0030:なんてったって魔法少女アイドル
9月第一週の日曜日。
東京千代田区秋葉原の大型商業施設『ホビットヴィレッジ』の裏手にて、人気急上昇中のアイドル『遠山キララ』の誘拐事件が発生。
犯人グループはSUVで秋葉原から北方面に逃走するが、昭和通りの渋滞に巻き込まれた所を急行した魔法少女刑事に保護される。
直後、上野駅周辺で特殊能力者によるモノと思われるテロが発生。
一体が甚大な被害を受け、近隣の住民や商業施設の買い物客、駅の利用客が一斉に避難する事態となった。
というのが、ニュースや新聞での公式な報道である。
どんな力が働いているのか、事実そのままの報道は自粛され、世間に公表される事はない。
一方で、ネットでは情報ダダ漏れだったが。
◇
そして、3日後の水曜日。
東京都中央区銀座。
割烹『鉄板』。
首都高環状線を挟んで築地に隣接した銀座の一角。
その立地柄、小さな料亭がポツポツと点在する中でも、特に隠れ家的な店である。
大手通信業者や銀行、そういった大きな社屋に挟まれ孤立したような土地に建てられた、8軒の庵。
つまりコレが客室であり、料理は別の所で用意されて、庵に運ばれるという仕組みだ。
前述の通り、築地が近いので素材は新鮮、かつ多様。
海鮮だけではなく、肉や野菜も最高の物を食べさせてくれる。
当然、一見さんお断り。
浅草の甘味処といい今回の隠れ家割烹といい、どうしてこんな女子高生の行く所じゃない店に連れて来てくれるのかと、小心者の表冷少女はビビりまくっていた。
お品書のお値段を見て、意外なお手頃価格には逆にビックリさせられたが。
ちなみに、お店に顔パスだったのは、例によってお嬢様生徒会長の荒堂美由である。
もはや驚くまい。
3日前。
東米国の能力者には襲われる謎の複製能力者には襲われる終いには銃砲兵器系魔法少女がぶっ倒れる巫女侍が泣くと右往左往していたせいで、肝心なアイドル少女の能力者が空気状態だった。
倒れた黒アリスはすぐさま病院に運ばれたが、誘拐されていたアイドル少女は現職警官の魔法少女刑事により保護されて行ってしまう。
しかも、母親によって病院からは問答無用で連行されてしまったので、雨音はその後、友人達とほとんど話が出来ていない。
他の事に時間を喰われて肝心な話が出来てねぇ、という事で、改めて話をするべきだと雨音は他の魔法少女に言っておいたのだ。
とは言え、学校で会えるクラスメイトの二人はともかく、他の4人と電話で相談するのはちょっと面倒だな、と。
などと雨音が思っていた所に、ちょうどかかって来る一本の電話。
話をするなら水曜に、夕食がてら集まらないか、というお嬢さまからのお誘いである。
同じ学校のポニテ剣道少女には確認済みとの事。
雨音の方は、クラスメイトふたりに別の学校のひとり、それに知り合いの警視さんに連絡を取ってもらい、今最も有名なアイドルにも連絡を取ってもらう。
幸運な事に、全員都合がつくという話だった。アイドルとかは正直不可能だと思ったが。
だが、その時点でファストフード店でも指定しておけばこんなにビビらずに済んだのに、と思う雨音も、存外学習能力がなかった。
しかし、ヒトには言えない事が諸々あるワケあり少女ども。
ヒトの出入りが少ない店を選んだ、選ぶ事の出来たお嬢さまの考えは間違ってはいない。
最初から、集まる店に目星をつけてのお誘いだったのだろう。
時刻は午後6時33分。夕食の時間だ。
雨音とカティーナ=プレメシス、それに北原桜花が地下鉄で東銀座駅へ。
近くにあった歌舞伎座前の広場で、クルマで送迎されてきた荒堂美由と武倉士織のお嬢さま2名と合流する。
やや待って、安保茉莉もやって来た。
三条京警視は雨音以外に正体バレしていない上、例によってお仕事が死ぬほど忙しいので来ないとして、来る予定になっているのは、あとひとり。
だが、業界人故に打ち合わせが押し、ちょっと遅れるとの連絡が。
なので、携帯電話にて位置情報を送り、直接店の方に来てもらう事としたのだ。
そうして最後のひとり、ただ今人気急上昇中のアイドルである遠山キララが割烹『鉄板』に到着。
恐る恐るといった様子で、客室である庵の中に顔を覗かせていた。
「お、おはよーございまーす…………」
「おお…………業界だ、業界の挨拶だ」
「ホントに夜でも『おはようございます』なんだー」
そこに居たのは魔法少女形態の6人。
ひとりは変身せず普通の服装で、もうひとりは顔を変えていなかったりするが。
和室の中の雰囲気は、若干異様な事になっていた。
異界と化したそこにアイドル少女の腰が引けるが、金髪にミニスカエプロンドレスの黒アリスと、テンガロンハットにジャケットを脱いで、もろビキニ水着になってしまったカウガールがアイドルの少女を迎える。
「はわわ……魔法少女のヒトがいっぱい」
「そーゆーアンタはアイドルですがなー」
ネットで噂の魔法少女達が一堂に会しているのを見て、溜息をつくのは新鋭トップアイドル。
突っ込みを入れたのは、変身しない魔法少女の三つ編み文学少女だった。
正直、アイドルと魔法少女、どちらの方が高レアリティか分からない。
「この前、アレからどうだった? 大丈夫だった? 大丈夫なワケないんだけど」
「あ、はい、大変でした」
黒アリスの質問に素直に答えるアイドルの娘さん、遠山キララ。
さもありなん、何せ公衆の面前でイベント直前に誘拐されたのだ。後始末ひとつ取っても、大変じゃないワケがない。
ニュースでも新鋭アイドルの誘拐事件と、同時に起こった上野駅周辺のテロの関連を疑う報道が過熱していた。
が、それはもう終わった話なので良いとして。
「えーと、社長とマネージャーと話して来たんですけど、しばらく芸能活動をお休みする事になりました」
「マジか」
「え? それテレビで言ってた? 気にしてたんだけど知らなかったわ」
期間はひと月ほど。
その間、『遠山キララ』は一切の芸能活動を中止するらしい。
別に本人が悪い事をしたワケでもないのだろうが、世間を騒がせた渦中の人物なのだから、何事も無かったかのように芸能活動を続けるのは不謹慎であろう。
という大人の話なのだ。
理屈は分かるが納得はできない、という黒アリスが微かに眉を寄せ、ビキニカウガールがつまらなそうに鼻を鳴らしている。
大人ぶった少女と、大人な少女の差であった。
「でも、おかげでしばらく学校の方に専念できそうなんですけどね。計算したら出席日数全然足りなくて…………」
あうー、と涙目で呻くアイドルが言うには、4月からの忙しさで、全然学校に出られてないのだと。
念の為に説明しておくと、中学以上の教育機関は、その大半が進級と卒業の為に単位を稼ぐ必要がある。
単位を得るには概ね、年間の授業日数に占める出席日数の割合と、一学年で行われる3回から6回の試験で合格基準を満たさねばならない。
また、課外活動や部活動を行って得る単位が、進級と卒業の必要単位に含まれる場合があるが、そこは学校によって異なる。
4月から鬼のように売れ始めたアイドルの少女は、4月、5月、6月、7月と出欠状況は壊滅的。
課外活動点は言うに及ばず。
試験も追試を辛うじて合格という有様。
進級なんて出来るワケがねぇ。
だがその辺は、芸能事務所としても考えているらしい。
何せ、学生を雇用する事なんて珍しくも無い。
それに、所属タレントが留年なんて売り込みに影響が出る。
何より外聞が悪い。
なので、形振り構わずあらゆる手段で学校側に拝み倒し、どんな形でも良いので現役のまま進級させてもらおうとするのだ。
大手芸能事務所なら文部科学省とも繋がりを持ち、特待生とでも何でも拍を付けて進級させるのだとか。
しかし、そこまでの権力が事務所に無い場合は、タレント本人の努力が重要になる。
遠山キララの所属事務所は、中堅からやや下。
流石に看板タレントなので社長自ら学校の説得に動くが、遠山キララの負担も相当なモノになるのだ。
「はー…………大変だ」
勉強ではそれなりに苦労している黒アリスが、同情の溜息をついていた。
ちなみに、お嬢様学園組は進級にそこまでの労力は必要としない。
古米国総領事のひとり娘は、留年なんかさせた日には国際問題になりかねないので、学校側がどうとでもする。
マイノリティー文学少女は何気に才媛少女でもあるし、褐色ヤンキー少女はギリギリでの進級と卒業にチャレンジ中だった。
実のところ黒アリスも余裕で合格ラインは超えているので、勝手にヒーヒー言ってるだけなのだが。
それは良いとして、話の続きはお食事をしながらでも、と。
ビキニカウガールがテーブル状の呼び鈴――――――スイッチ――――――を押すと、間もなく仲居さんが注文を取りに来てくれる。
客用の入口ではない、庭に面した小さな扉からで、お互いに姿が見えないよう工夫されていた。
何か、顔を見せられない政治家のやり取りのようだと黒アリスは思う。
注文の料理も、その小さな入り口から運び込まれていた。
徹底してお客のプライベートスペースを壊さない。
お嬢様カウガールのチョイスは完璧である。ハイレグビキニで堂々としているのは伊達ではなかった。
「美味しいけど…………次は『ファスタ』とか『マクドネル』にしようよ…………」
だが、そもそも店が高級なので、小市民故に落ち着かない黒アリス。
あと、大トロ炙り膳が尋常じゃなく美味しい。
「いいわね! でも内緒話には適さないわよ? 他のお客も居て会話も丸聞こえだし」
友達とファストフード、というのに心躍りながらも意外と隙が無いお嬢様カウガール。
こちらは、30種の魚介類に海藻のサラダだ。
「店ごと借り切ってしまえば良いのではござらぬか?」
変わり種である焼きおにぎり御膳を食べているのは、質実剛健に見えてやっぱり金銭感覚が少しおかしいお嬢さまの一角である鎧武者。
「おお、四五朗天才か!?」
「たまに食べたくなるよねー、あの手のジャンクフード」
感心するカウガールに相槌を打つ、実はこちらもいい所のお嬢さんである三つ編み文学少女。
ちなみに上寿司懐石。
「あたしは週一で食ってるけど」
牛丼――――――極上、神戸牛切り落とし熟成――――――をかき込む褐色少女は、特に感慨もなく呟いていた。
「そんならどっか遊びに行くデスよ! 夏休みは散々でしたしネー」
「いや夏休み終わった直後だからね」
サーモンステーキサンドをパクつきながら話を飛ばす巫女侍に、呆れたように言う黒アリス。
だが、思い返すと夏休みが散々だったのは自分も同じで、少し泣けた。
「…………秋の連休でどこか行くのはいいかもしれないけど、今日はそういう話じゃないわ」
それなら温泉が~言い出す巫女侍を黒アリスが黙らせると、他の魔法少女達も話が本題に移るのを察する。
単にディナーを一緒に、という事だけで、今日この面子が集まっているワケではないのだ。
みんな箸は止めないが。
「そういや遠山……キララさん、この前は助かったわ。相手の動きを教えてもらわなかったら、最悪死んでたかも」
「へぇ!? え! いや……そんな事は…………」
「何の事デス、黒アリスさん?」
黒アリスの言葉に、驚いてヘンな受け答えをしてしまうアイドルの少女。
ビキニのカウガールと鎧武者、巫女侍は、何のことやら分からないといった様子だが、当日留守番組だった文学少女と海賊少女には意味が分かった。
巫女侍が疑問を投げかけるが、あえて無視して黒アリスは話を進める。
「はじめは遠山キララさんの能力……洗脳系か何かかと思ってたんだけど。そういうキャラじゃないもんね」
「せ、『洗脳』ですかぁ!? ちがいますよぅ!!」
日曜日に黒アリスと出会い指摘された通り、前年度まで地下アイドルでマニアックなファンしかいなかった遠山キララが大躍進したのは、『ニルヴァーナ・イントレランス』によって与えられた特別な能力が切っ掛けであるのに間違いはなかった。
しかし、それは黒アリス達が当初予測していた『洗脳によるファン獲得』とは違うように思われる。
本人の性格と印象に合わないというのもあるし、こう言っては失礼だが、洗脳という手段を選ぶにはのんびりし過ぎている。
そういう能力を選ぶのは、自己中心的で拙速、対人能力に不足を持つ人間だろう。
芸能人なのだから演技くらいするかもしれないが。
「遠山さんって女優寄りのアイドルなの?」
「ぅえッ!!? え、ええと……俳優業は向いてないみたいで……エヘヘ…………」
曰く、芸能界入りしたばかりの頃、運よく連ドラのチョイ役を貰ったが、ダイコン過ぎて失笑を喰らったのだとか。
演技の線はないな、というのが魔法少女達の共通見解だった。
「じゃどういう能力? 腹黒系じゃないの?」
「『腹黒』ッ!!?」
ビキニカウガールの容赦ない一言に、絶句する小動物系アイドル少女。
先ほどから謂われ無き風評被害が遠山キララを襲う。
とは言っても、アイドル少女としても、やってる事を顧見れば、誤解されても仕方がなかったとは思う。
「多分、不特定多数に発信するだけじゃなくて、受信もする能力。洗脳とかじゃなくて、もっと単純な心理効果を相手に与える能力じゃないの? 人間の位置が分かるのは、その副次効果。と、あたしは見ているんだけど」
遠山キララのキャラクターと、目に見える事実。
それらを総合して考えると、こんな所ではないか。
この3日間で雨音なりに考えていたのだ。
アイドル少女本人から直接聞けばいい事なのだから、それほど深く考え込みもしなかったが。
で、答え合わせを求められた遠山キララはというと、
「…………ごめんなさい黒アリスさん、何をおっしゃってるか良く分からないです」
「…………おや?」
黒アリスの小難しい言い方に、いまいち理解が追い付いていなかった。
◇
アイドル少女、遠山キララの能力は、だいたい黒アリス推測した通りだった。
芸名、『遠山キララ』、本名、浦賀麻子。
芸能プロダクション『タラント』所属。
小学生の頃に事務所に登録しており、雑誌のモデルやテレビCM、ネットのカタログモデルといった仕事を経てアイドルデビューする。
もっとも、どの仕事も大きな物ではなく、モデルはその他大勢に混じって、CMはモブで、アイドルとしても知名度は知る人ぞ知るといったところだった。
素直で明るい性格。
裏表の無い素朴な笑顔。
数こそ少ないが、ファンとなれば熱烈な応援をする者が大半。
アイドルとして多くのヒトと繋がりたい。たくさんのヒトに楽しい思いをしてもらいたい。
『遠山キララ』となった浦賀麻子は、知名度は低くとも望み通りアイドルになった。
ファンも増え、現状にそれなりに充実感を覚えながら、同時に行き詰まりも感じていた。
更に大きな舞台を目指しても、道筋は見えず地下アイドルのまま足踏み状態。
それは、遠山キララ本人が悪かったワケではない。
実は、事務所が遠山キララの売り出しを二の次にしていたからだ。
そうしてマイナーアイドルを続けて、何年目かの春。
『ニルヴァーナ・イントレランス』の接触を受けたのが、そんな時。
ところが、根が純真な少女なので、あまり栄華とか名声といったモノに直結する能力も思い付かず。
結局、本来の望みに沿った能力をコーディネートされたのだが、結果として遠山キララの良い部分を全面に押し出す形となり、今日の大人気に到る。
雨音の推測した通り、魔法少女アイドルの遠山キララが持つ魔法は、ライブにおけるファンとの共感と、そのフィードバック観測。
副次的効果として、一定の範囲に居る人間の位置情報や心境、感情を捉える事が可能。
記録映像などによっても、感情の共感を与えられる。
ただし、映像による共感では、遠山キララの方はフィードバックを得られない。コレは当たり前かもしれないが。
◇
「そういえば、能力者と魔法少女って違うんだっけー? 遠山さん……あれ? 浦賀さん?? ――――――――は、どっちなの?」
「そこは重要じゃないと思われ…………」
能力の詳細と背景を聞いて、三つ編み文学少女の最初の疑問がそれかと。
相変わらずのマイペースっぷり。
「あー……つまり、遠山さん? の何が危険なんだっけ?」
そして、思いのほか良い話(?)だったので、何が問題だったか忘れてしまったビキニカウガール。
確かに聞く限り、遠山キララが能力を悪用したり、といった危惧は無用だった。
「問題は、その程度の能力でもあたし達能力者には想定外の影響が出るって事ですね。攻撃ではないけど、それでも魔法少女の能力とぶつかってアレルギーが起こってますし」
「え? え!? あ、『アレルギー』、ですか??」
アイドルの少女が得た能力は、他者との共感能力。
決して攻性のモノではないが、それでも精神に作用するという一点において、他の能力者は拒絶反応を起こしてしまう。
その場合、危険なのは拒絶反応で苦痛を被る側ばかりではない。
能力者が苦痛を受けた場合、能力による攻撃を受けたと勘違いし、反撃に出る可能性もあるのだから。
その場合、遠山キララが発信元とバレるとヤバい。
「そんな………わたし、そんなつもりじゃ…………なかったんです」
「それは信じるけど……」
被害を喰らうのは、能力者という極少数の人間だけ。
だとしても、自分が誰かに苦痛を与えかねないと訊かされたアイドルの少女は、かわいそうなほど青褪めていた。
これに関しては、雨音や他の少女達も同情的だ。
アイドルの少女が悪いワケではない。
能力を決める前に、『ニルヴァーナ・イントレランス』はその辺もきっちり説明しておけ、と言いたかった。
「残念だけど、これ以上は発信する能力を使わない方がいいわね。受信する方と分けて使えれば、そっちの方は多分問題ない…………と思う。あたし達が余計な事言わなければ…………」
「どういう事でござる?」
「…………黒アリスガールさん?」
またこの破壊神が何か意味ありげな事言いだした、と魔法少女達が一斉に身構えた。
実は、黒アリスとしてはもう一点、アイドル少女の能力で心配な事がある。
それは、対人捕捉能力として見た場合の、アイドル少女の持つ能力の有用さ。
最初に黒アリスとアイドルの少女が話していた事だ。
どういう形で見えているのかは本人しか分からないが、黒アリスと狙撃戦をしていた東米国の能力者の位置を、遠距離から、遮蔽物があっても、屋内であっても、正確に捉え続ける性能。
戦術的に見れば、黒アリスの銃砲形成よりも危険な能力かもしれない。
という話をしたところ、
「…………ど、どう危ないんスかね?」
「位置が分かるだけなら、たいした事ない能力って感じデスけど?」
海賊少女と巫女侍、突撃系魔法少女のふたりには、いまいち伝わらなかった様子だ。
「ん……まぁ、一番ヤバいのは黒アリスガールとか、遠距離系の魔法少女との組み合わせか」
「戦術兵器どころか戦略兵器級でござるな」
お嬢様学園組の魔法少女二人は納得した様子だが、何故か黒アリスまで危険物扱いというのはどういう事か。
大量破壊兵器系魔法少女の場合は、濡れ衣でも風評被害でもなんでもない事実だったが。
「それじゃぁ……もうわたしの魔法は、使っちゃいけないんですか?」
「ん? …………ふむ」
なんか知らないが危険だとかヤバいとか言われ、先ほどのショックもあって、アイドル少女は完全に涙目に。
能力の事なんて忘れて普通のアイドルとして生きて行け、と言うのが、一番簡単でリスクがない。
他のアイドルからしてみれば、特別な能力を用いて人気絶頂になった遠山キララは、ズルく見えるかもしれない。
その辺の感覚は、普通の女子高生――――――魔法少女なのはおいといて――――――でしかない旋崎雨音が知る由もない、が。
「使って良いか悪いかで言うと、使わない方が良い。共感能力? の方は特に。周囲の人間の位置が分かる能力も……。情報に重きを置く人間程、その能力は超、危険視するわ」
何せ、対人捜索能力で言えば無人観測機どころの話ではない。
そして、能力を利用されようとしても、アイドル少女は抵抗する力がない。
対能力者どころか、ただの誘拐犯を相手にしても、自衛する力を持っていないのだ。例の誘拐犯のひとりは能力者だったが。
それに、アイドル少女を取り巻く問題は他にもある。
「あと、こっちの方が重大なんだけど、ネットに上がった動画の方。能力者が見たら頭痛を発症するわ、多分」
「あ!」
「おぉ……」
「あー…………」
「ふぇ?」
言われて魔法少女達が思い出したのは、黒アリスに見せられた事の発端である、ネットに上がっているアイドルのライブ動画。
こちらも本人が意図したかどうかは分からないが、アイドル少女の共感能力は、記録映像にまで影響を及ぼしている。
不特定多数が見る可能性のあるモノであり、もし能力者も見ていれば、魔法少女達達同様の体調不良を覚える事だろう。
だからと言って即、遠山キララ=能力者だと結び付けるかは分からないが、何らかのアクションを起こす可能性は否定できない。
場合によっては、
「アイドル襲撃再び?」
「ひいぃん!?」
何が起こっても不思議ではない。
「事務所に言ってネットの動画は削除依頼出してもらった方が良いわ。可能であればテレビ局とか制作会社の持ってるオリジナルも消せればいいけど……難しいでしょうね。個人で録画しているのは、残念だけど手の出しようがない」
ネット社会における情報拡散はエントロピーの増大にも似ている。
覆水盆に返らないとも言う。
どの道、遠山キララが4月から活動した映像の全記録を消すのは現実的ではない。
「ど……どうすればいいんですか? わたしのせいで嫌な思いをするヒト達が…………」
「個人が持ってる動画は無視して良くない? わざわざ頭痛くなる動画を保存したがる人間はいないでしょー」
「そう願うしかないわね。どんな事でも物好きはいるけど」
三つ編み文学少女の言う通り、動画を見た能力者が、深く考えないのを願うしかない。
それに能力者で、かつ遠山キララの動画を見る人間はそれほど多くないだろう。
「能力を使った発信は今後しない。ネット動画は削除依頼。テレビの方はー……。遠山さん、4月から何か尺の長い番組で歌ったりした?」
「え……? い、いいえ。ホントは明日、『ミュージック・ロケッツ』の録りで初出演だったんですけど…………」
「「「セーフ」」」
人気急上昇中というのが不幸中の幸いで、遠山キララの映像媒体への露出は、まだ大した事なかった。
期待の新人、的な扱いでテレビに小さく取り上げられた事は何度かあったらしいが、その映像素材がまた使われる可能性も小さい。
誘拐事件、活動停止というケチがつかなければ、まさに今から本物のトップアイドルへのブースター加速を始める筈だったのだろう。
それは仕方がないとして、あと、とりあえずの対策としては。
「念の為、あたしの番号教えとくわ」
「はい…………え?」
「ん? あたしの携帯番号」
黒アリスが折り畳み式携帯を取り出すと、魔法少女達はそれぞれが不思議な顔に。
「黒アリスガール……いや、いいんだけど、教えちゃっていいの?」
「アレ? 黒アリスさん、ケータイ違くないデスか?」
アイドル少女が悪人ではないのは分かったつもりだが、それでも携帯電話といえば個人を特定する鍵にもなりうる。例え魔法少女じゃなくても、番号は迂闊に明かすモノではない。
それに、親友の巫女侍が知る限り、黒アリスの持つ携帯電話はスマートフォンだった筈だ。
ところが、今の黒アリスが手にしている携帯電話は、液晶部分と文字盤部分が中折れする、所謂ガラケーと呼ばれるひと昔前の型。
シンプルでコレが良い、というヒトも多いが。
「ああコレ? 三佐から貰ったの」
「隊長から!?」
「えー……? 黒アリスさん、それってー……」
海賊少女と三つ編み文学少女が、携帯電話の出所に微妙な表情を。
「言いたい事は分かるわ。一応、普段は電源落としてアルミケースに入れて電波押さえてるから。三佐の場合、多分問題はないと思うけど…………おお?」
陸上自衛隊の釘山三佐には、巨大生物戦と夏休みでの訓練で大変お世話になりました。
信用出来るヒトだとは思うが、そこは心配性で小心者の黒アリスさん。
最近の携帯電話は電源を落としていても、遠隔操作で再起動が可能だ。
そして、電源さえ入っていれば、電波の発信基地局から携帯電話の位置を特定するのは容易い。
当然その辺も警戒して、電波対策をしていたというワケだ。
だが、それではいざという時の連絡に使えない。三佐も何の為に持たせたのやら。月の基本使用料だって無料ではないのだ。
なので、家以外の場所ではメールや着信が来てやしないかと、確認するようにはしている。
「…………三佐からメールが来てた」
「おおっと…………」
「ム……?」
そこに、噂をすれば影というか、珍しい事に三佐から一件のメールが。
携帯電話を貰いはしたが、実のところ今までは一度も、着信通知すらなかったのに。
「黒アリスガールと三佐の付き合いって、実際の所どうなってるの?」
「『付き合い』って何デス!? アマネはカティの嫁デスよ!!?」
「はい勝左衛門アウトー」
黒アリスの死刑宣告に、ハメられた感のある半泣き巫女侍が、八つ当たり気味にビキニカウガールへ襲いかかった。
圧倒的な暴力に接近戦不利なカウガールが相方に助けを求めるが、上品に湯呑を傾ける鎧武者は、それをサラッと見捨てる。
ちょうど全員の食事もひと段落したようで、黒アリスはひとり客室の庵を出ると、携帯電話の登録番号を呼び出していた。
あの三佐が『なるべく早く連絡を寄越せ』と言う以上、何かしら起こったに違いないからである。
「あ、どうも三佐、黒衣です。え? 悲鳴? ああ、大した事では…………」
三佐と話すのは夏休みぶりの事。
黒アリスの背後では、お嬢様カウガールの断末魔が少々うるさかった。




