0024:実際人間の所有欲と言うのもどうしようもない
打算に満ちた友情に終わりが見えてきた。
小デブのケンヂは完全にお雪さんを『俺の女』扱い。ひょろ長男『やづ』は、そんなの我慢できない。
確かに、ケンヂの言葉は事実の一面を突いていた。『やづっちはフィギュアの方がいいんでしょ?』、三次元の、生身の女よりも。
『やづ』はわざわざここまで連れてきた、最高の恋人に目を向ける。
『マオ姉』。
アニメ化、コミカライズもされているライトノベル、『恐怖の大王が俺の姉とは一体どういう了見だ』のヒロイン。その等身大フィギュアだ。
左右に角付きのヘルムをかぶり、マントを身に着け、刺々しい手甲を装着している。だがその中には、露出の多いピッタリと張り付いた服を着た、グラマラスな身体の、美人で優しそうなアニメ顔の少女が入っていた。
時代に日和らないキャラクターデザイン、架空の存在を真に現実以上のものとする神造形師、アタリどころの製造メーカーと完璧な可動設計。
まさに等身大可動フィギュアの史上最高傑作。現実の、三次元の女など遥かに超越した存在、な筈だったが。
「…………なんか……色が……ちょっと……」
何故か、今日に限ってマオ姉の肌の色がおかしく見える。
いや、実際には『やづ』も分かっているのだ。
マオ姉は完璧だ。間違いなく美少女フィギュアの最高傑作だ。贔屓目ではない、マニアとしての矜持にかけて、そう断言できる。
そして、所詮作り物でしかなかった。
やづは無意識に、その事実に気が付かないようにしている。
一方のケンヂは、そんな事は初めから分かっていた。二人のフィギュアに対する考えは根本的に異なる。
ケンヂにはフィギュアに払うべき敬意が無く、現実の女にも興味を持ち、やづが吐き気を催すAVを嗜好し、人形も人間も女は物扱い。
女性へではなく、物への所有欲としての執着であり、貪欲で独占欲が強い。そして、飽きも早い。
やづは思う。渡したくない。何と言うか、渡したくない。
かと言って、気分屋で態度がでかくて威圧的な小デブと、明確な対決姿勢を打ちだす勇気も持てず。
どうして良いかも思い付かないまま、その視線を懸想と懊悩の元へと向けると。
「………?」(おや、あのロリッ娘は――――――――――――)
次の瞬間には、謎の暴風に座っていたパイプ椅子ごと吹き飛ばされていた。
◇
この時、会場敷地内には約2,500人、メイン会場となる大会場は1000人近い来場者とサークル参加者らでごった返していた。
そのど真ん中で起こった、爆発らしき何か。
世界のどこかで毎日テロが起こっている昨今、ついに先日も、この日本で銃の乱射騒ぎがあったばかり。
会場内は、ハチの巣を突いた騒ぎとなっていた。
誰かと間違えてフィギュアの手を取り逃げだす者。逆に、間違えて人間を持って逃げだそうとする者。順番待ちの列が崩れ、混乱した人々は右往左往し、身近にあった出口に殺到する。
「ゥオラァアァア! お雪サンで素敵なひと時を過ごした〇〇野郎はどこデスか!! それをこの世の名残にカタナのサビにしてくれるデース!!!」
その中に在って、悪鬼羅刹の如き形相で刀を振り回している、それこそフィギュアかコスプレかと言う格好の女。
やづが、見間違えるワケもなかった。
「ヒィィイ!!? あ、あの三次女!! 一昨日倉庫で拙者の邪魔をした通り魔オンナの片割れでち!!」
「はぁ!? それじゃ、あの女の元の持ち主か!!? まさか取り返しに来たんじゃねーだろうな!!」
そんな事は断じて許せない。
お雪さんが元々誰の物であろうと、既にケンヂの中では自分だけの所有物だ。返してやる意思など毛頭ない。
また、今のケンヂとやづには、その意思を押し通すだけの力もあった。
「あ、勝左衛門様、あちらに………」
「見敵必殺デース!!」
「ほら、やづっちやづっち! 協力してやるぞ!!」
「う……うぅ~~~兄者ぁ!」
お雪さんが言うが早いか、刀を振り上げた巫女侍が突っ込んでくる。
同時に、ケンヂとやづの周囲に無数に転がるフィギュアやガレージキットが、不気味な振動を始めていた。




