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終いには『お試し期間で』、『クーリングオフ可能で』、『解約は無料で』とか、またぞろどこぞの契約詐欺っぽい事を言いだした謎の存在。
言えば言うほど、胡散臭さが増加して行くあたり、あるいは詐欺に向かない相手なのかもしれない。
当然、それらの口約束をそのまま信じるほど雨音も純ではないつもりだ。
雨音は、相手の手の内を知って、ここから脱出する糸口になれば良い、と思ったのだ。
決して厨二的な響きの「特別な能力」とやらに惹かれたワケではない。
「お姉ちゃん、その目付きは年頃の女の子の物じゃないよ。罠を警戒するオオカミの目だよ」
影も形も無い奴にそんな事言われなくない、と雨音は物申したいが、事実そんな目をしていた。
こんな状況に放り込まれれば、誰だって警戒心丸出しの疑心暗鬼に満ちた目にはなるだろうが。
「あとお姉ちゃん、またスカート捲れてるよ」
「ッ――――――――――!? そうりゃっっ!!」
全力全開JKキック。声のする空間を、雨音の慈悲が無い蹴りが薙ぎ払う。勿論手応えは皆無だった。虚しい。
おまけに、脚を振り上げたせいで必然的にシマシマが丸見えだった。
「ちょっと見ないでよ!! 変態!!」
「仕方ないよ、この空間全てがボク達なんだから。人間のお姉ちゃんには理解出来ない感覚だろうけど、ボクらは全方位あらゆる角度から同時にお姉ちゃんを観測しているんだよ」
つまり真下なんて丸見えである。携帯電話でパンチラ盗撮とか言うレベルじゃない。
「な………!? ぎ、ギャァアアアアアアアア!!! ウギャアアアアアアアアアア!!!」
「お姉ちゃんそこはせめて『キャアアア』くらいにしておこうよ」
よせばいいのに余計なことを言って、よせばいいのに余分な一言を付け加える、ユーザーに優しくないガイダンスプログラム。
人並に羞恥心のある少女は乙女的断末魔を吐き出しながら、スカートを抑えて手を振り回し無駄な攻撃を繰り返す。
行動だけは可愛らしかった。
「分かったわよ……じゃあ消えて。検索ワード『お前を消す方法』」
「お姉ちゃんサラッと心を抉る酷い事言った。そんな呼ばれなくても出てくるイルカのアイコンじゃないんだから、簡単には消えられないよ。そんな事したらお姉ちゃんを助けてあげられなくなるでしょう?」
「助けるどころかさっきからメチャクチャあたしを追い詰めてるけどね、あんた」
荒く息を突き、項垂れる雨音さん。
何か飲みモノが欲しい所だ。
「何が欲しい、お姉ちゃん?」
「あー……なんでも……いや、四谷サイダーとか?」
「はい」
と、思っていた所に、今まで白一色だった空間で、ポツンとした変化があった。
俯く雨音の目の前に、何やら木目模様のテーブルの脚がある。
顔を上げれば、そこには木製の丸いテーブルが。真ん中には、コンビニや自販機で当たり前に購入できる、『四谷サイダー』のペットボトルがあった。
「………マジか」
「アーカイブの中の最新のを構築したんだけど。お姉ちゃん、年代にまでこだわりがある?」
そんな物ある人間が居るのか。居るかもしれないが、雨音には無い。
テーブルの上のペットボトルは、「キンキンに冷えてますよー」と主張せんばかりに表面に水玉が浮いていた。ボトルのくびれまでウルトラセクシーに見えてくる。
ゴクリ、とお約束のように雨音の喉が鳴った。
そういえばここに来てどれほどの時間が経っただろうか。
そう思ってしまうと、どうにも堪らなくなってしまう。
「これ………飲めるの? 飲んでも大丈夫??」
「問題ない筈だよ。お姉ちゃんの世界の市販品と全く同じ物だから。メーカー自体が毒素を入れてたりしたら責任持てないけど」
そういえば有害物質の基準は国ごとに違ってたな、とか思い出してしまう雑学JK。
だが、実際に売っている物と同じなら、
「~~~~~~~っはー……………染みるわー」
美味かったです。
一口目で喉を潤し、二口目からあらためて味をみた。紛れもなく四谷のサイダーおぶめいどいんじゃぱん。
「でもコレ、どっから出したの?」
見回しても、何もないのは先刻承知。真っ白な冷蔵庫でもあれば話は別だが。
「イントレランスのアーカイブ内には無限と言っても良い程の観測情報が収まってるんだ。それを再現しただけだよ」
「つまりここだけ……凄いヴァーチャルリアリティー、みたいな?」
「そうだね。ただ、ここで再現するのは視覚情報だけだけじゃないけどね」
「何だって作れるんだ?」
「アーカイブ内に無い情報は無理だけどね」
何だか知らないが、物体を丸ごとスキャンしたデータがあれば、この空間で何でも作れるという事だろうか、と理解する。
それは面白いなぁ、と、迂闊にも雨音は思ってしまった。
そして、悪魔の嗅覚はまさしく、悪魔の如く鋭いのだ。悪魔ではなくガイダンスプログラムだが。




