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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
211/592

0076:自衛官ウソつかない

.


 『甲種』脅威生物。600メートルを超える巨大生物への総攻撃を目前にして、総理大臣官邸内は騒然となっていた。

 各隊、各小隊、各中隊、そして連隊の作戦本部間で連絡員が走り回り、会議室内はもちろんトイレの中でも部隊の責任者同士が段取りの細かい調整を行っている。

 トップは計画の大筋を決めるだけ。現場における実務的な部分は、最終的には現場の人間同士で話し合われて決まるのだ。

 そんな中、微妙にハブられている混成第6中隊の隊長、釘山三等陸佐は、忙しなく動き回る迷彩服とスーツの間を()い、官邸屋上へと向かった。


 既に定着した感のある禁煙だが、そうなると喫煙者の生き残りも慣れたモノ。喫煙が出来そうな場所を日常的に把握するようになり、隙を見付けて煙草に火を付けている。

 もっとも、最後の大物政治家、政界の大親分、等と呼ばれるその議員に、喫煙に関して何か文句が言える人間がいるとも思えなかったが。


「ふん…………キミのような男でも、冗談など言うのかね?」


 官邸屋上は風が強く、湿気の多さが夏の接近を予感させていた。

 コゲ茶色のスーツに片手を突っ込み、何本目かの煙草に火を点けているのは、控え目に言っても背が高くない肥満体の男。

 だが、その眼光は鋭く、着なれた高級スーツから滲み出る貫禄は、明らかにその辺の肥満オヤジとは格が違った。


「自分としても不本意ですが、これは冗談ではありません。次の総攻撃で『甲種』を殲滅出来なかった場合、より確実な次善策が必要となります、北原先生」


 その背後で直立不動の釘山三佐は、抑揚ない口調で計画の全体像を説明していた。

 風に(あお)られ、吸いもしないうちから、煙草の先端が勝手に短くなっていく。

 少し話しただけでも、この政治家には釘山三佐が実直な自衛官である事が分かった。冗談でも、必要とあれば口にするタイプの男だろう。

 だが、今の話は本気であるという事が分かる。

 伊達に10代の頃から60年以上も政治の世界に居ない。この政治家以上の腹芸が出来る人間が、この国に何人いるだろう。

 だからこそ、これほどの政治家が、表には出さないが心に迷いを生じさせていた。

 釘山三等陸佐の言葉に偽りは無い。だが、内容の方がどう考えても正気(まとも)ではない。


「…………超能力者(・・・・)、の話はワシも聞いている。普通なら、そんな(やから)の協力など信頼出来ない、と言うところだろうが、キミの判断は尊重しよう」

「ハ…………」


 信頼度、と言う意味では言葉の通りゼロに近いが、この男は政治家だった。超能力者に関しても、この後の(・・)展開を(にら)んでいる。

 釘山三佐の目が節穴でなければ良し。節穴でも、この政治家は困らない。

 しかし、(くだん)の計画を実行するか否かについては、もう少し判断材料が欲しい所だ。


「知っているかね。アレ(・・)表向き(・・・)国策事業ではなかった。資金は東西鉄道から出ている事になっている(・・・・・)。本体だけで総工費はだいたい650億と言ったか。まぁ、それも表向きの話だし、本来必要ない余計な金も相当含まれているがね」


 大事業など大きな金が動く事には、当然それを利用しおこぼれ(・・・・)を得ようとする、羽虫やハイエナの如く群がる連中が出て来る。

 事業を認可する権限を持つ者に金が流れ、事業の委託にも裏で金が動き、発生する諸問題でも解決の為に金が使われ、金が動く度に仲介する人間が中抜きしてコストが増える。

 民間の事業といえども、税金も相当な額が使われている筈だ。

 そんな金も、政治家たちは必要経費だと言って、国民に見えないようにジャブジャブ使いまくるのだが。


「周辺施設などの投資や、今後の収益見込み。経済効果を当て込んだ事業計画も色々聞いている。それがキミ、いきなりポンっと肝心な物が消えたら、銀行は投資分を回収出来ずに多額の不良債権も発生する。関連事業の投資も引き上げられ、建築や企画関連の株も暴落。海外投資家は日本売りに走り、経済は落ち込む。大恐慌にだってなりかねないだろうな」


 とは言え、税金を浪費するだけなら、タダのダニ政治家である。

 それだけの政治家なら、この男も政界の支配者として国会に君臨は出来なかっただろう。

 汚職、善政、清濁併せのむこの政治家の本質は、つまり全て国の為であるという、本人だけの確固たる信念に基づくものだった

 巨大生物と怪生物によって、東京は大きな被害を受けていた。

 しかし、まだ東京全体が焼け野原になったワケではない。巨大生物さえ居なくなれば、すぐにでも復興を始められる。


「今はこの事態で市場が閉まっているのが不幸中の幸いといったところだが、事態が収束すれば日本売りは避けられん。日本を沈めんためには、速やかに投資を呼び戻さねばならん。それには、説得力のある復興計画が必要だ。それが出来なければ、あのバケモノにやられずとも日本は廃墟となるだろう」


 だというのに、あんな目立つ物が突然消えてしまえば、市場に与えるインパクトはいかほどのものか。

 日本経済にトドメを差しかねない。


「そうですな、もう一度建て直さなければなりませんな」

「…………なに?」


 ところがこの三佐、相変わらずバカ真面目な(ツラ)をしておいて、砂の城でも作るかの如き気軽さで言ってくれる。


「北原先生、自分は経済の専門家ではありませんが、あの『甲種』を排除しない限り、秒単位で負債が(かさ)む事は分かっております」

「何にしてもまず勝たねば、という事かね? なるほど、軍人の(・・・)意見だな」


 勝てば官軍的な考えは、この政治家としても嫌いではない。と言うよりも、敗者には結局何も与えられない、与えられても奪われる事を知っているのだ。

 巨大生物が日本を蹂躙すれば、何一つ与えられはしないだろうが。


「あの『甲種』を倒せなければ、それこそ東京の復興どころではありません。間違いなく被害は広がるでしょう」

「その為の犠牲かね。だが、現実的な問題として、首都と地方では意味合いが全く異なるのだよ。海外投資家はまず、東京を見て日本を判断する」

「では、彼等はかつての戦後復興、経済成長期の日本をもう一度見る事になるのですな」

「経済成長…………だと?」


 この国に限らず、100年前の第3次大戦によって、文化、技術、経済、科学、産業と文明のあらゆる面が大きく後退させられた。

 一時は世界が情報的に分断され、工業が破壊され、国家が機能しなくなるような事態にまで陥ったが、人類は一世紀を費やし、ようやくかつての文明レベルを取り戻したのだ。

 そして、その時代を懐かしむ者は多い。

 開発、成長、発展。

 既に到達してしまった感のある現代社会。

 考えてみれば、あの洗練された形状とデザインの塔こそが、その象徴とも言えないだろうか。


「あの時代をもう一度、かね…………。顔に似合わず面白い事をいう男だ」

「恐れ入ります。ですが、北原先生ならば、それ以上のモノにしていただけるかと」

「ふん…………」


 武骨な自衛官には似合わないおべっか(・・・・)だ、と鼻を鳴らしながらも、少し魅力を感じ始めている政界の支配者。

 無論、彼自身が復興に関わるワケではないが、復興担当となる人間の選定や、その後の事に関しては、この計画を知る自分が真っ先に動く事が出来る。


「それも全ては、首都東京の安全を確保してからの話と思われますが」

「うむ……それは当然だ。当然だよ、釘山三佐」


 政治家は煙草の灰を風に流すと、携帯灰皿に吸殻を捻じ込む。マナーが悪いのか良いのか分からない。


「よかろう…………総理と統幕長にはワシから含んでおく。あの怪物に倒された(・・・・)という筋書きで良いな?」

「はい。構造部分に致命的な損傷を受け、倒壊の恐れがあり止むを得ず撤去。我々がそれを利用する。このような所でしょうか」

「それで怪物を倒せれば無駄にはならん。倒せずとも…………復興のシンボルというのは国民受けしそうじゃないか、釘山君」


 税金といい民意といいやりたい放題、という気はするが、三佐も今はそこを飲み込む。こういう時に利用しなくてどうするのだと。

 これほど大きな決定が民意ではなくひとりの人間の思惑で通ってしまうのは民主主義国家としてどうなのか、という思いが一瞬三佐の頭をよぎったが、この際大きな問題のひとつが片づいたと思うしか無かった。


「それでは……自分はこれで失礼します、北原先生」

「うん、使えそうな連中にも話を通しておこう。ところで釘山君、キミ、歳は幾つだったかね」

「は……?」

「キミはなかなか見所がある。政治の世界に興味があるならワシの所に来なさい。適当な選挙区から出させよう」


                        ◇


 北原議員との密談が終わると、釘山三佐はヘリに飛び乗り、茨城県はつくば市にある宇宙航空研究開発機構(Jaxa)の宇宙センターへ向かう。

 ちなみに、政界入りの話は、可能な限りやんわりとお断りしておいた。政治の世界なんて、この三佐にしたって真っ平御免である。

 北原議員の強力な後押し――――――ゴリ押しとも言う――――――のおかげで、すぐにロケット打ち上げの担当責任者と会う事が出来た。

 しかし、担当者は初め、陸上自衛隊の三佐が何を言っているのか理解出来ず、次に真摯に事情の理解に(つと)め、最後に悲鳴をあげていた。


「そ、んなの無理です!? 無茶苦茶です!! 軍隊じゃないんですからトライデント弾道ミサイルなんて扱えませんよ!! それに何でもロケットを付ければ飛ぶというワケじゃないんですよ!? 大体と、飛ばすと言ったって何トンあると思っているんです!?」

「36000トンと聞いていますが」

「重量の問題じゃありません! そもそも飛ぶように出来ていないでしょうアレは!?」

「ロケットのスペックはお渡し出来ます。短時間だけ水平を維持して飛行出来ればいいのです」


 事務方風のワイシャツにメガネの担当者は、相手――――――釘山三佐――――――が大真面目であるのが分かると、いよいよもって混迷の度を深くする。

 到底まともな要請ではない。自衛隊は巨大生物やら怪生物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているこの時に、一体何をやろうとしているのか、と。

 結局は、正式な協力要請という事もあり、意味不明な計画の為に宇宙航空研究開発機構(Jaxa)は全面協力する事となったが。



 更にこの後、釘山三佐は設計会社、施工業者でも担当者に同じように悲鳴を上げさせていた。

 せっかく建てたばかりなのに根元から切断するとはどういう事だ。その上で姿勢を保持しろとか無茶言うな、等々。

 魔法少女がどうとかいう事実は可能な限り伏せ、ここでも奇跡的に協力を取り付ける三佐は、この後も高所溶接作業等を請け負う業者の組合やら、(とび)職の組合を回り作業員を確保。

 自衛隊からも手の空いている施設隊をかき集め、黒アリス達魔法少女のいる台東区の浅草に送り込む手筈を整えると、自らもヘリで急行して行った。





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