0049:女王の気位と品性あと態度の大きさ
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三月第2週の土曜日。
午後02時00分。
蹄河原大丘陵、戦闘エリア中央。
中央部西寄りにある戦艦ミズーリ要塞での戦闘は、応援に駆け付けた魔法少女混成中隊が巨大生物と眷属の群れを殲滅した事で終了した。
イレイヴェン第一軍と正面から殴り合っていた怪生物群は、側面から能力者集団の一斉攻撃を受け短時間で壊滅状態に。
単体ではそれほど強力な攻撃手段も持っていないG24『水棲巨人』も、巨大ロボットに撃たれる、巨人にぶん殴られる、大砲で撃ち抜かれる、魔王に爆焔を喰らうなどして完膚なきまでに叩きのめされていた。
「アッハッハ! 異世界の魔道士は見ていて飽きないな! どいつもこいつもエレメンタムの移り変わりも無しに突飛な魔象を起こしておる!!」
「フィンさまフィンさま、その『エレメンタム』ってのは何なのー? 文脈的に魔力みたいな感じー?」
「うん? そうさのう…………。所謂ヒトの魔道士の言う『魔力』とは意味合いが違うな。
魔力は所詮ヒトや我ら魔族、その生き物を生かすだけの力だが、エレメンタムというのはこの世の全てを形作る純然たる要素の事を――――――――」
オープントップの軍用車両の上に仁王立ちし、愉快そうに高笑いするツノ付き少女、その名は魔王『ラ・フィン』。
助手席に乗っていた三つ編み娘の北原桜花は、そんな魔王様を見上げてマイペースな会話を続けている。
「おいクロー、あの……あの人物が本当にザピロスの……? 事実なのか??」
「えーと……正直確証は……。でもウソを言ってるという確証もありません。
それにあの力は本物ですし……今は事実だと考えて対応するのがベターだと思いますけど」
そして、車列の横を駆け足しながら、黒アリスの旋崎雨音と東米国の海兵ダニエル=ブライ一等軍曹が、抑えた声で話し合っていた。
魔王少女とどのようにして出会ったかは、切欠となった妖精の『エディア』の事や三つ編み吸血鬼から聞いた話も含め、黒ミニスカからブライ軍曹に説明してある。
『ザピロス』といえば、東方大陸の南半分を支配する大国、それも海の向こうの国。
そんな所から一国の統治者が単身――――――妖精はカウントし辛い――――――戦場に来ているというのは、冷静に考えれば信じ難い事ではあった。
しかし、その実力は本物である。
妖精女子は、「魔王はひとりで巨大生物を退けるほどの力を持つ」と語っていた。
事実、その後戯れのように魔法少女中隊に加わった魔王ラ・フィンは、
『終末の焔! 理ごと全てを焼け!!』
と謳い腕を振り上げると、全長420メートルの巨人型巨大生物を炎の柱で飲み込んで見せるのだ。
能力者と比較しても、東米国の基準で言うS級能力者を大きく超える力。
その前には、魔王の肩書きが事実か偽りかは関係なかった。
「クロー! 無事で――――――!!」
「お待ちをエアリーさま!」
「殿下!!」
イレイヴェン第一軍と合流した事で、総大将であるのエアリー王女が黒アリスの方へと駆け寄って来る。
だが、黒ミニスカの近くで踏ん反り返る人物を見て、幼馴染のイケメン騎士(♀)や熊のような将軍が血相を変えて追い掛けてきた。
それがどういう存在か、あらかじめ通信で聞いていたのだ。
そこのところは王女も同じなはずだったが、恋する何とかはイノシシと同レベルに堕ちるのだろう。
「エアリーお疲れ様。待たせた?」
「いいえ、クローを信じて守り一辺倒だったからそれほど――――――――」
黒アリスしか見えていなかった銀髪姫も、自分を興味深そうに眺めているツノ付き少女の存在に大分遅れて気が付く。
エアリーとイレイヴェン国だけではない、ナラキア地方と往来の殆ど無い東方大陸の住人、その『魔族』と長である『魔王』は半ば伝説と化した存在であった。
今に語り継がれる、忌まわしい流説と共に。
「ガルザ=イヴの……エルトラ王の末裔か。優男のクセに骨っぽいところのあるヤツだったが、面影があるではないか」
うっすらとした魔王の笑みに、銀髪姫が思わず喉を鳴らす。
100年以上前に失敗に終わった、中央大陸解放遠征軍。
その際に人類の旗頭であった『勇者』を殺し、後にも神聖国アークティラやニウロミッド帝国を相手に戦い続けているという、『恐ろしい魔王』。
人類全ての敵、とされる存在だった。
もっとも、その辺の話は最初から半信半疑だったので、エアリーとしても即座に敵とは看做さなかったが。
「…………私はエルリアリ東の畔の国、イレイヴェンを継ぐデトリウス王の子、エアリーと申します。ご貴殿は……恐れながら、魔族の国の魔王陛下でいらっしゃいますか?」
「ん? まぁ身の証を立てる物など持っていないが、そういう事になっておる。まぁ我はただこの大陸の者たちが、どのように邪神へ立ち向かうか見極めに来ただけだ。そこいらの雑兵と同じように扱ってくれれば良いぞ」
『雑兵』ってそんな風格じゃないだろうが、と横で聞いていて雨音は思ったが、エアリーが礼を尽くしているので余計な口出しは慎んだ。実際問題一般市民の女子高生に王とか王女とか付いていけない。
とはいえ、エアリーの方も王族として一国の王(暫定)を無碍に扱う事も出来ないだろう。
戦争で一軍の将を務めているだけでも大変なのに、文字通り降って沸いた大国のVIPの相手まで並行してこなさねばならないとは。
しかもここは母国でも王城でもない。持て成しようもない。でも雑に扱うとイレイヴェンの格が問われる。
酷い話だった。
「さぁて雷神どの、邪神はまだまだ残っているだろう? 次はどう攻めるのかな??」
「そうですね…………二等、じゃなくて一等軍曹! 状況教えてー!!」
この辺の事情はラ・フィン魔王閣下も承知しているらしい。
エアリーに考える暇を与えないというエグイ優しさでゴリ押しするつもりのようだ。
その辺の事情は雨音にも察する事ができたので、お言葉に甘えて盤面を次に進めるつもりだった。
◇
新幹線のように猛スピードで流れていく胴体に、能力者たちが両面から攻撃を仕掛ける。
しかし、高速でうねる巨体はマトが絞れない上に、当たり前のように表面のウロコも戦車装甲並みの頑丈さ。
ビームやレーザーが表面を舐めプラズマ砲が破裂しミサイルが爆炎を上げ、ロボットや巨人がしがみ付いても、その巨大生物は全く止まらず人類を襲い続けた。
「ゴルゴンの禍ツ神か。相当に古いヘビと見える」
「フィンさまはこの巨大生物知ってんのー?」
「中央大陸に赴いた折にはこれが群れでおったからな。だがコイツは長老格の大きさだのう…………。『翠玉の邪神』程度にしては、少々厄介かもわからん」
そんな相手を正面にしながら、のんびりとした調子でお喋りしている魔王と三つ編み吸血鬼。
ざんばら髪の頭部に上半身が四つ腕の巨大生物、G30『蛇の女王』全長約700メートルは、奇声を上げ縦横無尽に吹き荒れる風のように暴れ回っている。
「死ねぇええええ!! ――――――――え? え!?」
「なんだ!? クソッ!? どうなってる!!?」
金色パワードスーツが大剣を振り上げ飛びかかるが、何故か途中で目測を誤り全く違う方向に飛んでいってしまった。
慌てたヒト型戦車が機関砲で迎撃するも、巨大なマトが自ら接近してくるにもかかわらず照準が定まらない。
逃げ遅れた機械式ガントレットの能力者は、間に入った無人装甲車の陰に隠れて危機一髪だ。装甲車は潰されたが、ギリギリ隙間が空いて助かった。
『提督! 巨大生物が何らかの迷彩を展開して狙えません!!』
「ッ……『錯乱』ってのはこの事か! 46センチ砲の流れ弾とか洒落にならないから、動きが止まるまで待って! エアリーはイレイヴェン軍を退げて! 遠距離攻撃はフレンドリーファイアに注意して面で攻撃! 頑丈が自慢の能力者は胴体の真ん中を攻撃して、出来れば足を引っ張って! 戦車は水平射禁止! 繰り返すけど射線上に友軍がいないか注意!!」
敵味方入り乱れる戦場に、ヒト型護衛戦艦ムサシと艦長の宮口文香も手を出しあぐねている。
既に交戦していた部隊からの報告で、G30が何かしらの手段で視界を撹乱するらしいとは聞いていたが。
一方向に攻撃を集中できない怪生物戦や巨大生物戦では、現代兵器は思わぬ弱点を曝け出す事が多々あった。
「ええい面倒な……! しかも顔が怖いよアレ!!」
「アマネー……!」
「どうだったカティ……ってどうしたのアンタ!? 大丈夫!!?」
「ゴメンなサイー、さっぱりアカンかったでシタ」
爆走するモンスタートラックの荷台から指示を出していた黒アリスだが、そこに別行動を取っていた巫女侍が帰着。
その格好は土塗れで、若干しょんぼりしていた。
持ち前の超怪力に物を言わせて巨大生物の足止めにかかったが、相手の勢いを止め切れず、踏ん張った足下から地面を掘り返して埋まったらしい。
雨音はとりあえず顔の土埃だけは払っておいた。
「クイーン後ろに来てる! 掴まれ!!」
「うおッ……と!?」
この間にも、四つ腕ヘビ女の巨大生物が地面を這って追いかけて来る。
速度では勝負できないモンスタートラックは、車体を振りながら大きく進路変更。荷台の黒アリスは、巫女侍が落ちないようにガッチリ掴まえていた。
直後に、トラックの真横を高い壁のような巨大生物が轟音を立て通り過ぎていく。
ヤバかった、と冷や汗をかく黒ミニスカだが、そこで気が抜けるほど可愛げのある魔法少女でもなかった。
「至近距離もらったぁ! 銃砲形成術式・臨界突破!!」
黒アリスは白銀の回転拳銃を7連砲身回転機関砲へ換装させると、巨大生物に触れんばかりの近距離から発砲。
戦車を潰せる30ミリ砲弾を、秒間65発で叩き込んだ。
巨大ヘビ女は視覚を惑わせて来るらしいが、だったら火制範囲が広い兵器を使うか、外しようのない距離から叩き込めば良いだけの話である。
「キィィイイイイイァアアアアアアアアアォオオオオオオオオ――――――――!!!!」
夢に見そうなほど嫌悪感を覚える叫びを上げ、巨大ヘビ女が身を捩って急速反転。モンスタートラックはその際に体当たりで吹っ飛ばされた。
黒アリスは巫女侍に抱えられて無事に地面に降りるのだが、これで次は自分達の攻撃ターンが来ると直感する。
「全員攻撃準備! 逃げるか動きを止めるかしたら巨大生物の周辺に無差別飽和攻撃! 二等軍曹!!」
『攻撃準備! 攻撃準備! 合図したら全力で叩き込め! ウェポンフリー! 目標は適当でいい撃ちまくれ!!』
雨音の狙い通り、四つ腕ヘビ女は巨体からは考えられないほどに素早くとぐろを巻くと、鎌首らしき女の上半身を高く持ち上げた。
警戒していたか威嚇か、いずれにせよ致命的な隙である。
この機を逃さず畳み掛けようと、タイミングを計っていたヒト型護衛戦艦ムサシの46センチ砲3基9門が一斉に砲撃。
併せて、特殊戦車51両が主砲と特殊兵装を斉射。
遠距離に対応できる能力者50名以上も攻撃を放ち、G30『蛇の女王』のヒト型の部分を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「うぉおおおおお!」
「いよっしゃぁああああ!!」
「いえぁああああああああああ!!」
無線と生の声で、ナラキア連合軍と能力者たち、魔法少女混成連隊の歓声が一帯に轟き渡る。
正直なところ、雨音はもうグッタリという気分だった。
命がけな巨大生物との戦いも慣れというか麻痺してきた感があるが、それでも疲れるものは疲れるのだ。
「これで……残り11! 次!!」
それでも、自分に鞭打って次の戦場に向かってしまう、夢と希望ではなく責任感と強迫観念を動力源にする魔法少女である。
◇
中央北部から突っ込んできたG30『蛇の女王』を倒して間もなく、魔法少女混成連隊は北上してきたG10『有翼鰐竜』全長約650メートルとの交戦に突入。
巨大生物は既に東米国空軍との戦闘でダメージを受けており、飛行能力も無くしていたのでゴリ押しで撃破できた。
具体的には、超巨大戦車が逃げ損ねて食べられかけたところで口内に280ミリ2連装砲を叩き込み、開いた口が塞がらなくなったところを巨人能力者に強制オープンさせてありったけの攻撃をぶち込んでやった。
ここでも、先に戦っていた飛竜騎乗能力者や18メートルのロボット型能力者、何でも食べる能力者などといった面子を加え、魔法少女混成連隊は中央部での戦闘を終了。
しかし、この時点で巨大生物と怪生物群『死の濁流』の最先端は王都マムスに到達しており、黒アリスたちは全速力でこれを追撃しなければならなかった。
巨大生物の残りは、10体。
王都マムスでの戦いが、本作戦『テラーブラスト』の最終決戦となるのは間違いなさそうである。
0050:上がり3ハロンを待たず先頭集団を蹴散らしに行く大穴 05/01 20時に更新します。
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