0019:ロングリングヒートレンジ
実は、東米国の能力者の中でも、茶色と黒の装束を纏うニンジャは、かなり上位に位置するひとりだった。
能力者の全体数も能力の種類も確認されてないので暫定的なランク分けとなるが、先の北米大陸における対巨大生物でも活躍し、実績が有り、その実力は誰もが認める所。
年下の面倒見も悪くなく、巨大生物戦では窮地に陥った他の能力者のフォローに入る事も多かった為に、ワガママ放題の若い連中にも一目置かれ、人望がある。
また、暴走が過ぎる能力者を拘束、無力化する能力にも優れていた為、同時に恐れられてもいた。
だが、そんな実力派ニンジャは今、魔法少女三人娘の猛攻でメチャクチャ押し込まれていた。
「ウォオオオウ!!?」
「せぇえええええええ!!」
「イヤッハァアアアアア!!」
ヤバい笑みのビキニカウガールが型も何も無く手斧とナイフを振り回し、全身朱塗りの鎧武者が刀を凄まじい鋭さで打ち込み、ブラウンニンジャがサバイバルナイフを伸ばしたような忍者刀と腕の鉤爪で叩き返す。
少女達の勢いたるや凄まじいの一言で、ブラウンニンジャのお兄さんは、もう泣きそうだった。ヤマトナデシコって何なの?
鉤爪で振り下ろされる手斧を弾き、胴狙いで来る打刀を忍者刀で受け止める。
火花を散らすのはほんの一瞬。
連続で振り回される凶器と凶器が立て続けに金属音を打ち鳴らし、逃げるニンジャへビキニカウガールと鎧武者が喰らい付いていた。
このふたりだけでも大変だったのに、新たに加わって来たのが、一度はこの場から離れていた空飛ぶチビッ子魔法少女刑事。
ニンジャの身軽さを生かしてビルの壁面や高架の裏面に飛び退こうとも、魔法少女刑事は関係無しに突っ込んで来て警棒と防弾盾を叩きつけて来るのだ。
他の能力者の方に行ったんじゃなかったのか。
そんな疑問を差し挟む余地も無く、空飛ぶチビッ子のクセに古代ローマの剣闘士のような打撃を繰り出して来る魔法少女刑事まで相手にさせられ、ブラウンニンジャは防戦一方に。
密着状態から盾と警棒による殴打をブチかまして来るチビッ子魔法少女刑事。
その側面から鎧武者が縦一文字に打刀を振り下ろし、逃げたニンジャをビキニカウガールの回転拳銃による超高速の6連射撃が襲う。
それを分身で躱わし、煙玉で視界を塞ぐニンジャは魔法少女達の足元へ手裏剣を投擲。
だが、このパターンを読み切ったビキニのカウガールは、鎧武者を踏み台にして飛び上がり、宙返りして魔法の投げ縄を放つと、逃げ回るニンジャを遂に捕らえた。
「キャーッチ!!」
「――――――――フロッグマン!!」
が、空中でビキニカウガールが勝利を確信すると同時に、ニンジャに呼ばれた何かが昭和通りの路地裏から飛び出してくる。
追い詰められたブラウンニンジャの奥の手。
フロロッ! と弾ける低音を立てて突っ走ってきたのは、クルマほどの大きさで表面に光沢のある、目が大きな両生類。
黒い大ガエルだった。
ただし、何故か両手足にはタイヤが付いており、体表も柔らかいんだか固いんだか見た目からは分からない。
そもそもカエルなのか、あるいはドイツ産のスポーツカーをカエルの形状に整えた様にも見えたのだが、
そのカエルカーの口――――――あるいはボンネット――――――から勢いよく伸びた舌が、ハイレグビキニのカウガールに巻き付いた。
「ッ――――――――キャァアアアアアアアアア!!? キ・モ・チ・ワ・ル・イ、ですわーヒャッハー!!?」
「ストーン殿!?」
「ストーンさん!!?」
ニンジャを捕らえた筈のお嬢さまカウガールが、そのニンジャが乗っているカエルカーの柔らかく生温かいヌルヌルする舌に巻かれて大パニックに。
しかも、口の方に引き摺り込まれようとして、投げ縄を引っ張るどころではない。
生理的嫌悪が極まり、カウガールとお嬢さまが入り混じりの泣き笑いなレディ・ストーンを救出するべく駆け寄る鎧武者と魔法少女刑事だったが、その前にカエルカーから飛び降りたブラウンニンジャが立ち塞がる。
「フロッグマン、しばらく可愛がってやりなヨ!!」
「トリア殿、忍者は拙者が!!」
「じゃわたしはストーンさんと……か、カエルを!」
「いやぁああああ!? ど、どこを触って――――――――!!?」
警察官なので酷い死体も見て来たが、クルマほど大きなカエル(?)というのは、流石に魔法少女刑事も尻込みしそうに。
とはいえ、うら若き乙女がカエル(?)に喰われそうになって泣いているのを見捨てても置けない。
そして、弾むが如き動きのニンジャへ、鎧武者の少女が一騎打ちを仕掛けようとした、その時、
高速道路の高架を挟んだ上空で、何か大きな爆発音が響き渡る。
◇
東米国の手強いニンジャに他の魔法少女達が手こずっていた頃。
上野駅前ロータリーに隣接する『○×ビル』看板屋上で、銃砲兵器系魔法少女の黒アリスは狙撃態勢に入っていた。
15.2ミリ口径対物狙撃滑腔砲、全長1.8メートル、弾倉装弾数5発、セミオート式スナイパーカノン。
屋上を囲う薄い壁に銃床を乗せ、膝立ち姿勢で赤外線機能付き照準器を覗き込む黒アリスは、首都高速1号線上の約400メートル先に隣接する『上野テクノタワー』を観測中。
狙いはどこでも良いので、とにかくタワー内に居るであろう東米国の狙撃支援要員をおびき出す為に一発叩き込もう、と思っていたら、何たる偶然か15階の窓際に姿を現す標的。
千載一遇のチャンスに、黒アリスは迷わず発砲。
引き金を引かれるや、ドガキンッ!! という爆音と共に砲口から炎が上がり、マズルブレーキからは白煙が噴き出し黒アリスを覆い隠す。
叩き出される砲弾は初速1.45キロ/秒という桁違いの速度で飛翔し、僅か0.27秒後には標的である狙撃手を直撃、
なんて、早々都合良くも行かなかった。
(――――――――中った!? あ、いや躱わされたの!!?)
黒アリスの中のヒトは単なる女子高生だが、実戦の回数は既に中々のモノ。
ヒトを撃って手応えを得る事の出来る高校1年生なのだが、その感覚で言うと、今ので仕留められたか、ちょっと怪しい。
(位置変えとこ)
相手が玄人なら4分の1秒で急所を外してくる事は十分考えられる。
仕留めそこなったと判断するべき。多分こっちの位置も知られた。
という定石に基づき、黒アリスは『○×ビル』の屋上看板から10メートル下の屋上へ降る。
◇
東米国の能力者にして狙撃手である軍人風の男、『ローニン』は、床を転がり窓際から離れると、特に慌てず弾が掠めた額を押さえる。
手の平を見ても出血は無い。だが、痺れたように感覚が無く、まるでそこだけ抉られたようだ。
軍人風の男は、今自分が生きているのは幸運でしかないと思っていた。戦場では最も重要な要素だ。
そして、自分の迂闊さを呪う。
相手に狙撃手が居ないと思い込んで、あまつさえ馬鹿みたいに窓際に突っ立っているなんて、殺してくれと言っているようなものだ。
(ヒドいな……。おかしな戦場を経験し過ぎたか)
軍に居た頃は、こんな事絶対なかった。
訓練や経験で染み付いた癖で、意識しなくても身体は勝手に動く。
というのは、単なる過信や慢心に過ぎなかったらしい。
仰向けに転がったまま、軍人風の男は抱えていた狙撃銃を確認する。
狙撃手、そしてマークスマンにとって銃は身体の一部。どんな事があっても手放す事が無いよう徹底される。
銃身に歪みは無く、ボルトハンドルを引き薬室を解放し装薬を確認。
頭を上げて後ろを見ると、オフィス階の天井に大穴が開いているのが見える。
自分の頭があった高さ。天井の穴の位置。そして事前に把握していた――――――これを忘れるほどボケていなかった――――――周辺の地形から、敵狙撃手の大まかな位置を推理する。
仰向けのまま肩と足を使い、相手から絶対に見えない位置へ背面匍匐で移動すると、素早く立ち上がり階段へ。
その直前、給湯室でガス栓を引っこ抜いておいた。
◇
相手の次の行動を読むのは初歩の初歩と言える。だが、その初歩が難しい。
何せ相手は人間。互いに定石を知っていれば、当然それを外れる動きだって取り得る。
相手を出し抜く為に、非効率的、非合理的な行動だって取るのが人間だ。
先ほど黒アリスがやろうとしたように、だ。
(狙撃手が邪魔なのはお互い様だし、向こうさんもこっちは放置できない筈……。となると、狙撃で来るか近接か――――――――――――)
三佐達ならどうするか、と黒アリスは訓練を思い出そうとしたが、あまり意味が無いのですぐに止めた。
訓練だろうがなんだろうが、そっくり同じ戦闘状況が2度も廻って来る事は、まずあり得ない。
なので、訓練では汎用的な事を身に着け、一期一会の実戦では創意工夫で乗り切るだけだ。
それに、訓練とか言っておきながら山ほど実弾を撃たれた事なんて思い出したくない。
完全に心的外傷である。
4月から幾つトラウマを刻んだか分からないが。
狙撃で対抗して来るか、ビルを降りて下から接近して来るか、敵増援が来るか。
とりあえず、いきなり自分の頭が撃ち抜かれる事は無い、と思う。
向こうがやる気なら、最初にあるアクションがある筈だ。
一方、狙撃でやる気は無く、降りてから黒アリスの所に接近して来るとしたら、ビルを降りて地上を移動し『○×ビル』を昇ってくるまで、想定して4分から5分といったところか。
その辺を予想し、黒アリスは3分だけ相手のリアクションを待つつもりだったが、
1分程待った所で、『上野テクノタワー』15階が内側から爆発する。
「あー……そう来たか」
何とも気合の入った宣戦布告に、黒アリスは半眼で唸るように呟いていた。
当たり前だが、『テクノタワー』の窓は、黒アリスがブチ抜いた一枚以外は全て閉ざされている。
狙撃手に狙われていると分かっているのに、ワンアクションを費やし窓を開けて、それから狙撃対象を探したりはしないだろう。普通に撃たれる。
ガラスの向こうから狙撃するのはお勧めしない。弾がガラスに中れば、当然弾道が変わる。
あるいは黒アリスが初弾を外したのも、それが原因のひとつかもしれない。というか玄人ならその辺も加味して撃つのだが。
よって、狙撃にはガラスが邪魔。
黒アリスは狙撃勝負となる場合、最初にブチ抜かれた窓か、屋上か、それともどこかガラスを割って狙撃して来る可能性を考えていた。
ただ、ガラスを割る場合、当然目立つ。ここから狙撃しますですよ、と言っているようなものである。
なので、東米国の狙撃手が狙撃個所を確保するなら、ひと捻りして来るだろうなぁとは思ったが。
(アレじゃ向こうも良く見えない。ガラスが割れて落ちるのも計算の上か…………。てか中の人間とか無事なんでしょうね)
何が爆発したか知らないが、テクノタワー15階は全面が、上下階でも広い範囲でガラスが割れ、罅が入り、そして白く変色してる。
中に人が居なかったのか、は気になるが、黒アリスもヒトの心配をしている場合ではない。
ガラスはあちこちが砕けて落ちている。その上、透明性が失われてビルの内側が見えない。
透明だった壁面は一気にブラインドとなり、東米国の狙撃手はそのどこかから黒アリスを探しているのだろうが。
(それで油断していてくれるとありがたいわ!)
『○×ビル』屋上を囲う低い壁を遮蔽物に、ライフル――――――正確には旋条が刻まれてないので違う――――――を構える黒アリスは索敵を開始。
モノを言うのは観察力と洞察力、それに速度。
15階はガラス窓が全て吹き飛んでいるので、狙撃個所は上か下かになる。そして、狙撃は撃ち下ろしポジションの方が有利と思われがちだが、実は水平狙撃の方が慣れがある分、やり易さから命中精度が良い場合も有る。
爆破とガラスの排除が囮や目眩ましの可能性もある。屋上から狙って来るのも有りえなくはない。
どちらが早く相手を発見し、正確な射撃で狙撃するか。
見付け出してからも実際に撃つまでは、数秒から数十秒の時間を要す。焦れば中らない。それならそれで黒アリスは構わない。ミスった相手を撃ち倒すだけである。
訓練の時の様に恐怖を集中力で押さえ、ただ標的を探して砲口を動かし、頭の中で時間を計り、照準器内で流れる景色に全神経を集中し、
熱映像を感知。
割れて真っ白になっているガラスのど真ん中。小さく欠けた穴から自分の方を狙っている熱源へ、黒アリスは即発砲。
だが、これはハズす。
何故ならば、直前に相手の発砲を察した黒アリスが逃げたからだ。
「グッ…………!!?」
東米国の狙撃手が放った銃弾は、黒アリスが居た本来の位置から10メートル以上後方に突き出ている空調ダクトに直撃。
黒アリスの銃弾は、17階に居た相手の数十センチ上を突き抜け割れたガラスにトドメを刺す。
お互いが発見された事で射撃を急ぎ、精度を欠いた結果だ。
だが、精密射撃のアドバンテージをアッサリひっくり返された黒アリスは、自身もひっくり返りながら涙目で呻いていた。
「――――――――ッぶなっ……! やっぱりバリバリのプロじゃんよチクショウめ!!」
そこで、ハッと我に返る黒アリスはライフルを手に壁際を這い擦ると、看板にくっ付いて屋上の囲いから頭を出し、すぐに構える。
相手の狙撃地点へ照準器を向けて索敵。
しかし、そこには既に白い熱映像の姿は無く、敵狙撃手も移動中とみて、黒アリスも狙撃地点を変える。
◇
戦地で対狙撃手の戦闘も経験した軍人風の男も、『○×ビル』の狙撃手を見つけて発砲するまでの間に、自分もまた発見された事を察知していた。
その為に狙撃を詰め切れず、5割の精度で放った弾丸は案の定標的を大きく外れるが。
(こっちを見付けてくるとは、あの装備、赤外線か。弾速も恐ろしく早い。それも大口径。いや何より、照準から射撃までが早過ぎる…………)
ガラス片を被ったままの軍人風の狙撃手は、匍匐で窓際から離れると、屈んだ姿勢で素早く移動を開始。
17階も会社のオフィスらしく、軍人風の男は『ミーティングルーム』と銘打たれているドアの前に立つと、無造作に開け放つ。
「よう戦友、景気はどうだ?」
「まぁまぁだ」
そこは、薄暗い倉庫のような場所だった。
天井には裸電球がぼんやりとしたオレンジの光を放ち、そこらじゅうに積まれた木箱や錆びた金属製の棚、または棚に無数に並んだ道具類を、闇の中でおぼろげに照らし出している。
軍人風の男に声をかけたのは、入口のすぐ脇にある散らかった机に足を投げ出して座っていた、禿頭の黒人だった。
倉庫内はひんやりとし、足元はジャリジャリと砂っぽく、壁は薄汚れ、明りが足りないのか奥が見えない。
「で、何か必要か?」
「カモフラネットを頼む。スモークも……ふたつだ。7.62ミリをワンケースと……そうだな、M4カービンと予備の弾倉を、前と同じセッティングのヤツをくれ」
軍人風の男が抑揚無く言うと、眠そうな顔で笑う禿頭の男は机から脚を下ろし、棚の前に歩いて行く。
それから30秒もしないうちに、散らかった机の上に紙箱やらオプション付きのアサルトライフルやらボトル状の物を置いていった。
「悪いなサイモン」
「仕事だ、戦友」
科白と違い特に悪びれた様子も無い軍人風の男は、机に置かれた物を拾うと、すぐさまドアの外へ歩いて行く。
「またなんかあったら起こしてくれ」
という禿頭の男の科白は、『ミーティングルーム』と書かれたドアが閉ざされると完全に聞こえなくなった。
言うまでも無い事だが、本来はオフィスビルの17階に、このような倉庫は存在しない。




