0096:そしてFNGのまま戦火拡大
巨大生物撃破から約半月の、7月下旬。
破壊された建物や道路の再建は終わっていなかったが、避難していた都民のほとんどは、23区に戻って来ていた。
3週間前、日本の首都、東京を襲ったあの巨大生物は、いったい何だったのか。
あの巨大生物達はどこから来たのか。
日本にも再び現れるのではないのか。
東京に大量に放たれた小型の怪生物は全て排除されたのか。
都民と国民の不安は現在を以って尚強く残るが、政府は「全ての脅威は排除された。もう安全である」と断言し、東京復興に関する特別法案を次々と成立させて、再建に着手していた。
この動きは巨大生物が排除された直後から、自衛隊と警察によって都内の怪生物の捜索と排除が行われていた時から始まっており、政府の拙速さは誰が見ても明らかだった。
結局、あれら巨大生物が何だったのか、誰も何も分かっていない。
何を以って「安全」だと言うのか。どうして「もう来ない」と言えるのか。
例によって、経済優先の根拠も無い政府発表なのだろうというのは誰もが分かっていたが、一方で、国民や世界の人々へは、ヘンな安心感と希望も齎されてしまっていた。
日本における巨大生物災害の終息。
その直後から、ただでさえおかしな事になっていた日本だけではなく、世界レベルで、何かが致命的に狂い始めていたのである。
◇
7月上旬。
巨大生物撃破の翌日。
東京を中心とした関東圏の混乱もある程度の平静さを取り戻し、営業、物流、交通、通信、そして、学業は、平常運転へ復帰しつつあった。
世間一般に見られる当たり前の――――――自己申告――――――高校生である旋崎雨音の通う学校も、直接の被害は受けていなかった事もあり、巨大生物が魔法少女と自衛隊に排除された翌日からは、通常の授業を再開していた。
前日まで最前線で戦っていた魔法少女も、学校が再開すれば、学業優先の学生さんである。
むしろ、巨大生物との決着がつくまで休校していたのが、幸いと思うべきか。
何にしても雨音は、消耗し切っていた所に、家に帰ってからは一週間の無断外泊の事で言い訳無用で死ぬほど説教され、精神的にも死にかけながら気合で登校する。
なお、クラスメイトの小型金髪娘と三つ編み文学少女は、その日は休みやがったコンチクショウ。
こうして、ゆっくりと身体を休める暇も無く、意地っ張りの旋崎雨音は日常へと再突入して行った。
その翌日には親友のカティと、席のお隣さんである北原桜花も登校して来る。
巨大生物撃破の翌日までカティの家で寝ていた、ビキニカウガールの荒堂美由、鎧武者の武倉士織も、一休みした後に自宅に帰ったらしい。
ふたりとも無断外泊のお咎め無し。普通の家の子の雨音には、羨ましい話であった。
ちなみに、お嬢様学校である雅沢女子学園は、生徒さん達の安全を考えて、このまま夏休みに突入するとの事。
テストかどうすんだ、と雨音は思わなくもないが、そういった事の優先度が高くない学校なのであろう事は、想像するのに難しく無かった。
そんなお嬢様二人とは事情が異なる海賊魔法少女の安保茉莉は、自宅は怪生物に荒らされ、豊洲にある高校は危険地帯ど真ん中で営業不可という状態。そんなワケで、その後の3日を弟と一緒に古米国総領事館(仮)で過ごしていた。
3日後に両親から連絡があったとかで、気乗りしない様子で弟の手を引き、家の在る東京とは逆の方へ向かう。
確か、大阪の伊丹空港へ向かうのだとか。
話を聞いていた雨音は、自分が『空港』という単語にアレルギーを発症した事に項垂れた。
巨大生物撃破から2日後。
23区は未だに封鎖されていたが、戦場の中から外へ出て行った雨音には、被害というか状況の全体像が、マスコミ経由で分かるようになっていた。
羽田空港、明治神宮、恵比寿周辺、品川試験林公園、東京スカイツリーが最も被害が大きく、壊滅状態。
巨大生物の進路上にあった建物や道路、線路、電線は完全に崩壊。
全長600メートル超、重量推定2万から3万トンの足踏みは都心の地下まで押し潰し、生活インフラの詰まった共同坑や地下鉄道まで寸断した。
そして、負傷者総数約8万人、うち重傷者約4000人。
死者11人。
巨大生物撃破後2日目の暫定数値であり、今後もこの数は増えると予想された。
だが、それでも住民基本台帳から避難した都民のほぼ全てはこの1週間で確認されており、倍には増えないとの予想だった。
都民人口の約1パーセントが負傷。しかし、そして、死者は11名。
それも、避難中の事故やご高齢の方が体調を崩した等が主な死因で、巨大生物や怪生物に直接殺された人間は、今のところ確認されていない。
日本の全国民が「え!?」と目を剥く犠牲者数。
ひとり死ねば十分大惨事だが、それにしたって11人はなんともはや。口が裂けたって「少ない」とは言えないが。
それでも、発生した事態に対して「11人」という犠牲者数が奇跡的な数字である事は、誰の目から見ても明らかだった。
そして、緊急報道番組を見ていた魔法少女でも何でもない、ただの女子高生、旋崎雨音は、ここで本当に力尽きた。
ベッドにうつ伏せになり、ピクリとも動かない親友の姿に、例によって家に入り浸っているカティは、何と声をかけて良いか分からない。
感想等、言語化不能。
ただ、負傷者総数約8万人と、死者11人という数字が、1週間、身の丈も考えずに過ぎた力を懸命に振り回し、あらゆるモノをブッ壊して巨大生物と殴り合った魔法少女、黒アリスの戦果の全てだった。
無論、コレを『奇跡』と言うのなら、奇跡を起こしたのは魔法少女の黒アリスだけではない。
親友の怪力巫女侍も、ルール無用のビキニカウガールも、不退転の鎧武者も、どこまでも警察官なチビッ子魔法少女も、弟想いの海賊少女も、お爺ちゃん子の魔法少女艦長も、密かに社会に借りを返そうと頑張る吸血鬼の女王も、この国の首都を守る全ての自衛隊員や警察官、人知れず戦っていた能力者も、全員があらん限りの力を振り絞って引き寄せた奇跡だ。
どうやっても、0からマイナスへの振れ幅を抑える為だけの戦いだった、というのが、せつな過ぎたが。
「あ、アマネ…………お疲れさまでシタ」
「…………うん」
美味しそうな獲物が寝間着姿で転がっていても、流石にカティも今の雨音に手を出す気にはなれなかった。凄く軽蔑した目を向けられて絶望しそう。
何にしてもまだ2日目。雨音はもちろん、魔法少女も他の誰も、気持ちの整理などついていない。
この数字について、雨音が何かを思う必要など無いのだ。
羽田空港上陸阻止戦の成果でいち早く都民が脱出し、そのおかげで数万人が救われたとか、八丈島近海戦で仕留めておけば、11人も死なずに済んだとか、そんなのは雨音がどうこう言われる事ではない。そんなもんあの巨大生物に言えやボケがッ! と、雨音は言って良いのである。
だが、雨音のせいではない、という理性と、11人も死んでしまった、という感情はまた別モノで。
「いいもん、精一杯やったもん……別にあたしが殺したワケじゃないし……褒められたって怒られる筋合いは無いって、何か言われたらキレるもんね」
「デスねー。アマネはヒーロー扱いされたって良いデース。良く頑張りまシタ」
冷凍マグロ状態で拗ねたように言う雨音だったが、そんなカティの言葉で、マグロは急速解凍されてしまった。
ある日の夜、カティと一緒に太平洋に飛び出し、巨大生物と遭遇してからの事が、こぼれ出すように頭の中によみがえる。
一体自分は何をしに行ったのか。何の為に、魔法少女や自衛隊と一緒になって戦ったのか。
一応の解決を見た今、全ての出来事を思い返すと、悲しくも無いのに気持ちがグチャグチャになって泣けて来るのだ。
「う…………ぅう~~~~~~~~」
情けない所をカティにも見せたくない意地っ張り少女は、全力で枕に顔を押し付けて鳴き声を押し殺す。
その姿が既に情けなかったが、刺激しないようにベッドに腰掛ける親友の金髪娘は、そんな雨音の頭を壊れモノでも扱うかのように撫でていた。
棚の真ん中に嵌っている小型のテレビは、未だに巨大生物災害の報道特番を全局並列で流し続けている。
雨音とカティが日常に戻るのに四苦八苦し、この手のテレビ番組を見られたのは、この日が最初だ。
事態の内側に居た雨音が、番組を見て、はじめて外から事態を見た。
既に蚊帳の外で、状況には関われず、自分のして来た事、やらかした事を客観的に受け止める事となったのだが、当然、ただの高校一年生の少女には、荷が重い話。
せめてこれが悲劇で終らなかった、と思いたい。でなければ、雨音が救われないではないか、と。
もっとも、どんな結末になっても、カティは雨音の傍に居るつもりではあったが。
例え雨音に疎まれたとしても、だ。
まず無い、とカティは確信するが。
雨音は手柄を誇ったりする性質ではない。
基本的な言い訳は「自分の為」であり、誰かの助けになろうと言う時は、それが悪い方向に転がらないかと目一杯考える。
そこまでアリバイを用意しておきながら、僅かな被害も自分の責任ではないか、と悩み、怯える。
で、ご覧の有様である。
もう本当に萌える。本人には絶対言えないが。
それに、放っておけないとも思う。
こんなやり方ばかりしていれば、簡単に限界が訪れるからだ。
雨音は凄いと思う。この行動力は、魔法少女になる以前からのモノだとカティは知っている。
だが、こうして見ると、雨音は某巫女侍以上の猪武者だ。某鎧武者以上に退く事を知らない。どこかのビキニカウガール以上にルール無用だ。
しかし、他の魔法少女よりも脆い。
魔法少女であるか否か関係なく、常に余裕の無い少女である。
ならば、こんな面白い少女を傍で支えるのは、絶対に自分だと。
「ウフフフフフ…………病める時も、すこやかなる時も、カティはアマネの傍に居るデスよー」
若干ヤンデレ風味に呟く恐い笑みの金髪娘だったが、頭を撫でられるのが気持ち良くて、ちょっと寝そうになっている雨音は気付かない。
そう、諦めてなどいない。既成事実を作る気満々である。
雨音は今まで通り自分の道をガクガクブルブル、泣きそうになりながら歩いて行けば良いのだ。
その隣には、いつだって自分が居るのだから。
そうやって無くてはならない女房役から、実際の女房とするのに何ら疑問を抱かないレベルに持って行くのである。
嫁は雨音だったが。
「だから何がアマネの敵になってもカティが守るデース。いや、いっそもっと……世界中が敵でカティとアマネのふたりだけの……なんて、ちょっと憧れるシチュですか?」
雨音が聞いたら号泣の上、本国に強制送還しそうな洒落にならない科白を吐くカティ。
ところが、そんなカティでさえ、次に流れて来たニュースには目を丸くする。
直後に叩き起こされる事となった夢現の雨音も、テレビの災害特集が妙な方向に行くのを見て、カティと同じように真ん丸な目になっていた。
◇
期末考査も終わり、いよいよ雨音も夏休みに突入する。
中間考査の時とは違い、十分に体調を回復させる時間もあった雨音は、万全とはいかなくても悪くない態勢でこれに挑み、その結果学年でも上位グループに食い込んでいた。
特に順位などには拘らない雨音だったが、トップになりたいとは思わなくても納得できる線というモノは存在する。
今回は、その線を大きく超えられたので、良しとします。
相変わらず、カティ的に面倒くさくも愛しい少女であった。
そんな事を言って雨音にしばかれるカティは、張り出される成績順位のランク外だが、ランクの見えない所では自動的に最上位となっている。
実際の成績は落第点であるのを知る生真面目少女の雨音としては、この学校の態度には物申したいが。
とはいえ、雨音には親友の事、学校には外務省と文科省の圧力。見て見ぬ振りをして、死人が出るほどの事態ではないのなら、それが大人の対応という事なのだろう。
ちなみに、雨音も一応カティを勉強させたのである。何せ、ほぼ毎日旋崎家に入り浸っているのだから。
だが、これに関しては長期的な戦略が必要なのであろうと、返って来たテスト結果を前に、雨音は判断していた。
雨音の顔に影が掛かり、何やら凄い事を企んでいる様子に、カティはプルプル涙目で震えていた。
そのカティだが、実は現在日本に居ない。
夏休みが始まったその日に、故郷の古米国はロスアンゼルスへ、両親と一緒に帰って行ったのだ。
当然と言うか、カティは嫌がった。
夏休みは雨音と目一杯遊ぶつもりだったのだ。
なので、古米国への帰省を告げられた巨大生物撃破の2日後から、雨音の家に立て篭もる勢いで、カティは実家には近寄らなかった。
それで生活出来てしまっていたのが、もはやどこの家の子なのか、という話だったが。
そしてカティは迷わず、旋崎さん家の子、と言っただろうが。
ところが、夏休み突入まで後2日という時に、どんな心境の変化かカティは古米国に帰るのを決めたと言う。
「ゴメンなサイ……アマネ」
と、ただでさえ小さなカティが縮こまって言う所によると、総領事の父が古米政府に召喚された事もあったが、何より両親に揃って拝み倒された故との事。
話をするカティは、何やら苦虫を噛み潰したかのような、何とも言えない表情だった。
ただ雨音の印象で言うと、決して悪い方向でもなかった様子。
先の古米国総領事館の救出活動以降、カティとご両親の関係にも微妙な変化が在るようであり、このまま良い方向に行くのは、雨音としても望む所であった。
だから雨音も、少しさびしい気もしたが、「お土産よろしく」と言って送り出した。
それに、古米国政府が総領事を日本から召喚するというのも、世情を考えると理解出来る話しだった。
巨大生物が暴れているうちは、日本国内も東京都内のニュース一色となっていた。
23区が封鎖された時も、マスコミ各社は許されるギリギリの高所から都内を撮影したり、避難所を撮影した映像が、繰り返し放送されていたのである。
新聞やラジオも似たような物。
唯一、インターネットでのニュース記事だけが、当時の海外の様子を伝えていたが、ほぼ全ての国民が、東京の事に夢中で海外に目を向けている余裕など無かったのだ。
だから、世界各国が日本と同じように巨大生物の襲撃に晒されていたと、日本国民に周知されたのは、通常の報道番組が復活した巨大生物撃破から2日後以降の事だった。
詳細は現在もハッキリしないが、世界各国、東西米国、南米、オーストラリア、アフリカ、ロシア、インド、ヨーロッパ、海に面するあらゆる国が、日本と同様、そして日本とは形状も性質も異なる巨大生物に襲われていた事を、国内の事態収束の目途が立った所で、初めて国民は知ったのだ。
大使や総領事を本国に呼び戻しているのは古米国だけではない。
多くの国が、巨大生物の被災国に派遣している大使や総領事といった人間を、報告の為に呼び戻していた。
だが、この話はこれだけに留まらない。
巨大生物を撃破した当初は、どこの政府も自分達の成果だと強調したが、実際は違っていた。
東米国が巨大生物の撃破を国内と世界に発表したその日、大統領の記者会見会場に現れた彼等は、自身の持つ超常的な力をその場で示すと同時に、巨大生物を倒したのは自分達であると暴露したのだ。
『モンスターは我ら「ヒーローズ・ユニオン」が排除した! 我らはアメリカの自由と正義を守る為に、世界の人々を守る為に、これからも戦い続ける事を、ここに宣言する!』
それはあたかも、アメリカンコミックにあるヒーローの如き力と姿。
マントを纏っていたり、顔を隠すヒーローマスクを被っていたり、カラフルな全身スーツだったり、怪物然とした姿だったり、と。
ヒーローを自称する彼等の言葉は、即座にインターネットに投稿された動画によって事実だと証明された。
世界随一の軍事力を誇る東米軍が、ムカデの様な無数の脚を持ち、トカゲに似た頭とゴリラの様な腕と胴体を持つ巨大生物に、成す術もなく叩き潰される。
その巨大生物へ立ち向かう、特殊な力を振るう能力者、ヒーロー達。
ある者は雷撃を放ち、ある者は大地を割り巨大生物を割れ目に落とし、ある者は全身スーツごと巨大化して巨大生物を殴りつける。
その他にも、何か光らせて巨大生物を傷付ける者、一瞬だけ映っては消える人影、黄金の鎧を纏う騎士の様な姿、と映像から数々の能力者を確認する事が出来た。
同時に、東米国政府が能力者の存在を隠蔽し、ついでに巨大生物撃破の手柄を政権の物にして選挙に備えようとした事実も暴露されるが、世界の混乱はそこからが始まりだった。
何かと東米国とは対立する古米国でも、政府発表と同時に名乗りを上げる能力者集団。
これに続く、ヨーロッパ、オーストラリア、ロシア、南米の特殊能力者達。
また、名乗りこそは上げないが、中国、アフリカでも特殊能力者が起こしたらしき現象が確認されていた。
そして、最後に日本でも名乗りを上げる、自称、巨大生物を倒した特殊能力者集団。
ただし、インターネットに投稿されて、テレビに取り上げられる動画に映った能力者達は、雨音には全く全然これっぽっちも見覚えのない相手だった。
が、そんな事はこの際問題はではない。
日本以外にも能力者が居る事は、雨音としても予想はしていた。
事実、雨音がインターネットで情報を集めていただけでも、東西米国に限らず世界各地で謎の現象が、この4月から頻発している。
雨音が想定する最悪の事態は、何らかの理由により能力者の存在が世界に知れ渡り、中世の魔女狩りの様な能力者狩りが始まるのでは、というモノだった。
自分と違う者を、時に人間は徒党を組んで迫害しようとする。
持たざる者への、持てる者への嫉妬。
能力者の持つ、潜在的な危険性を恐れる普通の人々。
という事くらいは誰でも想像しそうなものを、何でこのヒト達堂々とテレビとかインターネットに出ているの? と。
このままでは誰かさんの科白ではないが、能力者=世界の敵、という構図が出来やしないか。
そうなれば事は、雨音ひとりの問題ではない。
自称『巨大生物を倒した俺達能力者』の方々の事は知らないが、雨音と他の魔法少女達は、巨大生物相手に大暴れしているのだ。
中には、海賊少女の様な素顔のままの魔法少女もいる。
場合によっては想定A『逃亡生活』から想定Z『日本制圧』まで、何らかの行動を取らねばなるまい、と試験勉強の傍ら、雨音はテレビの報道を注視して2週間を過ごしていたのだが。
その内、世論は何やらおかしな方向に推移し出した。
無論、国によって特殊能力者への対応は違う。人々の反応も違う。
ただ、東米国ではセレブ扱いされていた。
あるヒーロー――――――能力者――――――はテレビのトークショーに出演し、野球の始球式に呼ばれ、何故か楽曲を配信し、たった1週間で写真集を出す。それにマスク脱いで顔出しちゃってるし。
ある女性ヒーロー(ヒロイン)は、17年の生涯がテレビでドキュメントになっていた。来年映画化もされるとか。
古米国の能力者のひとりは市長選に出る事が決まり、ヨーロッパの能力者のひとりは某国王室の王女様とスキャンダルになっていた。
オーストラリアの能力者はCMに引っ張りだこで1年で2億円相当を稼ぐとされ、南米の能力者は反政府デモのリーダーになって、次期大統領の有力候補になっていた。
「あ……あれぇ!?」
巨大生物撃破から1週間は、雨音はいつも同じような、呆気に取られた顔でテレビを見ていた。
何か違う。想像していたのと違う。能力者達に悲壮感の欠片も無い。
実際には、雨音の恐れていた通りに、危険な能力を持つ人間を管理するなり隔離して研究しようという話もあちこちで出ていた。
東米国では、能力者のひとりを拉致監禁して実験動物の様に扱おうとする政府の動きもあったらしい。
しかし、前者に関しては人権団体が「能力者であっても個人の自由と権利は尊重されるべき」と圧倒的多数を以って世論を味方に付け、後者に関しては能力者が集団で研究施設を襲撃し、研究者と責任者の政府閣僚を吊るし上げていた。
政府がどうにも出来なかった巨大生物を能力者が倒した、という話も効いているのか。
とにかく、能力者達は各国で思いっきり受け入れられていたのだ。
この現実をどう受け止めて良いのか、心配性で小心者の雨音は真剣に考え込む。
中国やロシアといった国の能力者対応が明確ではないが、概ねどの国でも能力者が迫害されていたりという事は無さそうだ。
能力者を拉致し、研究し、利用し、世論には能力者の人権を守る様に見せている情報操作か、と雨音は疑心暗鬼にもなったが、それにしては能力者擁護の国は、どこも対応が横一線である。
すなわち、黙認。ないし容認。
とはいえ国家絡みになるし、報道もネットも鵜呑みには出来んなー、と頭を抱える雨音だったが、ここで少女の混乱に拍車をかける事態が。
言うまでも無く、日本の巨大生物襲来において自衛隊と協力し、事態を収束に向かわせた立役者は、雨音達、関東圏最強の能力者集団である。
だが前述の通り、雨音は手柄を誇りたいワケでも、褒められたいワケでもない。
だから、日本で巨大生物を倒したという自称能力者達の存在も、囮として有難いくらいに思っていたのだが、
その嘘が、バレた。
これに関しては、完全に雨音の油断といってもいい。
外国における、ぶっちゃけヒーローズと世論の動向が気になって、肝心な日本の動きを適当に流していたのだ。
ちょっと考えれば分かりそうなもの。
なにせ、多くの自衛隊員が肩を並べ、魔法少女達と共に戦った。
超巨大質量兵器計画において、多くの職人や作業員とも出会った。
数千数万の人々を、自衛隊と協力して避難所に誘導した。
誰もの目に焼き付いているのは、颯爽と馬を駆るビキニのカウガールに鎧武者であり、剛力無双に暴れ回る巫女侍であり、曲刀を振り上げ突撃する海賊少女であり、空を飛ぶ小さく可憐な魔法少女刑事であり、艦橋で声を張り上げる魔法少女艦長であり、闇の中で吸血鬼を従える三つ編みの女王であり、大火力で猛威を振るうミニスカエプロンドレスの黒アリスなのである。
当然、多くの人間がテレビに出た自称能力者達を見ても、「お前誰?」という事にしかならんのだ。
しかもその反動で、ビキニカウガールや鎧武者を撮影していたカメラマンの写真が世間に出てきたり、携帯電話で撮影された動画が出てきたりと、東京決戦における本当のヒーローが、明らかになってしまう。
臆病で小心者で慎重な少女が、テレビに映るミニスカエプロンドレスのメイド砲台を見て泣きだしたのは、言うまでも無い。
◇
このように、能力者の存在が世界の人々に大々的に知れ渡ったワケだが、事態は雨音の予想より斜め上へ。
何か芸能人やアイドルみたいになってしまい、いっそ危険視されるよりも、先が見えなくなってしまった。
チョット小賢しいだけの少女も、ここに到り、現実とは想像するよりも遥かに複雑になるものなんだなぁと、もう何もかも考えるのを止めたくなった。
そして、黒アリス達魔法少女の存在も日本国民に知れ渡る事となり、政府も隠蔽しきれないと、実際に能力者の介在が在った事を認めてしまう。もっと頑張ってよ。
こうなると、もう歯止めが効かず、誰もが魔法少女達を追い始め、ある意味において雨音が危惧した方に世間が動き初めてしまった。
情報提供に付く賞金。ネットのファンサイト。テレビの追跡番組。『スカイランス計画』と堂々と出てしまっているドキュメント番組。皇室や政府が勲章を授与すると言う話まで。
夏休みが始まって、5日目。
カティもいないし、こりゃしばらくは変身しない方がいいな。てか出来れば生涯変身しない方がいいな、と思っていた雨音さん。
ところが実際には、雨音ではない黒アリスの姿が、真夜中の街中に見る事が出来た。
テレビでハッキリ姿が出てしまっていたのに何やってんだこのガンメタル金髪ミニスカエプロンドレスはー! と本人も思うが、なにも散歩に出て来たワケではない。
巨大生物撃破から約3週間。
東京都内は大掃除され、未だに自衛隊と警察が街中を警戒して回っているが、4腕4脚の怪生物による被害は、未だに無くならない。
同時に、巨大生物騒ぎで忘れていたのだが、以前から犯罪行為に手を染める能力者も多く出ていたのだ。
ネットでもニュースでも、街が平穏を取り戻すほどに、そういった事件は浮き彫りになる。
雨音としては警察や自衛隊よりも出しゃばる気はなく、例によって無人攻撃機で捜索しながら、捨て置けないケースに限り手を出そう、とか思いながら、ヒト気のない深夜の街中を軽装甲機動車で走り回っていたのだが。
そんな事をしていたら、自衛隊東部方面隊第一師団第32普通科連隊第6中隊の第一小隊28名に捕まった。
「い、入定さん!? お久しぶりです!」
「おー黒衣」
見知った顔が気さくに挨拶してくれたが、正直何が何やら分からなかった。
赤信号で止まっていたら、いつの間にか迷彩服の集団に囲まれる魔法少女の軽装甲機動車。
しかもご丁寧な事に、全員無人攻撃機の赤外線カメラを警戒した、対赤外線偽装の迷彩服2型をはじめとする特殊装備。
自衛隊員は小銃こそ装備していないが、何やら嫌な予感を覚える黒アリスは震え上がる。
そんな所に出て来たのが、変わらない神経質そうな表情の第6中隊の隊長、釘山武三等陸佐だ。
「さ、三佐まで……ご無沙汰してました」
「元気そうだな黒衣、何よりだ」
それでこの趣向は一体何なんですか? と黒アリスが問う前に、釘山三佐は黒アリスの軽装甲機動車に乗り込み、後部座席に着いてしまう。
「出してくれ」
「え? え?? ど、どちらに??」
「西……山梨県、富士山の裾野だ」
思いっきり困惑顔の黒アリスだったが、釘山三佐はそれ以上の答えをくれなかった。
一体どこで間違えたのか、後の地獄の中にあって、黒アリスの雨音は繰り返し自分に問う。
やっぱり夏休み中は家で大人しくしているべきだったのか、スカイランス計画なんて計画をブチ上げるべきではなかったのか、魔法少女の分際で自衛隊と人命救助なんて身の程知らずだったか、空港で巨大生物と戦いに行く前に違う手を考えるべきだったか、豪華客船の海難救助は海上自衛隊に任せておくべきだったか。
あるいは、魔法少女になった事が、やっぱり大きな間違いだったのかチクショウめ。
こうしてワケも分からないまま、黒アリスはファッキン・ニュー・ガイとしてクソ熱い炎天下、自衛隊の訓練なんてモノを受けるハメになってしまった。
ところは、山梨県南都留郡忍野村、北富士駐屯地。富士裾野訓練地域。
着くなり黒アリスは、有無を言わさず自前の軽装甲機動車から下ろされ、ミニスカエプロンドレスはそのままに、迷彩柄の鉄帽、防弾チョッキ3型、戦闘靴等を支給され、翌日から地獄の特訓に放り込まれる。
質問は無し、疑問も無し。
そんな物を差し挟む余裕も無く、黒アリスは最初の3日で新入隊員の訓練を超特急で詰め込まれると、その後は重たい小銃を持って走り回り、ロープ降下で宙吊りになり、格闘訓練でぶん殴られ、爆薬の扱いにビビり、無線機の扱いを教え込まれ、武装したまま海に投げ込まれ、鶏の解体で吐きそうになり、高度1万メートルから突き落とされ、森の中で遭難し、水中でサメから逃げ、暗闇の中で殺されかけ、対尋問訓練で死ぬほど泣きじゃくり、何故かスパイの様な技術を伝授される。
鬼軍曹――――――三佐だが――――――と化した釘山三佐の胸元には、ダイヤモンドに月桂樹のレンジャー徽章と、教官適任者用の徽章が光っていたが、黒アリスにそんな物の意味は分からなかった。
魔法少女の存在が世間に広まり、どうして良いのか自分の中で方針も決まらないまま、何故か黒アリスは地獄の特訓ナウ。
三佐の意図が分からず、真面目なもんで言われるがまま訓練地域に通ってしまう雨音も雨音だったが、こんな感じで夏は無情に過ぎて行く。
結局、このレンジャー訓練は8月第3週まで続く事となるが、雨音が三佐の意図を察するのは、9月に入って少し経ってからの事。
とんでもない速度で貴重な高校1年の夏が駆け抜け、その間に他の魔法少女にも色々あったが、時は止まらず時節は秋へ。
季節と一緒に世界も変わり、魔法少女達を取り巻く世界も、その変化を加速させていく事となる。




