0083:逆襲の海上自衛隊第二次羽田空港戦
黒アリスの旋崎雨音も、素人なりに気にはなっていたのだ。
あの巨大生物や怪生物は、どうやってイージス艦や自衛隊の位置を正確に把握していたのか。
知り合いの自衛隊員から聞いた話になるが、捕獲後に解剖された『乙種』と呼称される小型怪生物には、人間でいう目や耳に相当する器官が見当たらなかったらしい。
のっぺりとした頭部の左右に群生する白い円形の器官も、明らかに受光器官や聴音器官とは異なっており、現在のところ詳細不明。
にしては、海戦の時もそうだったが、矢鱈と正確な攻撃が飛んできたような気も。
しかも、巨大生物は高速で飛行する戦闘機を撃墜するほど高度な火器管制能力を持ち、小型怪生物は広域で陸自の部隊を迷わず襲いに行っている。
何かしらの感覚器があるのは間違いなく、そうなると一番怪しいのは、頭部にキノコの如く群れている白い器官という事になるのだが。
では、これはいったい何なのか。
『電波だと? それを捉えていると言うのか』
「いえ! 素人考えなんですけど……ああやって密集しているのって、フェイズドアレイレーダーに似てないかな……って。確かアレ、小さなレーダーの集合体ですよね?」
その、普通の女子高生は知らない無駄知識は、雨音がミリタリー好きだった故か、銃砲兵器系魔法少女としての知識の為か。
実際はどうか――――――知識の出所の事ではなく――――――分からないが、釘山三佐としても、これまで最も多く巨大生物と交戦して来た魔法少女の予測は、一考に値すると思われた。
勿論、電波で溢れ返る東京の中でどうして自衛隊が狙い撃ちされるのか、その辺の疑問は有る。
だが、ちょうど東京湾にはとびきり強力なレーダー搭載艦も来ている事だし、巨大生物を誘導する策として、ひとつ試してみる事となったのだ。
その結果、僅か10秒間照射されたイージス艦のSPY-1レーダーに対し、『甲種』巨大生物は明確な反応を示して進路を羽田空港へ変更。
まさか本当に来るとは思っていなかった海自の護衛艦隊も、ハチの巣を突かれた勢いで迎撃態勢に入っていた。
「あたったよ…………」
黒アリスも成功の報を受けて、ミサイル弾頭の改造――――――手伝い――――――を行いながら驚いていた。おかげで弾頭のシリアルコード控えるのを間違ってえらく怒られたが。
そして、同時に用意していた『牛の丸焼き食べ放題』作戦は無駄に終わった。せっかく20頭も用意してもらったのに勿体ない。
何にしても、黒アリスの予想が大当たりしてしまい、戦場は再び羽田空港へ戻る事になる。
巨大生物にAC-130局地攻撃機ごと撃ち落とされ、えらい目に遭わされたのが随分昔の出来事に思えた。
(でも……こうなると、いよいよあの娘の本領発揮って事に……なるかなぁ? 念の為にマリーも出しといた方が…………。でも、梅枝一佐も乗り込んでるって話だし)
巨大生物が向かう先には海上自衛隊の護衛艦隊と、魔法少女艦長の宮口文香の駆る戦艦武蔵が待機中だ。
つまり、羽田空港、対巨大生物決戦第2ラウンド。海上自衛隊リベンジ、魔法戦艦武蔵のタッグマッチである。
例によって釘山三佐から――――――畑違いなのに――――――海上自衛隊に話を通してもらい、戦艦武蔵と海上自衛隊護衛艦隊の連携などという無茶振りを実行してもらったワケだが、そこはやはりお堅い組織。
得体のしれない戦艦と戦列を組む事など出来るワケが無い、という話になる。
その後、具体的にどのようなやり取りがあったのかは知らないが、戦艦『武蔵』に海上自衛隊からの連絡員やらオブザーバーを乗っけると言う話になり、実際に乗り込んだのが、乗船経験もあり自身の乗艦も沈んでしまって横須賀で待機していた梅枝一豊一等海佐であったと、こういう話だ。
(正体、バレてるだろうなぁ…………。いや、あの一佐が気付いてなかったワケないか)
戦艦『武蔵』の魔法少女艦長、宮口文香。本名、梅枝文香は、梅枝一豊一等海佐の実の孫である。
巨大生物との海戦後の救助作業の折、ただでさえ挙動不審だった魔法少女艦長の様子が、梅枝一佐の乗艦後には完全に硬直してしまい、誰がどう見たってワケありだと分かる。
それで、釘山三佐にお願いして梅枝一佐の資料を閲覧させてもらった所、案の定。
雅沢女子学園2年生のお孫さんが、素顔のままの魔法少女艦長だった、というオチである。
思えば、武蔵の艦橋では、梅枝一佐も何かに勘付いた様子だった。と言うより、あのシチュエイションで孫が祖父に正体を隠すなど不可能だったのだろう。
まして相手は百戦錬磨の海上自衛官だ。戦艦『武蔵』で海難事故の現場海域近くにいた時点で、その運命は半分決まったようなモノだったのだ。
半分くらいは黒アリスのせいだったが。
(ま、お爺ちゃんならそうヒドイ事にはなるまいよ)
と、思いたい黒アリスさん。
武蔵に乗り込んだのも、5割以上の確率で、梅枝一佐自らの意思だと雨音は考えていた。
それならば、再会したふたりがどうなるかも、大体予想が付きそうなモノである。
「黒衣、隊長からだ!」
「あッ……ハーイ!」
ダメっぽかったらマイノリティー文学少女同様にフォローへ入ろう、とも思いながら、無線で三佐に呼ばれた眼帯黒アリスはミサイル兵器の方に飛んで行く。
今の雨音に出来るのは、前戦に出ている魔法少女達の健闘と無事を祈りながら、準備に最善を尽くすだけだった。
◇
馬込の中央から羽田空港までは、距離にして僅か10キロメートル。巨大生物の歩速なら、6分足らずで空港に到着する。
そりゃ海自も慌てるというもので、20隻+武蔵の護衛艦隊は大急ぎで空港に向けて展開。武蔵以外は回頭し、艦首砲を空港へ向けていた。
急な事態に、どうしても浮足立ってしまう海上自衛隊。
だが、羽田空港に接近する『甲種』巨大生物の姿が見えてくると、全ての海上自衛官の面構えが変わる。
なにせ相手には、身内の護衛艦を10隻以上も沈めてくれた、海自史上最大の敵性生物である。というか怪獣である。
これを倒し、自衛官として日本を守り、国民を守り、護衛艦『つしま』、そして『しもかぜ』、『しまんと』、『すなおし』、『たかせ』、『きの』、『あかがわ』、『よね』、『かりの』、『しまおし』、『くしだ』と、これら無念のままに沈んで逝った僚艦の仇を、海上自衛隊の護衛艦隊が取らずに誰が取るというのか。
『「甲種」脅威生物、現在モノレール整備場駅前を通過! 攻撃予定地点まで3キロ!』
『各護衛艦、各科戦闘配置完了』
『全センサーを『甲種』脅威生物に向けろ!』
『センサー、射撃指揮装置に接続同期。各艦に同期完了しました』
『目標諸元入力、火器管制『甲種』、アルファ、捕捉。目標自動追尾開始!』
『砲自動追尾開始!』
全長600メートルを超える巨大生物が、東京を走るモノレールの高架を我が物顔で突き破り、羽田空港内に侵攻して来る。
空港を取り囲むように東京湾上に展開するのは、臨戦態勢待ったなしの護衛艦隊。
各艦の火器管制システムが巨大生物を捕捉し、全ての攻撃火器の準備を完了しているのが、無線の通信越しに聞こえて来た。
そして、
「いよいよか…………」
ただ一隻、空港へ腹を向けている戦艦武蔵の艦橋では、一見してヒトの良さそうなオジさん自衛官が、巨大生物を背景にした空港に目を向けていた。
護衛艦武蔵には現在、多数の自衛官が乗艦している。
他の護衛艦との連携をとる為の通信手、電探能力の不足を埋めるべく携行型センサーなどを持った観測手、怪我人に備えた衛生課員、食料を提供する給食員、等。
その大半が、艦橋の梅枝一佐以下、護衛艦『つしま』の乗組員である。
「では、準備はよろしいかな、宮口艦長」
「は、はい! お……う、梅枝一佐殿!」
興奮も焦りも見せない、史上類を見ない実戦を前に平然と構えて見せる熟練艦長とは対照的に、艦長席に着いている白い軍服と士官帽の魔法少女、宮口文香はガチガチに緊張していた。
そこには当然、実戦経験や年齢からくる度胸の様なモノの差もあるのだろう。
周囲を本物の海自護衛艦隊に囲まれ、イリーガルな魔法少女は自分ただひとり。
本来自分だけの魔法戦艦である武蔵の中にも、今は本物の海上自衛官が多数入っている。
何より、艦橋内には、自分とタケゾウ先任伍長以外に、無線通信担当や観測手の自衛官の他、祖父である梅枝一等海佐がいる。
ちなみに、黒アリスの予想通り、正体が孫娘であるのは初見でバレていたらしい。
それを知らされた上で、今はおじいさまが任務に就いている前で、こうして似非艦長をやっているのだから、そりゃガチガチにもなるだろう。
何とも御愁傷様なことである。
黒アリスに再び呼び出しを喰らい、なんかいつの間にか作戦に組み込まれてぼっちで東京湾に送り込まれるまでは、祖父にバレているとは思わなかったのだ。
東京湾に入るにあたり自衛官が乗り込むと聞き、実際にやって来た梅枝一佐の姿に(おじいさまキター!?)と仰天していたら、直後に明かされる驚愕の事実。
もう失神するかと思った。
魔法少女艦長の宮口文香こと梅枝文香にとって、祖父はこの世で最も尊敬する人物である。
海戦史に興味を持ったのも、戦艦や軍艦が好きになったのも、祖父から絵本を読むように聞かされてきた数々の話の影響だ。
その祖父に、魔法少女バレ。
魔法戦艦武蔵を乗り回し、海賊相手に大砲やら副砲をぶっ放し、零式観測機で飛び回っているのが全部バレたのである。
実際にはそこまで知られたワケでもないのだろうが、とにかく自分が武蔵の魔法少女艦長であるのが、祖父に知られた事に違いは無い。
祖父である梅枝一佐は艦橋に入って来た直後、他の自衛官に聞かれないよう『文香、暫く黙っていなさい』と魔法少女艦長に言ったっきり、その事に関しては何も言わない。
祖父からは何も聞けず、巨大生物は接近し、周囲の海上自衛隊と護衛艦隊は殺気立ち、魔法少女艦長の精神は限界間近。
今、艦長席から立とうものなら、文香は意識を保つ自身が無かった。
「艦――――――梅枝一佐、旗艦『まつしま』より入電! 全護衛艦の応戦準備完了との事であります!」
「返信を。護衛艦『武蔵』了解…………と」
護衛艦『つしま』の乗組員も武蔵に乗り込むに際し、超特急で艦内構造を勉強して来たとの事。
観測手や通信手といった人員も全て、慣れない大戦艦内での戦闘配置を終えていた。
巨大生物は羽田空港に北西から侵入し、陸側の滑走路を横断すると、立ち並ぶ巨大な航空貨物倉庫を破壊しながら海側の滑走路へ。
海上から取り囲む艦隊を気にするでもなく、ただ強力な電磁波を放つイージス護衛艦に向けて突き進み、
『「甲種」脅威生物、第2ターミナル脇を通過! C滑走路に入ります!』
『攻撃タイミングは旗艦「まつしま」に同期! 目標、「甲種」脅威生物! 撃ち方始め!』
『撃ち方始めぇ!!』
20隻の護衛艦が、巨大生物へ向けて一斉に攻撃を開始。
垂直発射装置から次々と白煙が上がり、主砲は立て続けに砲炎を噴き上げ、巨大生物の巨体を押し潰すほどの大爆発が巻き起こる。
その、あまりにも壮観な光景に、魔法少女艦長の宮口文香も緊張を忘れて見入っていた。




