0009:マスコット的にはそこは使って欲しいと言いたい
最初は、アニメの仮面を被った人間だと思った。
現場にて一部始終を目撃していた警官は、後にそう語る。
正面からヘッドライトに照らされ、警察車両に顔を向けている半笑いのアニメ顔。
それが、『ジェットレディー』というアニメキャラクターの物であるなどと。
それに、相手が人間と同じスケールの人形であるなどとは、あらゆる意味で知る由もない。
しかし、限りなく現実を生きる治安維持の公僕。
法と安全を守る最後の砦。
そして、命令と服務規定に従う悲しき宮仕え。
「な、なんかヤバくないスか那珂多さん? 応援待った方が良くないスか?」
「…………うん」
「行くんスかー!?」
那珂多浩史巡査部長。
勤続28年、交番勤務一筋の、町で親しまれる温和なお巡りさん。
だが、どんなに怪しい相手を前にしても、いや怪しい相手であればこそ、警官として捨て置く事など出来ず、車外に出て所定の任務を果たそうとした。
「強盗ども逮捕するぅ!! 怪しい動きをしたら撃ち殺すぞこのドブネズミどもがぁ!!」
「那珂多さんッッ!?」
だが、ヒトの良さそうなお巡りさん、突如豹変。
普通は職質から入るって?
そんな平時の規則は事知らない。
交番勤務一筋な町のお巡りさんだが、いやだからこそ、28年間このような事件を待ち侘びていたのだ。
相手は怪しいマスクを被った怪しい格好の窃盗団。
運んだ木箱の中身は貴重な品で、専門に盗品を買い取る仲介業者に、それを海外に流す密輸組織が存在する。
那珂多巡査部長の頭の中では、既に国際的密輸組織の巨大な陰謀と戦う警官の姿が、つまり自分の姿が200分の大長編で描かれていた。
多分配給はWBで全世界同時配給。プレミアに出る自分の姿まで。
良いお巡りさんは死んだお巡りさんだけだとは、誰の科白だったか。
アメリカのドラマで見るように、内圧で脳内のネジが飛んだ警官が、車両のドア越しに銃を構える。
ニューナンブM60、38口径の回転拳銃が、アニメ顔の人影へと向けられていた。
「古家巡査、援護しろ!!」
「え……『援護』っスかぁ!!?」
それまで、気の良いおやっさんだと思っていた相手の、突然の変貌。
警察学校出たての若い刑事は、ごく自然に(自分はここで死ぬのか?)と自問していた。
人生安泰な公務員生活を夢見て警官になったのに。
一方、頭に血が昇っている者と腰が引けている者、警官二人に銃口を向けられた等身大フィギュアはと言うと、全く表情を変えないまま――――――当然だが――――――微動だにしない。
「手を上げて地面に膝を付けぇ!! 警告はしたぞ! 逃走すれば発砲するぅ!!」
「那珂多さんマズイっス!!」
「構わん相手は凶悪犯だぞ! 殺らなければ殺られるのだ!!」
普段は糸のように細められている双眸が、危険な光を剥き出しにしていた。
ヤバイ、このヒトは撃つ。
若い警官は、生まれて初めて感じる類の直感を得ていた。
◇
その時、倉庫内にいたフード付きトレーナーで顔を隠したひょろ長い男は、恐れていた事態を前に身をクネらせていた。
「ッダー! ヤバすヤバす超ヤバす!! 国家権力にサーチアンドデストロイされゆ!! やっぱり警官は一般市民の事なんてゴミだと思ってるんだなーホント終わってるよなーどうしようマオ姉!? テテンちゃんハーブたんのDIEピンチでござるます!!」
焦ったり腐ったり泣いたりと忙しいひょろ長を、『マオ姉』はただ黙って眺めて(?)いる。
それも当然だろう。
なにせ、『マオ姉』も等身大のフィギュアに過ぎないのだから。
本来はフィギュアはひとりでに動かないし、歩かない。だが現実には、生き物の如く動いている。
それは何故か。
それが、このひょろ長い男の望みだったからだ。
もっとも、人間はひとつ望みを果たした所で次の望みを叶えたくなる、際限の無い生き物だ。
「うぅ~……どうしよどうしよー……。ぼ、ボクはみんなを助けに来たのに……悪い事なんて何もしてないのに……なのに捕まるなんて間違ってる! に、逃げなきゃ……絶対逃げなきゃ……」
追い詰められてドツボの中をウロウロとするひょろ長男は、ブツブツ言いながらチラリと、『マオ姉』と呼んでいたフィギュアをフードの奥から盗み見る。
そこには、一切表情を変えず、また微動だにしない等身大可動フィギュアが、一体佇んでいるだけだ。
「そんなマオ姉! マオ姉を警察と戦わせる事なんて出来ないよ! ボクの為に警官を足止めしてくれるだなんて!!」
当然、人形に過ぎない等身大フィギュアは喋ったりしないのだが、ひょろ長い男にはそう聞こえているらしい。真偽のほどは、その男にしか分からない。
更に、庫内にいた他のフィギュアも、ひょろ長い男が話しかけているフィギュアの近くに集まって来る。
「みんな……うぅ、ごめんよぉみんなボクの為に……。でも約束してくれ。みんな必ずボクの所に帰って来てくれるって! ボクぁみんなの事を信じてるお!!」
芝居のような言い回しで、感極まった様子のひょろ長男は、フィギュア集団の筆頭にいたマオ姉の胸に縋り付いた。
科白こそ感動的な表現だったが、ひょろ長男の顔はシリコンの胸の間でニヤケていた。
◇
そしてポリスアクションが、ゾンビ(?)パニックに変わる。
降伏勧告から間もなく、倉庫正面のシャッターが大きく開かれると、バイオレンス那珂多の頭は一瞬でクールダウン&ホワイトアウトする事に。
そこには、大量の人影が整然と並んでいた。
全員が似たようなアニメ顔で、色使いやデザインが奇抜な服装をしている。警官ではなくても、まともな格好には見えないだろう。
それらが、一斉に警官へ向かい走り出したから、さぁ大変。
「ぅッ!? うぉおおおお!!」
パンッ! と軽い破裂音を立て、警官の持つ拳銃が発砲された。
ベテランと若い方、どちらが先に撃ったのかは分からないが、そこは大した問題ではない。
「ぅ撃て撃てぇ!!」
「ヒッ!? ヒィィイイ!!?」
クルマのライトに照らされて、奇怪にも不気味な連中が襲ってくる。この状況では流石に、若い警官も暴走警官の命令には喜んで従うだろう。
ふたりの発砲した内の一発が、見事に先頭にいたフィギュアに命中。何やらゴテゴテと着込んでいた樹脂製の鎧の隙間、肌色の部分に黒い穴を空けていた。
しかし本当に、それも大した問題ではなかった。
半笑いのフィギュア達は、その穴をしげしげと眺めた――――――見ているらしい――――――直後、何ごとも無かったかのように警官たちへと走り出していたのだから。
「ギャアアアアアアア死んだァァアァアアアアアアアアアアアアアア!!!!?」
「おのれ怪物ども! そのド頭フッ飛ばして――――――――――――――――――――――――――――――」
そして、慣れないバイオレンスで忘れていたが、警官のニューナンブは5発装填。
ろくに訓練も出来ないので、戦果は命中一発だけとなった。
カキンッ……、と撃鉄の音だけが寂しく響いた瞬間、那珂多巡査部長は現実に返り、
「――――――――――あブロォ!!?」
等身大フィギュアの拳で、横っ面をぶん殴られる。
「ヒギィ!? お、オレに乱暴する気かエロ同人み――――――――――――!!」
若い方の警官はヒト型の無機物に群がられ、シリコンの腕でメチャクチャにされてた。
「ぐあっっ!? き、貴様ら警官に暴行を働けばどうなると思ってグエッっ!!?」
「痛でぇ死ぬ! 止め――――――――死ぬ死ぬ死ぬホントに氏ぬぅ!!!」
華奢な体形のフィギュアだが、腕力の方は尋常ではない。
警官ふたりは大量の等身大フィギュアに絞められ極められ捻じられと、まるで逆に人形扱されるように、今にも壊されようとしていた。
その時であった(カッ!!)。
「そこまでデース悪党ども!!」
倉庫の三角屋根の上。その頂点に、ライトアップされた新たな人影が出現していた。
唐突に振って湧いた科白と登場人物に、フィギュアと警官達の視線が集中する。
そこにいたのは。
「ひとーつ! ヒトの生き血を啜ってはならんデス!!」
膝裏まで来るほどの、濡れたような長い黒髪。
「ふたーつ! フラフラした悪逆非道も許しまセーン!!」
スラリとした長身に長い四肢。
と思えば、メリハリが付き大きな起伏のあるカラダは、肩周辺や腰の横が大きく開いた巫女装束――――――らしき服――――――に包まれている。
「みーっつ! ……えーと――――――――――」
「『邪悪なこの世の鬼を』……ですよ」
「あ、そうそう……アー、みっつ目! 邪悪なこの世の鬼ヲッッ!!」
その、目尻に朱色のシャドウを付けた美麗な女は、腰にした長刀を抜刀すると、高らかに言い放つ。
「斬って捨てよう……巫女侍! 秋山勝左衛門、ただ今見参デース!!」
「勝左衛門様、『魔法少女』のくだりはどうなりました?」
「それはなんか語呂悪くなるのでやっぱ省略デース! それよりお雪サン紙吹雪!!」
ライトアップは、同じ屋根の端にいる妖艶な着物姿の女が、どこからか引っ張って来た照明器具で行っていた。
そして、風に流れる紙吹雪を受け、『巫女侍』を名乗る女は修羅場となった地上へ飛び降り、手にした刀を振り回す。




