0022:ある意味カティが神造形師である
美少女フィギュアという存在が、現代アニミズムの総括であると言うのは既にお話しした通り。
無生物である人間を模した人形に、いや人型であればこそ、そこに人間と同じ生命を見出し幻想の――――――つまり理想の――――――女性像を投影する。
しかし、理想を投影されるものは、決して理想そのものではあり得ないという矛盾も内包する。
初めから生命を持つ存在であれば、そもそも霊魂を見出す必要が無く。
そして、現実を知ってなお、理想を抱き続けるのは難しい。
◇
「や、やづ氏、ケンヂ氏、どこか行かないの? ググ、グッさん新作先行販売してるでござるよ?」
「mjk……しくったでち」
「んーパス」
痩せ形で背の高い針金のようなひょろ長男『やづ』と、小太りで常にどこか不機嫌そうに見える『ケンヂ』。カテゴリーにやや違いはあれど、フィギュアという偶像に魅せられた男2人が、この祭典においては何故か覇気を欠いていた。
二人が今いるのが、個人出店サークルの一つ、会館一階大会場の中央東寄りのスペース。
参加者たちは簡易卓で仕切った長方形の囲みを作り、その中で自作のフィギュアを展示し、あるいは販売している。
『やづ』と『ケンヂ』の二人はサークル参加者ではない。知り合いの伝手でサークルチケットを貰い、そのサークルスペースで暇を潰しているだけだ。
そう、『暇』。
フィギュア、ガレージキットといった模型、立体造形物に狂う男二人が、何故か呆と座り込んでいる。
いつもならば徹夜――――――違反――――――も厭わず、場内を他者を押し退け駆けずり――――――違反――――――回り、金を湯水の如く使いまくり、目を血走らせて目的の物を手に入れてきた。
ところが、今回は買い物もそこそこに切り上げ、ねづとケンヂは馴染みのサークルへ遊びに(?)来ていた。
かと思えば、戦利品の自慢や評論をするでもなく、ただ一点を眺めている。企業ブースに行かないのなんて初めてだ。
「で、でも助かっちゃったよすごく。レジやってくれるイトル氏、急に盲腸とか言ってマジか、って感じだったけど。やづ氏、あ、あの女子って――――――――――」
「せ、拙者のと「オレの女だ」兄者!?」
サークル主催者が遠慮がちに尋ねると、ひょろ長い方と小太りの方、両方から同時に返事が返ってきた。
が、その片方、小太りの方の回答にひょろ長が目を剥く。
「……なに?」
「ちょ、兄者? 『オレの女だ』ってダイナミックな発言が!?」
「お土産だって言ったじゃんねづっち」
「そーれーはー! ふ、ふたりで悪の組織っぽく変身ヒロインの仲間を悪堕ちダブルピース調教………」
「だから?」
「だから……ふ、ふたりでき、キラキラ………」
小デブのしたり顔に、ひょろ長は言葉を詰まらせる。
これが二人の実際の力関係だった。
表面上は同居人と仲良くしているように見せ、内心は利己心の塊り。弱い相手に冷淡かつ強気に出て発言を雰囲気で封じ込める。小狡い傲慢なのが本性だ。ひょろ長男の方がまだ可愛げがある。五十歩百歩であるのも事実だが。
こうしていつも不満を抱え、しかし反論も出来ないままに、なーなーにこの小デブと付き合っていくだけだったひょろ長だが、今回ばかりは少々承服致しかねる。
「き、共有でちケンさん! 拙者が捕まえて来たんだから!!」
「えー、いいじゃんやづっちはフィギュアの方がいいんでしょ? 念願の、動くフィギュアを手に入れた。殺してでも奪い取ったりしないから」
「でッ……でも! 拙者も一緒に遊びたいでち!!」
「えー」
終盤の『えー』は、小デブも不機嫌を隠そうともしなかった。いつも譲る筈の弱者が、今日に限って自分の意に沿わない事を言う。
しかし、それも無理からぬ事。小デブもひょろ長の気持ちを分かっていた。だからこそ二人して新作フィギュアを物色にも行かず、知り合いのサークルスペースで何をするでもなく時間を潰している。
本当は今すぐ帰りたいのだが、肝心なものは貸し出している最中な上に、サークルチケットの供給元である知り合いへ無碍な態度も取れずにいる。
その上、自分より立場弱いと内心思っていた相手が、独占したい物に対して共有を主張してきた。利己心の塊りである小デブがイラっとし出すのも、当然流れだった。
微妙なバランスの上にあった二人の関係に、ヒビが入り始めている。
その原因が、ある意味で男同士が仲違する原因として由緒正しい「女」だというのは、このフィギュア狂いの二人にしてなんの皮肉だったのか。
現代アニミズムに耽溺していた二人の男は、生身の――――――正確には違うが――――――女を目の当たりにし、その幻想と理想を失ってしまった。
特にひょろ長の方は、美少女フィギュアのハマり具合が酷かったので、症状は深刻だ。
げに罪深きは、彼女の美しさか。
濡れたように艶やかな、流水の如く流れる長い黒髪。
浮世離れした美貌に、何者も見ていないような涼しげな眼差し。
おっとりとした物腰ながら、着崩した着物から覗く肩や胸元からは、凄まじく妖艶な色気を振り撒いている。
この二人の男だけではない、サークルスペースの前を通り過ぎる男も女も、誰もが彼女の魅力に目を惹きつけられていた。
彼女の正体は、魔法少女系能力者のサポート機能。
とある魔法少女のマスコット・アシスタントで、『お雪さん』と呼ばれていた。
一昨日の夜に、ひょろ長男が巫女侍とテロメイドと戦い生き残った末の戦利品である。
マスコット・アシスタントの主の情報は聞けなかったが、正直、ひょろ長にも小デブにもどうでも良い事だった。
普通の人間ではない、この社会に存在証明の無い、好き勝手して誰にも咎められない――――――と思い込んでいる――――――物凄い美女。
男として堪らなかった。
逃げだそうとする素振りもなかったので、また今日のは外せないイベントだったので連れて来てしまったが、今は若干、いや大分後悔している。
利用価値のある相手でなければ、貸し出して売り子などさせなかったのに。
自分達の物となった美女に目を向けると、相変わらず多くの羨望の眼差しを受けながら、客らしき金髪の少女と何やら話している。
この美女が自分の物。
もう一刻も早く家に帰りたかった。何せ昨夜は何も出来なかったのだから。
ところが、
「ッッッ………………殺ス! ブッ殺すDETHEヨ!! カティのお雪サンを穢した者に、死を上回る苦しみヲ!! オスに生まれてきた事を後悔させてやるデース!!!」
「ギャァァアァアア!!?」
「わぁぁあああ何だぁぁあぁああ!!?」
突如、簡易卓と、その上に展示されていたフィギュア(一体25,000円×5)が吹き飛ばされた。
屋内であるにも関わらず、吹き荒れる謎の暴風。憤怒の叫びが、会場全体を大きく揺るがす。
その暴風が消え、忽然と現れる新たな人影。
お雪さんに負けないほどの黒髪に、改造巫女装束のそこかしこから垣間見える、メリハリの付いた女性の肉体。
その美貌もお雪さんとは異なり、見た者に活発的な印象を与える。特に異なるのが、朱色のシャドウに彩られた勝気なつり目。
その瞳が、怒りで真っ赤に燃えている。
何やら早とちりしている巫女侍、秋山勝左衛門
の、御降臨であった。
現代アニミズムの考察は赤川の個人的な意見です




