0013:もはや非殺傷だから良いという次元ではない
魔法少女という恥ずかしい肩書は伊達ではない。
殺しても死なない魔法の銃弾、.500S&Wマグナム弾。
ただし喰らうと、実際に撃たれたのと同じ程度には痛い。
股間を抑えたトレーナーにフードのひょろ長い男は、ガクガクと膝を震わせ、口から泡を吹きながら白目を剥いていた。
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッォ…………ギ、ギ、ギ、ギョ………」
恥骨どころか下半身を吹き飛ばす威力だけが、ひょろ長男の最も重要な急所をブチ抜く。
「痛い」、などと言う次元を遥かに超えた苦痛が男の魂を苛むのに、何故か失神出来ない。
安息の忘却は訪れず、ただニワトリが二日酔いになったかのような、切ない呻きを上げる他なく。
そして、いったいどういう理屈なのか、下半身は無事(?)だったが履いていたズボンは千切れて吹っ飛び、ひょろ長男の下半分が全裸に。
「キャアァァァアァアァアアア!!!」
「――――――――――ガルグイユ!!!?」
モロに見てしまい、パニックになった旋崎雨音は、自身でらしくないと思う可愛い悲鳴を上げ、残りの全弾をぶっ込んでいた。
◇
15分前の事。
「――――――――――なワケで聞きたいんだけど……あんたらってあたしの友達まで外道の道に引き込んでないでしょうね? そうでなくても放っておけば人生コースアウトしそうなワインディング娘なのに…………」
「何の事だか分からないけど……それってボクらが外道扱いって事? それにアマネちゃんも何気なく友達に酷い事言ってる気が…………」
部屋の真ん中に正座させられた強面の大男『ジャック』が、何やら不満ありげに仁王立ちしている少女を見上げる。
しかし、少女――――――雨音はその視線を黙殺。
見下ろす眼差しは冷たく、不信感をオーラに変えて、全身から立ち昇らせていた。
なお、位置的に正座している男からはスカートの中の縞々が見えそうになっていたが、残念な事に中身が幼い子供なので、何ら反応を示さなかった。
「で実際どうなの? あたしの友達のカティ……カティーナ=プレメシス嬢まで魔法少女モドキに仕立てたワケ?」
「そんなの分からないよ。ボクら……ていうかボクは物理領域に来た時点で『イントレランス』から切り離されてアマネちゃんの方に付属するから、他にどんなヒトが能力者になったかなんて知らないよ?」
「むぅ…………じゃぁどうするのよ? カティが能力者になったかどうか知る方法は無いワケ?」
「直接聞けばいいんじゃないの?」
いまさら御尤もな意見を吐くビッグマンの頭に、沈黙のまま雨音のチョップが直撃する。
大した威力は無かったが、強面の厳つい男は縮こまって頭を押さえていた。
「OK、それじゃあたしの友達があんた達の被害に遭ったとしよう」
「『被害』って……」
「お黙り。しかもその娘は素直に、無邪気な気持ちで知らないオジサンから貰った新しいオモチャを持って夜の街に繰り出した可能性がある。そんなの赤ん坊が核兵器持ってるようなものなので大変な事になる前に今すぐ探しに行きたい。さてどうする」
「それって…………」
見た目40代のおっさんであるジャックは、中身の子供らしさが滲み出る仕草で今の雨音の言葉を吟味する。
そして、やや考えた後。
「それはつまりアマネちゃんの魔法でどうにかならないかというマスコットなボクへの御用命だね!?」
「い、いきなり立つな恐いのよあんた見た目が!!?」
雨音の部屋に突如そびえる鉄の男。
見た目だけならロスやNYでカージャックをやらかした上に街中を暴走して警察相手に銃撃戦でもしそうなタフガイだ。
これに勢い込んで迫られるのは、中身を知っている雨音でさえ、率直に言って身の危険を感じた。
ようやく魔法少女のマスコットとして活躍の場を得たと思った少年――――――心は――――――は、雨音の引きっぷりに消沈させられる。
「………ひどいや……ボクをこんなにしたのはアマネちゃんなのに………」
「それに関しては断固異議を唱えたいけど、正直今はそんな悠長に不幸な現実に対する対策を議論している暇は無いのよ。あたしが貰った能力って銃器関係だけだってのは分かってるけど、ハッキリ言ってコレ人探しには向かないでしょ? そこん所どうにかならないの??」
ヘコませた相手に我ながら勝手な事を言っている、と雨音も自覚している。
能力に――――――というか魔法少女に――――――文句を言いながらも、それに頼ろうと言うのだから。
しかし、無残な姿にされても若い精神に傷を負っても、ジャックという雑な名前を付けられても、マスコット・アシスタント・プログラムとして存在する以上は、魔法少女を補佐するのが存在理由である。
サングラスの奥を潤ませ、本物のタフガイになりつつあるジャックは、自らの仕事を全うしようとする。決してカージャックや銀行強盗ではなく。
そうしてジャックが出した結論が、魔法による無人攻撃機や軽装甲機動車の作成、というモノだった。
「………ちょっと待て。そんなもんどうやって作るの?」
「もちろんアマネちゃんの魔法でだよ?」
「確か、あの特別な空間じゃないとそんな何でもかんでも作り出せないんじゃなかったっけ? 銃とかだけでも我ながらアレだと思ってるのに、なにそれ、完全に兵器じゃん。それじゃあたし『魔法少女』どころか『歩く火薬庫』じゃんよ」
能力に不慣れなうちは、付属するマスコット・アシスタントが能力の使い方をサポートする。まさに魔法少女のマスコットキャラの役どころだ。
そのマスコット・アシスタントが、能力を視て最適の使い方を持ち主にアドバイスする。
逆に言うと、出来ない事はアドバイスしない。
「……アマネちゃんは特に能力の許容範囲が大きいんじゃないかな。『銃』という種別に合致すれば、それに付属する物という認識で銃にくっ付いている物まで再現出来るみたい」
「………だから無人攻撃機は作れても無人偵察機は作れない? 軽装甲車は装備している『M2キャリバー』のおまけ、って事なの……それ、つまり……」
雨音は能力の曖昧さに呆れるのと同時に、湧いて出てきた恐い想像を頭から振り払った。
そんなの本当に『歩く火薬庫』だ。
万が一誰かにこんな事知られようものなら、銃砲等不法所持どころの騒ぎではない。完全にテロリスト扱いだろう。
公共の敵になっても、何となく勝てそうな気がしてしまうが恐すぎる。
「大丈夫。その為の擬態偽装じゃない。アマネちゃんは誰にも正体を知られず、好きなだけその能力を振るって良いんだよ」
「だからヒトを破滅への道に誘うんじゃない。あんたがそのビジュアルで言うと今から連邦準備銀行でも襲いに行きそうな勢いよ」
生憎と、雨音はそこまで国家権力を舐めていない。
派手な動きを見せたが最後、ありとあらゆる方法でその正体に迫るだろう。
たかが姿を変える程度で、正体を隠しきれるとは到底思えなかった。
なので、可能な限りこっそり事を運ばなければ。
「………えーと、空と地上から探すって事ね。いいんじゃない? 夜なら無人飛行機も目立たないだろうし、見つけたらこっそり軽装甲車で近づくとして。でもコントロールとかどうするの? あたし出来ないと思うわよ?」
「使い方はアマネちゃんならアーカイブからマニュアルを参照出来ると思うよ? ボクもアマネちゃんのアーカイブを共有しているから、お手伝い出来ると思うし」
「いや今から無人攻撃機のオペレーションを覚えろってか。何カ月かかるのよ」
その辺りをフォローするコンポーネントが有れば即座に無人攻撃機も使えたのだろうが、残念な事に雨音はその辺は取得していない。
コンポーネントが無ければ、所詮雨音はただの凡庸な(?)高校生に過ぎないのだ。
しかしその点、元々プログラムとして存在しているマスコットキャラは完ぺきだった。
雨音にはまだ良く分かっていない『アーカイブ』とやらにアクセスしたと言うが早いか、1分も経たないうちに、無人攻撃機の操作も軽装甲機動車の運転も問題ないと宣ふ。
恐い外見に、それっぽい技術まで覚えさせてしまったと、雨音は多少の罪悪感を覚えないでもなかった。




