニスカ娘を、ここぞとばかりに捏ね繰り回す銀髪姫さま。三つ編みと露出巫女が許されているのだから、遠慮などしない。
そんなご満悦なエアリーに対し、納得いかないのは残念美少女ふたりである。
「チョットなんでそいつは公認おサワりOKなんデス!? カティたちと対応違い過ぎまセン!!?」
「えー……? いくら払えばいいのー??」
「ええい黙れ黙れ愚か者ども。エアリーはアンタらみたいに煩悩まみれのヘンタイとは違うんだよ。ホントに心配しちゃうから不安を解消させたげないと心労溜まりっ放しなんだよ、お姫さまなんだから」
「アマネ絶対騙されてマスよう! そんな油断し切ってるといつかソイツにパクっとイカれちゃうデスよ!?」
エアリーには甘いが級友どもには厳しい雨音さん。実情は仲間にもダダ甘だが、そこのギャップも人気の秘密。
そんな脇も甘い事この上ない嫁がカティは心配でならなかった。一瞬だけ見せた怨敵の勝者の笑みも超不安材料だ。どうか本性に気付いてほしい。
ところがその辺の願いは叶わず、逆に余計なところに触れ雨音の怒りを煽るハメになってしまった。
故に三つ編みの最低な科白の方はスルー。
「あたしをパクっとイッたのはオマエだろうが! あたしはあんまりそういう事こだわり無かったけど、初めてだったんだからね!?
それを……! あんなヒトの多いところで、有無を言わせずやりやがって…………!!」
「そ、それはー…………だってアマネにあんなエッチな顔されたら、我慢なんて不可能でシタ…………」
「あたしはそんな顔してなかったもん! だいたいあの状況でそんな気になる普通!? ふたりだけの時は鼻血吹いて気絶したヘタレのクセにー!!」
「そうだそれ思い出したせんちゃんそこのところ詳しく」
最後の戦闘中に巫女侍にされた事を思い出し、半泣きの黒ミニスカ乙女が吼えていた。恥ずかしくて死ねるとか、どうせならもっと落ち着いた状況でしやがれとか。
あまりに唐突な上に修羅場の最中で、当然ながら心の準備をする暇も無く。
なにやら柔らかくて暖かくてヌルッとして背中がゾクゾクした事しか覚えていない。
雨音としては、ただ唇が触れるだけの行為に大した意味は無いだろう、などと以前は冷めた事を思っていた。
ところが今は、何故か奇妙な喪失感に苛まれている。
なお、行為のそのものを怒ってはいない事に、雨音本人も気付いていない。
そして、奪っていった不埒者には反省の色無し。それどころか、記憶を反芻して良い顔でニヤけてやがった。
前に据え膳してやった時はイモ引いたクセに、あんな生きるか死ぬかの切羽詰った状況でその気になるとか。
変な性癖にでも目覚めたのか、と雨音はカティの神経を疑いたくなった。
残念な事にその時は雨音も性的な顔になっていたので、半分自業自得だった。
ついでに、勢いで余計な事を口走り三つ編みにロックオンされ、顔に影が射した銀髪姫の揉みしだく手に力が入っているのも、雨音の自業自得だった。
「やれやれ……あれだけの戦の後だというのに元気であるなぁ、英雄殿と我が花嫁は」
そんな混沌とした乙女の修羅場に、蠱惑さを含む支配者の声が差し挟まれた。
魔法少女達に同行して巨大生物と戦い、その後も付いて来て部屋の窓際で茶など飲んでいた東方大陸のツノ付き少女、魔王である。
テーブルに置かれた手元には、愛らしい17センチの妖精少女、『エディア』もいた。
一瞬雨音が「あれ?」と思う単語も科白に含まれていたが。
「あー……と、あの、ご助力ありがとうございました、魔王さま。あたしが言う事じゃないかもしれませんけど。エアリー、こういうのってナラキア共同体とかイレイヴェンから公式にお礼するの?」
「そうね……まずはイムカン殿を通してヒディライ王からお話してもらうのが筋でしょうね。その後、ナラキアの諸国からザピロスの王へ正式に――――――――――」
黒アリスから話を振られて、嫉妬の乙女から王女に戻るエアリー。まさか揉み続けるワケにもいかず、幸せな膨らみからは手を離した。余韻が名残惜しい。
「いや、よいよい。我が勝手に観戦に来たのだ。見るべきモノは見られたからな、十分だ。我はそろそろ国に戻らねばならん」
魔王ラ・フィンは東方大陸の南半分を支配する統治者である。
そんな重要人物が何故かフラッと『テラーブラスト』に参戦してきたのだが、急な話とはいえナラキア共同体としても礼を失するワケにはいかない。
巨大生物戦では実際に加勢してくれた事もあり、当事国のヒディライやイレイヴェンのエアリーも王族として感謝の意を述べなければならないのだが、魔王さまご本人は不要だと仰っていた。
「……正直、こちらの大陸は中央と同じ運命を辿ると思っていた。だが、大したものだな、異世界の魔道士たちよ。
だがそれも…………アンリと同じく『ニルヴァーナ』の衛兵であるなら当然か。
邪神と戦う……いいや、あらゆる脅威と戦うべくして力を与えられたのだろうからな」
「は…………?」
「うーわここでその名前が出るのかー…………」
その魔王ラ・フィンが秘めた想いと共に口にする、魔法少女や能力者なら誰もが知る、ある存在の名。
『ニルヴァーナ・イントレランス』。
まさかここでその名前を聞くとは思わなかった雨音と桜花だが、同時にどこか納得できる話でもあった。
銃砲兵器の魔法に限らず、能力者たちの持つ力は人間社会の中で使うには強過ぎるのだ。
しかるべき対象があるのだろう、とは雨音もずっと考えていた。
「魔王さまはその……ニルヴァーナから能力を与えられたんですか?」
「いやまさか。所詮我もエレメンタムの行使者に過ぎん。アンリやお主らのように理の外の力など使えぬよ。それはきっと……この世に生まれた者には本来使えぬ力なのだろうな」
「フィンさま、その「アンリ」さん……ていうのはー?」
「アンリエッタ。かつて勇者と呼ばれた娘で、我の友だった。どこか抜けたところのあるヤツでな。
何故彼奴なのか……アンリを通してニルヴァーナに問うた事があったが……今となってはよく分からんな」
それまで超越者の風格を滲ませていた魔王が、今はどこか力を落とした普通の少女のように感じられる。
様々な疑問が次々と湧き、なんと言っていいか分からない黒アリスだが、それを口にする前に魔王の方が言葉を紡いでいた。
「ニルヴァーナについて、我に語れる事は実際あまり多くはない。ただアンリは時折ニルヴァーナのヤツと語り合っていたようでな。お主らを見ていると、どうもアンリとは事情が異なるように思える。
アンリについて知りたければ、それはまた次の機会に語る事としよう。アンリ……勇者として戦い、そして死んでしまった彼奴の事は、今この時に語るには少々問題もある。
我もあまり考えないようにしていたのだが、今こうして再びニルヴァーナの衛兵が送り込まれた以上、区切りを付けるのにも良い頃かも知れんな」
「『次の機会』……ですか?」
ニルヴァーナ・イントレランスと、恐らく能力者であろう魔王の友であった『アンリエッタ』という少女。
こちら側の世界は、地球のように能力者の大量発生が無かったのか。
それに、自分達のように放ったらかしではなく、少なくとも複数回はニルヴァーナとコンタクトを取っていた、というのは事実なのか。
尋ねたい事は多くあったが、問題があるというのを無理に聞き出す気にもなれない。ただでさえ事情が複雑そうなのに、小心者の少女はそんなところへ踏み込む勇気など、無いのだ。
とはいえ、次の機会に教えてくれるとは言っても、それはいったい何時になるのか。
実際問題、隣の大陸へ帰るであろう魔王さまと次に何時会えるかなど、雨音には見当も付かず目を瞬かせていた。
すると、魔王ラ・フィンが椅子から立ち、真剣な顔で黒アリスの前に立つ。
威厳ある美人さん(ツノ、翼付き)に真っ直ぐ見据えられ、黒ミニスカのチキン少女は挙動不審になりそうなのをがんばって耐えた。
「邪神群に攻められこの大陸は滅びると思っていたが、死なすに惜しい見所のある戦士は連れて帰ろうと思ったのだ。まさかヒト族が邪神を返り討ちにするとは思わなかったがなぁ。
だが、僥倖だったのだろう。
今この時も、我がザピロスのある東の大陸にも、邪神と眷属の群れが攻めて来ている。総出で当たってはいるがな、ここのところチラホラと『紅玉』や『碧玉』位の邪神も姿を見せ始めた。
我は邪神どもに抗し得る戦士を求めて、ここにやって来たのだ。
この上は『雷神』よ、雷鳴と鋼の王よ、我らは汝らの力を借りたいと思っている」
その魔王さまの話を聞き、流石に雨音は気が遠くなりそうになっていた。
東方大陸にも怪生物群が上陸しているという話は聞いていたが、その件で魔王さまから直接応援を要請されるとは。
巨大生物絡みで力を貸すのが嫌とは言わないが、こちら側は『テラーブラスト』が漸く終わるか終わらないかと言うところ。流石に今すぐ東方大陸に殴り込む気力は無かった。
その辺は魔王の少女も分かっていたが。
「なに、我らザピロスの民はヒト族より遥かに強い力を持っておる。幾つも季節を跨がずに滅びるという事は無いだろう。
それに何も『雷神』に全てを背負わせようと言うのではないぞ?
その『力』以外にも、汝らは色々と面白そうであるしな」
「は……はぁ、まぁ一度向こうの世界に帰ってから、イレイヴェンのポータルに戻る事になると思いますけど…………。具体的にいつそちらにお伺いするかは、今のところはちょっとお返事しかねます」
「よかろう、では改めてザピロスから使者を立てる。その折は雷神殿を友として迎えるとしよう。それと…………」
黒アリスの招聘は一旦落ち着いてからの話、と言う事で落ち着いた。
それで話は終わりかと思ったら、魔王さまの表情が真面目な顔から面白さを堪えるようなモノに変わっていく。
今度は何だ、と身構えてしまう雨音だが、その視線の先にいたのは三つ編み娘の桜花だった。
「オーカ、お主を我が妻として迎えたい。ザピロスに来て我が傍らで女王にならぬか?」
「ふえ?」
「はぁッ!?」
そんな魔王さまの爆弾発言に、三つ編み娘は当然として黒ミニスカも裏返った声を上げてしまった。
こてん、と小首を傾げる桜花に、そろそろ情報過多と疲労で頭が回らなくなってきた雨音。エアリー、カティ、そして見物気分だった東米国の女性仕官が目を丸くしている。こちら言葉が分かるというのは能力者の方らしいが今はどうでもいい。
「フィンさま、男なの?」
「いや桜花そういう事じゃ……いやそういう事か? え、でもなんで桜花??」
色々疑問があるのにまずそこなのか、と若干錯乱している黒ミニスカ。重要なようなそこじゃないような。自分が口を挟んでいいのか、何故自分がパニクっているのかもよく分からなかった。
そんな小娘どもに対し、魔王さまは至って落ち着いた口調で続ける。
「我はオンナだ。そこの違いはヒトも魔族も変わらんぞ。
何故オーカを見初めたのか、という問いなら、気に入ったからとしか言えんな。強いて言えば、オーカの何モノにも囚われぬ振る舞いが気に入った、というところか」
錯乱しながらも、何となく魔王さまの言わんとするところが分かってしまう雨音である。基本的に自分の道しか行かないからな、この三つ編み。
でも魔王さま、見た目通り女性である。胸も大変ご立派だ。
ならば…………と考えてお腹の下の方へ視線を下ろしてしまう雨音だが、間違ってもそんな事聞けない。
ザピロスは同姓婚に関してその辺進んでいるのだろうか。それとも魔王さまが特殊なだけか。
「でもフィンさま、『妻』ったって女同士じゃ子供とか作れなくない? そこはどーでもいいの? もしかして……付いてる??」
女同士の恋愛は否定しないどころか超推進したい三つ編み娘だが、こと王族の妻となれば必要なお勤めというものがあるだろう、と思う。
そこのところを必要なツールに関してまで言及してしまう桜花に、雨音はなんとも言えない顔になっていた。避けては通れない疑問だとは思うけどさ。
「こちらの大陸にはほとんどヒト族しか住んでおらんから、知られてはおらぬか…………。
ザピロスやオーランナトシアには様々な種族がおるからなぁ。『起源の種子』を使えば、種族や男女を問わず子は宿せるな」
そして、これに関して魔王さまの回答が、後々まで凄まじい嵐を巻き起こす事となった。
「マジで!?」
「そんな事が出来るの!?」
「おわぁビックリした!!?」
滅多に見せない勢いのある喰い付き方を見せる三つ編み娘。加えて何故か同じように身を乗り出している銀髪姫さま。
あまりの必死さに、雨音は驚くと同時に何故か妙な危機感を覚えていた。虫の知らせに近い。
そんな曖昧な予感を脇においても、これが地球側の社会に知られると相当マズイ事態になるとも予想できたが。
ここに来て、事態は完全に雨音の処理能力をオーバーフローした。
何故自分はようやく作戦が終わろうという時に、今まで以上に大変な事に巻き込まれているのだろう。
東方大陸への応援、ニルヴァーナを知るという魔王、その魔王にプロポーズされたらしい三つ編みの親友、ついでみたいに出てきやがった同姓妊娠可という爆弾、この後は『テラーブラスト』の後始末も残っているのだが。
そのようにして頭を抱える片想いの相手を見て、三つ編み少女はやや考えた後に、行動に出る事とした。
「んー……ごめーんフィンさま、あたしフィンさまとは結婚できないや」
「む…………?」
ニッコリ笑ってお断りしてしまう三つ編み娘に、呆気に取られたような顔になる魔王の少女。
そうして桜花は流れに付いて来れてない雨音の目の前に立ち、
「せんちゃん……もう解禁だよねー?」
「は? 『解禁』て、なにが―――――――――んゥ!!?」
ジャケットの襟を掴み逃げられないようにした上で、唇同士を当てはめるように押し付けた。
そこから、僅かな間を空けカティとエアリーが悲鳴を上げると、流石に寝ていられなくなった他の仲間も飛び起きる。
何が起こったのかと問われても、真っ赤になってうろたえる黒ミニスカには説明不能。
目撃者の巫女侍は三つ編みの泥棒猫を追い掛け部屋を飛び出し、卒倒した銀髪姫は幼馴染騎士に介抱される。
そして、フラれた直後で何かしら考え込んでいる魔王さま。
あちらこちらで、新たな戦のはじまりであった。
0057:女子高生のアルバムに混じる部隊の集合写真みたいなヤツ 05/11 20時に更新します。
前回更新で次回予告の日付間違えてましたね、ごめんなさい。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、内容を噛み締めておりますよ。




