0079:消滅ピンポイントアタック
巨大生物の上陸より6日目。
『甲種』巨大生物はどうか知らないが、小型の『乙種』方が夜間での活動に不都合を見せていなかった為、攻撃は昼間のうちに、という作戦になっていた。
攻撃の精度を求められる作戦という事もあって、視界が取れる明るいうちに決行されるのが望ましい。
以上の理由から、総攻撃の開始は本日か明日の正午という話になっていたのだが、完全にタイミングを外された形だ。
だが、想定されていない事態でもない。
「『甲種』脅威生物、腕部に動きあり! 活性の徴候と見られます!」
全長に匹敵する巨大生物の腕が、足元を確かめるように何度も地面を突く。
その度に、近隣の一般住宅が砂の家のように粉々に潰されていた。
偵察隊の最初の報告から、無人攻撃機や偵察ヘリから現場の品川区試験林公園の状況も確認され、総理官邸の災害対策本部は全自衛隊の『甲種』巨大生物への攻撃を許可。
第二次総攻撃の命令が出ると、試験林公園を囲んでいた戦車、装甲車小隊が一斉に移動を開始する。
『西羅漢寺第7車両部隊、攻撃位置へ』
『パプアニューギニア大使館方面、第1車両隊攻撃準備よし』
『行元寺方面第3車両隊攻撃準備よし』
「第1から第20航空攻撃隊全隊出撃準備完了、待機中。支援攻撃ヘリ部隊は順次出撃します」
総理官邸の4階閣議室、巨大生物災害対策本部では、次々と入る各部隊の報告を前に、円卓に着く政治家達が黙りこくっている。
誰もが、流石にコレがダメなら、というプレッシャーを感じているのだ。
今回の攻撃がダメなら、いよいよ東京ごと滅ぼすような手段が必要となる。
そうなれば、東京の復興はこれから数千年単位が必要となり、日本にとって絶望的な事態となるだろう。
『第2車両隊攻撃目標確認、作戦本部に攻撃指示求む!』
「支援ヘリ部隊第一陣、あと3分で作戦区域に到着します」
『第4車両隊随伴分隊「乙種二類」の集団を確認、攻撃開始!』
『第6偵察隊より本部! 「甲種」の活性更に強く! 間もなく活動再開の模様!!』
各攻撃部隊は攻撃位置に着き、攻撃目標を捕捉し、そして巨大生物は今にも動き出そうとしていた。
もはや、攻撃を思い留まる意味も無い。
「総理……」
「はい……始めてください、統幕長」
「分かりました」
与党最大の大物、北原議員が「機を逸する」と言外に忠告すると、総理は統幕長に向け、自衛隊へ最終的な攻撃を指示した。
最終的な攻撃命令を確認すると、10式戦車と96式装輪装甲車からなる車両部隊が『甲種』脅威生物の4腕4脚へ照準する。
各車両隊は、相互に通信で砲撃タイミングを計り、
『第1車両部隊戦車長より各隊、秒針00に合わせて一斉攻撃。秒針0で同時に攻撃せよ。用意!』
幹線道路の建物の狭間、学校の校庭、住宅街の小さな駐車場、寺の敷地にある森、団地の真横の敷地、公園の野球場、病院の中庭に配置されている戦車の砲塔が回転し、砲口の仰角を偏向。
20輌の戦車がそれぞれ、搭載する44口径120ミリ滑腔砲に砲弾を装填し、照準は既につけられ、砲手はいつでも撃てる態勢。
戦車内の操縦士、砲手、指揮官は勿論、随伴の装甲車の搭乗員と普通科員(歩兵)の間にも、カウントダウンの緊張が漲り、
『撃てぇ!!』
カウントゼロと同時に、第一車両隊の隊長より無線で号令が発せられ、20の砲口が一斉に火を噴いた。
爆発音が市街地内の建物を叩き、大気を焼いて砲弾が空を飛ぶ。
明治神宮戦の時とは違い、周囲に高層ビルが無い為に砲の射界が取り易く、多少目標が動いても砲は目標を追尾していた。
日本が誇る10式戦車の射撃統制装置は、巨大生物の天を突く柱の様な4腕4脚へ、正確に砲弾を命中させる。
巨大生物の表面で、一斉に爆炎が上がった。
『着弾確認! 効果測定!』
『甲種第2肢、命中確認!』
『甲種第4肢、命中!』
『第5肢命中確認!!』
『第4車両隊、第2射用意!!』
一小隊につき戦車は2輌から3輌。それらが同時に発砲し、砲弾は8肢に当たらなかったとしても、巨大生物本体に着弾していた。
動き出した巨大生物により後手に回ったかと思われたが、自衛隊の攻撃は立ち上がろうとした巨大生物を、直前で地面に縫い付ける形になる。
『車両部隊は砲撃中止! 繰り返す、車両部隊の砲撃は一時中止せよ!』
『全体本部より各隊へ通達。作戦は第二段階へ移行する。作戦は第二段階へ移行。各隊は所定の計画に従い、作戦の第二段階を実施せよ』
総理官邸に設けられた一元化された作戦本部より、攻撃第一段階の成果を受けて、第二段階実行の指示が出された。
戦車と装甲車から成る車両隊は、7小隊中4小隊が試験林公園へ向けて移動を開始。
50個の普通科小銃小隊も、味方の砲弾を避けて潜伏していた各地点より一斉に、巨大生物のいる試験林公園へと前進を始めた。
近づくにつれ、肉眼でも巨大生物が作戦の第一段階で負ったダメージが見て取れる。
黒く焦げた巨大生物の巨腕(脚)は、無人攻撃機からの映像によって、総理官邸の対策本部のお歴々にも確認された。
「いいじゃないですか……効いているようですな」
「明治神宮の攻撃でも最初に脚を狙うべきでした。そうすれば、被害は最小限で抑えられたやも…………」
「加命さん、『たられば』なんて意味のない話ですよ。今ここで『甲種』が処理出来れば、それで最小限の被害で済んだ、でよろしいじゃありませんか」
「そうですな……政府として最善を尽くした、という事で…………」
「野党の追及も、それ一本で行きましょう」
既に勝った気でいる官邸の政治家たちは、銃後の責任問題について予防線を張るのも抜かりが無かった。
閣議室に設置された大型の情報画面には、現場近くの消防署屋上から偵察隊が撮影する映像が送られて来る。
最も試験林公園に近かった普通科小隊26名は、地面に伏せる巨大生物へ50メートル以内まで接近。
体表の赤く変化した巨大生物は、胴回りだけでも300メートル近くある。
改めて間近で感じる巨大さに、自衛隊員達も総毛立った。
「よし! そこだそこ! 十字路で全体停止! 周囲を警戒しろ! 『乙種』がいるぞ!」
「全隊、前方十字路で停止! 周辺警戒!」
小隊は、試験林公園と住宅地の西の境になる十字路で止まり、1個分隊7名ごとに4方向を警戒。
110ミリ個人携帯対戦車弾を携行した隊員2名が、十字路中央に陣取る。
「隊長!」
「構えろ! 目標、『甲種』脅威生物、体表部の孔! こっちに向いてるヤツを、可能な限りまっ直ぐ撃ち抜けよ!」
小隊長の指示により、膝撃ち――――――片膝立ち――――――姿勢で巨大な肉の壁にランチャーを構える2名の擲弾手。
110ミリ個人携帯対戦車弾はDYNARANGEという一種の射撃官制装置が取り付けられ、有効射程は600メートルまで確保されていた。
それでも50メートルという至近距離まで接近していたのは、巨大生物体表に空いた、2メートル四方の孔を真っ直ぐに撃ち抜く為だ。
無数に空いた体表の孔は、爆発など外部からの衝撃に対して、生物とは思えない恐ろしく強い耐久力を生む。
反面、その孔の奥へ真っ直ぐに攻撃を通す事が出来れば、そのまま内部へ大ダメージを与える事が出来る筈だ。
「こちら第105小隊、攻撃位置に着いた。攻撃準備完了。指示を待つ」
『本部了解。地点の安全を確保し、攻撃指示を待ち待機せよ』
第105小隊同様、各車両部隊と普通科小隊が巨大生物の全方位から攻撃位置に付く。
要は、第一段階と同様の攻撃を、今度は車両部隊と普通科小銃小隊が総出でやろうという事だ。
10式戦車と110ミリ個人携帯対戦車弾だけではない。60式106ミリ無反動砲、120ミリ迫撃砲、35ミリ2連装高射機関砲まで持ち出し、各小隊は巨大生物の体表の孔が確認できる距離まで肉薄していた。
巨大生物は、地面に伏せたまま大きく身体を上下させている。
身動きしない巨大生物へ、速やかに一斉攻撃の配置を終えた部隊は、本部からの攻撃指示にタイミングを合わせて砲撃を開始。
近距離から狙い澄ました無数の砲撃は、その多くが目論見通りに体表の孔へ真っ直ぐと飛び込んだ。
初弾が巨大生物の体内で爆発し、周囲の孔から間欠泉のように白い体液が噴き出す。
咆哮とも爆発音ともつかない轟音が、巨大生物の大口から響き渡っていた。
「おぉぉおおおおおお!!?」
「こうなると弱点の塊ですな!」
「総理、統幕長、自衛隊には是非攻撃を徹底させていただきたい。ここで確実に――――――――――!」
完全な勝利ムードに、閣議室の政治家たちは湧きたっていた。
情報画面の中では、巨大な生物が試験林公園をその巨体で押し潰しながら悶えている。
決して気分の良い光景ではないが、今は大きな問題が片づく喜びの方が大きいのだろう。
そんな明るい空気の中、円卓には着いていない壁際に居た北原議員は、鋭い眼差しを情報画面の巨大生物へと向けていた。
これで終わりなのか、と。
それはそれで構わない。釘山三佐や魔法少女とやらの超能力者達の取り越し苦労となっても、もうひとつの計画は予定通りに実行されている筈だ。戦後復興のシナリオに変更も無い。
それに、『甲種』脅威生物殲滅の功績は、その弱点を探りだした混成第6中隊にもある。
警戒した上でアレほどの計画を用意したのに、このまま巨大生物が終わってしまうのは拍子抜けな思いもあったが、戦後の補償を考えれば、早々に片づいてくれるのは決して悪い話ではない。徒に被害が広がるのを望む政治家など――――――――――いないとも言わないが。
とはいえ決着も見えているようで、一服しに行くか、と愛煙家の議員は、気も早い事に、胸ポケットからタバコの箱を取り出していたが。
そこで気付く。
最初の一発では派手に体液を流していた巨大生物が、今は戦車砲の直撃でも、僅かに巨体を揺さぶられる程度になっていた事に。
体表で起こる爆発の派手さに、閣議室の政治家たちには実際のところが見えていない。
北原議員の次に気付いたのは、勿論現場の自衛隊員達だった。
『効いているのか!? 本部、効果測定は!?』
『本部、効果測定の要を認む! 指示をくれ!!』
真っ直ぐに体内に撃ち込んだ手応えのある攻撃が何発もあった。
にもかかわらず、最初の直撃以降、巨大生物に大ダメージを与えた気配が無いのは、どういう事か。
現場の自衛隊員達に迷いが生まれ、遅れて全体作戦本部が各隊に攻撃中断を指示。
そして、全ての攻撃が一旦停止されようとする間際に、多くの自衛隊員がその現象を目撃する。
体表が収縮し、部分的に四角い孔が塞がるほどに狭くなっていく、巨大生物の変化を。
効いたのは、最初の一発の砲撃だけ。
以前、魔法少女の黒アリスに攻撃を受けた巨大生物は、その弱点を文字通り埋めるべく、体表の形状を変化させる事で攻撃を防ぐように進化していたのだ。
「だ、第98小隊より本部へ! 表面の孔への攻撃は不可能! 『甲種』は孔を自発的に閉鎖できる模様! どうする!? 指示をくれ!」
体表の孔という弱点が無効化され、巨大生物の至近距離に展開してしまっていた部隊に激しい動揺が広がる。
だが、この事態も想定されていた筈だ。
弱点への攻撃が有効でなかった場合は、即座に陸、海、空の自衛隊全戦力による力押しの総攻撃となる。
しかし、それは明治神宮での第一次攻撃作戦の時と、ほとんど内容が変わっていない。
果たして、その攻撃で『甲種』巨大生物を倒せるのか、という疑問は、現場全体の共通の思いだった。
弱点攻撃で終って欲しいと願っていたのは政治家だけではない。
実際には、この作戦に関わる全ての人員の願いでもあったのだ。
しかも、ここまでやられ放題だった巨大生物が、新たな動きを見せる。
4腕4脚の表面を黒コゲにされ、暫く地面に伏せっていた巨大生物は、その8肢でもって上体を地面から引き起こすと、
嗤った様な大口を開き、透明の体液と共に大量の怪生物を吐き出していた。
こちらも、今までには見せなかった行動パターン。
これは、今までとは異なり体表の孔からではなく、口からも小型怪生物を生み落とすように変化した事を現している。
しかも、生み出された怪生物は、全て体表の赤い強化型とも言える『二類』。
地面へ転がり落ちた怪生物の『乙種二類』は、遮蔽物に隠れて見えていない筈の自衛隊へ向け、迷う事無くまっしぐらに走り出していた。
『ッ――――――――こちら第66小隊! 「乙種」多数が正面南方向より接近中! 後退する! ヘリ部隊の支援を求む!!』
『こちら第4車両部隊、撤退の指示を求む!』
『第31小隊より――――――――――!!』
文字通り突如降って湧いた大量の怪生物に、不意を突かれるやら対応しきれないやらの各部隊は恐慌状態に。
しかも、大本の巨大生物までもが、損傷した筈の脚を地面に突き、全長600メートルを超える巨体を起こし、動きだしてしまう。
この時点で、自衛隊の作戦行動は力押しの総力戦へと変更。
支援ヘリ部隊が地上の普通科小隊と車両部隊の撤退を援護し、然る後に空自の戦闘機による爆撃と、海自の艦艇による東京湾からの巡航ミサイル、対艦ミサイル攻撃が行われる事になった。
同じ頃、墨田区押上の作業現場にいた黒アリスは、事態が良くない方向で、想定通りに進んでしまっているのを、自衛隊の無線を通して確認。自分の方の作業を急ぐ。
そして、巨大生物への時間稼ぎ、兼、誘導を目的にした魔法少女達は、品川区に急行している最中だった。




