0075:魔法少女/STOL
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品川区の試験林公園周辺では、第32連隊混成第6中隊による都民の捜索と救助活動が、静かに継続していた。
同時に、臨時編成を終えた第1師団と各連隊は、『甲種』脅威生物の留まる試験林を包囲する形で、こちらもひっそりと配置が成されている最中である。
第一次攻撃とそれ以降、相当の損害を被っていた各部隊だったが、増員と再編成を終えた現在、
陸上自衛隊各科総員5100名、150小隊相当、主戦力となる10式戦車《Type-10》22輌と96式装輪装甲車14輌の7小隊、AH-1攻撃ヘリ33機とAH-64攻撃ヘリ7機の19個編隊もこれに含め、作戦区域に展開中。
航空自衛隊からはF-15J戦闘機41機、F-2戦闘機45機の20個編隊が、埼玉の入間基地、陸自木更津駐屯地、東京の横田基地、そして千葉の成田空港にそれぞれ集結中。
海上自衛隊はヘリ搭載護衛艦いずも型の『まつしま』と、イージス護衛艦こんごう型の『おとわ』、『ばんだい』、あたご型の『やけいし』を主力に20隻が東京湾に待機中。
当然、陸海空のこれら各隊に、通信、偵察等の支援部隊が加わる。
作戦としては、第1師団第32連隊混成第6中隊の経験をもとに、『甲種』脅威生物の体表面に対して、可能な限り垂直に攻撃を試みる事になっている。
これにより体表面の穴から直接体内への攻撃が可能と見られているが、射撃角度がズレれば決定打とはならないのも実証済みであり、事前に『甲種』の機動力を奪うのを目的とした攻撃が実施させる予定だった。
対『甲種』脅威生物への攻撃主力は精密射撃が可能な10式戦車となるが、相手の全長600メートル超と言うサイズを考慮し、普通科員(歩兵戦力)の携行兵器、110ミリ携帯対戦車弾――――――ロケット砲――――――、車両搭載型60式106ミリ無反動砲、装輪型120ミリ迫撃砲、装輪型35ミリ2連装高射機関砲、これらによる攻撃も予備手段として用意されている。
無論、普通科戦力は戦車部隊の随伴歩兵――――――主に『乙種』脅威生物に対する――――――としての役目も担う。
航空自衛隊の兵器も高い命中精度を誇るが、2メートル四方の体表の穴を徹す程の正確さは求められない為、地上部隊の援護に専念する事となっている。
とは言え、足止めの第一段階、弱点を突く第二段階の攻撃が通用しなかった場合、即座に陸海空の自衛隊戦力による、火力を総動員した力押しの総攻撃に移行する事となるが。
第1師団の8割に相当する地上戦力に、航空戦力はそれ以上の割合。海自も最大戦力を振り分けて来ており、総力戦と言うのに相応しい編成だった。
そして、戦いに備えているのは人類側だけではなかった。
◇
午後5時33分。
台東区は浅草、吾妻橋交差点に、お馴染となった漆黒のMH-60特殊戦仕様ヘリが降下して来る。
天候は晴れ。今年の暑さを予感させるキナ臭い初夏の風が、バタバタと激しく空を叩くローターの下向き気流に吹き散らされていた。
ここ吾妻橋交差点は雷門通りの端であり、西には浅草雷門、東には隅田川に架かる吾妻橋と、対岸にあるビール会社の社屋に、屋上の黄金のモニュメントが見える。
浅草の観光スポットに近いこの場所は、年間を通じて人通りが絶える事は無い。
しかし、4腕4脚の怪生物が無数に徘徊している最近では、流石に客足も途絶えるようだった。
「おー…………初めて見たけどー、ホントにウ○コっぽい」
「桜花ちゃんたらー!?」
「桜花ちゃん、キミの様な可憐な女の子が――――――――――ホントだ、ウ○コみたいだな」
「レタス君ー……こんどー、日光でコンガリ焼いちゃうしー」
MH-60から交差点に降り立つ三つ編み少女は、吾妻橋の向こうに見える黄金色のモニュメントを見て、開口一番に残念な発言を。
次に降りて来た長い金髪の肉感的な女性は、三つ編み少女は優しく窘めても、隣の男には割と洒落にならない力で肩に爪を立てる。
最後に降りて来た線の細い金髪の青年は、爪を立てられる痛みに耐えて、涼しげな微笑を維持していた。
「でー、カティさんや。せんちゃんは何処に?」
「アマネはあっちの方ですけど、オーカ(桜花)はホテルで待ってて欲しい言ってマシたネー。そこでミーティングだそうデスよ?」
最後にヘリから降りて来た巫女侍、秋山勝左衛門は、三つ編み少女の問いに、隅田川沿いにある一際高い建物を指して応える。
ワビサビの名所、浅草雷門の間近にあって、外観内装ともに現代風の綺麗な高級ホテル。外国人観光客向けの宿泊施設である。
吾妻橋交差点から200メートルほど南に行くと、もう少し広い駒形橋西詰の交差点が有った。
巫女侍と他3名の乗るMH-60が吾妻橋交差点に着陸してから、僅か1分程度の時間差で、もう一機のヘリがこの交差点へと着陸して来る。
クルマの放置された通りの向こうでは、後から来たヘリを巫女侍達4人が興味深そうに眺めていた。
もっとも巫女侍には、誰が来たのか大よその見当は付いていたが。
「何故浅草なのだ…………キサマの話では東京湾海戦ではなかったのか!?」
「うっせ、姐御にも隊長にも考えがあんだよ考えが。黙って付いてくりゃいーんだテメーは。殺されてーのか、姐御に」
互いに目も合わせず、険悪な空気と共にヘリから出て来たのは、旧日本帝国海軍の士官帽に軍服の、日本人形のように長い黒髪の少女。
それに、褐色肌に脱色したロングヘアの海賊少女、マリーだ。
「うぅ…………一体どうして黒アリス提督は自分の素性を……恐ろしい方だ」
不承不承に連れて来られた感のある白軍服の少女は、目深に被った士官帽の奥で涙を滲ませていた。
もう二度と遭いたくなかったのに。それどころか、いつの間にか実名も住所もガッチリ握られているというこの有様。
ファーストコンタクト以来、もはや白軍服の少女も黒アリスに逆らえる気がしない。
たとえ相手が海のならず者、海賊魔法少女だとしても、黒アリスの名を出されたら付いて行かないワケにはいかなかったのだ。
そんな宿敵の軍服少女に同情3割、ザマー見ろ7割の海賊少女は、待ち合わせ場所のホテルを探して周囲を見回し、飛び立ったヘリの向こうに巫女侍の一団を発見する。
巫女侍と同道する3人組を見て、あれが黒アリスの言っていた『あの娘』か、と少し構える海賊少女。
それでも、元来の負けん気から舐められてなるものか、と気合を入れ、手を振って巫女侍達と合流しに歩きだした、その時。
魔法少女達の上空を、甲高い轟音を立てて何かが通過する。
「何だあッ――――――――――!!?」
「アレは…………ハリアー!?」
低速で浅草上空に侵入して来た飛行物体の正体を、白い軍服の少女はひと目見て看破していた。
戦闘機としては小型の機体に、機体前部で大きく左右に張り出す、半円形の吸気口。
機体上部からやや下方向に伸びる、機体サイズに比して小型の主翼。
AV-8B+。
全長約12メートル。全高約3.5メートル。全幅約9.2メートル。
その最大の特徴は、機体の両脇に4カ所ある、推力偏向ノズルである
通常は機体後方へジェットエンジンの排気を行い推力を得るが、これを真下に向ける事で揚力を得、戦闘機でありながら空中制止と垂直離着陸を可能としていた。
姿勢制御用ノズルの排気により、浅草上空でホバリングするAV-8B+はゆっくりと機首を旋回させる。
地上を窺う戦闘機のパイロットは、手ごろな着陸場所――――――交差点――――――が塞がっているのを確認すると、ホバリング状態で爆音を上げさせたまま機体を西へ移動させると、お誂え向きに開けたスクランブル交差点を発見する。
地上から見上げていた魔法少女達も、ゆっくりと空中を移動する戦闘機を追い掛け、その交差点へと駆けて行った。
戦闘機は降着車輪を機体から出すと、排気を絞り徐々に高度を落とす。
交差点の正面には、『雷門』と書かれた赤い大提灯をぶら下げる、朱塗りの大きな門が。
こうして、交差点に暴風を巻き起こす戦闘機は、その大提灯をメチャクチャに揺さぶりながら、陽炎の中に着陸した。
「う゛~~!! く、黒アリスガール!? こ、これ耳イカれる! しかも寒いし!! でも超楽しー! イエッヒー!!」
「んじゃハーネスと、ロープと、耳あてに、ジャンプスーツも用意してもらいましょうか」
「着る物はいらないわー!!」
着陸したAV-8B+の上――――――操縦席ではなく――――――には、何故かテンガロンハットにビキニ水着のカウガールが乗っていた。
飛行中もずっと機体の上にいたらしい。ガチガチ震えながらも、気分爽快といった笑顔のハイテンションである。
そして、風防が開けっ放しの操縦席からは、ミニスカエプロンドレスの金髪眼帯黒アリスが、浅草は雷門前に降り立っていた。




