0067:乙女達の煮え滾る戦闘状況
機能を回復した官邸の災害対策本部では、『甲種』脅威生物、つまり巨大生物への第2次総攻撃計画が策定されている真っ最中だった。
羽田での侵攻阻止作戦、明治神宮での包囲殲滅戦の失敗を踏まえ、恵比寿三田で第32連隊第6中隊第1小隊が巨大生物と交戦した際に確認された攻撃方法を大規模に実践する、東部方面隊第1師団の臨時再編成も進んでいる。
並行して、無人航空攻撃機と偵察部隊による情報収集も続けられていた。
ほぼ無人の23区内以外では、電話回線が復旧し、送電網も再構築されつつあり、食料品中心だが物流も回復している。
初めは面食らっていた警察と一般市民も、一体二体ならば銃や自衛隊に頼らずに、協力して怪生物を撃退し始めていた。
陸上自衛隊、航空自衛隊共に東京に近い基地に戦力を結集させ、海上自衛隊の艦艇も東京湾上で待機しており、いつぞやのリベンジを狙っている。
そうして、政府と自衛隊が戦意を高めていた、その時。
「あ゛ー……ヤバい、結構全身痛んでる」
「うぅ……なして……なして……」
魔法少女でも何でもない普通の冷淡女子高生、旋崎雨音と、つい最近反抗期に突入した古米国産金髪娘、カティーナ=プレメシスは、東京はお台場にある大型入浴施設、『昭和銭湯物語』に来ていた。
お台場再開発初期、約75,000平方メートルの敷地面積の中に、複数の個性的な銭湯と昭和初期のノスタルジックな街並みを再現したレジャー施設である。
内装は細かい所まで徹底して昭和風。モニター類や電気機器類も、ガワだけは当時の物に見せかけてある芸の細かさ。
当時の服がレンタルされ、土産物屋や商店には昔懐かしいお父さん――――――あるいはお爺ちゃん――――――世代の商品が並び、時間の経過で内部の照明が夕焼けになり、5時の鐘を鳴らして御年輩の来場者を泣かせにかかる。
圧倒的な数のリピーターを獲得し、本来の閉鎖期日を2年延長して営業中である。浦安にある日本最大のテーマパークに勝るとも劣らない人気の施設だった。
そのメインはタイトルにも謳われている通り、『銭湯』である。
スパだテルマエだ温泉だ、なんて浮わついた(失礼)モノではない。
かつては町内で人々の生活に密着していた、広い平屋に大きな煙突、男湯と女湯に分かれた暖簾が表に架かってる、公衆浴場。
ザ・銭湯。
施設内に銭湯は7種類。
テンプレートに富士山の絵が描かれたタイルの銭湯、東京下町風。
洗濯ネットにお茶っぱが入って浮かんでいる、お茶どころ風。
檜造りの湯船に内装も雅に合わせている、京風。
最も大きな湯船に浮世絵風の相撲取りが描かれている、相撲部屋風。
大理石で作られ、お湯の噴き出し口などは彫刻になっている、ローマ風。
加熱し過ぎないセラミック素材で作られている、ひとりから3人用、ゴエモン風呂風。
唯一の水着着用可で、温水を用いた銭湯内アクティビティーを多数揃えた、遊園地風。
「――――――なして……カティがこんな扱いデスかー!! 覗きカウンターを喰らった男子中学生の如しデース!!」
その中の、一番大きな浴槽を持つ相撲部屋風の銭湯にて、タオルで手足を縛られたカティが浴場に転がされていた。
当然、容赦ない素っ裸である。
ノーマル状態の小柄なカティではあるが、決して貧相というワケではない。
白人特有の肌の白さに、古米国産だけあって胸、腰、尻とハッキリとした起伏が付いている。
長い金髪もお湯で床に張り付き、小柄で未成熟なクセに艶めかしい肢体の金髪娘は、身動きが取れずに半泣きになっていた。
「……言ったわよね、カティ。あたしはゆっくり浸かりたいの。身体を休めたいの。筋肉痛が限界なの。3回警告して聞かなかったから、レッドカードよ」
「ゴメンナサイー!!」
気の抜けた顔の雨音は、湯船の縁に肘をつき、うだる暑さに天井を仰いでいた。
こんな状態でも、カティへのお仕置きに手は抜かなかったが。
何せこの娘、雨音が骨休みしたいとダウナー気味に俯いているのにもお構いなしで、抱きつく、揉む、洗おうとする、とお約束の限りを尽くそうとしたのだ。
というか実行したから、怒りを買ってご覧の有様のワケだが。
カティの過剰なスキンシップは今に始まった事ではないが、今の雨音は疲労のピーク。若いからと言って無理を利かせるにも限度がある。
そんな所に、カティは雨音と離れ離れになっていたり二度と逢えないかと心配したり家族ともちょっと妙な事になっていたりしたので、ここぞとばかりに切なさ乱れ撃ち。
人食い鮫の如く忍び寄り、取って食う勢いで襲いかかって来たカティを、雨音は苦戦しながら返り討ちに。
結果、カティは沈められたその後に、打ち上げられた魚状態で転がされている、というワケだ。
「ハー…………あ、ヤバい。茹で上がりそうなのに上がりたくない。てか温まるとホント身体ギシギシいう……」
二つ目には溜息を漏らす雨音が、転がっているエロ娘を横目で盗み見る。
雨音だって鬼ではない。もう少し温まれば、カティを再び湯船に突き落とすつもりだ。風邪をひくのも可哀想だし。
しかし、疲れ切った身体に、このお湯は堪らないモノがある。
もうこのまま溶けてしまいたい、などというダメ人間思考がクレバー女子高生の頭をよぎるが、最後に自宅の湯船が脳裏を掠め、眼帯の奥でちょっとホロリと来た。
「ねぇねぇ旋崎さん! あっちのお風呂、温泉プリンなんて物があるわよ!! 賞味期限は今日まで!!」
「…………マジか」
「ってハダカでうろつくなと言ったでしょうが生徒会長!? 今度という今度はド突き倒しますよ!!」
そんな、ちょっとしんみり湯船で涙目な雨音の所に、胸と腰にタオルを巻いただけの荒堂美由が駆けて来た。
浴場で走ってはいけないとか、風呂の外まで半裸で出歩いているとか、背後から憤怒の表情で黒髪の少女が追い掛けて来ているとか、本人がお嬢様学校の生徒会長だとか、突っ込みどころが多過ぎる。
半分茹だって役立たずの雨音には、欠片も突っ込む元気は無かったが。
◇
なんで魔法少女――――――全員ノーマル状態――――――が雁首揃えて銭湯なんぞにいるかというと、話は2時間ほど前に遡る。
巨大生物上陸から5日目。
前夜から今朝にかけての総理官邸での戦闘後、魔法少女組は――――――一名を除き――――――未成年という事もあり、後の事は国と自衛隊に任せて家に帰る事となった。
黒アリスの雨音と他の魔法少女達も、その事に異存はない。
自衛隊が再び大集団としての力を発揮しようとするこの時、魔法少女などという規格外の存在は、集団の中で戦力として計算できない。
良い意味で規格品の自衛隊員達の中で、素人の魔法少女は不安定極まりなく、足を引っ張り作戦を破綻させかねないのだ。
だが現実問題、本来自衛隊が持ち得ない火力の提供などで黒アリスは重要な部分を占めており、今後の事も考えて情報は渡すとの事。
何にしても、本格的な対巨大生物の作戦行動は、開始まで大分時間がかかるようだった。
帰宅の途に就く魔法少女達は、一旦多摩川河川敷の避難所へ向かおうとした。海賊魔法少女の弟が待っていたからだ。
だが、ヘリで移動を開始した少し後、カティの両親である古米国総領事が都内に残っているのが分かり、急遽目的地を古米国総領事館へ変更。
例によって怪生物に襲われている総領事館から総領事夫妻――――――それに警備隊員一個小隊と総領事館職員――――――を脱出させると、その後に室盛市のプレメシス家私邸へ送り届けた。
その際、プレメシス家の中で少々親子関係に変化があったらしいが、雨音は何も聞いていない。他人が口を出す事ではないのだろう。
そして雨音は、5日も連絡して無い自分の家の親子関係が不安でしょうがなかった。
古米国総領事館の一団を室盛市へ送って行く途中、黒アリスの雨音はヘリの無線で、総理官邸の釘山三佐から連絡を受ける。
総理官邸を出てから、せいぜい1時間から2時間しか経っていない。
攻撃計画が決まるにしても早過ぎる、と思いながらも、黒アリスは東京千代田区の総理官邸へ取って返した。それに、何故か他の魔法少女達も当たり前のように同行する。
ところが、官邸に着いたら着いたで、釘山三佐は政府のお偉方と会議中で、しばらく手が離せないとの事。
顔見知りだった第6中隊第1小隊の隊員に聞いたところによると、巨大生物の方で動きがあったらしいが、詳しい話は隊員にも伝えられていないらしい。呼び出した当人である、三佐から話が聞けなければどうしようもない。
そのようなワケで、忙しなく自衛官や官僚が動き回っている官邸内で、魔法少女達は宙ぶらりんの状態にされていた。
いつ三佐が戻るかも分からず、官邸の中で所在なさげにしていた魔法少女達だったが、その内に誰ともなく外で休めないかと言い出す。
やる事も無く居辛い事この上ないし、それならどこか別の所で、というのは分かる話だが。
「ホテルー……は使えないわよね?」
眼帯黒アリスが、官邸から見えるビジネスホテルを見て独り言のように呟く。
すると、
「お風呂入りたいデスねー……」
数十分前にヘンな汗をかいた巫女侍が、肩回りや腰回りの露出を増やした改造巫女装束を引っ張り、自分の臭いを確認。
「風呂かー……お台場の方にはあるんスよねー。何だっけ……? 昭和のなんとか温泉――――――――」
東京都内で遊べるスポットは概ね押さえているが、風呂というジャンルは守備範囲外なヤンキー女子高生の海賊少女が眉間にシワを寄せ、
「『昭和銭湯物語』!? 良いじゃない行こう行こう! わたし行ってみたかったのよ! テンション上がってキター!!」
海賊少女の科白を引き継いだハイレグビキニのカウガールが、言葉通りにテンションを上げてピョコピョコと跳びはね、ついでにあちこち揺らしていた。
「……ストーン殿は脱ぎたい、または見たいだけなのではござらぬか? そうならば拙者、今度という今度は見逃す事など出来ぬでござるが……」
はしゃぐビキニカウガールを、刀に手をかけた鎧武者が、鋼のように冷たい瞳で見据えている。
「『昭和銭湯物語』って……世間がこんな状態で営業しているとは思えないけど」
見た目チビッ子の魔法少女刑事は、年長らしい冷静な予想を口にしていた。
そんな魔法少女達の傍を、自衛隊員や官僚達が奇異な目を向けながら、足早に通り過ぎて行く。アレは一体何の集団なのかと、誰もが頭に『?』マークを浮かべていた。
それから結局どうなったかというと、魔法少女刑事や鎧武者の少女の意見はほとんど無視され、ビキニカウガールに押し切られた形で、魔法少女達は総理官邸の屋上からヘリで飛び出してしまう。
一応、黒アリスは知り合いの一曹に、出かける旨を伝えておいた。
総理官邸から『昭和銭湯物語』までは、直線距離にして約7キロ。
MH-60兵員輸送ヘリなら3分もかからない距離だが、一度多摩川の避難所で海賊少女の弟を拾った為、30分ほどかけて目的地に到着。
ヘリを降りて前まで行って見ると、常識人で社会人でついでに警察官のお姉さんが言った通り、施設は営業していなかった。
というか、設備が生きたまま無人で放置されていた。
『昭和温泉物語』はお台場の外れに作られており、周囲は空き地が目立ち、隣接するのは鉄のコンテナとコンクリートしかない青海埠頭だけだ。
その為か怪生物もほとんどおらず、施設内部も少し掃除しただけで安全が確保できた。
こうなると、もはや風呂に入らないワケにはいかない。
「だ、ダメよ! 確かに閉店はしていないけど、責任者不在の状態では営業しているとも言えないわ! 勝手に入っただけでも本来なら不法侵入! 施設を使ってなおかつ損壊なんかしたら器物破損! 消耗品だって勝手に使えば窃盗や強盗――――――――――――」
「見逃すデース!!」
「お願いお姉さんお金払いますから!!」
「裏で手も回しておくから!!」
「つかテメーは一体何様だクソガキ!!」
一見チビッ子が背伸びしているように見えても、魔法少女刑事は本物の警官だ。当然、許す事など出来ない。
だが、巫女侍、黒アリス、ビキニカウガールは一斉に、魔法少女刑事を拝み倒しにかかっていた。魔法少女刑事が本物の警官と知らない海賊少女は、生意気なお子様にメンチ切っていたが。
そして、何も言わない鎧武者の少女も、実は後ろからこっそり黒アリス達を応援していた。
◇
最終的に、非常事態(?)という事で、店員さん不在でも施設の使用料や物品の購入代金を置いて行く、というのが不良魔法少女達と魔法少女刑事の妥協点となった。
雨音だって、本当は魔法少女刑事の側である。それでも、乙女にとって風呂とはのっぴきならない神聖な禊の場でもあるのだ。東京湾に落ちてからゆっくり風呂に入る暇なんか無かったし。
施設の出入り口は完全に封鎖し、魔法少女達は各々のマスコット・アシスタントを呼んで、警備に当たらせる。
そして、変身を解いてただの少女に戻った雨音達は、内心で心躍らせながら好きな浴場へ散って行った、というワケだ。




