0028:とは言え若干慣れ出している
爆音と衝撃にひっくり返ったやづは、銃を持ったミニスカエプロンドレスの少女をを見た瞬間、恐慌をきたしていた。
「ひ、ひぎゃぁぁあぁあ!! テロ……エロ……エロテロリストがぁぁあぁあああ!!?」
尻もちをついた床に、水たまりが出来ている。
あの時以来、やづの三センチ砲は動作不良を起こしていた。
痛いのならばまだ良いが、麻痺してしまったかのように感覚に乏しく、にもかかわらず、今は撃たれた股間の痛みが、恐怖と共に甦っていた。
本気でもげたかと思った、その時の絶望と共に。
「助けてマオ姉ぇぇぇええぇえええ!!!」
生まれたての小鹿の如きへっぴり腰で、やづは等身大美少女フィギュアのマオ姉に縋りついていた。
「…………ぉ」
そんな同居人を一切顧みず、ケンヂは床に転がる白赤青の3色の人型ロボットを呆然と見下ろしている。
国民的ロボットアニメの異端、ガンドラR。
その主役ロボ、ガンドライトニングの全長1.8メートル、1/10スケールアクションフィギュア。8体限定生産で、再販、受注生産無し。
お値段42万円/体なり。
「お………ぉお゛?」
他のシリーズでは見られない、格闘機というコンセプトを体現した過剰にごついボディー、意味不明の背負い物、外連に満ちた細部のデザイン。バカバカしさを通り越し、笑わせてもらいながらも熱い魂があったケンヂ青春のロボットフィギュアが、
今は片腕を失い肩を抉られ頭部は欠け、傷だらけで塗装は剥げ、背負い物は全て、腰や胸のアーマーパーツも失われており、見るも無残な姿で粗大ゴミのように転がっていた。
「あ゛ぁあぁあぁぁあぁあぁあぁぁァアア俺のガンドライトニングがぁぁあぁああぁあぁあぁああああ! 死ねッッ!! イラッとする死ねこのバカ!!!」
癇癪を起して地団駄を踏むケンヂは、スケベ心も何もかもを忘れ、ついでに自分がしようとしていた事も忘れて傲慢に怒り狂う。
◇
白赤青と3色のロボットフィギュアはカティが相手をするとの事だったが、先方は何故かカティをスルーし、全速力で雨音の方に突っ込んで来ていた。
「え!? ウソなんで!!?」
何でも何もない、そのロボットフィギュアの1/5を吹っ飛ばしたのは雨音なのだから、恨みを買うのも当然の事と言える。
しかし、フリーにされたカティが、それをボーっと見送る筈もなく、
「セイッバーイ(成敗)!!!」
大刀をフルスイング。横合いからロボットフィギュアの胴を狙う。
「何だよふざけんなよクソァ!!」
しかし、ロボットフィギュアと自前の視点、両方を持つケンヂがそれに気づく。
即座にロボットフィギュアは応戦。手甲に付いた三連の爪を引き上げると、カティの大刀を打ち払う。
「シット!!」
気合が入っていなければ、危うく大刀を取り落とす所だった。
パワーもそうだが、本来は飾りでしかない筈の爪までもが凄まじい殺傷力を持っている。
カティは微かに恐れを感じたが、それを振り払うように更なる剣激で応酬した。
雨音はカティの背後を襲うフィギュアに弾を叩き込み援護しつつ、連射した一発を別の銃に変化させる。
作り出したのは軽機関銃M249ミニミ。給弾ボックスの5.56ミリ弾200発を秒間約12発で敵集団にバラ撒いた。
「ギャンッッ!!?」
「あッ……ヤベっ……」
うち何発かが、巫女侍に直撃した。
「コラァ! 黒アリスのテロメイド!! どこ狙って撃ってやがるデース!!?」
「ご、ゴメーン!! てか今回はあんたから射線に飛び込んで来たのよ! あっちで戦ってよ!!」
「こんなオモチャのバケモノ相手してる時に無茶言うなデーッス!!」
なにせカティとトリコロールロボットの立ち回りは早い。双方がバイクのような速度で駆け回りながら大剣と爪をぶつけ合っている。いきなり雨音の狙う敵集団の中に現れたりするので、危なっかしい事この上ない。
思いっきりフレンドリーファイアしてしまったが。
そんな速度ではとても動けない雨音の方も必死だ。カティについて行けないフィギュアはほとんど全てが雨音の方に群がってくるのだから。
「ッもう一丁!!」
雨音は魔法の杖の弾丸を再装填し、3連射の最期の1発でもう1機のM249を作り出す。一昨日の夜と同じ、腰溜めの2丁持ちだ。
クソ重い軽機関銃を左右別々に振り回し、押し寄せる生き人形を片っ端からハチの巣にするが。
「ちょ、ちょっと!? これ何匹いるの!!?」
倉庫の時の比ではない。まるでゾンビ映画である。十体や二十体を打倒しても、次から次へと新しいゾンビが湧いて出る。
「ッ邪魔するなデス!!」
進路上のフィギュアを踏み倒し、カティはトリコロールロボットと殴り合っていた。そちらに向かうフィギュアの処理も必要だ。
今は雨音の精密射撃能力でどうにか敵を捌けているが、いつまでも持たせる自信は無い。ましてや全滅させるなど考えられない。
(だいたいこちとら単なる女子高生だっつーの! カティのバカは何をやる気になってるんだか!)「ええいッッ!!」
弾が切れた軽機関銃をフィギュアの足元に投げ付けコケさせると、雨音はリボルバーを4連射。その全てを変化させる。
現れたのは、今までと同じ2機の軽機関銃と、雨音の持つリボルバーを10倍大きくしたような、回転弾倉を持つ大型火器。
ダネルMGL、グレネードランチャー。
6発装填のシリンダー内には、対人榴弾が装填されている。
グレネードランチャーを2丁持ちした雨音は、左右連続でグレネード弾を敵集団の真ん中に発射。集団の中で榴弾が爆発し、弾けたように四方八方、手脚を飛び散らせて吹き飛んだ。
人形じゃなかったら、大量殺戮映像である。
(よし、敵がバラけた! このスキにあの娘撃ってでもとっ捕まえて、とりあえずこの場から――――――――――)
一時撤退でも戦略的後退でも良いので逃げだそう。そう思い、グレネードランチャーを放り捨て、作って置いた軽機関銃2丁を拾い上げた、その時。
上階と大会場を繋ぐエスカレーターや階段から、大量の人間が駆け下りて来てしまった。
「んなぁ!!?」
アッという間に最悪になった状況に雨音が目を剥く。
一体どこからこれだけの人間が出てきたのか。そしてどうして、混乱している場所にわざわざ雪崩込んで来てしまったのか。
階上にいた人間達の半数ほどは、テロが起きたという流言飛語から、ここ大会場を抜けて正面広場に出る避難ルートを選んでしまっていた。
この大会場こそが混乱のど真ん中と知らず、群れを成して崖に飛びこんでしまうレミングの如く、だ。
フィギュアと人間が入り乱れ、誰が誰だか分からなくなる。雨音からはカティの姿も見えなくなってしまった。
更に間の悪い事に、会場入口から警官隊まで突入して来る。場の混乱に面食らったようだが、即座に一般人の避難誘導を始めつつ、銃を引き抜いて会場中心へと侵攻して来た。
「こ、こりゃいよいよヤバいぞォ……」
見失った友人、無関係の一般人、無数の敵、どう見てもテロリストな自分の姿。
雨音は武器を捨てる事も出来ず、もういっぱいいっぱいだ。




