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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-07 自分の所だけでもいっぱい×2なのに
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0012:再起動再編成の上再出撃


 もはや国を守れるは自分だけだと、彼女は思った。

 盟主は動かず、同様に他の国も助けには来てくれない。

 先に出陣した者達も、もはや戻らないだろう。

 彼女が自ら出ると聞き、父や他の者は大反対したが、聞く気は全く無かったのだという。

 忠義に厚い者を側近に、彼女は東の戦場へと赴く。

 100年をかけ東の諸島を超えて来た『死の濁流』は、既にホーフッド半島を半分の所まで押し寄せ、隣国は既に壊滅状態。

 遂には国境を超えた恐るべき怪物の軍勢に対し、彼女は先頭に立って故国の軍を率い、立ち向かう事となった。


 結果、健闘虚しく軍は敗れた。


 狂ったように襲ってくる、醜悪で凶悪な異形ども。

 騎士や戦士たちは勇猛果敢に戦ったが、農兵や傭兵達には、そこまでの献身を望むべくもない。

 破壊される砦。蹂躙される陣地。

 戦線の崩壊と撤退を繰り返し、被害を出しながら、王都の方へと追われて行く。

 このままなら、王都周辺の穀倉地帯を潰し、湾を背にしての最終防衛線にまで追い詰められるのは、間違いなかった。


 だが、彼女の不幸はもう一段、予想もしない形で上を行く。


 形ばかりでも軍を率いていた彼女は、敗戦の将として生き恥を晒しながら、王都へ戻る予定だった。

 ところが、安全な後方にいた筈の彼女を、想定外の事態が襲う。

 地を進む邪神(・・)の一柱が、撤退寸前の本陣を真下から襲ったのだ。


 これにより、指揮命令系統が一瞬で失われ、軍団は烏合の衆と化す。

 騎士も、それ以外も、追い散らされるように後退していく混乱の最中で、彼女は臣下とも(はぐ)れ、どこに逃げて良いかも分からない状態に陥った。

 怪物は、ただ目の前の獲物に喰らい付くだけだ。


 しかし、突然発生した砂嵐が視界を塞ぐ。

 これにより、怪物の目から彼女の姿は(そら)らされたが、そんなのは何の保障にもならない。

 無数の怪物の流れに只ひとりで取り残される、発狂する程の恐怖。

 高貴なる者の矜持も、将として軍を率い国を守ろうという意思も、木っ端微塵に吹っ飛んでいた。

 後はもう、死にたくないという生への渇望を剥き出しにし、ただの小娘と化した彼女は小さくなって獣のように地面を這い、


 真横から唸りを上げて突っ込んで来た四角い大型の怪物に、逃げる間もなく跳ね飛ばされた。



 そして現在。



 フラッシュライトの光を双眸に向けられ、銀髪の少女が目を丸くしている。

 衛生下士官が瞳孔反応を見るには都合が良かったが。


「どうだ、スウィート?」

「出血はもう止まってますし、反応も正常。中で血腫が出来ているという事も無いでしょう」


 輸送ヘリ、MH-60(ブラックホーク)の中で、苦み走った哀愁漂うおじさん海兵がムキムキの腕を組み、若い小ざっぱりとした格好の海兵がペン型ライトをポケットに仕舞い、座席(シート)に座る娘を見下ろしていた。

 ヘリの外からは、黒いミニスカエプロンドレスの少女が心配そうに中を覗こうとしている。何せ後ろめたい所があるので。


 黒アリスが太平洋の孤島『アイアンヘッド』から、何処かも分からない『此処』へと来た経緯は、海兵の皆さまにも話してある。

 どうして戦場で少女を拾い、ヘリで運んで来たか、その理由も。

 何とも申し訳ない話で。


「スローン」

「はい二等軍曹」


 そんな失態をやらかした本人が蚊帳の外に置かれ落ち着かないの図、といった黒アリスを他所に、苦み走る二等軍曹が部下のひとりを呼ぶ。

 こちら側(・・・・)に飛ばされて以来、主にある役割をやらせていたアフリカ系の若い海兵、スローン上等兵だ。


「スローン、まず名前を訊いてみてくれ。どこから来たかも。彼女は高級軍人か何かである可能性がある」


 黒アリスの拾い物(?)である少女だが、二等軍曹は以前に見た騎士のような男達よりも、少女の装備(鎧)から高い階級の人間であるのを推察していた。

 そもそも、逃げた後で遠巻きに戦場を見ていた限り、女性の騎士(?)というのが存在していなかったように思える。

 というワケで情報を得ようという事になるのだが、ここで呼ばれたスローン上等兵は、今までの半月の活動で何名もの現地人(・・・)意思疎通(コミュニケーション)を図ってきた実績があった。

 自由な会話などは流石に出来ないが、それでも多くの単語を理解しており、現地人のクセのようなモノも観察し、最も意思疎通に長けている人物と言える。

 加えて、以前に情報機関の仕事で駆り出され、ある地域への潜入工作員の真似事をやらされた経験もあった。


 銀髪の鎧少女の方はと言うと、心ここに在らず何が起こっているか分からない風だったが、頭を撃ったショックから徐々に回復すると、我に返るや飛び上がった。


「な、何者か!? 無礼な!!」


 咄嗟に、間近に迫った筋肉の塊のような男を突き飛ばそうとした少女だが、逆に押し返されて椅子にへたり込んでしまった。


「おい大丈夫か!? 落ち付け、何もしない!」


 衛生下士官が、諸手を広げて無害をアピールする。

 とはいえ、気付いたら狭い乗員席(キャビン)でムキムキな戦争の犬三匹に囲まれていれば、年頃の娘さんはそりゃあ引くだろうなぁ、と離れて見ていた黒アリスは気まずい思いだった。

 若いアフリカ系の上等兵が単語を繋げただけの会話を試みようとするが、やはり怪し過ぎると思われるのか、銀髪の少女は野生動物のように低く構えて警戒を解かない。

 ほとんどライオン三匹に睨まれたチワワだが、それでも少女は気丈に言い放った。


「控えよ! 私はエルリアリ同盟東の雄、由緒正しきイレイヴェンの伝統を受け継ぐデトリウスの末、エアリー=イヴ・デトリウスである!!」


 そうは言っても現状、お互いの言葉はほとんど通じてないワケだが。

 

                        ◇


「あなた達は…………何者? その肌の色、『ダソト』の戦士?」

 

 開放されてはいるが、狭い奇妙な物が並ぶ、小さな室内。

 まだら模様の服を着た、どう見てもただの農民や平民に見えない、出自不明の男達。

 その男達は聞いた事も無い言葉を喋るが、薄汚れているものの品性などに卑しい所は見られず、理性的で物腰も落ち着いている。

 かと思えば薄い衣の上からは頑強な肉体が垣間見え、まるで自分の良く知る騎士達のようだと、銀髪の少女は思った。


「あなた方が、私を助けた…………?」


 記憶がハッキリしてくると、銀髪の少女は自分が気を失う前に、何があったかを思い出す。

 軍を率いて戦場に立ち、その後どうなったか。

 正直、どうして自分が生きているのか、銀髪の少女にはサッパリ分からなかった。

 『死の濁流』は流れの上に在る全てを飲み込み、食い散らかしていく。

 東の隣国、『ローアンダー』の惨状、応援に出た『イレイヴェン』の軍の末路。

 なのに、どうして孤立し、怪物の只中に取り残された自分が助かったのか。

 目の前の、風変わりな騎士か戦士たちの手によって救い出された、と考えるのが自然だろう。

 だが、生きているのなら、彼女、エアリー=イヴ・デトリウスには、まだやらねばならない事があった。


「大儀だったわ。あなた方には『イレイヴェン』をその身に負う我が父、ジエン=イヴ・デトリウス国王陛下より働きに見合う褒賞が与えられるでしょう。後日、トライシアの王宮に参じ、この証を示しなさい」


 スカートのように腰に巻いた布の留め具を外すと、銀髪姫のエアリーはそれを黒い肌の戦士へと押し付ける。


「私は行かないと…………先に逝った英霊たちの為にも、今度こそ連盟の力を集めてイレイヴェンを……『ナラキア』を守らないと…………。でもそれで『ジアフォージ』の連中まで守られるのがムカつく」


 厳しくも凛々しい高貴な者の面構えだった銀髪少女だが、最後の一瞬だけ年相応の、不機嫌な少女の顔に戻った。

 腹に据えかねる乙女の事情というヤツだが、今は私怨よりも優先すべき使命がある。


「え? お、おいチョット待て!!」


 海兵が止める間もなく、狭いヘリの乗員室(キャビン)から飛び降りる銀髪少女。

 しかし、軽装甲機動車(LAV)との交通事故を起こし、起き抜けにパニクって頭を強打したダメージは残っていたのか、目眩を起こして倒れそうになってしまう。


「ぅおっと……!?」


 そこを支えたのは、突然自分の方に銀髪の少女が飛び込んで来てビックリしている、黒いミニスカエプロンドレスの少女だった。

 すぐに立ち直る銀髪の少女だったが、自分を受け止めてくれた相手を近距離から見て、少しばかり眉を(ひそ)める。

 氷かクリスタルのように冷たく澄んだ綺麗な顔に、少し銀の混じる長い金髪。

 銀髪の少女と同じか、少し年上に見える。

 スレンダーだが出る所は出るカラダ付きで、黒いメイドの着るような服を着ていた。と思ったら胸元が大きく開いていたりスカートが極端に短かったり上から何か着ていたりと、普通メイドの格好ではなかった。

 特に狂ったようなスカート丈。


 かわいいのでちょっと着てみたい、などとは誇りあるイレイヴェンの王族として口が裂けても言えないが。


「彼らの……侍女(メイド)? ありがとう、助かったわ」


 謎の騎士たちの謎のメイド(?)の装束に目を奪われている場合ではない。

 努めて素っ気なく礼を言い、肩を掴んでミニスカエプロンドレスの少女と離れた銀髪娘は、そのまま海兵や輸送ヘリを振り返る事なく、大股で丘を下る方へと歩いて行った。


 勢いのある銀髪の少女の行動に、海兵は呆気に取られて、ただその背を見送ってしまう。

 かと思えば、(しば)しの間遠ざかる銀髪少女の姿を見ていた黒アリスも、やや考えた後、彼女を追って歩き出していた。

 何となく銀髪の少女が何をしたいか分かるし、自分が()いてしまった娘を、このまま放っておくのも後ろめたかったので。


「二等軍曹…………」


 民間人の少女ふたりが背中を見せてズンズンと歩いて行ってしまい、ラテン系の海兵は「どうします?」と視線で上官に問う。

 二等軍曹だって、銀髪の少女が何に必死になっているのは、だいたい予想が付く。今まで同僚や部下が、戦闘中にそんな顔になったのを何度も見て来たのだ。


 現在、最も大事なのは自分と部下、それに黒いミニスカエプロンドレスの能力者を連れて『アイアンヘッド』の友軍と合流する事。

 海兵としてはコミュニケーションも取れない現地の少女を保護する理由も無く、何処かに行くというのであれば、無理に止めねばならない理由も無い。

 強いて言えば、現地の何らかの勢力(・・・・・・)に自分達の存在を話されると、面倒な事態に発展する可能性がある。


 が、だからと言って年頃の娘さんを、テロリストを扱うように、無理矢理拘束などしたくもなく。

 同時に二等軍曹の心情としては、この危険な場所で、若い娘ふたりを放置などしたくない。

 というか、あのミニスカエプロンドレスは一体何をやっているんだ、と言いたいが。


「……ハーパー、お前は残れ。俺が偵察に出る。ストーク、お前達も付いてこい」

「イエッサー二等軍曹…………」


 考えた末、二等軍曹は編成を変更。

 食料調達に出すつもりだった部隊のナンバー2をヘリ周辺の守りに残し、代わりに自分が出る事に。

 同時に、丘の周辺偵察に出す予定だった班も連れて行く。

 つまり、二等軍曹が分隊の半数を率い、ふたつの仕事をするついでに、少女を護衛して行こうというワケだ。

 その過程で、食料と情報が手に入れば言う事は無いが。



 こうして、麗しき銀髪の騎士姫、エアリー=イヴ・デトリウスは故国へと急ぎ足で向かい、放ってもおけぬと黒アリスが無言で後を付いて行き、ブライ二等軍曹以下海兵隊の5名もこれに続く事となる。

 旋崎雨音(せんざきあまね)東米国(モダンアメリカ)の海兵達にとって、知られざる大地での冒険の始まりであった。



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