0044:魔法少女のDMZ露天風呂
所謂バーベキューである。
肉、野菜、魚介類を一口大に切り、鉄の串に刺した物を、炭火のコンロで焼き上げる。
調理が簡単で、かつボリュームを出しやすい、キャンプなどを行う際に野外で食べる料理としては、定番の部類に入るだろう。
「アハハハハ! じ、ジャック!? ジャック似合いすぎだわ! プハハ!」
「そ、そうかなー?」
「ストーン殿、似合っているのなら良いではござらぬか。そのように笑うのは失礼でござる」
肉をかッ喰らう色気も何もない乙女たちの為に甲斐甲斐しく串を焼いているのは、黒アリスのマスコット・アシスタントである『ジャック』だ。
ただし、普段は黒いスーツ姿だが、今は前が開いたアロハを着ている。
どう見ても屋台のおじさんです本当に以下略。
ヒトの事を言えた格好ではないハイレグビキニ水着のカウガールも、ジャックのハマり過ぎる格好を見て大爆笑していた。
鎧武者が窘めるのも聞いちゃいない。
その一方で、三つ編みの文学少女は、アロハのオヤジを見て神妙な顔になっていた。
「マスコット・アシスタントの格好ってさー……そんな変えたり出来るものだっけ? 着替えとかしてないよねー?」
どのようなプロセスを経るかは不明だが、能力者によって定められたマスコット・アシスタントは、再出現するたびに寸分違わぬ同じ姿で出現する。
なので、ボンテージ姿がデフォルトである三つ編み文学少女のマスコット・アシスタント、『カミーラ』は、外に出るたびに普通の服を用意する必要があった。
それはそれで美人のお姉さんを着せ替えさせる楽しさがあったが、正直面倒に思う事もあり、三つ編み文学少女には、ちょっと看過出来ない現象である。
「うん。ま、今回はちょっとした実験をね…………」
黒アリスはというと、内心穏やかならずな三つ編み文学少女をよそに、ジャックを観察しながら焼き玉ネギを食べている。
香ばしくて甘みがあり、非常に美味しい。
「多分明日あたりに説明できると思う。別に勿体ぶる必要もないんだけど、今聞きたい?」
「あたしにも出来そー?」
「多分ね」
それなら、と三つ編み文学少女も、黒アリスに話を聞くのは後に回す。
串焼きに意識を戻し、肉を噛んでモニュモニュしていた。
良いお肉は塩コショウだけで十分だ。
「アマネ、食べたら泳ぎいくデスよ!!」
「桜花ちゃーん泳ぎに行こー!」
そこに、両手に串を持った巫女侍とボンテージ悪魔が、子供の様に駆けて来た。
実際に悪魔ボンテージの方は、産まれて4カ月少しなので幼い子供と言って差し支えなかったが。
「まずしっかり食べなさいよ。あと泳ぐは明日で良いんじゃないの? 今日はもうゆっくりしようよ」
「カミーラが泳ぐのは見たいけどー……まずは手に持ってるのを食べなさーい」
両保護者に注意され、黙ってモグモグする美女二人。
欲張って大量に持って来ているので、処理するのに時間がかかりそうだった。
「ノー! ニンジンなんて喰ってられっか! 肉よこせ肉! ビーフ!」
「たまには馬らしくしようとは思わないのかしら、あなたは」
「はわわわぁ!? お、お疲れ様ですッ!!」
「いや、私は『ちょーさん』ご本人ではありませんからなぁ」
草食動物のクセに馬が肉に喰らい付き、マスコット・アシスタントを超ベテラン大物俳優と勘違いした新人アイドルは、地面に着かんばかりにお辞儀をして飲み物を残らず零していた。
楽しんでいるようで何よりである。
「提督! お注ぎいたします」
「お、どうも……タケゾウくん、だったっけ? お久しぶり」
「ハッ! 二号艦『武蔵』、先任伍長のタケゾウであります! 先の大戦では大変お世話になりました!」
「『大戦』……、間違っちゃいないけど。そういやそちらは艦長ともども忙しそうね」
「御免。せっしゃにも一杯いただけるでござるかな? なにぶん人間と違って腕が無い故」
「ぅおあ!? あ、えーと、こ、こくてん、号、さん? …………コップで? ほ、他に何かないかな?」
黒アリスが珍しいマスコット・アシスタントと話をしているように、他の魔法少女同士やマスコットアシスタントも初見の挨拶混じりに話をしていた。
というか、ジャックしてもお雪さんにしても他の海賊にしても、マスコット・アシスタントはほとんど働いてしまっている。
マスコット・アシスタントの慰労も目的だったが、アレはアレで本人幸せなのかなぁ、と思いながらも、黒アリスはジャックの代わりにバーベキューを焼きに行った。
腹が満ちて落ち着き、一段落すると、皆が適当に遊び出す。
アイドル少女などは、白馬に乗って軽快に砂浜を駈けて行ってしまった。乗ると言うか、実際にはしがみ付いていたが。
黒アリスやアロハの巨漢はバーベキューの片づけをはじめ、気を利かせる舎弟として海賊少女が手下の海賊共々手伝いに入る。
重い物は、怪力巫女侍の担当であった。
「でこの後はどうするデスかアマネは? 泳がんデス?」
「んー? その辺はストーン姉さんとも話して考えるけど、もう4時だしね。でもまだ日が高いな西日本」
感覚的に、まだ昼である。
かと言って、泳ぐには少し気だるく、別荘に引き籠るには惜しい時分。
オーナーの娘さんは好きにしろと言ってくれたが、実際には何が出来るのか、良く知らない。
「わたしはカミーラさんとお雪さんを侍らせてお風呂に入りたいわヒハハハたまんねー」
「そういや露天風呂が有るって言ってましたっけ」
「あれ!? 黒アリスガールにスルーされた!!? ヤダ恥ずかしいじゃない!!」
「そう思うのならはじめからボケるなでござる」
ハイレグビキニのカウガールがお嬢様っぽく身悶えているが、鎧武者が突っ込んでくれてるので、黒アリスとしては放置で。
露天風呂も良いが、時間が有るからと言って一時間も二時間も浸かっているワケにはいかない。
そうなると、後は泳ぐか散歩するか寝ているか食べるか、くらいだろうか。
それはそれで、贅沢な時間の使い方だとは思うが。
「お嬢様は普段どんな事して過ごしているのー?」
「わたしはー……正直家族サービスで来ている部分が多いけど、使用人のヒトにテニスの相手してもらったり、プールで昼寝したり、ミニシアターで映画見たり、散歩は良くしたけど島の隅々まで歩いた事はないわね」
「テニスコートにプール? 海が目の前にあるのに」
どちらも金持ちのパワーを感じさせる施設である。
そして雨音の「海が有ればプールは要らんだろう」と言うのは子供の発想であった。
「プールは中庭。露天風呂は廊下北側の端っこから行けるわ。テニスコートは林道をちょっと歩いた所。…………あと、どこかに洞窟が有ったような? 小さな時に見ただけで入ってもいないから良く覚えてないけど」
「『ミニシアター』って、映画館みたいなー?」
「そんな感じよ。半地下みたいになってて防音…………いや、まぁ、音は漏れないわね」
何故か急に渋面になるビキニカウガール。
防音の室内で過去に何が行われていたのかを思い出したらしく、「まぁ、部屋に罪はないから」と、実際に何があったかは口を濁した。
「全部使えるんですか?」
「全自動よ。リモコンがどこにあるか分からないけど」
「ダメじゃん」
全部使用人に任せッきりにするから略。
クーラーボックスやらコンロやらを持って別荘に戻る黒アリス達だが、これが終わったら、次は探し物をしなければならないようである。
◇
午後5時を過ぎると、島全体に西日が射して来る。
昼御飯が遅かったので、夕食も遅めに。
と言う事で、それまで魔法少女やマスコット・アシスタントは、思い思いに自由な時間を過ごす事となった。
乗馬するアイドルとマネージャーに、テニスで激闘する軍服と海賊の少女。
砂浜を走る鎧武者に、何故か付き合って走り込んでいる海賊集団。
魔法少女刑事は都会では得られない自由な空を楽しみ、海賊の弟君はチビッ子先任伍長とプールで泳いでいた。恐るべし子供の体力。
「一体この家には幾つリモコンが有るのよ…………」
「半分くらいは用途が分からんデスねー」
その他の面子はと言うと、別荘内で家探しの最中である。
各家電製品、ガレージ、うっかり発見した隠し部屋。
あらゆる物にリモコンが存在し、かと思えば肝心な露天風呂のリモコンが無くて、お湯が張れないとか。
「これはプールだったのよね……。これは空調、これはセキュリティー、これはプロジェクター、ガレージ、ヘンな銅像、ヘンなオモチャ、ヘンな趣味の隠し部屋…………」
「ヘンなのはこの別荘デスよ」
「金持ちがまともじゃないのは大体分かってた」
大小様々なリモコンを矯めつ眇めつしながら眉を顰めるビキニカウガール。
黒アリスが持つウィンウィン動いているオモチャの正体を、三つ編み文学少女は明かしたものか否か迷っていた。
「そもそも風呂場をリモコン式にする必要はあるの? どこ狙って操作するのよ」
「電池切れてたら確認すら出来ないよねー」
「赤外線式なら発振部を携帯カメラで見れば分かるわ」
「電池ならどこかに…………」
「どこにあるか分からないのね?」
結局リモコンの全てを手当たり次第に試してみる事になり、その際に予想もしないモノが突然動きだしたりと、魔法少女達は困惑しながら別荘内を探索していた。
◇
無邪気に自由飛行を楽しんでいたお姉さんが年甲斐もないと我に返り、艦長と船長がテニスコートで共に力尽き、少年二人が和室で昼寝していたその頃、黒アリス達はどうにか9割のリモコンの用途を特定していた。
「まだ残ってるわね。何かボタンが少なかったり何も書いてなかったりだけど、何に使うんだろ?」
「んー……まぁ必要なのはゲットしたんだしー、知らなくて良いんじゃない? てか知らない方がいいよー、黒アリスさんは」
残り一割は、何故か三つ編み文学少女が調査を禁じたが。
時刻は6時ちょっと過ぎ。
島中に散っていた魔法少女やマスコット・アシスタントも、ぼちぼち別荘に戻って来ていた。
「さ、キララさん」
「ありがとー服部さん。エドさんもありがとうございました!」
「いいって事よー。馬はヒトを乗せてなんぼだしな。美人のねーちゃんならいつでも大歓迎」
別荘入口でマネージャーのマスコット・アシスタントに助けられ、アイドルの魔法少女が白馬から降りて来る。
ふたりと二頭で島中を散策して来たらしい。
アイドルが人生初の乗馬――――――ベリーイージーモード――――――を楽しんだのは当然の事。
馬のマスコット・アシスタント2頭も、存分に身体を動かせて満足していた。
「姐御ー……うちの弟見てねっスか?」
「自分の所の先任伍長が一緒だと思うのでありますが…………」
戻ってきた軍服少女とコートを脱いだ海賊は、全身汗だくになっていた。
勝敗はつかなかったらしい。
「弟さんと伍長なら別の部屋で寝てたわよ。露天風呂の前」
「ちなみにこれがふたりの寝顔ー」
「これは――――――――ッッ!!?」
三つ編み文学少女に携帯電話の画像を見せられ、海賊少女が思わずといった様子で口元を押さえていた。
無防備な寝顔が、ブラコン姉には眩し過ぎる。
携帯画像なんて既に4ケタを所有していたが、シチュエイションが違うのだと熱弁したい。
出来なかったが。
「ふぅ……良い腹熟しになったでござるな」
「黒アリスさん、ただいま」
中から熱気を漂わせる鎧武者と、微妙に切ない顔のチビッ子魔法少女刑事も、別荘に戻って来る。
外気温のせいもあるだろうが、戻って来る魔法少女やマスコット・アシスタント達は、汗をかいている者の割合が多かった
「露天風呂を使えるようにしといたのは正解だったかもね。汗を流したいヒトから入っちゃって良いんじゃない?」
どうせ夕食は昼食が遅かったので、午後8時から9時を予定しているのだ。夕食前に汗を流してくればいい。広い露天風呂が24時間いつでも入れると言うのだから、なんなら夕食前後で2度くらい入っても良いだろう。
その間に、黒アリスは夕食の準備でもしようかと思ったのだが。
「で、黒アリスさんはいつ入るデスか?」
「うん、お風呂は全員で入るべきよ。たくさんの美人でカワイイ娘があられもない姿でくんずほぐれつするとかサイコーね」
「真面目な顔で何アホな事を言っているのでござるか」
真顔のビキニカウガールの発言に、魔法少女達は概ね引いていた。
第一、露天風呂は洗い場も含めてビックリするほど広いので、全員で入っても余裕が有るのだ。
『くんずほぐれつ』とかお嬢様の期待するような事にはなるまい。
問題点はそこだけではなかったが。
「えー……同性でも裸になるのは恥ずかしいって娘は部屋風呂で良いんじゃないかな。あるいは30分区切りで露天風呂貸し切りとか」
「そんなのつまらない! せっかくの機会なんだからみんなでハダカの付き合いすればいいじゃない!!」
「ストーン殿はさっきの発言をリピートするがいいでござるよ」
抗議の声を上げるビキニのお嬢さまは、そのまま鎧武者に連行されて行きましたとさ。
それからどうなったか言うと、黒アリスの提案通りに、外で汗をかいて来た魔法少女達は露天風呂へ。
その間、ビキニカウガールは鎧武者の監視付きで、キッチンにて強制労働の刑に処されていた。




