0020:後の伝説のレイヤーである
オタク文化が市民権を得て、かつてはお盆と年末にしかなかったファンのイベントも、今は毎月のようにどこかで開催されるようになっていた。
客層も随分変わり、昔は友達のいない身形に気を使わない内向的な男性が多かったが、今や女性やスーツ姿、家族連れまでいるといった状況。
その内容も、薄い本にコスプレと言ったお定まりの物から、個人制作によるヴァーチャルアイドルや、痛車と呼ばれるアニメキャラクターを張り付けたクルマの品評会、そして、ガレージキットやフィギュア等立体物の展示即売会など、多様化を見せている。
そしてこの日の室盛市でも、有志によるイベントが開催されていた。
『ショー・ガレージ 201X』。
今年で5回目となるガレージキット、フィギュアの個人制作、展示即売イベントである。
自分の趣味的にはヒトの事は言えないかもしれないが、立体造形物となったアニメ調美少女のスカートの中を覗き込む男性に対しては、旋崎雨音としても眉を顰めざるを得ないワケで。
しかし、この場所は、そういった外でやろうものなら最悪警察に職質されそうな行為が、公然と許される空気に満ちている。
覗き込んでいるスーツ姿の男性も、何故かえらく真剣な男前の面になっていた。
それだけでも驚かされるが、雨音と同じ年頃の少女もちらほらと見かけられ、同じようにスカートの中身を覗き込んでいるのには仰天させられる。
雨音にはマネ出来ない。
もしやスカートの中に、パンツ以外に特別な何かがあるというのだろうか。
「………異世界だわ」
室盛市内にある、産業振興会館。
イベント会場となっているその只中で、雨音は軽く目眩すら覚えていた。
雨音と友人のカティが、等身大美少女フィギュア軍団を相手に立ち回った夜から、二日後となる。
散々な目に遭っておいて、このような場所に雨音がいるのにも、当然ワケがあった。
◇
昨日、警察車両で登校したカティは、その後も思い詰めた様子で終業後に街へ飛び出し、何かを探すかのように歩き回っていた。
またぞろ「通りすがりの侍」ごっこかと思いつつ、後を付けていた雨音だったが、どうにもカティの表情を見るに、尋常ならざる深刻な様子。
普段は元気過ぎるほどに明るい少女が、まるで迷子の子犬であった。
よっぽど声をかけようかと思った雨音だが、どうしてその場にいるのかと問われれば説明もし辛く、結局はまたもストーカー紛いの行為に没頭するしかない。
カティは前夜の現場周辺――――――現場は警察によって封鎖されていた為――――――をうろつくと、まるでアテも無い様子で右に左にと歩みを進める。
時折、犬猫でも探しているのかと言いたくなるような、薄暗い路地の入口や自販機の陰までを覗き見ていた。
(カティめ…………。何か探し物ならあたしにも言えば良いものを……)
カティは普段、雨音に何でも話している。もう引くくらいに。
しかし今回のコレは、雨音にも話せない類の事であるらしい。
カティが探し物を切り上げたのは、日が落ちて間もない午後6時。
携帯に着信があり、カティは通話相手と二言三言話した後、それまでのフラフラとした往き足が、一方向へと定まっていた。
目的不明の徘徊は、これでお終い。そう判断した雨音も、駅までカティを見送った所で、自分の家へ撤収。
その後にさり気なくを装い、カティに電話しようと思ったのだが、生憎と留守番電話にしか繋がらなかった。
おかげでまた、魔法の杖で無人攻撃機を夜空に放つ事となる。
◇
こうして、寝不足で迎えた金髪娘チェイサー二日目。
昨晩から朝にかけて何も起こらなかったのに安堵し、カティの自宅――――――半端ではない大きさにビックリ――――――上空を見張らせていた無人攻撃機を消そうとした、その時だ。
「お………なんだ、いるじゃん」
鳥瞰映像で顔は分からないが、最新軍事兵器のカメラ映像は大した物で、玄関から正面の門へ移動する金髪の小柄な姿が鮮明に識別できた。
その後、例によって物騒なクルマ――――――武装は外した――――――でカティの後を追いかけて行ったところ。
「すいませーん写真良いですか?」
「すいません何のキャラですか?」
「ポーズお願いしまーす!」
「目線下さい!」
「え? いや、あの……!!?」
辿り着いたイベント会場にて、超ミニスカエプロンドレスにリボン付きの金髪姿という変身後の雨音は、コスプレイヤーか何かと勘違いされたらしく。
カメラを構えた鼻息荒い連中に追われ、逃げきったと思えばカティも見失っていた雨音は、早くも散々な様相を呈していた。




