0023:メタル魔法少女カオス
午後3時15分。
東京上野駅前『○×ビル』8階。
婦人服、ランジェリー売り場。
「ちぇぇええええいい!!!」
東米国のソルジャー系能力者を下した、と思った直後、突如建物の外壁をブチ破って現れた、太さがフロアの高さほども有る長大な腕。
その腕が、まるで列車のように突っ込んで来ると、濡れ鼠の黒アリスは消耗した身体に鞭打ち、轢かれる前に飛び退いた。
水を吸ったTシャツの山に飛び込んだ黒アリスは、手にした回転拳銃の弾倉を解放し、空薬莢を排莢する。
転がりながらエプロンポケットに手を突っ込み、魔法の.50S&W弾が5発入った高速装填機を取り出すと、しゃがみ姿勢で復帰しながら魔法の杖へ再装填。
間髪入れずに発砲すると、目の前に6連装回転砲身機関銃を作り出し、
重量無視の無理矢理な2丁持ちで、秒間100発の7.62ミリ弾を撃ち放つ。
ボッ――――――――!! と、あまりの連射速度と爆発力により、爆音が止まらない噴火のように轟いた。
火薬の弾ける衝撃波が水面を弾き、山ほどの薬莢が足元にバラ撒かれる。
本来は車両などに搭載される重火器の破壊力が、黒アリスの前に横たわる巨大な腕に殺到していた。
僅か数メートルの間合いで外しようもなく、全弾直撃する無数の弾丸。
黒アリスは砲身が赤熱するほど6連装回転砲身機関銃2丁を撃ちまくり、10秒で1000発超を叩き付けるが、
「ゥオォオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
「ッ――――――――――痛ぅッ!?」
巨椀は破壊される事無く、耳が痛くなるような大音響と共に、空気ごと引っ張るかのような勢いで壁の穴から出て行ってしまう。
唐突な襲撃と三半規管がおかしくなる轟音に、黒アリスは目眩を起こしてフラついていた。
「な…………なに今の!? ていうか……ヒト!? 今の人間の腕!!?」
継続する爆音というか、お腹の中から揺らぐような音波を近距離で喰らった為、いまいち視界が安定していない。
しかし、見たモノが間違いでなければ、コンクリートだって木っ端微塵に出来る弾丸の嵐が、あの巨椀には通じなかった。
いや、正確には通じていなかったワケではない。
銃砲兵器系魔法少女の弾丸は、人間を破壊出来ないのだ。
初期設定した条件とは言え、人間だけに非殺傷法則を適用したのは我ながらどうかと雨音も自分で思ったが、後の祭りで。
どうせオン/オフが出来るんだから、生物全般にしとけば良かった、と。
そんな事を今更思い出したが、重要なのはそこではなく、たった今黒アリスを強襲したバカでかい腕が人間のモノだった、という事実だ。
黒アリスの弾丸はヒトを殺さない。ただし、ダメージはしっかり通すという不思議仕様。今気付いたが、ある意味一番魔法っぽい。
凄まじい重低音の正体は、あの巨椀の持ち主が痛みに耐えかねた叫びだろう。
正直かなり面食らったし、大きいだけではなく黒アリスの集中砲火にも耐える巨躯は、とんでもない脅威だ。
実際腕だけしか見えていないので、この時点で黒アリスには相手の全貌が分からないが。
「巨大化系能力者……?」(あれ? ネットか何かの動画でそんなのを見た気も??)
ハッと気付いて倒した狙撃手を探すが、案の定居なくなっている。
動画で見たのは、確か東米国での巨大生物戦を撮影したものだった。
今のも黒アリスを攻撃して来たのではなく、同じ東米国の能力者を救出する為のモノだろう。
「どんだけ戦力持って来たのよ? てかもう帰ってくれないかな…………」
あまりのインパクトに腰が引ける黒アリスは、また突っ込んで来やしないかと6連装回転砲身機関銃を壁の穴に向けて警戒する。
だが、外から聞こえる激しい音に戦場の移動を悟ると、バックパック型の大型弾倉ふたつを両肩に引っかけエスカレーターを駆け降りたが、
「ぬぁああああああああ!!?」
直後、凄まじい衝撃に『○×ビル』が襲われ、バランスを崩した黒アリスは、ゴツイ銃器ごと転がり落ちて行った。
◇
駅前ロータリーには砂埃が立ち昇り、重い物が何度も地面に落下する音が聞こえる。
暴れる全裸少女を小脇に抱えた魔法少女の巫女侍は、『○×ビル』――――――というかその前に聳え立つモノを見上げて、少しの間それが何か分からずポカンとしていた。
足元は煙が濃くて影しか見えなかったが、視線を上にやると、霞がかった向こうに巨石の様な腕があり、大きく盛り上がった肩があり、急勾配の山肌にも似た僧帽筋と首があり、岩から削り出したかの如き顔があり、針山のように髪が逆立っている。
そして、普通の人間ではありえないほど大きかった。
『○×ビル』並のサイズという事は、全長は40メートル近く。
東京を襲った巨大生物――――――全長600メートル超――――――に比べれば、それほどの大きさではない。
とはいえ、異形よりは遥かに人間の姿をした巨大な存在は、錯覚にも似た信じ難さを巫女侍の秋山勝左衛門に与えていた。
「『タイタン』!? 遅いわよいつもいつもやる気出すのが!!」
「アレもあなたのお仲間!? もうヒーローって言うか災害じゃない!!」
飽きもせずギャーギャー騒ぐ全裸娘の科白に、耐えかねて巫女侍も噛み付いていた。
その騒ぎを聞きつけたか、ビルの中から腕を引き抜いた巨人が、地上の少女達を見下ろす。
カティは目が合った。
「オゥ…………」
「タイターン! 助けなさーい!!」
全裸少女の叫びに応え、岩で出来た様な身体を鈍色の装いで覆った巨人が、路面を踏みしめ、大きく揺らしながら接近する。
しかし、巫女侍はかつてこの10倍以上巨大な怪物を相手取って戦ったのだ。
片手で3尺3寸の大刀を抜き放つと、手足をバタバタ振り回す全裸娘をガッチリ抱え込んだまま、巫女侍は肩に乗せるような構えで迎え撃つ体勢に。
激しい振動に放置車両の警報が誤作動し、次々と鳴り響くサイレンの中を進む巨人は、全裸少女と巫女侍へと腕を伸ばし、
「…………ゥ!? …………ゥオゥオオオオオオオオオ!!?」
ピタリと動きを止めたと思ったら、突如仰け反り背中から『○×ビル』にブチ当たった。
と簡単に言っても、全長40メートルを超える巨人のスケールで、である。
重低音大音量の叫びが少女達の鼓膜を直撃し、仰け反った拍子に一際激しく地面が揺れ、面積の大きな胴体で空気が引っ張られ、『○×ビル』はロータリーに面する北側が完全に潰れてしまっていた。
「コラぁあああ! 何やってんのよ!? さっさとこのバカぷち潰して私を助けなさーい!!」
「………おや?」
眦を吊り上げ怒鳴る全裸少女だったが、何故か巨人は片手で顔を隠し、首を振りながら挙動が不審に。
何やら慌てるように「ウォ!? ウォオオオオオオオオオオオオオ!!」と叫んでいるが、音量に比例して酷く取り乱している様子。
いったいどうしたのかと、巨人の有様に目が点になる巫女侍だが、よく観察して見れば、相手は自分と全裸娘をゴツイ指の間からチラ見しており、
「こういう事?」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――!?」」
モノは試しと、巫女侍は全裸娘を脇から抱え、巨人の前に突き出してみた。
そして、効果は絶大だった。
「ムォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!? オッ!!? ウゴォオオオオオオオオオオオ!!?」
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
取り乱す巨人。狂乱の全裸少女。耳が塞げなくて若干後悔する巫女侍。
巨人にはもう後が無く、体当たりを喰らっている『○×ビル』は基礎構造に致命的な過負荷を負った。
そんな中、巫女侍のカティは全裸少女の後ろで、ニヤリと。
「フハハハハハ! 女のハダカがダメってかとんだシャイボーイねデカイ図体しておいて! ほーれほれ貧相な身体をじっくりしっかり隅から隅まで舐るように視姦すればいいじゃない!!」
「アンタもタイタンも全員殺すわ!! 絶対よ! 絶対殺すわ!!」
絶好調の巫女侍は、自分が半裸なのも忘れて全裸少女を盾に巨人へと進撃を開始。
馬鹿力に吊り下げられて逃げも隠れも隠せも出来ない全裸少女は、完全に手負いの獣といった感じで泣き叫んでいる。
ウブな巨人はコーナーポストから脱出して駅方面に走り、巻き添えを食ってバスが蹴っ飛ばされて彼方にブッ飛び、実は右手に握られっ放しの軍人風の男は振り回されて死にかかっていた。
極まった笑みの巫女侍は全力ダッシュで巨人を追いかけ、秒単位でダメージを累積させ続けている全裸少女がひたすら暴れ、
「ッ――――――――――!?」
「ギュゥッッ!!?」
視界の端に何か見えたと思った瞬間、巫女侍は脚力を全開にして後方へ飛び、逆慣性にやられた全裸娘は目玉が飛び出しそうになった。
逃げる巫女侍の下駄の端を削り飛ばす青白い閃光。
後方宙返り――――――全裸少女を支点に――――――で着地する巫女侍は、腰の大刀を逆手に抜き放つと、光が飛んで来た方へ向ける。
「また能力者!?」
「やるじゃん、『ナイツ』が狙ってたサムライ!」
未だ粉塵の立ち込める中、手の中でフラッシュライトを弄びながら軽い足取りで出て来たのは、コートを着た金髪サングラスの少年だった。
「ナイツのヤツは結局仕留め……ってナイツ!?」
巫女侍に大刀を突き付けられても恐れた様子は無く、それどころか抱えられてる全裸少女を見て素っ頓狂な声を上げる。
それからすぐに笑い出した。
「アハハハハハハ! また分かりやすく完敗したねーナイツ! ホントに素っ裸にするとか……プッ! 気持ちいー!」
「……アンタ分かってるんでしょうね? 生きて東米国には戻れないわよ……」
身体を曲げて懸命に隠す全裸少女が、地獄の底から響くような声色で呪詛を吐いても、ケラケラと笑う金髪サングラスの少年はまるで堪えていない。
「お、おい……あんまり煽るな、メンドくせー事になるから……」
次に粉塵から姿を現した顔の見えないフードの少年は、爆笑する金髪サングラスの少年に黙るように言うが、笑ってばかりで聞く耳持たれなかった。
もはや全裸少女は暴れても騒いでもいない。
ただその目が、もう何も言わなくても殺す、という世界の全てを呪わんばかりの憎しみに埋め尽くされており、
「…………アート! アーノルド!!」
「むおぅッ!?」
全裸少女が腹の底から咆えた瞬間、真上から急降下して来た赤黒悪魔を、巫女侍の大刀が迎撃。
赤黒悪魔の爪と大刀が激突した一瞬を突き、巫女侍の魔の手から全裸の金髪少女が転がり出た。
「あー!? ち! ちょ!? 待ちなさい! ここまでやって逃げるとかどんだけよ!!?」
「アート! ライト! シェイカー! タイタン! サムライの足を止めなさい! 足止めだけよ! トドメは私が刺すんだから! ミスったら殺す!!」
全裸でも高慢ちきな女王様のお言葉に、顔の見えないフードの少年と赤黒悪魔は溜息をついていた。
金髪サングラスの少年は、はじめから日本の能力者と遊びに来ているので言われるまでもない。
しかし、全裸少女の科白に怯えた巨人は、今度こそ巫女侍に襲いかかる。
ひと差し指で。
「ていっ」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!?」
舐めとんのか、という攻撃にサクッと大刀でカウンターを入れた巫女侍だが、喰らった巨人はそれなりに効いた様子。
サイズ的にはチクッといった程度なのだろうが、ビックリした顔で指を咥えて飛び上がる巨人は、勢い余って駅の外壁を踏み潰した。何という迷惑なサイズ。
だが、次に来る攻撃は半端無く、ピカッと光るフラッシュライトの軌道上から側転して逃げる巫女侍。
放たれたレーザービームは地面を一瞬で削り取り、俊足の巫女侍を薙ぎ払おうと追いかける。
「ヒュー! 速えぇ!!」
巫女侍は特化された身体能力を全開にし、爆発的な勢いでロータリーを駆け抜け、10メートル足らずの高さにあった遊歩道橋へと飛び上がった。
単なるフラッシュライトから放たれる高威力のレーザービームは、幅広の遊歩道橋を切断して崩落させる。
が、その時には既に巫女侍が大刀を振り上げ、金髪サングラスの少年へ真横から突っ込んで来ていた。
「マッジぇッ!!?」
今姿見えなくなったと思ったのに、瞬間移動したかのような巫女侍の機動力に笑みを引き攣らせる金髪サングラス。
咄嗟にフラッシュライトを向けるが、一瞬早く飛んだ巫女侍は、低空から金髪サングラスに蹴りを叩き込む、
「お゛おおおおおおおおおおおら――――――――――!!」
「わッ!?」
その前に、フードで顔が見えない少年が、諸手を突き出し立ち塞がった。
当然、巫女侍はお構いなしに蹴り飛ばすつもりだったが、何故か蹴りの軌道を変えられてしまう。
超振動による防御。
ただし、巫女侍のバカ力は相殺し切れず、フードの少年も吹っ飛ばされた。
巫女侍は一本下駄で地面を擦って着地すると、そのまま飛び上がり、天地を逆にして金髪サングラスの少年に襲いかかる。
そこに振るわれるのは、赤黒悪魔の長太い尻尾。
空中でありながら遠心力が乗った、太い尻尾による殴打で大刀ごと巫女侍を叩き返した。
「ヤべー……振動ガードしたのにちょっと意識飛んだぞ」
「アッハッハ! こりゃナイツだけじゃ勝てないよ!」
「一度離れるかな。この姿だと分が悪いかもしれない」
未だ力が衰えぬ巫女侍と、東米国の能力者3人が距離を置いて相対する。
「フゥウウウウウウウウウ!!」
更に、自分の指をフーフーと労わりながら、40メートルの巨人までが戻ってきた。強いんだか弱いんだか分からない。
「あ、アンタ達良くやったわ! サムライ! 第二ラウンドよ!!」
最後に飛んで来たのは、壊された筈の金色装甲兵器を装着して戻ってきた、元全裸少女だ。
大急ぎで装甲兵器を用意して来たらしく、大分息が上がっている。
しかし、意気軒昂。
逆襲に燃える金色装甲兵器の少女に、フラッシュライトからレーザービームを放つ金髪サングラスの少年、振動を操る顔の見えないフード少年に、赤黒い悪魔を模す者、岩山が動くが如き巨人。
対するはボロボロの巫女侍ひとり。
だが、東米国の能力者達は、日本の能力者と巫女侍の力を既に思い知っている。
油断はしない。
「アンタ達は手を出さないで! 私ひとりでやるから!」
「それだとまた負けるんじゃないの?」
「だからまだ一回も負けてないって言ってんでしょう殺すわよライト!」
「…………何でもいいけど早くしないと仲間が来るんじゃねー?」
「ローニンとオンブがやられたからね…………。もう撤退した方がいい気もするけど」
「却下よ! サムライの仲間が来たらアンタ達で相手しといて!!」
敵を前にして油断はしないが纏まりもなく、例によって例の如く金色装甲兵器の少女に振り回される能力者達。
巫女侍は(これ攻撃しても良いのかなぁ)と大刀を構えたままで微妙な顔をしていたが、東米国の能力者の向こうで、見覚えのある影がちょこちょこ動いているのに気付き、
「――――――――――オッ!!?」
スポンっ、という擬音でも聞こえてきそうな勢いで、足を取られた40メートルの巨人が、能力者達に向かって倒れて来た。
「ォオオオオオオオオオン――――――――――!!?」
「え!? た、タイタン!!?」
「ままま待て待て待て待てストーップ!!?」
「タイタン!?」
当然、能力者達は泡を喰って巨人の落とす影から逃げ出して行く。
予想が出来ていた巫女侍はいち早く逃げていた。
これが、ロータリーに停車していた多くのタクシー、バス、一般の放置車両のトドメとなった。
巨人が真っ正面から倒れ落ち、あらゆる車両はペシャンコになり、押し出された空気が突風となって吹き荒れる。
地面が揺れ、破壊された遊歩道橋が崩れ落ちて新たな粉塵を舞い上げていた。
もう駅前ロータリーは滅茶苦茶だ。文明崩壊後、と言った有様。
そんな中を、白馬に乗ったビキニカウガールのレディ・ストーンが高笑いしながら駆け抜けて来た。
「アッハッハ! 気持ちイー! ヒャッハー!!」
手にしているのは、引っかけたモノや自分の重量を無視できる魔法の投げ縄。
かつて、全長600メートル超、2万から3万トンの巨大生物を引き摺り倒し、それ以上に巨大で重量のある超巨大質量兵器を引っ張り回した事さえある、ビキニカウガールの魔法である。
その手にかかれば、たかだか全長40メートルの巨人など、簡単に転ばせられる、という事だ。
「クッ……や、やってくれたわね、忌々しい西の真似事をしている劣等種の分際で!!」
「ま、『真似』とか言わないでくれる!? これはコレわたしのオリジナル――――――おおっと!?」
装甲兵器の機動力で難を逃れた元全裸少女は、怒声でビキニカウガールのアイデンティティーを攻撃しながら、同時に背面バックパックに搭載する火力を解放。
ミニガンに似た6連装砲身が回転し、ビキニカウガールと巫女侍に銃口が向けられたが、
「マジカルライアットシールド・ファランクス!!」
放たれた全ての弾丸が十重二十重に展開された防弾盾に阻まれていた。
「んなッ――――――――――――!!?」
「やったートリアお姉さんカッコイイー!!」
突然現れた強固かつ堅実な防御壁に、金色装甲兵器の少女が目を剥き、お気楽ビキニカウガールは拳を振り上げ快哉を叫ぶ。
防弾盾の壁を作り出したのは言うまでもなく、高速で飛来したチビッ子魔法少女刑事のトリア・パーティクルだ。
「ハァッ!!」
「ナイツ、右だ!!」
「――――――――ッ!?」
機関砲を至近距離で受け止められ、硬直していた装甲兵器の少女に、宙を舞う赤黒悪魔から警告が飛ぶ。
だが僅かに遅く、馬を駆り側面から強襲して来る鎧武者の島津四五朗によって、槍を突き立てられた機関銃の砲身が歪み無力化されてしまった。
「こ、コイツッ………!?」
「浅いかッ!?」
装甲兵器の少女と一瞬だけ交差する鎧武者は、そのまま後方へと駆け抜ける。
そこに、今度は鎧武者の方を側面から狙う影が。
「四五朗!!」
「仔細なし!!」
地面を踏み鳴らして爆走する筋肉隆々な栗毛の馬が、一際高く嘶くと同時に地面を踏み切った。
そこを薙ぎ払う青白い光線。
アスファルトが抉れ、空気が追いやられて衝撃波を生む。
しかし、事前に気付いたビキニカウガールの警告と、武闘派少女自身の勘で、紙一重で回避していた。
「アーッ! ダメだまたハズレたー!!」
「オマエのビーム全然アタんねーじゃんかよ使えねー!!」
特にハズしても残念そうでない金髪サングラスの少年へ、フードの少年は怒鳴りながら、ガードレールの破片である鉄パイプを拾い上げる。
途端に、ギィイイイイン! という甲高い音を立てる薄汚れた鉄パイプ。
目には見えないほど細かい高周波振動を行っている余波だ。
「オラッシャー!!」
「はッ!!」
顔の見えないフードの少年は、意外と堂に入った一本足打法で鉄パイプをフルスイング。
馬を返し、刀を振るって来た鎧武者を迎撃する。
「なんと…………!?」
まさか鉄パイプに刀を弾かれると思っていなかった剣道少女は再攻撃の為に馬を旋回させるが、そこに飛来するのは恐ろしい形相の赤黒悪魔。
人間、どれほどの達人でも上空からの攻撃へ完全に対応するのは難しい。
「なんのぉッ!!」
咄嗟に馬上から槍を振るうが、赤黒悪魔は一瞬だけ大きく羽ばたき空中に静止するという鋭い機動を見せる。
これで完全に槍をスカされた鎧武者へ、諸手の爪を剥き出しにした赤黒悪魔が掴みかかり、
激突の直前に、秒間100発の7.62ミリ弾が津波となって叩き付けた。
「うぉああああああ!!?」
「わぁあああああああああああ!!?」
吹っ飛ばされる悪魔だけではなく、鎧武者の少女まで肝を潰して逃げて行く。
7.62ミリといえば結構な大口径。
そんなものが秒速約870メートルで山ほど飛んでくるのだから、地に足も着いていない赤黒悪魔は成す術もなく押し流されてしまった。
だが、それが功を奏したのか、
「う……うおぁ…………死ぬかと思った…………」
「ぇえ!? だ、ダウンしてないしッ!! なんつータフネス!!?」
あるいは見た目以上の身体強度があったのか、赤黒い悪魔は全身がボロボロになりながらも、両足で地面を踏みしめていた。
驚いたのは発砲した黒アリスだが、周囲の人間はむしろ、黒アリスの格好に驚いている。というか引いている。
何せ全身びしょ濡れで埃塗れで煙を吹いた6連装回転砲身機関銃2丁のフル装備。
おまけに、狙撃戦で神経を削り近接戦闘で寿命を減らし、巨人に体当たりでも喰らったかの如く揺れまくる『○×ビル』から脱出するのに転げ回ったので、当然、今にも誰かを撃ち殺さんばかりに殺気立っていた。
「く、黒アリスさん、無事デス!?」
「あたしの科白だわよ勝左衛門! 勝手に飛んで行っちゃうし! こっちは――――――――――!!?」
「――――――――くたばりなさいサムライィイイイイイイ!!」
再会を喜ぶ(?)間もなく、2メートルの大剣を振り上げ、ブースターを吹かし突っ込んで来る金色装甲兵器の少女。
巫女侍は正面から大刀で受け止め、装甲兵器の腹を蹴飛ばして距離をとる。
追い打ちに、黒アリスが両手の重火器を撃っ放すが、
「おいコラふざけんな゛ぁあ゛ああああああ!!?」
金髪サングラスの少年によって射線に放り込まれたフードの少年が、装甲兵器の少女に代わり7.62ミリ弾でタコ殴りされた。
その隙に金髪サングラスの少年は、手にしたフラッシュライトをメイド砲台の黒アリスへ向け点灯スイッチを押し込む。
フラッシュライトの光は破壊光線に変じて大気を切り裂くが、直撃寸前に黒アリスはミニガンを放り出してその場から飛び退いた。
ミニガンは破壊されたが、黒アリスは次の銃器を作り出す為、間髪入れずに発砲。
巨人が地響きと共に立ち上がり、鉄パイプを高周波振動させたフードの少年が魔法少女刑事の警棒と正面から打ち合う。
レーザービームが巫女侍を吹き飛ばすが、大刀で防がれ致命傷にはならず。
すぐ後に、金髪サングラスの少年はビキニカウガールの投げ縄に捕まり、アスファルトを転げ回るハメに。
巨人が白馬のカウガールを捕まえようと腕を伸ばしたが、その顔面に黒アリスの106ミリ無反動砲が直撃。
痛みと驚きでひっくり返る巨人の足元では、金色装甲兵器と鎧武者のふたりが激しく斬り合っていた。
上野駅前ロータリーは、もはや紛争地帯などという生温い状況ではない。
レーザービームが高架道路を寸断し、潰れたクルマが立て続けに宙を舞い、銃声、砲声、馬の嘶きと蹄の音が止む事無く鳴り続け、爆発がそこかしこで起こり、巨人が咆えて転げ回るという。
もう何がなんだかワケが分からなくなりながら、黒アリスは無反動砲の砲身で赤黒悪魔の爪を喰い止めていた。
明らかに力負けし、相手を蹴っ飛ばしてその場から離れる黒アリスは、ニーソックスに挟んでいた45口径拳銃を2丁持ちで赤黒悪魔へ撃ちまくる。
(ッコイツら強い!? 能力だけじゃない! 慣れてる!)
装弾数8発、2丁で16発を一息に撃ち尽くした黒アリスは、エプロンポケットから銀の回転拳銃を引き抜き、次の銃を叩き出そうとし、
一瞬だけ開けた視界に、ひとりの日本人らしき少女の姿が飛びこんで来た。
「――――――――は!?」
土埃が舞い、レーザーが奔り、馬が駆け抜け、巨人が足踏みし、チビッ子や金色装甲兵器や赤黒悪魔が飛び回る。
そんなこの世ならざる地獄の様な修羅場に、その少女は平然と踏み入っている。
当然、黒アリスは死ぬほど驚いた。
一瞬、新手の能力者かとも思った黒アリスだが、ならばどうして他の能力者とコンタクトを取らないのかと。
「ヤバいストーン姉さん! あの娘確保して離脱! 他はストーン姉さんを援護!!」
「おっけー!!」
叫ぶが早いか、黒アリスは7.62ミリ口径アサルトライフル――――――銃身下部にグレネードランチャーを搭載――――――を作り出して援護射撃を開始。
断続的な発砲を繰り返し、東米国の能力者へ叩き込むが、赤黒悪魔や巨人に阻止された。牽制なので十分だが。
その間に、黒アリスの意図を理解したビキニのカウガール生徒会長も、戦場に迷い込んでしまったと思しき少女へ白馬を走らせた。
そして謎の少女は、何か黒い物体を目の前に掲げたかと思うと、引き金に指をかけ、騒がしい中でやけにハッキリとした声で呟く。
「…………銃器形成」
黒い回転拳銃が爆音を放ち、銃口から50口径弾を叩き出した。
だが、不思議な事に弾丸は飛んで行かず、少女の前で静止。
空中で高速回転する弾丸は、直後に膨れ上がり、全く異なる形状に変化する。
現れたのは、7.62ミリ口径で6連装砲身を持つ機関銃。
M134『ミニガン』。
「――――――――――――え!?」
誰が声を上げたのか、それは問題ではない。
黒アリスの魔法を知る者にとって、それは理解し難い現象だった。
しかし、そんな魔法少女達の驚愕など知った事ではない謎の少女は、ただでさえ混乱した戦場に、どこかの銃砲兵器系魔法少女並の大火力でトドメをくれる。




