0008:赤の女王と白銀のお姫様
それ以上はクルマで進めるような道が無く、海兵達は特殊作戦用バギーから降車していた。
しゃがみ込んで落ち葉を矯めつ眇めつするミニスカエプロンドレスの魔法少女を他所に、海兵の三等軍曹が分隊に状況を説明する。
「全員聞け! 今からエリアを捜索する! この地点からM-Oを『ポイントゼロ』まで北上しつつ、連絡を断った部隊を探せ! 『フラッドフェイス』、『グリーンコング』との遭遇も想定されるが、発見次第撃ち殺せ!」
何とも血の気の多い話だが、巨大生物や怪生物の恐ろしさを考えると、止む無しと言ったところだった。
この島で現在までに確認されているのは、巨大生物二種類に怪生物群が一種類。
かつて東京に現れた4腕4脚の複数融合型巨大生物、通称『ネスト』。
アイアンヘッド島で新たに目撃された種の、全身が細かい緑色の物質で覆われている、長太い腕に、それ以上に太短い脚の、筋肉の塊のような巨大生物、通称『グリーンコング』。
人間大で、また人間同様の四肢と五体を持つ、一部道具らしき物まで操っている、深海生物の顔面を潰したような灰色の異形の群れ、通称『フラッドフェイス』。
目撃例は無いが、『ネスト』の眷属である小型怪生物もいるであろう事は間違いないと見られている。
人間と同じ大きさの生物なら、海兵隊で十分対抗できるだろう。
鍛え込まれ、多くの実戦を経験した海兵の高い戦闘能力は、怪生物にも有効だ。
だが、そんな彼等も全長数百メートルという巨大な生物と戦うような訓練は受けていない。
いや、6月以降、対巨大生物戦闘訓練を受けていない事もないのだが、有効に機能しているとは言えないのが実情だ。
そうでなければ、不安定な爆発物が如き能力者を戦力として使ったりはしないだろう。
「全隊横列陣形、10メートル間隔! ヨーキ、小娘どもを引率しろ!」
「イエッサー!」
12名の完全武装した海兵が、深まる森の中で横一列に広がっていく。
黒アリス達を手招きするのは、隊の中でも一番若く見える兵士だった。
三等軍曹の号令で、横に広がったの部隊が足並みを揃えて前進して行く。
このように効率良く広範囲を一度に捜索するのだが、当然の如く黒アリス達はアテにされていない様子だ
。
求められる役割を考えれば、当然の事ではあった。
木の根が剥き出しになっている崩れた斜面を登る海兵がいる一方で、滑り台のように下った地面を降りていく海兵もいる。
道らしい道も無く、木々が密集して視界も悪い。
藪の中からいつ何かが飛び出して来るかも分からない状況で、ライフルを構える兵士達は慎重に歩を進めていた。
ブーツの足音以外に聞こえるのは、鳥の羽音に海兵の無線の音。
かと思えば、ダダダダダンッ!! と遠くから炸薬の音が響いて来る。
思わず身を竦ませる黒アリスだったが、海兵はおろか巫女侍ですら気にした様子がなかった。
「わっ――――――!?」
一応黒アリスもブーツを履いているのだが、ビビりで足が縺れるのまではどうにもならない。
滑り止めの摩擦係数も保証範囲外である。
しかし、そこは巫女侍が危なげなく、黒アリスがスッ転ぶ前に抱えていた。
「ごめん勝左衛門」
「なんならせっしゃが抱っこしていくデスか?」
この状況でそれは何の罰ゲームなんだ、と黒アリスは言いたかったが、巫女侍は常にガチである。
「そんなんであのデカブツを倒せるのか?」
「頼むぜ超能力者さんよ。短いスカートで風邪引くな!」
「お前ら黒アリスさんバカにしてるとブッ殺すわよ」
頼りないミニスカエプロンドレスの少女を海兵達が笑い、巫女侍が剣呑な声色で獣のように唸りをあげる。
何を言っているか、英語力に不安のある黒アリスには理解しきれず、仲間外れ感に少し気落ちしながら、木の間を飛ぶ鳥に目をやっていた。
森の中に鳥がいるなど珍しくもない、と思ったが、良く見るとなにやら随分物々しい面構えのヤツであった。
頭が赤く、嘴が鋭い、カラスよりは大きい真っ青な鳥。
見覚えの無いその鳥は、大木の幹に留まり忙しなく首を動かすと、丘のように高くなっている地形の向こうへ滑空して行った。
黒アリスの前には、緩やかで足場の悪い、山登りにも似た急坂が。
巫女侍に手を引かれ、黒アリスも転ばないように気を付けながら坂道を登っているところで、フと何かが聞こえた様な気がした。
「カ…………勝左衛門…………聞こえた? 今の音……」
「なんデス?」
丘を登りきる直前だった。
ほとんど巫女侍任せに引っ張られている黒アリスだったが、たった今耳に入った不気味な女性の声らしき音に、クルマ酔いとはまた違った理由で顔色を悪くする。
耳に意識を集中すると、今度こそ間違いなく、すぐ近くから囁くような声が。
「幽霊かなんかいるんデスかね?」
「や、やめてよ…………!?」
不思議でもなんでもないかもしれないが、旋崎雨音は幽霊や怪談といったホラー関係は全滅である。
まさか樹海=心霊スポットでもあるまいし、と自分に言い聞かせながら、恐る恐る辺りを見回す黒アリス。
たが、そういえばこの島ならひとりふたり死んでいてもおかしくなかった、と嫌な事にも気が付いてしまった。
そして、巫女侍はビビる嫁の儚い姿に、ヨダレを垂らして胸をキュンキュンさせていた。
どんな嫁もカワイイが、怯える様は文句なくカワイイ。正直イジメたい。
例えその後に、どんな代償を払ったとしても。
「黒アリスさん後ろに白いオンナの手が!!?」
「――――――ひゃう!!?」
我慢しきれずやってしまい、目論見通りに胸の中に飛び込んで来た黒アリスを、巫女侍は満面の笑みで迎えた。
直後に、ひっかけられたと知った黒アリスに、胸倉を掴まれ往復ビンタを喰らっていた。
「ア・ン・タ・は! こんな時に何くだらん事をやっとるか!?」
「こ、ここまでがご褒美デース!?」
涙目の黒アリスが割と容赦なく巫女侍をぶん殴っているが、身体能力にパラメーター全振りの魔法少女には、まるで効いていなかった。
「なにをはしゃいでいるんだガキども!? 置いて行かれたいのか!」
当然、大声で騒いでいる女子高生どもに、分隊長の三等軍曹は良い顔をしない。
というか、顔を真っ赤にした憤怒の形相で怒鳴っている。
これは流石に、怒られているのだろうというのは黒アリスにも分かり、申し訳ない思いだった。
「ほら、いつ怪物が出て来るか分からないんだから、気を引き締めていくのよ勝左衛門。油断していると、うっかり死にかねないしね」
「…………あの兵隊、よくもカティのスイートな時間を邪魔しくさったデスね…………。モンスターにやられる前に、カティが殺ってやるデスか」
あらゆる意味で反省していない親友を、呆れ顔の黒アリスがポイッと投げ捨てる。
こんな時にも平常運転な親友に、改めて大器の片鱗を感じざるを得なかった。
「行くわよー、勝左衛門。帰ったら炭酸水で鼻うがいしてあげるから」
黒アリスが地面にへばり付いたままの相棒へ、力の抜けた声で急き立てた。
聞いてるだけで既に鼻が痛いデース、という巫女侍の悲鳴が聞こえて来る、と思ったのだが、何のリアクションも無い事に、黒アリスは首を傾げる。
そうしている間にも海兵は先に行ってしまうので、また怒られたくない黒アリスは、巫女侍を引っ張り上げようと屈み込んだのだが、
下げた目線の先、巫女侍が見ていた先を黒アリスも見てみると、深い茂みの中に潜んでいた一団と目が合ってしまった。
「…………どなた!?」
「――――!! ――――――!!」
その5人の集団は、黒アリスと巫女侍に発見されたのを察するや否や、何事か叫び声を上げつつ茂みから飛び出して来た。
良く観察すれば、身体には騎士が纏うような鎧を身に着け、腰の鞘からは長剣を抜き放つのを見て取る事が出来る。
しかし、いきなり目の前に殺気だった武装集団が現れ、黒アリスにそんな事を認識している余裕は無い。
「どわぁああああああああ!!?」
突っ込んで来るヒゲ面の大男へ、黒アリスは弾かれたように銀の回転研究を発砲。
思考が停止していても、エプロンポケットから銃を引き抜き引き金を引くまでの行動は全自動だ。
その迎撃性能は、もはや日常生活に支障をきたすレベル。
「グワッ!?」
ドドドンッ!! と問答無用の三連射が鎧の胸部を打ち砕き、大柄のヒゲ面を吹っ飛ばしたが、その脇を抜け別の男が向かって来る。
この男の長剣を止めたのが、怪力巫女侍の大刀だった。
嫁に刃を向けたバカは例外なく死を、と言わんばかりの強大な斬撃は、受け止めた長剣を逆にへし折り、返す刀で鎧ごと男を地面にめり込ませていた。
「な、何このヒト達!? 能力者!!?」
巫女侍が3人目の男を叩き返している間に、黒アリスは回転拳銃の弾丸を再装填すると、向かって来る4人目へ発砲。
ところが、4人目は腕に着けた円形の盾で50口径の弾丸を受け止めると、そのまま巫女侍へと長剣を振り被り、
「敵だ!!」
「排除しろ! 排除しろ!!」
押っ取り刀で戻って来た海兵がアサルトライフルを発砲し、ドタタタタンッ!! という音と共に撃ち倒された。
残った鎧姿の男はひとり。
と思ったら、茂みの中にはもうひとり、鎧を纏った長い銀髪の女性が立ち尽くしていた。
「――――! ――――――――!!」
それまで隠れていたらしい銀髪の女性へ、剣を抜いて背を向けた男が叫ぶ。
女性は抗弁していたようだが、男の必死な叫びに気圧された様子を見せると、こちらも踵を返して走り出した。
その走りは猛然と、というよりは、慌てふためき死に物狂いで、という感じだ。
「キルガン追え! 捕まえろ!!」
剣を振り回す5人目に足止めされる三等軍曹が、部下の伍長に数名を付けて逃げる女性を追わせた。
幽霊かと思ったらいきなり襲われ、ワケも分からないうちに迎撃していた黒アリスだったが、ここでようやく状況を理解する。
「ッ……追っかけるわよ勝左衛門!」
「へ? い、良いデスけど、何でデス? アレなら兵隊が捕まえマスよ??」
「あんな怖がってる娘を厳つい野郎どもに任せておけるか! あたし達の方がマシでしょう!!」
『怖がってる娘』と言っても雨音よりは年上なのだろうが、逃げ出す一瞬前の女性の顔は、恐怖と混乱でいっぱいだった。
状況から推察するに、彼女(彼)らはその場に隠れていただけなのだと思われる。それを、たまたま巫女侍と黒アリスが発見してしまった、と。
無論、待ち伏せの上で海兵たちを強襲するつもりだった、という可能性も否定できないが、相手の人数、装備、反応と、不可解に過ぎた。
「お前らは動くなガキども! ヨーキ、連れ戻せ!!」
怒声を背後に、逃げた女性と海兵を追い魔法少女も丘を駆け降りる。
奇しくも、向かう先は偵察の最終地点である『ポイントゼロ』だ。
「勝左衛門! 彼女何語を喋ってた!? 英語じゃないわよね!!」
「え!? えーと…………ギリシャドイツフランスイタリアイングリッシュスペイン、全部違うと思いマスけど田舎で訛ってたらもう別モノだから分かんねーデス!」
半分埋もれていた岩を飛び越え、倒れた大木の上を駆け抜ける黒アリスと巫女侍。
逃げた女性が何者かは現時点で皆目見当も付かないが、海兵に撃ち殺されるような事態になる前に追い付きたい。
走ってると、段々と森が荒れてきているのが分かった。
まだ湿っている崩れた地面に、倒れた生木、土の間から溢れる泥水。
黒アリスが森の中で開けた場所に出るのと、逃げ隠れする場所を無くした銀髪の女性が振り向いて剣を抜くのが同時だった。
「――――! ――――――!? ――!!」
「武器を捨てろ! 腹這いになれ!!」
「武器を下ろせ!!」
「動くな! 武器を捨てろ!!」
海兵が口々に怒鳴るが、眦を吊り上げた女性は剣の切っ先を海兵達に向けて下ろさない。
凛々しく美しい女性だったが、その顔は汗に塗れ、薄汚れ、疲労しきって精神的にも追い詰められているのが垣間見られた。
剣は他の男達よりも細身で、レイピアやエストックといった物に似ている。
柄の細工も凝っており、実用性より見栄えを重視しているらしい。
鎧も、泥で汚れていなければ白銀一色の、女性に合った美しい物だったのだろう。
そこまで観察した雨音の感想としては、まるで騎士の時代の姫君のようだな、と思うワケで。
「まぁ……能力者なら不思議でもなんでもないか」
能力者自体が不思議な存在だしね、と知り合いの鎧武者やビキニのカウガールを思い浮かべる黒アリスだが、そういう雨音も超ミニスカートの黒いエプロンドレスだったりする。
だが、どんな格好をしていても、同じビビりとして怯えきった女性を放っておけない。身につまされすぎた。
「勝左衛門! あたし達が落ち付かせるって海兵に言って!!」
「え゛!? あ、危ないデスよ黒アリスさん!」
「ヤバそうになったら勝左衛門が力尽くで押さえて」
またそんな無茶なー、と巫女侍は情けない顔をしていたが、黒アリスに言われた通りに海兵隊に呼びかけてる。
当然、海兵は承服する筈もなく黒アリスに「止めろ!」と命令していたが、そんなもの雨音は知ったこっちゃなかった。
「ってもどうするかな……英語も通じないんじゃ」
雨音は英語すらダメなのだが、相手にどう言って落ち付かせたものかと、とりあえず両手を上げながら悩んでいた。
動物は相手が恐がっているのを敏感に察知するというが、その場合、黒アリスじゃ宥めるのは不可能なのではと、本人としても思わなくもない。
心情的もお手上げだったが、諦めるには早過ぎる。
「――――!? ――――――!!」
「な、何言ってるかは分からないけど、あたしは何もする気はないから! あなたどこのヒト? もしかして島の住民のヒト?」
「レッドクイーン! 邪魔だ下がれ!」
「前に出るなレッドクイーン! スッ込んでろ!!」
「うっさいわマッチョども! 黙ってなさい!!」
外野で騒ぐ海兵に怒鳴り返す黒アリスだが、その迫力に銀髪のお姉さんがビクッと震えていた。
だが、銀髪のお姉さんに向き直る黒アリスの変わり身たるや阿修羅の如し。
冷や汗をかいていたが、相手を怖がらせないようにギリギリの笑みを向けている。
ふたつの意味で、巫女侍はハラハラしながら親友を見守っていた。
「そ、その剣を下ろして……! この野郎どもには手出しさせないから! ね?」
「――? ――――!?」
必死に語りかけようとする者は、銃など撃ちはしない。無意味だからだ。
言葉は分からなくても意思は伝わるのか、訝しげな顔をする銀髪美人も、震える剣の切っ先を徐々に下ろす。
これなら穏便に済ませられるか。
海兵のひとりが、その場の空気とでも言うモノに気付いたのはその時だ。
「…………おい?」
「あ? なんだ??」
銃を構えたままの黒人の海兵が、近くの同僚に声をかける。
正体不明の銀髪女性を追っている時には気付かなかったが、現在海兵達がいる『ポイントゼロ』は、どこかおかしな雰囲気が漂っていた
良く見れば、ある一点、銀髪女の後方から、地面には放射状に無数の溝が走っている。
木々も中心から外向きに倒れており、何か巨大な力に吹き飛ばされたかのようだ。
「なんか……妙にザワザワしてないか、ここ?」
「何がだ? 別のエリアで仲間が交戦中なんだろ?」
「いや、近くで工事でもやってのか…………」
「待て……地震か? 振動が…………」
遠くの発砲音、近くの黒アリスと銀髪女の声以外に、その場所では何も聞こえない。
だというのに、海兵達は肌を何かの振動に叩かれているように感じていた。
「嫌な感じだ…………、さっさと移動しようぜ」
「おいレッドクイーン! 何してる!?」
「うっさい! さっきからそりゃあたしの事か!!?」
銀髪のお姉さん相手で処理能力がいっぱいな黒アリスは、周囲の異和感に気付かない。
巫女侍は気付いていたが、他の海兵同様に、違和感の正体までには分からず。ついでに、黒アリスが妙な呼ばれ方をしている理由も説明出来なかった。
黒アリスの方は、とりあえず握手でもしてみるか、と手を差し伸べ、そろそろと銀髪のお姉さんに接近していく。
敵意は無いと理解してもらう為だが、そこの所は通じたのか、銀髪のお姉さんも剣を持っていない方の手で黒アリスへと近づいて来る。
嫁が刺されやしないかと、緊張の巫女侍はいつでも飛び出せる体勢に。
銀髪の美女と黒アリスの手は、あと数十センチで触れ合おうかという距離にまで近づいていた。
黒アリスは慎重に、相手を刺激しないよう、焦らずにジリジリと間を詰めていくだが、
あと数センチという所で、銀髪のお姉さんは動きを止めてしまった。
ヤバいせっかち過ぎたか、と思ってしまう黒アリスだが、銀髪のお姉さんが見ているのは、目の前に迫る少女ではなくその後方。
その驚愕とも恐怖とも取れない瞳に、何かあったのだと黒アリスが気付いた直後、ドスンッ……と島の地面が物理的に揺れていた。




