0036:最大の敵が身近にいた
室盛市の駅前繁華街の外れに、カラオケボックスの『カリブ』は営業している。
幹線道路に面し、駅からはやや離れているが、歩いて行けなくもない距離。
近くには中規模の百貨店もあり、小さいながらも客層が広く、回転も良い店舗だ。
その店舗が入っている雑居ビルが、20人からの警官によって包囲されていた。
「ここか、怪しい外国人がいるというのは?」
「はっ、重点警戒場所と言う事で制服が見回りに……その際に店員から外国人の情報が得られまして、容姿を確認しました所、ヘリに乗っていたという目撃証言に一致する女が……」
「よし、安治は制服とここと裏口……。残りは全員で確保に行くぞ……!」
警官は全員拳銃を所持。防弾チョッキを着込み、制服警官の中には防盾まで装備して者もいる。
だが相手は、大型の箱モノを丸ごとハチの巣に変え、一般市民に向けて銃を乱射した凶悪犯。
ともすれば警察や特殊部隊どころか自衛隊が必要であり、警官の手にするS&W M37などあまりに非力であると言わざるを得ない。
産業振興会館に急行した警官の中には、ショットガンまで持ち込んだ者までいたというから、見習いたい状況であった。
「下霧署です。すぐに一般客の方避難始めますので、ご協力お願いします」
「は? あ、ハイ……ですが――――――――――――」
雑居ビル2階のカラオケ店に入った私服警官は、フロントの店員に小声で言う。
問題の容疑者がいるという部屋以外の個室から、他の客を避難させた上で、一気に逮捕へ動くという算段だった。
しかし、話を通してあった店長は、警官と監視カメラのモニターに視線を往復させ、挙動がおかしい。
「どうしました……? まさか容疑者が!? 何かあったんですか!!?」
「は……はい、あの、気が付いたら既にお部屋の中に誰もいないようでして……。万が一があると思いまして確認はまだ行っていないのですが………」
店長が指し示す個室の監視カメラには、確かに無人の室内しか映っていない。
「ッ……!? 宮井!?」
「づ、だ、出てきたのは! 店を出たのは確認しておりません!」
「部屋は!?」
「215番です! 上の階です!」
「行くぞ突入ぅうう!!」
年嵩の私服警官が号令をかけ、他の警官も追従して一気に奥へと進む。
だが問題の個室も、店内の全てを捜索しても、ミニスカエプロンドレスの金髪女性も変わった和装の黒髪の女性も発見は出来なかった。
なお、素の状態の雨音とカティが店を出たのは、その5分前の事である。
◇
室盛市産業振興会館で起こった諸々は、当日行われていたイベントも合わせて長く都市伝説として語り継がれる事となる。
ガレージキット、フィギュアの個人制作、展示即売イベント『ショー・ガレージ』の開催は、以後なかったが。
語られる噂話に曰く、
フィギュアが勝手に動いてヒトを襲った。
ガンドラの巨大フィギュアが悪の女幹部と戦っていた。
メイドの等身大フィギュアがガトリングガンを振り回していた。
爆弾テロで何百人も死んだ。
テロリストと米軍が産業振興会館で戦闘状態になった。
等など。
事実だけを見れば死者など出てはおらず、爆弾が爆発した形跡も無く、ロボットのフィギュアと改造巫女装束の女性が殴り合いを行い、美少女フィギュアはサイズを問わず動いて来場者を襲い、ミニスカエプロンドレスの金髪女がヘリの上から銃を乱射した。
そして、現代において多くの人間が撮影機材を持ち歩き、その資料映像が多く残されたにもかからず、警察も政府も何が起こったのかを正確に把握し、国民に説明する事は出来なかった。
その為に、『テロが起こったようだが未遂に終わったらしい」という曖昧極まりない公式発表となり、それが噂話に長大な尾ひれを付ける事となった。
現場に全裸で倒れていた『ケンヂ』と『やづ』は、救急隊員によって病院へと搬送されていた。医師の診断によると極度の衰弱が見られたものの、身体そのものに外傷等は皆無との事。
どうせ不節制したオタクが食事抜き睡眠抜きでイベントに参加した挙句に倒れたのだろう。そう思われたが、その格好が格好であった為、警察の聴取も合わせて病院に入院する事となった。
「あんなのズルだよ……犯罪じゃん、ねーやづっち?」
「…………」
丁度同じタイミングでベッドが空いた為、ケンヂとやづは同じ病室に入っていた。目を覚ましたのも二人ほぼ同時だ。楽しい事ではなかったが。
「でももういいんじゃね? あの女捕まるよ、ザマー。捕まったら賠償請求しようかな。ガンドラのフィギュアブッ壊されてスゲー精神的苦痛を被った、って。なーやづっち?」
「………」
隣り合ったベッドのケンヂが頻りに話を振るが、やづとしては負け惜しみの悪態に付き合う気分ではなかった。
「ねー、やづっちー。お話ししようよー」
会場の時とは打って変わって擦り寄るような猫撫で声のケンヂ。
もはや、と言うより初めから、やづもケンヂがどういった根性をしているか、分かってはいたのだ。
「あーもー酷かったな。酷かったな今回のガレージはー。でもまぁあんなのただのお祭りだしね。やづっち近いうちに秋葉行かない? ホビットシティーとかに深夜のショッピングにさー――――――――――――――」
「反木さん、ボク退院したら一人暮らしにするので」
ネット語も変な語尾も無し。職場で行うような他人行儀極まる完全ビジネス口調でそれだけ言い、それ以降、家津洋介はケンヂと言葉を交わさなかった。
◇
カラオケボックスを出たのが、宵の口の19時前。
その後、雨音とカティは全国最大手のファストフード店で時間を潰し、漫画喫茶でシリーズ本を一気読みし、ファミレスでトイレが近くなるほどドリンクバーを貪り、
「………そろそろいいか」
「フン……? 今度はどこ遊びに行くデス? ヘリで夜間飛行とかロマンチックデース」
「アホかぃ。あんな武装ヘリで飛んでたら今度こそ戦闘機が飛んでくるわよ。第一何の為にこんな無意味な時間潰ししているのかと」
「……無意味ですか?」
「あー……いや……」
子犬系金髪娘が分かり易く落ち込み、クール系JKの雨音は罪悪感で言葉に詰まった。
雨音にとっては時間潰しでも、カティには何より楽しい時間だったからだ。
実際のところ、確かに無意味な時間かもしれない。暗くなるのを待って家に帰ろうという雨音の考えは、完璧な変装――――――変身――――――である擬態偽装の前では取り越し苦労とも言える。
しかし雨音は半日前に、戦争でも始める気か、と言わんばかりの大量破壊をやらかしているのだ。とてもお日さまの下は歩けない。
つまり雨音は、現実と非現実の汽水域にいるのだ。こっちの水は甘く、現実は塩っ辛い。
それでも、雨音の生活は塩っ辛い方の流れに在るのだ。ましてや、混ざってしまっては困る。
だからこそ、恐くて帰るに帰れない。現実に非現実を連れて帰ってしまえば、もう二度と分離は出来ないのだろうから。
「それならアマネ、今日はカティの家に来るといいデース!」
「……いやなんでよ?」
それじゃ何の解決にもなってねぇ、と雨音は言いたかったが、そんなのカティにはどうでも良いのである。
もはやカティには雨音のお泊まりは決定事項となっており、小柄な体躯に合わない馬力で雨音を引き摺りファミレスを出ていった。
存外ヘタレな所を晒す雨音は、電車を降りた先の高級住宅街をビクビクしながら進み、不審者そのものの怪しさでカティの家へ入る。
カティの家は驚くほど大きかったが、他に誰も住んではいなかった。雨音はUAVからの映像で、大きさだけは知っていたが。
こんな豪邸にカティがひとりきり。
事情を知らない人と会わずに済むのは有難いが、雨音はこの家でカティがどのように過ごしているかと思うと心が――――――――――――――
「ってこらぁぁあぁあああああ!! 何やっとるかこの娘は!!」
「イェアアアアア!!! おウチなら好きなだけ変身できるデース!!」
「だからあんた何の為にここまでコソコソやって来たと!!?」
「カラオケではドアにガラス入って店員さんも来るし気になるデース! アマネの銃出すの見せてほしいデース!」
「いやもう当分やらんわ! てか一生やらない方がいいかも! カティも禁止よ! 金輪際変身禁止!!」
「ウ゛~~~~~~!! 明日から新しい人生が始まるデース!! アマネとカティは最強のコンビですよ!! いっそ銀行強盗でも起こらないデスかね!?」
「こ、こ、このバカ娘がぁ!!」
この娘、全然懲りてねぇ。このままだと、いずれやらかす。
戦慄する雨音はジャックを召喚。魔法のリボルバーを手に、広大な屋敷で一晩中、猪巫女侍を狩り倒しに駆けずり回った。




