0037:突撃のハーレム保健室
6月末の事件で、能力者の存在は世間に知れ渡り、認知されている。
だがそれは、無条件に受け入れられている、という意味ではない。
多くの人々を救った魔法少女がいる一方で、持てる能力で犯罪を起こす能力者がいる。
今は、天秤の時期だ。
能力者が社会にどのような形で受け入れられ、どのような形で根付くのか。
素晴らしい個性や才能として能力を用い、自由で有意義な生き方を社会において認められるのか。
それとも、法的規制や制限、あるいは能力を持たない人々からの圧力や弾圧を受けて、社会から爪弾きにされるか。
全ては能力者の行動が、自分達の今後を決める事になるのだろう。
だと言うのに、この学校の惨状はどうだ。
神奈川県室盛市の、ある公立高校。
三年生の教室が連なる階層では、まともに描写したら年齢制限が大変な事になる有様となっていた。
それもこれも、どこぞの能力者が周囲の影響も考えずにやらかしたせいである。
「…………どうしてくれよう」
「ヒィッ!? アマネさんッ!!?」
「せんちゃん、せんちゃん殺気押さえて」
自身もまた能力者である旋崎雨音は、ピンク色の三年生フロアを睥睨し、今にも誰かを撃ち殺しそうな目をしていた。
幾多の実戦を潜り抜け、何度も死にそうな思いをし、炎天下に兵に鍛え上げられた魔法少女は、今や素人でも分かるほどの明確な殺気を放つに至る。
戦場の如く一気に冷え込む校舎2階に、残暑以上にカラダをヒートアップさせていた三年生達の肝も冷やされ、一時的に正気を取り戻しつつあった。
もはや魔法少女でなくとも、素で普通の高校生の枠を外れ始めている雨音である。
とにかく、一年生の女子3人に廊下で大騒ぎされ興を削がれたり、謎の殺気に晒されたりした事で、三年生の先輩方は能力の影響下から脱したらしい。
だが、未だに雨音達は能力の干渉による拒絶反応に苛まれている。
放置しておけば3年の教室も元の木阿弥となるのは想像に難くなく、それどころか今度こそ、健全な学び舎であってはならない不純な不祥事が発生するのは免れない。
それに、またどこかの金髪娘が暴走する可能性もある。
その時はまた、張り倒して正気に戻してやればいいだけの話だが。
なんにしても、今すぐに能力者を特定して、しばき倒さねばならない。
こんな事が世間に漏れたら――――――いや漏れるのはもはや避けられないだろうが、せめて生徒さんの誰かが最後の一線を超えるのだけは阻止せねばなるまい、と。
雨音は危機感を新たにする。
そして、エロテロリスト能力者は殺す。
「でもー、あんまり強い能力じゃないねー。簡単に解けちゃうしー」
「いや十分でしょ。室内とかだと匂いが籠って効果が持続しそうだし、理性を残してそういう気にさせる程度が良いとか……?何でも言う事を聞く人形相手じゃ、面白味もなさそうだし」
各教室をチラ見し、いそいそと制服の乱れを直す先輩方を見て、桜花と雨音がそんな感想を零し合っていた。
雨音の分析に、桜花は「せんちゃんはエロいなー」と。
直後に頭を叩かれ「いたー」とか言っていたが、何故か嬉しそうだった。
「一般論の話よ!」
「それ『一般』?」
「だいたいこういうの、北原さんの方が強そうじゃん! エロ小説とかも読んでるでしょ!? あたしの横でな!!」
「なんか貸したげようかー? せんちゃんはショタにイジめられるのとお姉さんにイジめられるのが好きだよねー」
「聞き捨てならんデスよ!!?」
「その風評被害のツケがどんなもんか…………身体に教えてくれようか」
三年生の教室を端から端まで歩いて探したが、能力者らしき生徒は見当たらない。
見た目では分からないのかも、と腕組みして考える雨音の後ろでは、鉄拳を喰らった旋毛を押さえて涙ぐむクラスメイトのお馬鹿さん達が居た。
「なしてカティもデスかー?」
「せんちゃーん……あたしはカティとかと違って実戦派じゃないからー、こう何度も物理ダメージはちょっとー」
「じゃ精神攻撃逝っとくか」
「すいませんでしたー」
三つ編み文学少女が諸手を上げて降参の意を表するが、雨音はそれを無視。
今後の行動をどうしたものかと考え中である。
「見た感じ能力者だと分かるような先輩はいない…………。誰か能力者か全然分かんないわね。どうしたもんかな?」
「そりゃー学校で変身なんかしたら目立ってしょうがないんじゃない? じゃなかったらー、あたしみたいに変身しない能力者なんじゃないのー?」
桜花の言う通り、例えば学校にミニスカエプロンドレスの金髪娘が混じろうものなら、数分後には教師がブッ飛んで来るだろう。
歩くR-15たるハイレグビキニのカウガールなら、迷わず警察を呼ばれる事態もあり得る。
現実には、どれだけ三年生の教室を見回そうとも、奇抜な格好の能力者を見付ける事は叶わなかった。
しかし、能力の影響は今も出続けている。
「ぬぅ…………あたし達は変な気分になる事はないけど、頭に電流が走り続ける感覚ってのも精神衛生的に悪そうね」
「カティには関係なかったけどねー」
「…………パンツ着替えたいデスね」
「お黙りなさい!!?」
その先は言うな、と雨音が黙らせると、カティは慌てて口をΛの字に結んでいた。
何故着替えたいのか、何故そんな事態になったのかを口にするのは死を意味する。
カティが、ではなく、もっと根本的なモノが。
「でもー、早く能力者を見つけないとノーパンになる娘がいっぱい出るねー」
「北原さんもわざわざ崖っぷちを歩かないで!!」
だというのに、尚も攻める姿勢を崩さないカテゴリー18禁対応文学少女。
むしろ、そういった事態を望んでいる節さえ見受けられる。
そこで思い出すのは、非日常や変わったモノが大好きな、北原桜花という少女のキャラクター。
もはやコイツらには頼れない、と雨音は独力で能力者を探す決意をした。
(っても肝心な能力者を特定する方法がね……。匂いの発生源を追えれば、その先に居るかもだけど)
匂いの元と能力者は別、という可能性はあるが、発見できれば何らかの手掛かりにはなるだろう。
問題は、雨音達能力者の持つ抵抗力のせいで、肝心な匂いが阻害されてしまっている事。
しかし、もし匂いを感じるようなら、雨音も能力の影響を受けると言う事なのだから、痛し痒しとは良く言ったもの。
「にしてもー、この能力者は何がしたいのかね?」
「『なに』って…………」
「『なに』デスよね?」
「引っぱたくぞこのヤロウ」
雨音はカティのほっぺたを引っ張り黙らせると、たった今桜花の言った事を考えてみる。
能力は一見して、催淫系、といったところ。
あるいは、他の感情を掻き立てるような事も出来るかもしれない。
雨音達にはよく分からないが、どうやら匂いにより発動する能力らしい。
ヒトの性的興奮を煽る薬剤やハーブといった物も実在するが、雨音達に拒絶反応が出ている以上、匂いを出す能力ではなく、匂いそのモノが能力だと考えていいだろう。
能力の性質から、能力者が何を目的としているのか大よその見当はつくが、ならばこそ、こんな無意味なセクハラテロの為に能力を使うだろうか? という話で。
桜花が言いたいのは、つまりそういう事なのだろう。
「こっちは誤爆、って事?」
「思い付きだけど、ここじゃないのかもねー。例えばカティなら、せんちゃんを狙い撃ちするでしょー?」
「エッチな気分になってモジモジするアマネをワザと放置したいデース」
「オマエなんか大上さんの前に簀巻きにして放置してやる」
お嫁にいけなくなりマス!? と震え上がるカティを放置して、雨音は桜花と話を続けていた。
三年生全体に及ぶ匂いの騒ぎは、能力者本人も意図しない事故、という可能性。
匂いは拡散するモノだし、能力者本人は別の所で、本命を相手に能力を使っている。
とするならば、それはどこか。
「狙いがひとり、ないし複数人でも匂いが一か所に溜まるようにすれば効果的ー、ってちょっと考えれば分かるじゃん? なら、あんまり広くない部屋、他の生徒が来なくて―、ベッドがあればパーフェクト?」
「ええいなんてこった」
確かに、この能力を使って最終的にどうなりたいかといえば、それはもうベッドイン以外にありゃしないだろう、というワケで。
保健室はこの校舎の一階。三年生のフロアは二階。
三年生の方がとばっちりなら、本命の方は、もう手遅れな状況になっているかもしれない。
「ま、まだ間に合うかも?」
「昼休み始まってからー、なら……どうだろう? あたしも良く知らないんだけど、早いヒトは10秒も要らないんじゃなかったー?」
「え? じ、『十秒』? ……………………え? 十秒??」
雨音の拙い知識では、既に想像不能だった。
人間という種の存続に関わる行為は、そんなにお手軽に済むモノなのかと。
そりゃ人口も六十億を突破するだろう。
「や、ヤバい! 六十億一人目を阻止しないと!!」
「せんちゃんは頭良いのに時々バカになるよねー」
桜花の残念そうな呟きに突っ込みを入れる余裕もなく、雨音は三年生の廊下を階段へと走り出していた。
◇
どこかのお嬢様学園と違い、本校の生徒会長は品行方正な生徒の規範であり、真面目で有能な二年生の女子生徒である。
どこかのお嬢様校の生徒会長も、上っ面だけ見れば負けていないが。
しかし、どこかのパチモノと違って、この学校の生徒会長は根っこからの委員長体質。いや、生徒会長体質。
しかも、地味な内にも華やかさがあり、大人びて美人で、求心力があり実務能力に優れ、真面目だが固過ぎない部分も持っている、完璧超人。
生徒会長選出選挙でも、ブッちぎりの得票数であった。
ちなみに、当時の雨音は巨大生物戦の直後でゴタついていたり、能力者が公の場に現れたりで世界情勢の方が気になってしょうがなく、学校のイベントどころではなった。
夏休み明けで新学期が始まり、ようやく人間に戻れたかという時期に、新会長の挨拶として全校集会の壇上で見た覚えしか無い。
だが、いかにも意思が強そうで、面倒見の良さそうな先輩だった、という印象を持った事は覚えている。
その、意思が強そうで面倒見も良さそうな完璧超人の先輩は、保健室のベッドである女子生徒に絡め取られていた。
「あれー? もっと嫌がると思ったけどなー会長。意外とこういうの、興味深々だったリー? そ・れ・と・も、真面目にやり過ぎて溜まってた?」
「ふ、フザケないで……! 己町さんが風紀委員の事で話があるって言ったから…………」
「保健室で? どーんな話し合いだと思ったの? あっちゃー、これは誘い受けされちゃったかなー?」
「さ、『誘う』なんて何の――――――――やッ!?」
しなだれかかる女子生徒の指先が、生徒会長の太腿をなぞった。
不意打ち気味の刺激にカラダがビクッと震えるが、かと言って生徒会長は、その手を跳ね除けもしない。
下から覗き込んで来る女子生徒の目から逃れようと、真っ赤になった顔を逸らすのがせいぜいだ。
保健室には他にも女子生徒が居た。というか女子しかいなかった。
床に座り込み、赤い顔で呆けたように生徒会長ともうひとりを見ている女子生徒。
ひとつの椅子をふたりで使っている者達。
生徒会長と同じベッドに横たわり、夢現にモゾモゾしている者。
あるいは、生徒会長に言葉責めしている女子に、背後から抱き付く者。
別のベッドでも別の女子生徒達が揉んだり舐めたりと大変な事に。
室内には淫靡な香りが立ち籠め、桃色の霞がかかっているようにさえ見える。
「まッ!? 待って!! それ以上は――――――――!!?」
「んー? 生徒会長、スカートちょっと短すぎやしませんかー? これは『指導』かなー。性的な意味で」
「あーん鈴花お姉さまー……あーたーしーにーもー、エッチな指導」
その中心に居るのは、生徒会長をイジめ、美少女達を侍らせ艶然と微笑むひとりの女子生徒。
つまり、
「フフフ、いいよ。生徒会長とふたり一緒に、キツーい性的指導をしてあげ――――――――」
「お前かぁああああああああああああ!!?」
「――――――――おぶあッ!!?」
怒り狂った雨音が靴裏を叩き付けるべき相手はコイツである。




