0064:ロスタイム無断外泊
巨大生物の上陸より5日目。
地下1階の危機管理センターから4階閣議室に移り、総理官邸の対巨大生物災害対策本部は再始動する事となった。
一夜が明け、総理官邸では設備の復旧を含めて、後始末が進められている。
引き続き、混成第6中隊は官邸周囲の防備をガッチリと固めており、間近にある高層ビルの屋上には監視の隊員が配置され、パトロールも多く出され、先手を打って怪生物を排除し安全を確保していた。
いざ逃げるならヘリポートに近い方がいい。もう窓のない地下に閉じ籠りたくない。など、諸々思うところあっての本部移動なのだろうが、地下の危機管理センターも実働部隊の司令部として利用される予定だ。
混成第6中隊の作戦本部である。
本来ならば第6中隊は第32連隊の作戦本部指揮下の隊であるし、一時的に中隊の指揮下に入っていた隊員も、落ち着いたのなら原隊に復帰するところだ。
しかし、一夜開けて情報を収集して見ると、東部方面第1師団は巨大生物や怪生物との交戦で甚大な損害を被り、実質的な壊滅状態。
第1師団と各連隊の作戦本部は立て直しを図っている最中だが、釘山三佐は現状のまま混成中隊を指揮し、攻撃、防衛、人命救助と、対巨大生物災害対策活動に当たる事となった。
「甲種生物の様子は」
角刈りで仏頂面の三佐は、大型モニターの前で後ろ手に仁王立ちしていた。
今現在も、地下には多くの機器が運び込まれ、司令部としての機能を構築している真っ最中だ。
特に、都内全域と『甲種』巨大生物を観察する為の無人航空攻撃機の映像は、最優先で情報画面に繋げられている。
「UAV3番機の映像を出します」
自衛隊員が即席のオペレーターとなり無人航空攻撃機を飛ばし、中隊本部の情報管制担当が情報画面の映像を切り替える、筈だったが。
「…………どうした」
「す、すいません隊長。どうなってる?」
「これ映像は出力しないんじゃ――――――――――――」
情報系、技術系の隊員を作戦本部のオペレーター、情報担当として抽出し配置していたが、扱った事も訓練した事もない最新兵器を扱うのは、流石に無理があったらしい。
結局、ウェブカメラで無人航空攻撃機の操作機器画面を撮影して表示するという力技で解決し、航空映像が情報画面に表示される。
そして映し出されたのは、森林公園に蹲り、大きく身体を上下させている巨大生物の姿があった。
都内の逃げ遅れた人々の捜索と救助は継続中。
だが、巨大生物への対処法は分かっている。不意を打たれなければ、小型の怪生物にも十分対応出来る。
閣僚と災害本部次第となるが、釘山三佐は今度こそ巨大生物を沈めるつもりだった。
魔法少女に痛手を喰らった為か、巨大生物は恵比寿の三田からそれほど離れていない場所に留まっている。
「…………今から甲種を常時監視しろ。僅かな変化も漏らさず報告する事。23区内の乙種と一般市民の捜索も並行して続けてくれ」
「了解しました。甲種生物の監視を開始します」
「区内の捜索を開始します」
どこかの魔法少女が多量に用意してくれたので、無人航空攻撃機や無人地上攻撃機に困る事は無かった。
と言っても、ここまでで半分ほどダメにしていたが。あるいはそれを見越して大量に用意していたのか、心配性の魔法少女。
何にしても、銃砲兵器系魔法少女の置いて行った武器兵器弾薬は、ちょっと他所の国には見せられないほど大量にあり、とりあえずは釘山三佐の個人的なコネクションによるものだと周囲には説明していた。
釘山三佐に大真面目な顔で当然の様に言い切られ、多少妙な事でも周囲が納得してしまうという事は往々にあった。しかも意図的にやっているのだから、案外不良自衛官である。
このように、釘山三佐は政府に魔法少女の存在を明かしていない。また、明かすのも時期尚早と考えている。
「三佐、統幕長がお呼びです」
「ん…………台支三尉、ここを頼む」
「はッ」
昨夜は大変だったが、閣僚の方々も朝を迎える事が出来たようだ。
釘山三佐は指令部を別の自衛官に任せると、地下の危機管理センターを後にする。
そして情報画面の巨大生物には、一見すると何の変化も起きていないように見えた。
◇
総理官邸が要塞へと魔改造され、巨大生物への総攻撃を準備している最中、魔法少女達は帰還の途についていた。
何せ、一名を除いて未成年の少女達である。
後の事は自衛隊の仕事。武器提供と今までの協力には感謝する。今後の情報も欲しければ提供する。とりあえず、魔法少女と言う存在に、何かを言う気もする気もない。
そう言って、大人な三佐は魔法少女達を帰してくれたのだが。
「あたしを探しに来てくれたのは、何とも申し訳ないけど……ふたりとも大丈夫なの? こんな時に何日も家を空けて」
飛行中のMH-60特殊戦輸送ヘリの中、眼帯にヘッドセットの黒アリスが問う相手は、ハイレグビキニのカウガールと鎧武者の、ふたりの魔法少女。
その素性は、国内でも屈指のエスカレーター式お嬢さま学園の生徒である。
東京湾に消えかかった雨音を心配して探しに来てくれたのだが、そんな3日も4日も家を離れて良いのかと思うのは、当然の疑問だ。
かく言う普通の女子高生である旋崎雨音も、5日前の学校帰りに巨大生物と戦争しに行ったきりである。
それからジェットコースター的に手が離せない連戦だったので、仕方が無いと言えば仕方が無かったが、どれかけ家族を心配させているかと思うと、罪悪感でちょっと吐きそう。
「わたしは何日家を空けても大丈夫よん。どうとでも出来るわ」
「せっしゃも実戦修行と言えば、師匠の許しは下りるでござるよ」
だが、平然と言うお嬢様二人は、一般市民な雨音の予想を裏切り、お家の方は大丈夫な様子。
それがどういう意味なのかまでは、この時点で雨音が知る由もなかったが。
「……マリーはどうするの? 御両親とかは?」
海賊魔法少女のマリーは、住んでいた江戸川区のマンションを怪生物に追われて、逃げ出した形になっている。
東京23区は基本的に避難区域、避難命令地域や避難推奨地域となっており、戻るのは危険過ぎる。
マリーは現在、弟が東京と室盛市の境にある多摩川河川敷の避難所におり、両親とは離れ離れになっていたが。
「ATMが使えりゃ生活費は入ってるし、アキにもどうしたいか相談して考えるッス。避難所がウザかったらラブホにでも泊まる…………へ、変な事はしないスよ! 弟なんスから!?」
「え!? いや、なんのこっちゃ分からないけど、しないなら良いんじゃないの?」
急に真っ赤になって慌て出す海賊少女に、驚いた黒アリスが思わず仰け反る。
ラブホテルを簡易宿泊所の様に使うという話は知っているが、未成年でも入れるのか、等と、やや見当外れの心配をしていた。
何にしても、海賊少女と弟の方も、今後の考えが有る様で何より。
泊まる場所なら自分の家でも、と一瞬思う黒アリスだったが、そう言えば自分の方も、これから大変なのだという事を思い出す。ヒトの世話を焼いている身分ではない。
「未成年がラブホテルなんて入っちゃダメよ。警邏の警官にでも見られたら、その場で補導され――――――――――なに、黒アリスさん?」
事情と現状を鑑み、強くは海賊少女を窘めないチビッ子魔法少女刑事だったが、
「お巡りさんお願い!! うちの両親に上手い事言ってくださーい!!」
「何ですって!?」
困った時の国家権力と言わんばかりに、黒アリスが魔法少女刑事に飛び付いて来た。
5日も音信不通だった理由なんて、警察官のお姉さんにでも上手い事言ってもらうしか、言い訳の仕様が無い。
見た目年下の幼女の脚に縋りつく黒アリス。必然、前のめりになって、スカートの下が丸見えに。
そんな事気にしていられないくらいには、必死な雨音だった。
「アッハッハー、二重生活しなきゃならないヒーローの辛い所ねー」
「何万人救ったか分からないのに……大変でござるな、黒衣殿」
気楽に言ってくれるお嬢さま組に、尻を出したまま恨めしげな目を向ける半泣き眼帯黒アリス。
そこで気付いた。
「…………どうした、勝左衛門?」
巫女侍の秋山勝左衛門が、珍しく黒アリスに何も言わないと思ったら、携帯電話の液晶を凝視していた。
「…………黒アリスさん…………いや、何でもないデース」
「ないワケあるかい」
「あ!? い、イヤ!? 今はいやデース!!」
元気ハツラツ娘がトイレを我慢している様な切羽詰まった顔をして、何もないワケが無いのである。
パッと隠した――――――腰回りのどこか――――――携帯電話を没収すべく、半眼の黒アリスは今度は巫女侍に襲いかかる。
嬉しいような困るような複雑極まる顔色の巫女侍だったが、初めから黒アリスの実力行使に勝てるワケも無く、改造巫女装束の中から携帯電話は引き摺り出されてしまった。
「な、なしてロックパス知ってるデス……?」
「事ある毎に見せられてりゃ覚えるわよ」
カティは携帯電話に暗証番号を付けていたが、親友にはしっかり把握されていた。雨音に対しては、そもそもあまり隠す気もなかったのだが。
だが、今は少し困る。
「ほ、ホントに大したことじゃないデス! 黒アリスさんが気にするような事じゃないデスよー! 家庭の事情デース!」
「アンタん家の家庭の事情って…………!?」
プレメシスさんちの家庭の事情と言うと、それはもう大変である。
ひとり娘のカティーナ嬢と、その両親。古米国総領事の父と、その補佐をする母とは、カティはあまり上手くいっていない。
雨音のおぼろげな記憶によると、確か総領事はこの事変が発生する直前に、娘と日本を脱出しようとしていた筈だ。
しかし、実際にはカティはここにいるし、雨音はすぐに羽田空港に向かってしまったので、その後カティの父親が日本を脱出したのか否かは聞いていない。
その答えは、携帯電話の液晶画面の中にあった。
「……………………勝左衛門」
「ほ、ほっときゃいいデスよ。死にゃしないデース…………」
カティと両親の仲は、決して良いものとは言えない。
それでも、怪生物溢れる東京都内の総領事館に留まってると聞けば、どうしても気になってしまうのは娘として仕方のない事だった。
総領事館には駐在武官が居るとはいえ、昨日の官邸のような事態になれば、少数の兵士で喰い止め切れるものではない。
放っておいても、古米国の駐留部隊が要人である総領事を助けに来るかも知れない。
カティが行ったところで、両親は人形か置物の様に娘を傍に置いておくだけだろう。
でも、もしカティが行かなかった事で、事態が悪い方向に向かったとするならば。
自分を置き物扱いする両親なんか知らない。親友の雨音と一緒に居られればそれで良い。
それなのに、巫女侍は後ろ髪を引かれる思いで、考えも纏まらずに瞳を揺らしていた。
「…………ジャック、ちょっと寄り道するわ。古米総領事館へ向かって」
「分かった」
相反する気持ちに、身動きが取れなくなっている娘さん。
なので、雨音は雨音で勝手に動く事にする。
「黒……アマネ、さん…………」
「混っとるわ。とりあえず様子だけでも見に行くわよ。構わないわね?」
双眸いっぱいに涙を溜める巫女侍に、黒アリスはワザと冷淡に言い放った。泣かれても困る。
他の魔法少女にも謝っておき、黒アリスはジャックの横の副操縦士席へ。
『寄り道』とは言ったが、官邸を離れて大分経ているMH-60は、古米総領事館へ向かうのにほぼ180度進路を変えていた。
それから十数分後、到着した古米国総領事館は、案の定面倒な事態になっていた。




