0080:戦国無双インターセプター
午後1時30分。
『甲種』巨大生物の弱点を突く作戦が不発に終わり、自衛隊は全火力を叩きつける力押しの作戦へと切り替えてから、約1時間。
航空自衛隊のF-15JとF-2戦闘機の編隊が爆弾を投下し、周囲の地形ごと巨大生物を爆撃。
東京湾の海上自衛隊、護衛艦隊からは一斉に白煙を噴いて巡航ミサイルが撃ち上がり、地上偵察部隊のレーザー誘導装置によって、正確無比に巨大生物へ直撃する。
流れ弾で墓地が吹っ飛び、爆風で駐機場の列車が横倒しにされ、携帯電話の電波塔が巨大な脚に蹴っ飛ばされた。
爆炎と煙で辺りが霞み、その中から全長600メートルを超える巨大生物が躍り出る。
戦車砲によるダメージを感じさせない4脚で、時速100キロ以上の速度で建造物を破壊しながら、まるで人間の様な挙動で南へと突き進んでいた。
どれほどの弾薬を喰らおうと、その進行速度は僅かにも揺るがない。
それどころか、地上部隊は『乙種二類』小型怪生物に襲われ、対戦車ヘリや戦闘機の編隊は、信じ難い事に巨大生物の跳躍による打撃や、怪生物を砲弾にした正確な砲撃によって撃ち落とされ、損害は莫大な物に膨らみ続けていた。
そして、総理官邸の閣議室にいた政治家連中は――――――一名を除いて――――――、もはや息してない。
「航空隊1511撃墜! パイロット、ベイルアウト!」
「航空隊1531被弾! 空域を離脱します!」
「支援ヘリ部隊、0112墜落! 1112墜落!!」
「第4偵察隊より緊急の救助要請!」
「ヘリが足りません! 救助のヘリは全て出撃しています!」
「近場の救助隊に相乗りさせろ!!」
一元化された全体作戦本部には、墜落する機から脱出したパイロットや、『乙種』怪生物に囲まれ孤立した偵察部隊からの応援要請が山ほど来ていた。
しかし、あまりに被害が出過ぎて救助の手が足りない。
航空機隊も編成が穴だらけになり、とても戦闘を継続できなかった。
全体作戦本部は、体勢を立て直す為に全戦闘機と戦闘ヘリの一時撤退を決断。
偵察部隊も損耗激しく撤退を余儀なくされ、レーザー誘導が受けられなくなった東京湾上の護衛艦隊も、ミサイルによる攻撃が継続できなくなった。
「ど、どこだ救助は!? どこにいる!?」
「ここはどの辺だ!? アレはJRか!?」
『乙種二類』の強襲により偵察小隊から逸れた分隊は、通信手段も失い、最後の通信で確認した回収地点へと向かって移動中だ。
軽装備で重傷者はいないが、逆に無傷の者もいない。乗っていた車両は、4腕4脚の怪生物に破壊された。
足元からは、とんでもない質量の物体が移動して来る振動が伝わる。
背の低い建物の上からは、おぞましい質感の巨大生物が、自分達の方へ向かって来るのが見えた。
「ヤバいヤバいヤバい! こっち来てる!」
「止まるな! 走れ走れ走れ!!」
国道一号線方面を五反田方面に走る分隊へ、右手から迫って来る巨大生物。
最も階級の高い2等陸曹が発破を駆けて皆を走らせるが、実は全員どこに向かっているのか良く分かっていなかったりする。
一歩ごとに地面が揺れ、電柱が傾き、ガラスが砕ける、天災にも似た暴力の塊。
そんな物に巻き込まれては命が無いと、小銃を抱えて死に物狂いで走る分隊だったが、
「二曹! 前方に『乙種』!!」
「構うな行け行け! 縄島!」
二曹と『縄島』と呼ばれた陸士長は、放置されていたクルマに体当たりする勢いで取り付くと、89式5.56ミリ小銃を連続で発砲。
うち一発が交差点の角から顔を出した怪生物に直撃するが、音を聞きつけた別の怪生物が、あちこちの通りや路地から這い出して来た。
「一曹!?」
「ダメだ、相手してられん! 逃げるぞ!!」
先に逃がした他の分隊員を追い掛け、二曹と縄島陸士長も倒した怪生物の脇を駆け抜け、車道を突っ走る。
ワラワラと現れる怪生物に、接近して来る山のように巨大な影。
足がもつれてスッ転ぶ隊員を引っ張り上げ、やたら重く感じる小銃を投げ捨てたい衝動を振り払い、6人の自衛隊員は集まってくる怪生物達から必死に逃げる。
その前方に、タンデムローターの大型輸送ヘリ、CH-47Fが飛来して来た。
「救助だ! おーい!!」
「こっちだぁあああ!!」
隊員達は必死に、バタバタと騒音を立てるCH-47Fに向かって叫び声を上げる。
これを逃せば、いよいよ地獄に取り残される。絶対に置いて行かれるワケには行かない。
その願いが通じたのか、ヘリは分隊と同じ方向に低速で飛行しながら、徐々にその高度を下げて来る。
背後には群れと化した数十の怪生物が、もう数メートルの距離まで追い付いて来ていた。
CH-47Fはクルマの駐車していないスペースを見付けると、後部ランプ・ドアを開きながら着地。
全力疾走の分隊員は、ヘリに飛び込もうとランプ・ドアに向かって突っ込んで行き、
嘶いて飛び出して来た栗毛の馬に、全員揃ってひっくり返っていた。
「うわぁあああああああ!!?」
「なぁ!? なんだぁああああああ!!?」
「御免!!」
一瞬の事で分からなかったが、振り返ると馬の上には何者かが乗っていた。
朱色の兜に同色の胴具や袖具、籠手、手甲といった、全身鎧一式。
何の冗談か、逞しい筋肉隆々の馬に跨り、槍まで抱えているのは、朱色の鎧を纏った鎧武者だった。
馬を駆る鎧武者は、怪生物の直中に飛び込むと、槍を振り回して片っ端から蹴散らして行く。
巨大生物にモンスターでパニックムービーな大ピンチだった自衛隊員達は、突如始まった戦国無双に、逃げる事も忘れて呆然と見入っていた。
そんな所に、
「っしゃー! 行くデース!!」
「おぉうッッ!!?」
ヘリの中から飛び出す第二弾。
隊員達のすぐ脇を、何か赤くて白い物が突風となって駆け抜けていく。
その赤と白に長い黒髪の何者かは、鎧武者に続いて怪生物の集団に突撃するや、手にした大刀で怪生物を殴り飛ばした。
「早くヘリに乗って!」
「え!?」
更に、自衛隊員達の頭上を、銀色でキラキラしたモノが鳥のように飛んで行く。
朱色の鎧武者だったり紅白のめでたい女だったり銀色で良く見ればチビッ子いのが、各々武器を手に怪生物をド突き倒していた。
「なにアレ…………?」
「さ……さぁ何でありますか……」
どうやら助けられたようだが、それにしても我が目と正気を疑う現実。
自分は死んでヘンな幻覚でも見ているのではないか、と思いたくなるが。
「おい何やってんだ!? 乗らないのか!」
「他にも救助要請が来てるんだぞ!!」
しかし、ヘリに搭乗していた自衛隊員に怒鳴られ、正気を取り戻した偵察分隊員は大慌てで機内に飛び込む。
アレは一体何なんだと、分隊の二曹が誰へ向けるでもなく問うと、機長の一尉は「気にするな」と。
他の搭乗員達も、何故か同情するような眼差しで頷いていた。
◇
体色の赤く変化した怪生物は、力、素早さ、しぶとさが以前よりも上がっていた。
だが、3人の魔法少女達は特に問題なく、力尽くで迅速に全滅させる。
多少相手が強くなっていても、武人の鎧武者、バカ力巫女侍、現職警官魔法少女の敵ではなかった。
「さて……どうやって崩すでござるかな?」
「……人命救助だけでいいんじゃないかしら? 直接叩きに行かなくても」
「脚の2、3本叩き斬れば、時間稼ぎもヤリやすくなるデスねー」
手近な郵便局の屋上に上った魔法少女達は、4腕を広げて練り歩く巨大生物を見上げて、世間話でもしているかの如しだ。
特に、鎧武者の島津四五朗と巫女侍の秋山勝左衛門の侍組は、時間稼ぎなどと言わずに殺る気である。
こんな時、少年課の警官は暴走する若者をどうやって止めるのだろう、と刑事課の警視は本気で教えて欲しかった。
「ですが良かったのでござるか、勝左衛門殿は? 黒衣殿の傍にいたかったのでは?」
「でも黒アリスさん、ジゴローひとりで行かせるのは死ぬほど心配するデスよ。フォローに入れるのはカティだけデスし」
たわわな胸を張って踏ん反り返る巫女侍に、鎧武者の少女は「かたじけない」と短く礼を言う。
カティとしては、こういう所で黒アリスの好感度を上げておく腹積もりなので、礼を言われるような事でもなかったが。マメに命がけなお嬢さんである。
案の定というか何と言うか、自衛隊による巨大生物への総攻撃は効果的とは言えず、作戦は魔法少女主導のモノへと移りつつある。
が、黒アリスの用意する奥の手は、まだ作業が始まったばかり。
作業規模を考えれば、とても一日二日でどうにかなるようなものではなかったが、そこは小賢しい黒アリス。何かしら考えがある様子。
黒アリスが鎧武者の少女や巫女侍、そして、ふたりの特攻系魔法少女を心配して付いて来たチビッ子魔法少女のお姉さんに切ったタイムリミットは、日が暮れるまで。
つまり満を持しての、あの魔法少女の出陣、という事だろう。
この中でただひとり事情を知っている巫女侍は、少し三つ編み文学少女の事が心配になるが、まぁ雨音がやる事なら大丈夫だろうと盲信的に考えていた。
ただ問題は、日暮れまでの残り時間か。
よりにもよって、今はもっとも日が高い時期。日没時間は午後7時過ぎと言ったところ。
現在時刻は、まだ午後1時30分過ぎだ。
「えーと……もう羽田空港の方に誘導しちゃって良かったデスかね?」
「黒アリスさんは、何か試してみるんでしょう? 確かそんな事を三佐と…………自衛隊と連携するのよね?」
「そうでござるな…………」
今頃は釘山三佐と官邸の大物が連絡を取り合い、作戦を次の段階へ移している筈だ。
魔法少女達も無線を装備済み。混成第6中隊も、無線中継などで支援を行う事になっている。
「フッ…………フフフ…………」
「……ジゴロー?」
「島津……さん?」
面具で表情は見えないが、何故か鎧武者は笑い声を押し殺していた。
巨大生物を見上げ、槍を手にした武闘派少女からは、ヘンな闘気が溢れ出している。
「フフ……人生でこれほどの大物狩りが出来る機会……一度有るか無いかでござるな。拙者が倒してしまったら、黒衣殿は怒るでござろうか?」
「く、黒アリスさんは無茶すんな言ってましたネー」
「あんまり危ない事はしないでちょうだいねー……足止めに来といてなんだけども……」
珍しい事に、若干引き気味の巫女侍と、心底心配した様子のチビッ子魔法少女刑事が恐る恐る声をかけるが、鎧武者の少女からは熱気が引かない。
危険大好きなビキニカウガールとはまたタイプが異なり、実は鎧武者の少女もまた、強敵大好きな困った所のある娘さんだった。魚とか虫とかはまた別として。
「やっぱ付いてきて良かったデース……」
「そうね…………」
「では、島津四五朗……参るでござるよ!」
屋上から飛び降りた鎧武者の少女は、マスコット・アシスタントである栗毛の馬に跨り、巨大生物を後方から追う。
「…………ちょっと黒アリスさんの気持ちが分かる気がするデスねー」
巫女侍も少しだけ我が身を省み、呟きながら鎧武者の少女を追尾開始。圧倒的な脚力で以って、建物の屋根伝いに走り出した。
「えー……こちらトリアです。これより巨大生物の侵攻阻止に入ります」
そして年長のお姉さんは、大人として少女達のフォローに回るのを心に決めつつ、巨大生物へ向け飛び上がる。




