0003:対岸の火事より足元の小火
平時であれば「吸血鬼が」どうとか言った所で、単なる都市伝説や噂話だと言われるのが関の山。半月前なら、雨音だってそう言っただろう。
「だからね、仮にいるとしたならば、やっぱり『ニルヴァーナ』絡みだと思うわよ」
「吸血鬼になる魔法少女デスか?」
「いやどうして魔法少女縛りなのよ?」
「でもありそうな話デース。古米国でもディープなマニアは自分の歯を尖らせたり棺の中で寝たりするデス。憧れちゃってるニンゲンは意外と多い思マス」
「いるんでしょうね、そういうヒトって。それとカティ、あんた元に戻んなさい」
「エー……」
「『エー』じゃない」
先の事件後、秘密を共有した雨音とカティの距離はより密になり、学校などでは二人の仲が怪しいとまで言われる始末。そこでカティが「一向にかまいまセーン」とか言ってしまうのがまた、あらぬ想像をクラスメイトに掻き立てさせていたのだが。
とは言え、誰に何をどう言われようとも、雨音にとってカティは手のかかる妹のようなものだ。放っておけないし、嫌いではない。
特に、カティがほとんど家に一人でいると知ってからは、どちらかが泊まりに行く、または来る事が多くなった。気が付けば、学校でも放課後でも、ほとんど二人は一緒にいる。本当の姉妹のようだ。
今日はカティが雨音の家に来ている。既に家族も、カティの見た目とキャラクターに慣れていた。
「あんたの家ならいいけど、うちは家族がいるし。間違ってその格好見られたらどうすんの」
「ハジメまして、秋山勝左衛門でゴザル。と自己紹介しマス」
「そういう問題じゃねぇ。そもそもなんなのその名前」
「剣客を商売にしてマース」
ちなみに、カティ⇒かてい⇒勝⇒勝左衛門、というアレンジらしい。お雪さんがいうには、カティはこの名前を考えだすのに3時間転げ回ったとか。
「……分かったから、とにかく元に戻んなさい」
ぶー、と分かり易く不満を見せるカティに苦笑し、雨音は話を本題に戻す。
本題、とは吸血鬼がどうとかではない。間近に迫るテスト勉強の方だ。
確認するまでも無かった事だが、カティの学習の方は壊滅的な状態だった。
中間考査に占める第一学年の評価の割合は大きくないとはいえ、このままのペースでいけば夏休みが補習で潰れるばかりか、来年は雨音がカティの先輩になってしまう。
そうなればカティは大人しく留年するどころか、学校を飛び出して本当の意味で素浪人にでもなりかねない。
しかも、それもカッコいいカモとか思っていやがるのだこのバカ娘。
「流石にそんなのは切なすぎるので、あるいは人生的にも刹那的過ぎるので、雨音さんがカティの残念な勉強の方を補正すべく――――――――――――」
「『ニルヴァーナ』に記憶力も良くしてもらえば良かったデース」
「ヒトの話を聞け」
変身を解き、露出過剰な改造巫女装束の黒髪美女から、素の状態の小型金髪娘に戻るカティ。
しかし、やる気の無い態度も露骨に、テキストのある卓の方へは目もくれず、雨音のベッドにゴロゴロと寝転んでいた。短いスカートも乱れ、お行儀が悪い事この上ない。
「……総領事の娘さんが、赤点、赤点、赤点の上に留年とか言ったらマズいんじゃないの?」
「別にカティは困らないデース。あの人達もカティの事なんか気にしてないデスよー」
この話はちょっと地雷気味だったか、と雨音は自分の発言を反省する。
家を見てそんな気はしていたが、カティの御家庭事情は円満と言い難いものらしい。
姉のような気持ちになっていた雨音だが、その実は単なる猫可愛がりなのかもしれない。
実際同い年なのだから、偉そうに説教が出来る立場ではないし、人生においてイレギュラーな秘密をお互いに持ち合うだけなのが、多少特別と言うだけの事なのだろう。
そこの所を雨音も理解した上で、
「………あたしは困るのよね。カティが一緒に進級してくれないと……」
「………アマネが、デスか?」
それ以上雨音は何も言わず、無言のままにカティの居るベッドに腰掛けた。
カティは暫し、仰向けのままで雨音の肩越しに見える貌を見つめて、その真意がどこにあるのかを知ろうとする。
だが心が読めるワケでも無し、そんな事が分かる筈もないと起き上がり、ベッドの上で雨音へ向き直った。
「……カティが一緒に進級しないとアマネが困るデス?」
「でないと学校で会った時に気まずいでしょ?」
「それだけ……なんデス?」
素気無い返事に、カティの顔から持ち前の明るさが消えていく。
雨音は横目でカティを見つつ、極力平坦な声色を装おうとし、
「そ、そういう事にしておきなさいよね………」
若干照れが入って失敗した。
カティだって猪武者なだけで鈍感と言うワケではない。至近距離の雨音の様子には、イヤでも気が付く。
「………ぅう~~~~~!!」
「………?」
カティは俯いて何やら唸りだした。
泣いている様子でもなく、一体どうしたかと内心で動揺しながら、雨音は様子を見ようと覗き込み、
「やっぱりアマネはカティの嫁デース!!」
「キャァア――――――――――――!!?」
喜色満面なカティが雨音へと飛びかかり、体当たりのような勢いでベッドに押し倒した。




