0048:魔王といっても責任ある役職に違いもなし
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三月第2週の土曜日。
午後01時21分。
蹄河原大丘陵、戦闘エリア中央。
西側にある戦艦ミズーリ要塞のひとつ、その戦闘エリアで魔法少女混成中隊約200名及び特殊戦車51両は、G6『異形アリ』と群れの大半を殲滅。
その際、成り行きで中隊を指揮していた魔法少女、黒アリスが事故により孤立する事となる。
一時的に混乱する混成中隊だったが、そこを今まで指揮を補佐していた海兵隊のブライ一等軍曹が勢いで纏め上げ、戦闘行動を継続させていた。
現在は黒アリスとの連絡も繋がり、海兵と能力者から成る迎えの部隊を出し合流を急いでいる。
死ぬほど心配した親友の魔法少女たちも一安心だった。
『それじゃ雨音、怪我とかしてないのね!?』
『うんまぁそれは大丈夫…………頭も平気だからね!』
「まーいきなり消えて『妖精さん』とか言い出したらフツーに脳が……って思うよねー」
『しかし飛ばされた首が直撃コースとは、雨音さん運が悪すぎます』
『寿命が縮んだわよ旋崎さん…………』
通信で話をしながら、半裸カウガールや鎧武者、チビッ子魔法少女刑事はホッとするやら首を傾げるやら。
『黒アリス』の旋崎雨音は、怪我こそしないが逸れた先で妙な出会いをしたらしい。
そもそもどうしていきなり離れたところに移動したのかも聞いていないが、なにぶん今は戦闘中。
怪生物が無限に襲い掛かって来ている最中に、原因の追求などしている暇は無かった。
「ギィイイ!!」
「うわーやられたー! なんつって『ぶらっどみらーじゅ』! とうッ!!」
三つ編みに黒外套の吸血魔法少女が、怪生物に胸を刺される。
と、思わせてそれは幻影であり、槍に突かれたはずの三つ編み少女の姿は掻き消え、直後に怪生物は反対側から怪力でぶん殴られていた。
「ブゲッ!?」という悲鳴だか体内から漏れた空気だかの音を残して吹っ飛ばされる、潰れたヒト型怪生物。
「ハーイいらっさーい♪」
飛んで行く先には長い金髪に悪魔的ボンテージ装束の美女がおり、空の棺桶を開き待ち構えていた。
棺桶に怪生物がストライクすると蓋を閉ざし、地面の段差に出来た影の中に沈んで行くボンテージ美女のマスコットアシスタント。
「よっしゃーチャージ!!」
閉じ込められた者は吸血鬼への贄である。
活動する時間を奪い、その分を三つ編み吸血魔法少女の力に変えるのだ。
「うわーん弾無いよー! せんちゃんカムバーック!!」
銃と兵器の魔法少女から機関銃をもらっていたが、生憎と弾を使い切っている。
仕方ないので、三つ編み吸血鬼の北原桜花は鎖付きの棺桶を振り回して突撃。
そんな攻撃手段こそ単純だったが、なにせ腕力が人外と化しているので怪生物は近付く事もできなかった。
周囲の味方も近付けないので距離を取っていたが。
『このままミスト中隊はビッグエム東側面に取り付け! 敵を排除したら集結しろ! 体勢を立て直し西側のイレイヴェンを支援するぞ!!』
ブライ軍曹の声が無線越しに響いている。
能力者と特殊戦車の集団は、主を欠いた怪生物の群れを駆逐しつつ、要塞となった戦艦へと突き進んでいた。
ロボット、サイボーグ、ヒーロースーツ、モンスター変身、怪物アバター、二次大戦時魔改造戦車、それらが横並びになり正面へ火力を集め、障害となるモノ全てを吹き飛ばしている。
恐らく有史以来最も高火力を持つ戦闘群は、ブルドーザーで土を押し戻すかのような勢いで怪生物の集団を蹴散らしていたが、
そんなところを、トコトコ逆に歩いてくる人間らしき少女の姿があった。
「んな……!? なんだぁ!!?」
『能力者!? なんであっちから来るんだ!? イレイヴェン側に行った応援か!!?』
近場にいたライオンロボットに搭乗していた能力者とアンドロイド能力者が、困惑のあまり思わず足を止めてしまう。
この戦場においては、奇妙なモノは基本的に能力者か怪生物だ。中には怪物然とした姿に変身する能力者もいるので油断ならない。
その少女は、肩と胸元を大きく開けた、青く透ける深い紺色のドレスを身に纏っていた。白い肌の巨乳だ。
長い髪は内に鮮血が脈打つような赤混じりの黒で、頭の両側からは捻じ曲がった四角錐の鋭いツノが伸びている。
ドレスは背中も開いており、そこからはコウモリに似た黒い皮膜の羽が外套のように生えていた。
一見すると、能力者のひとりであるという回答が最も単純だ。
だが、直接見た者にしか分からないが、その少女はその辺の能力者とは品が違い過ぎた。
「むーん……おらんな。拙いぞ、見失ったまま帰ったとなればメレフにどんな目に遭わされるやら…………」
何やらブツブツ呟きながら、正面の能力者たちが目に入っていないかのように、忙しなく周囲を見回すツノ付き少女。
怪生物は次から次へと襲い掛かっているのだが、ある距離まで近付くとツノ付き少女が見えない速度で腕を振るい、次の瞬間には原形を留めていなかった。
動きだけ見ても、基本的に一般人で戦闘に慣れていない能力者と明らかに違うのが感じられる。
そんな少女も油断するのか、左右からほぼ同時に来るヒト型怪生物を薙ぎ払った直後、真後ろから急降下してくるウロコに覆われた怪鳥型生物には対応できないように見え、
「そーりゃっさー!」
それを三つ編み吸血鬼のぶん投げた棺桶が空中迎撃。
更に、ツノ付き少女の周りに自分の幻影を複数投影し、
「質量のある残像あたーっく!!」
新手の怪生物が三つ編みの幻を襲う間に、真後ろから約20キログラムの機関銃をフルスイングした。なお特に科白に意味は無い。
宇宙世紀的に無双する三つ編みに続き、他の能力者たちも怪生物の殲滅を継続。
駆け足気味に、ツノ付き少女の脇を通り過ぎていった。
「おねーさん味方と逸れた能力者のヒトー? とりあえずあたしらの部隊に付いてくればいいんじゃね? ウチの部隊はそんなヒトばっかりだよ」
「ほう…………さようか」
銃身のへし折れた機関銃を残念そうに見ていた三つ編みも、ツノ付き少女に声をかけて中隊に付いて行く。
そんな三つ編み吸血鬼を少しの間呆と見ていたツノ付き少女だが、やがて何やら面白いモノを見付けたような顔で、その後に付いて行った。
◇
魔法少女混成中隊は、ミズーリ要塞東側の怪生物を蹴散らし集結中だった。
戦場ド真ん中での束の間の休息だが、右を見ても左を見ても敵がいるのだから是非も無い。
疲れ知らずのマスコットアシスタントや自立型アバターを出せる能力者は、周囲にいる少数の怪生物を排除させ安全を確保している。
更に、戦艦の中に引っ込んでいたバルディア第二軍が外に出て再展開中であり、魔法少女中隊も多少は楽になると思われた。
そんな中、
「うわ!? ホントに妖精じゃないのよ!!?」
「そういう能力者の方ではないのですか!?」
「いや、なんかお隣の大陸のヒトなんだって…………。ね? エディアさん」
「はッ……はい! こちらの国が邪神との戦に臨むと聞き及びまして、魔王さまがそれを観戦すると仰ると、私たちシルフィンの女王であるメレフさまが私に同行をお命じになりました。
そして、ここで見聞きしたモノを報告するように、と――――――――」
合流した魔法少女の黒ミニスカと尻出しカウガール、フルアーマー鎧武者、巫女侍は、小さな遭遇者と顔合わせしていた。
黒アリスの肩に所在なさ気にとまっていたのは、透き通った翅を背負う、紅葉色のミドルボブカットな少女だ。
身長17センチほどで、ピンクのブラウスに膝丈のスカートをはいている。
最初は黒アリスの脳を心配していた失礼な友人たちも、いざミニチュアのような少女を見ると目を丸くし驚いていた。
あと、雨音は自分に謝れと思う。
さりとてそんな事を言う気にもなれないのは、『エディア』というミニ少女の語る事情が、少々刺激的だった為だ。
シルフィンという種族の少女は、ナラキア地方がある西方大陸ではなく更に西にある東方大陸の国、『オーランナトシア』の出身だと言う。
何故西にあるのに『東方』かと言うと、大陸の呼び名が旧中央大陸を基準にしている為だ。中央から見ると、ナラキア地方のある大陸は西側という事になる。
オーランナトシアは東方大陸の南半分『ザピロス』に隣接する島国で、主にヒト以外の種族が共存して生きているという話だ。
しかし、オーランナトシアと現在地のナラキア地方北部は、世界の反対側と言って良いほど距離が開いている。
どうしてまた身長17センチくらいしかない少女がそんな距離を旅して来たのかと言うと、前述の『魔王』なる人物にくっ付き飛んで来たという事だった。
『魔王』である。
巨大生物だけでも十分大騒ぎだというのに、雨音としては正直これ以上の大物をねじ込んでくるのは真剣にやめて欲しい。
さりとてその穏やかではない称号とは裏腹に、このミニマム少女の話し口調を聞いていると、それほど恐ろしい相手ではないようにも思える。
通信でイレイヴェンの王女(妹)に聞いたところ、東方大陸にシルフィンなる種族が実在しているという裏付けも取れた。こんなところにいるという事には相当驚いていたようだが。
「『魔王』……最強の異世界ムーヴ来たわね! って事は勇者なんかもいるのかしらー?」
「えーと……確か100年前は魔王さまのご友人だったと聞いた事があります」
「魔王と勇者が友人だった? 何やら我らの知る所謂『魔王』という存在とは趣を異にするようでござるな」
「いやサラッと『100年前』とかね……。それで、エディアさんと一緒に観戦に来たんだっけ……。それだけ? ホントにそれだけで帰る??」
尻ガールが無闇にテンションを上げていたが、やはりゲームやアニメといった創作物とは違うのか、そんな恐怖で世界を支配するような存在ではないようだ。
あるいは雨音がそう思いたいだけなのかも知れないが。
いずれにせよ100年前から存在しているという時点で、やはり人外である。
そして最大の問題は、その魔王とやらがこの戦場に来ていたという点であろう。
「あの……あんまり言いたくないけど、この混乱の中に迷い込んでいるのだとしたら…………」
チビッ子魔法少女刑事が、予想を口に出すか否か迷っていた
ミニマム少女のエディアと魔王は、戦場のド真ん中で逸れたのだという。魔王が巨大生物と人類軍の戦いを見る為に、近付き過ぎたのが原因だ。
黒い球体の頭をした巨大生物が強烈な衝撃波放ち、それを受けて墜落し離れ離れになったのだとか。
「だ、大丈夫です、きっと! 魔王さまはおひとりで邪神を退けるほどの力をお持ちですから!!」
と、黒アリスの金髪を握り締めて力説するミニ少女。それが事実なら、魔王の名の面目を躍如し戦場で戦い抜くのも不安はあるまい。
問題は、どうやってその魔王とやらを見つけ出して、この妖精少女をお返しするかだが。
「……え? あ! 魔王さまー!!」
「え!?」
「はぁ!? ち、ちょっと待った――――――――!!」
どうやら考えている間に向こうから来てしまったようで、もう少し心の準備というか迎撃態勢を取る時間が欲しい雨音は慌てていた。
なんと言っても、ザ・魔王である。
いったいどんな物凄いのが来るのかと、ミニマム美少女の手の振る方へ目を向ける、黒ミニスカ以下魔法少女ども。
ところが、そちらにいたのもまた、魔法少女のひとりであった。
「うおー! なんかせんちゃんの肩にカワイーの乗ってるー!!」
中隊の能力者やら海兵やらの間を小走りで寄って来たのは、故あって若干遅れて来た三つ編み吸血鬼だった。
まさか吸血鬼がいつの間にか魔王にレベルアップ!? とやや錯乱気味の雨音だったが、どうやらそうではなく隣にいる人物がそうであったらしい。
「おお!? エディアよ! オーカに付いて来たらなんたる幸運! どうやらその方はまこと我の幸運の女神であったようだな」
「えー? それを言うならせんちゃんの方じゃないかね? まぁせんちゃんは運とか不運とは微妙に違うところにいるかも分からぬ。なんていうかこう運命力尽くみたいな」
三つ編み吸血鬼へ親しげに話しかけているのは、ドレスを纏う黒髪のツノ付き美少女だ。
その背中に外套のような翼手を広げ、浮かべる笑みには強者の尊大さを窺う事が出来る。
少女の姿というのは意表を突かれた思いだが、言われてみれば魔王らしく見えなくもなかった。
どうして桜花と一緒にいるのかは謎だが。
黒ミニスカの肩にいた妖精少女が、透き通った翅をパタパタさせて魔王の方へと泳いで行く。ちょっぴり肩が寒く感じる雨音である。
魔王の方は慣れた様子で、手の平を差し出し妖精の止まり木としていた。
高貴さを滲ませる人外の女王に庇護欲を掻き立てる小さな少女という光景は、荒れた戦場の中にあって幻想的なモノを感じさせる。
「やれやれ助かったひと安心だ。お主に何かあったらメレフに泣かれるからな。昔からアレに泣かれてはどうにもならん。その後にとんでもない仕置きを思い付くのだぞ!? あやつは完全に生まれを間違えた」
魔王の少女はしばし悔恨に満ちた顔をしていたが、やがて王者の微笑を取り戻して魔法少女たちに向き直った。
赤い瞳は目力も非常に強く、気の小さな魔法少女は思わず一歩下がってしまう。
「その方がエディアを守っていてくれたか? 我が名は『ラ・フィン』。魔王などと呼ばれておるが~……まぁ単なるザピロスの統治者よ。ヒトを取って食う趣味は無い故、無闇に恐れる必要はないぞ?」
「はぁ……それは、恐れ入ります。えーと、く、黒衣アリスと申します。こちらでは『雷神』クローの名前で通っておりますがー…………」
唐突な対面に、雨音はまだどのような姿勢でこの相手と向かい合えばいいか分からずにいた。
ザピロスとは東方大陸の南半分、ナラキア地方と同じくらい広大な領土を持つ国だ。そこの統治者ともなれば、当然かなりの地位を持つという事になる。
そんな相手にこんな場当たり的な挨拶で良いのか? と雨音も思うだが、いかんせん準備をする暇など無かったし、今の状況では埃を払い身なりを整える事すらできやしない。
幸い相手も気にした様子は無く、その寛容さに期待するしかなかった。
そして例によって偽名スタートなのが後ろめたい。もう本名を名乗っていもいいかな? とは思うのだが、まだそこまで自分を捨て切れないでいるのだ。
「魔王とかマジか……。てっきり能力者の娘かと思ったよー」
一方でマイペースを維持するのは、ここまで魔王を案内してきた三つ編み吸血鬼である。
これでもイイとこのお嬢様で目上相手の礼節対応は弁えているはずなのだが、既に友達感覚。
さりとて桜花も相手は選んでいるらしく、その嗅覚はバカにできないのも事実だった。
「我も異世界から来た魔道士『雷神』の名は耳にしていたが、他にもこれほど多くの魔道士が邪神との戦いに加わっているとは思いもしなかったわ。それに、面白い力を持つ者も多い。
……なにやらアンリのヤツを思い出すな。エレメンタムに因らず魔象を起こすところなどが全く同じだが、よもや…………」
魔王娘の方はというと、良く言えば個性的な魔法少女の面々を興味深そうに見回していたが、何かに気付くと神妙な顔付きとなる。
それは今までの上位者の余裕を含んだものでは無い、追憶や憐憫、何かに思いを馳せるモノだった。
「クロー! ここにいたか、一等軍曹が補給を頼みたいってよ。それが終わったらビッグエムを北回りでイレイヴェンの支援に行くぞ!」
「あ、了解です。さてお仕事お仕事…………」
そうこうしている間にも、魔法少女混成中隊の再集結が進んでいた。よそを支援していた海賊ギャルや魔法少女刑事も合流して来る。
知り合いのアフリカ系海兵に呼ばれた黒アリスは、巫女侍と一緒に戦車隊の方へ。
「魔王……陛下はどうされますの? 私たちは次の巨大生物……邪神との戦いに向かいますが」
お嬢様モードのカウガールが問うと、やや考えた魔王は三つ編み娘の方を見てニヤリと笑った。
「そうであるな……元はと言えばこちらの大陸の邪神との戦いを見極めに来たのだった。いっそこのまま、邪神と異世界の魔道士たちの力も見せてもらうとしようか」
「ええ!? でも魔王さま、ジル・オルさまとベ・クタさまは今頃心配されてますよ!!?」
「なんで我より弱いヤツに心配されねばならんのだ。案ずるなエディア、この魔道士たちは強いぞ。……万が一の時は、連れ帰りたい者もおるでな」
魔王様まさかの魔法少女中隊編入に、手の平の上にいた妖精少女が驚きの声を上げる。翅をパタパタさせて感情を出すのも非常に愛らしい。
ところが魔王は、妖精っ娘の危惧を面倒臭そうに一蹴。どうやらお供の部下を近くに置いて来たらしいが、それも知った事ではないと言う仰りようだ。ザピロスの国民も苦労してそうである。
こうして、魔王ラ・フィンとおまけ的妖精少女のエディアを加え、混成し過ぎな魔法少女混成中隊は進撃を再開。
これ二等軍曹にどう説明すればいいの? と頭が痛い思いをするのは、例によって黒ミニスカ魔法少女であった。
0049:女王の気位と品性あと態度の大きさ 04/30 20時に更新します。
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