0002:漁師が釣られないとも限らない
9月第3週の木曜日。
朝のHRに行われた会議は、前日同様に纏まらなかった。
前日に続きHR前に旋崎雨音が余計な事を言った為、女子陣営の意見が突如として一本化されてしまったからである。
ならば、文化祭への出し物も決定したという事ではないか、とは問屋が卸さなかった。
『クレープ屋』という女子に対し、男子も急遽『焼きソバ・お好み焼き(広島焼き)』で意見を統一して来たからだ。
ならば得票数で『クレープ屋』が単独首位か、と言うとそうではない。
『焼きソバ・お好み焼き』はこれでひとつの出店扱いとされ、票もクレープ屋と完全に二分されたのである。
女子は言う。
「焼きソバとお好み焼きは別モノじゃない。一緒にやるのは材料費とかもかかるし、手間もかかるんじゃないの?」
「別々にした方が良い」
となると、当然『焼きソバ』と『お好み焼き』は票が半分に割れるので、女子垂涎のクレープ屋で決定となる。
が、しかし男子はこのように反論した。
「クレープって一種類だけでやるの? バナナチョコは外さないにしても、イチゴとかチーズケーキとか、ホットクレープまで含めると何種類あるのさ?」
「作る手間と材料費で言えば、焼きソバとお好み焼きとは比べ物にならんだろう」
男子の言う通りである上に、雨音の雑談に釣られて条件反射の様にクレープに走った女子達は、その内容までは意見を集約できておらず。
また男子の方も、急な連立の為にタコ焼き派の票を取り込みながらも、焼きソバとお好み焼きのどちらかに一本化できていなかった事が、女子につけ入る隙を与えてしまっていた。
そして雨音は、珍しくカティに「だから言ったデスよ、アマネ」と怒られていた。
雨音の方は、「これ、あたしのせいか?」と釈然としない顔をしていたが。
しかし、先日からの混乱について誰に原因があるかと問われれば、それはもう誰がどう見ても飯テロリスト雨音のせいあった。
魔法少女になってから、雨音は学校での勉強には一層身を入れるようになった。
貴重な時間である。
学校外では何が起こるか分からない。勉強のみに集中出来るのは、もはやここしか存在しない。
それに、学校よりも優先せざるを得ない状況が、今後発生しないとも限らない。
風紀委員会には、ぜひとも学校内での秩序維持に全力を挙げて欲しいものである。
その後、おかげ様で午前の授業もつつがなく終わり、昼休みとなった。
夏が終わり、屋上での昼食が解禁となっている。
『解禁』と言っても、特に一年を通して封鎖される事のない屋上だが、灼熱の陽光降り注ぐ真夏に日焼けしながら昼食を食べたいヤツはいない。
日差しが柔らかくなり、暑さが和らぐ今の時期から、寒くなって食事どころではなくなる時期までが、屋上での昼食に適したシーズンだろう。
「三佐からー? そりゃまた何とも只事じゃない臭が凄いねー」
「…………一体何の用デス? またアマネをヘルキャンプに連れてくデスか?」
冷淡女子高生の雨音と、小柄な金髪娘のカティ、三つ編み文学少女の桜花も、他の生徒達と同じように屋上でのランチと洒落込んでいた。
で、当然のように陸自の釘山三佐から来たメールの件が、昼食中の話題となる。
雨音は夏休みの間中、カティの言う地獄の特訓で三佐と面を突き合わせていたワケだが、他の魔法少女達が釘山三佐と最後に会ったのは、巨大生物戦終了の間際だ。
普通の高校に通う女子生徒に、自衛官との接点など、そう有るものでもない。
かく言う雨音も、携帯電話を渡されはしたが、連絡が来ると少々ビビる。
便りが無いのが良い便り、とは良く言ったモノである。
なにせ常時が非常時のヒト。
大変立派なお仕事をしている尊敬すべき人物だが、関わるとロクな目に遭う気がしない。
変わったモノ大好きなマイノリティー文学少女が珍しく目を見開き、あまり三佐に良い印象を持たないカティが珍しく顔に曇らせるのも、当然と言えば当然の話だった。
が、しかしだ。
「あたしはそのメール、ホントに三佐からか怪しいと思っている」
「なんじゃそりゃ!?」
「へ?」
三佐から貰った携帯電話だと雨音が言うのだから、当然連絡をしてきた相手も三佐だと思うだろう。
なのに、雨音のこの発言。
どういう事なの? と箸を咥える桜花とカティも目で問うていた。
昨夜、散歩中にメールを受け取った魔法少女の黒アリスは、すぐさま三佐の携帯番号へと発信した。
ところが、何度かけても三佐は応答せず。
そのくせ、メールで「ご無沙汰してます。どうしました?」と送信をしてみたならば、「すぐに直接伝える事がある」という返信が間髪入れずに入ってきて、有無を言わさない様子で落ち合う場所を指定された。
どこが、とは言えないが、三佐らしくなく思える。
電話で話せない内容、メールに書けない文面。確かに、三佐と黒アリスの間柄では、そんなモノもあるだろう。
でも迂遠だ。
夏休みに入った直後に黒アリスをとっ捕まえた三佐の手管を鑑みれば、用があるならもっと直接的なやり方を取って来るだろう事は容易に想像できた。
「三佐の携帯電話を使って、誰かがあたしを……てか『黒アリス』を引っ張り出そうとしている、という可能性があるかな、と」
「ならー、『誰が』『どうして』って話になるねー…………」
桜花は、三佐が具体的にどういう人物か、雨音ほど良く知らない。
しかし、ちょっと見ただけでも隙の無い、デキる人物に見えた。
そんな相手の携帯電話を何らかの方法で手に入れ、本人を装い黒アリスを誘き出そうとする。
携帯電話の向こうにいる顔の見えない相手を思うと、その得体の知れなさを不気味に感じた。
「そんじゃ無視して良いデスよ。もし三佐でも無視して良いデス」
「そうもいかないわ」
もしかしたら雨音の考え過ぎで、本当に三佐からの連絡という可能性も、勿論ある。
それに、相手が三佐のフリをしており、黒アリスを引っ張り出すのが目的なら、それこそ雨音は放っておけない。
相手が何者で、何を考えているのか。
わざわざメールで呼び出す以上、正体がバレているとは考え辛い。
それでも、背景をハッキリさせておかねば、雨音は眠れぬ夜が続く事確定である。
相変わらず、不安材料を放っておけない臆病者であった。
「えー? じゃ、相手の指定した場所に行くのー? 危険じゃない?」
「カティも絶対付いて行くデスよ! で、アマネにちょっかいかけるヤツなら月までフッ飛ばすネー!」
危険でも敢えて往く、という雨音の科白に、友人ふたりは当然の如く難色を示す。
無論、雨音だって無防備にノコノコ姿を晒しに行くつもりはない。
とはいえ、罠だと思って構えていれば相応の立ち回りは出来るし、考え過ぎなら三佐を確認できた時点で出て行けば良いだけの事だった。
◇
東京都品川区。
港の岡ふ頭公園。
東京湾に面した埋め立て地に在る公園であり、三佐の携帯から送られたと思しきメールで指定された、待ち合わせ場所である。
大田区から品川区にかかる、橋を使わなければ入れない孤島のような作りの埋め立て地になっており、住宅地からは隔絶されている。
東の海側には大井ふ頭と無数のコンテナが並び、西側は鉄道路線による大規模な貨物ターミナルになっており、その真ん中に緑生茂るオアシスの様に公園が作られていた。
午後10時15分。
休日はそれなりに、平日の昼間なら疎らにヒトの姿が見られる公園も、夜間となると閑散としてしまう。
前述の通り、敷地内は緑が濃い為に見通しが良くない。
敷地面積はかなり有り、真横を走る道路から、公園内部を窺う事も出来なかった。
「まったく……よくもこんな胡散臭い所を指定してくれたもんだわ」
「舐め切ってるデスね」
そんなキルゾーン(推測)の公園を、呆れたように見下ろしているふたりの少女がいる。
黒いミニスカエプロンドレスの金髪少女、銃砲兵器系魔法少女の黒アリスに変身した旋崎雨音と、
艶やかな長い黒髪で露出改造巫女装束を纏うグラマー美人、巫女侍の秋山勝左衛門に変身したカティーナ=プレメシス嬢であった。
とりあえず警戒し、最初から罠のつもりで事に当たろう。そのような方針だけを決めたのが昼間の事。
蓋を開ければ予想通りっぽく、緊張すると同時に脱力する思いでもあった。
例によって銃と兵器の魔法少女、黒アリスの通常戦略であるヘリコプター型無人攻撃機、『MQ-8B、ファイアスカウト』による当該区域の偵察からはじめたワケだが、送られて来る映像を操作機器の画面で見ていると、居るわ居るわ。
ポツポツと散開して、身を潜める様に動かない熱源。エンジンをかけたまま長時間動かないクルマ。
約束の時刻は、午後10時。
黒アリスと巫女侍は30分前には公園を見下ろせる物流会社の立体駐車場に陣取り、監視を続けながら、どうしたものかと考えていた。
「一番ありそうなのは……やっぱり国か。歩く銃砲等不法所持を放置はできんか」
「そんじゃ黒アリスさん、ついに亡命デス!?」
胃が痛そうに呻く黒アリスに対し、巫女侍は胸の前で拳を固めて、何やらテンションを上げていた。
カティも日本が嫌いなワケではないだろうが。
それに、高飛びすれば解決するという問題でもない。
雨音としても、日本を脱出するにはまだ英語力に不安があった。
黒アリスを狙う理由――――――または動機――――――は、いくらでも推測できる。
問題は、相手が何者か。
銃砲等不法所持違反での逮捕、とは言ったが、今回のは警察のやり方とは思えない。
相手は30人以上の数を隠密裏に投入出来、見る限り明確な指揮命令系統の下で動いているようだ。
となると、当然何かしらの組織に属しているのが推測できるワケだが、更に考えを進めると、当然嫌な所に行き着いてしまうワケで。
「こっちの事は知られてないけど、探すのに手段は選ばんだろうなぁ…………。先手を取りたいなー」
「今すぐ返り討ちにしてやるデスか?」
嫁に仇なすバカには速やかな死を。
怪力無双の巫女侍は、腰に差していた3尺3寸の大刀『深海』を抜き放って見せた。
身体能力にパラメーター全振りの巫女侍は、雨音が今まで見て来た能力者の中でもトップクラスの戦闘能力を持つ。
が、少々考えが足らず、自分の力に振り回される場面も時折見られる。
その上に、力で他を圧倒しても、技や技術で勝る相手には、手も足も出ずにあしらわれる事が多かった。
まして、相手の正体がまるで分からない現状で、考え無しに突っ込んで行くのは無謀過ぎである。
と、屋上の囲いに頬杖を付いきながら、黒アリスも色々考えていた。
「正体を知りたいところだけど…………連中、『黒アリス』の事は調べて来ている筈よね」
目的が何にしても、万が一にも事を構えるとなれば、銃砲兵器の魔法少女を無力化する手は用意してあるだろう。
あるいは、行動を共にする機会の多い巫女侍に対してもだ。
約束の時間から18分が経過し、現れない黒アリスの行動に不信を持ったか、公園内に複数ある熱源反応も動きが忙しなくなってきている。
無人攻撃機からの映像、黒アリスの持つ狙撃銃搭載の暗視スコープで見る映像から、公園内の人間が頻繁に何処かへ連絡をしているのも見えた。
流石に人物容姿や細かい装備は識別できず、武装しているかも不明である。
遠距離からの観察は、この辺が限界か。
情報は欲しい。ここで相手を見失えば、雨音はヘタすりゃ永遠にビクビクして生活していく事になる。
しかし、相手に接触するのは当然大きなリスクを負う。
ならば、相手が動き出したのを見計らって、見つからないように追跡して行く先を突き止めるのが理想だが。
(ヘリを使って空から……は、目立つし東京管制のレーダーに見つかってまうな。クルマでの追跡は危険。カティに行ってもらうのが……それはちょっと怖い)
カティならば単独で走行するクルマを追いかけるのも可能だろう。
だが、雨音は正直に言って、この状況でカティと別れるのは、保険があっても心細い。
「今まで通り、移動しながら無人機で追跡するか……。アレも長時間使うと手の内バレそうで怖いんだけど」
というワケで、最も無難な策に落ち付いた。
ヘリと同様、街中、それも都心部での無人攻撃機運用に問題が無いでもない。
高高度を飛び過ぎれば東京航空交通管制に見つかるだろうし、高度を下げれば不審な飛行物体として監視対象に発見されかねないだろう。
それでも、黒アリスの安全を確保しつつ情報を収集するには、一番マシな案である。
「ジャック、勝左衛門、連中が動いたらこっちも動くわ。準備しといて。外堀から埋めていこうか」
「んで最後にはホンマル(本丸)を空爆するデスね?」
「平常運転だよね」
巫女侍と、それに後ろで待機していた軽装甲機動車に乗る黒いスーツの巨漢、ジャックが事も無げに言うと、黒アリスが少しばかり情けない顔をしていた。
普段の行いが痛い。
「…………お雪さん、勝左衛門とジャックがイジめるよう」
「わたくしでよろしければお慰め致しますわ、黒アリスさま」
「お雪サン!? そ、それはカティの役目ぇ…………に、して、くれない、デス?」
拗ねるような流し目を巫女侍へ送りつつ、助手席にいる肩をはだけた和服美女に黒アリスは抱き付く。
流し目を送られた方は、羨ましさとやり場の無いやるせなさといった葛藤で死にそうな顔をしていた。だってどっちも好きやねん。
「黒アリスさま、公園の方々の監視はわたくしが?」
「ん? ああ、そうね。ゴメンねお雪さん、カティのなのに、あたしの事ばっかやらせて」
「その分勝左衛門さまを可愛がっていただければ嬉しゅうございますわね」
「アアンお雪サン愛してマース!」
すんなり身体を離す黒アリスとお雪さん。
一方、巫女侍は生き返った。出来たマスコット・アシスタントである。
黒アリスは助手席のお雪さんにジェラルミンケースの操作機器を渡すと、自身はライフルを抱え公園が見下ろせる位置に戻る。
暗視スコープを覗き、無防備なターゲットの群れに、ひとりくらい狙撃してしまいたくなる衝動にかられ、いつ撤収するかとタイミングを待っていた。
だが、そうやってただ待つのも時間がもったいない。
こうなるとゲンキンなモノで、正体不明の集団を相手にビビっていた黒アリスも、さっさと次の動きが起こらないかなと、欠伸でもせんばかりだった。
「いくら待っても黒アリスさんは来んデスのに。アホな奴らデスねー」
所詮は自慢の嫁の手の平の上よ、と巫女侍がスコープ要らずの視力で公園を見下ろし、どこぞの馬の骨どもを嘲笑う。
雨音の方は、待ち合わせの時間を30分近く超過するにあたり、あまり待たせるのも――――――公園の集団にではなく――――――悪いな、などと思う。
そこで、フッと何かがおかしいと感じた。
「…………お雪さん、連中、何か動きあった?」
「いいえ、公園内での移動は少々あるようですが、公園外への移動や配置の変更などは確認できておりません」
そして、お雪さんの報告で、改めて小首を傾げる。
カティは公園に出て来た連中を『アホな奴ら』と評した。
だが、そんな間の抜けた連中が、こんな手の込んだ事をするのだろうか。
三佐は言った。
狩人が最も無防備な瞬間は、自らが獲物を狙う瞬間である、と。
そんな用心深い三佐の携帯電話を手に入れ、黒アリスを包囲する人員を予め配置しておく、この一件の糸を背後で引いている人物が、30分も来ない相手に漫然と構えている事などあるのかというと。
おそらく、否である。
「チッ……ミスった」
「アマネ?」
「アマネちゃん?」
黒アリスの表情が険しくなり、気配が変わったのを巫女侍達は感じ取っていた。
「別働隊がいる可能性がある。あっちの連中、あたし達が監視しているのを織り込み済みの囮かも。30分も無駄にした。後手に回ったわ」
所詮素人か、と瞳を鋭くした黒アリスが歯がみする。
黒アリスが言うや、ジャックが軽装甲車両のエンジンをかけ、巫女侍が鞘に収めた大刀に手をかけ周囲を警戒した。
「見つかったデス?」
「分かんない。でもあたしの知らない所で動いているかも」
「すぐ逃げようよ!!」
猪巫女侍に臆した様子はない。慌てる事無く、来るなら来いといった構えだ。
逆に、運転席のタフガイは早くも怯えていた。あの主人にしてこのマスコット・アシスタントである。
「ジャック、大井ふ頭へ。泳がされる可能性もある。海に出てから逃げるわよ」
「う、うん。そこから船だね!」
黒アリスは軽装甲車両の後部から5.56ミリ軽機関銃を引っ張り出すと、ガシャッと装填レバーを引き後部座席に着いた。
冷静に見えるが、戦場のキナ臭さに臓腑の奥から震えが来る。
全てが杞憂であって欲しいと、機関銃のグリップを握り締める雨音は、願わずにはいられなかった。




