0058:少年探偵江戸川区のコなんとかではない
体育館の中は、緊張感に満ちていた。
ヤンキー少女の海賊船長、安保茉莉と、手下の7人の日焼けマッチョ。
31体の命を持った等身大美少女フィギュアの遣い手、ひょろ長い男の家津洋介。
海賊少女の弟であり、ひょろ長いフィギュアおたくをお兄ちゃんと慕う小学校3年生、安保徒秋。
それに、最後に入って来たのが黒いミニスカエプロンドレスのガンメタル金髪娘、黒アリスの旋崎雨音だった。
ひょろ長いフィギュア遣いは、以前道を踏み外した時に、黒アリスから数度に渡って鬼の様な機銃掃射を受け、地獄を見ている。
ヤンキー海賊少女も、黒アリスのイージス艦からミサイル攻撃を受け、乗っていた帆船ごとフッ飛ばされ、危うく海の藻屑にされる所だった。
住んでいた場所以外にも嫌な共通点を持つふたりは、片や股間を抑えてガクガクブルブル震えあがり、もう片方は恐い先輩に見つかった時のように滝の汗をかいて硬直する。
昨夜から今朝にかけての黒アリスは、その時の恐怖をまざまざと甦らせる、御健在な無双っぷりを見せつけてくれた。
本当に、あの時はよく自分殺されなかったなと、ひょろ長男も海賊少女も思わずにはいられない。
だが、危機はまだ去っていない。無数の怪生物相手に生き残っても、このヒトの前でヘタな事をすれば、殺られる。
そんな想いでいっぱいだった二人は、軽機関銃を抱えた破壊の権化に、真っ赤な目で見据えられるなり、
「お疲れ様でち大佐殿!!」
「お疲れさまっス姐御!!」
深々と、黒アリスへ向かって頭を下げていた。同時に、その後ろに控える海賊どもと等身大フィギュアまで。
まるで極道の何とかである。
「え? な、なにこれ? 新手のイジメ? 褒め殺し的な」
軽機関銃など装備して体育館を穴だらけにし、怪生物の大群を単独でなぎ倒し、硝煙を纏い、マズルファイアを背景に、無数の銃声を率いていても、基本的に中身はただの女子高生である。
跪かれても困るのだ。
「え……と、お疲れ様、お久しぶり、お元気でした? こんな所で会うとは思わなかったけど…………」
「あいやまったく何たる偶然! 黒アリス大佐のおかげでこの家津洋介九死に一生でち! 感謝するでござるます大佐殿!!?」
「助太刀してもらったおかげで助かりました! ありがとうございまシタッ!!」
やや引きながら――――――本人が一番周囲を引かせていたが――――――、とりあえず予定通りに顔見知りへ挨拶しておく黒アリス。
2つ3つ突っ込みを入れたいところだったが、ひょろ長男と海賊少女のテンションがおかしな事になっているので、恐くてそれどころではなかった。
「お姉ちゃんもボクのお姉ちゃんの友達?」
そして黒アリスと同様、もうひとり状況が分からず首を傾げる人間がいた。
見ると、小さな子供が黒アリスを見上げている。
既に避難していた人々は、あらかた自衛隊のヘリに乗ったと思ったが。
「『お姉ちゃん』?」
「あー……あ、あたしの弟っス…………」
女の子と言っても通じそうな海賊少女の弟に、少年趣味など無い黒アリスでさえ目を奪われる。
お姉ちゃん似なのか、と雨音は思ったが、この姉弟に血の繋がりが無い事など知る由も無かった。
「弟さんがいたんだ……じゃ大変だったわね。ホント助かって良かったわ」
「うスッ……」
黒アリスが江戸川区に近い場所に墜落したのは偶然だったが、その偶然が無ければ、避難して来た100人以上の人々はどうなっていたか分からない。
おっかない魔法少女だが、この場にいてくれて本当に良かったというのも、海賊少女の偽らざる本音ではあった。
黒アリスが手に持っている物は恐かったが。
「いやそれにしても……あんまりあたしも言えないけど……結構やられたわねぇ、その娘達」
「ふぐッ!?」
次いで黒アリス大佐が目を向けたのが、腕が取れていたり服が剥がれていたりと、見るからにボロボロな等身大美少女フィギュア軍団だった。
因縁浅からぬ相手とは言え、吸血鬼騒動の時の活躍を見るにつけ改心(?)した様子のひょろ長フィギュア遣い。
そのフィギュア愛が理解出来るとは言わないが、黒アリスも身近な物に置き換えれば、大事な物をこうも損耗した男、いや漢の心境察して余りある。
そんな事を言いたかった黒アリスだが、話しを振った瞬間に、ひょろ長い男は涙と鼻水を噴出していた。
「く、黒アリス大佐からそのようなお心遣い……痛み入るのでござるまする!! 我が嫁たちの犠牲も報われようというもの……感謝!!」
「その『大佐』ってのやめてよぅ…………」
どこぞの筋肉ムキムキなコマンドー大佐と一緒にされても、雨音の乙女としての矜持が傷つくので止めていただきたい。
やっている事はかなり近かったが。
「…………姐御とそいつって知り合いなんスか?」
「『姐御』ってのも……まぁ……『大佐』よりはマシだけど……いや、やっぱりやめて」
黒アリスから見れば、この二人が同じ場所にいる事の方が奇異に見える。接点がまるで見あたらなかった。
しかし、まさか二人が同じマンションの上下階に住んでいるとは想像も出来ない。
素性含め、魔法少女や能力者の情報など、お互いの為にも拡散しないに越した事はないので、黒アリスも簡素に『顔見知り』だという事だけ伝えておいた。
この曖昧な言い方が、返って黒アリスの底知れなさを期せずして演出してしまうが、それはともかく。
「自衛隊はもう移動するみたいだけど、あなた達は行かないの?」
「せっしゃは徒秋氏を姉上のもとに帰したでござるからな。家にはマイラヴァーも残して来ている故、こっそりお見送りし次第ダッシュで帰るでござるよ!」
「『帰した』ってテメーは――――――あ、いや……弟は掴まえたんで、あたしも自分らで勝手にトンズラしまス。そういやムギはどこ行った……?」
ひょろ長い男と等身大美少女フィギュア軍団が一斉に敬礼し、海賊少女は一瞬剥きかけた牙を引っ込め、黒アリスへ殊勝な様子で言う。
どちらも自力で窮地を切り抜ける力は持っているらしい。流石に8000体もの怪生物に囲まれたらアウトだろうが。
黒アリスの雨音としても、いい加減実家のある室盛市方面の諸々が気になる。気が付けば一日ワープしているし。
「そう…………じゃ、気を付けてね。あなた達なら普通の人よりは心配ないだろうけど、危ないのはあの気持ち悪い生き物だけじゃないから」
「黒アリス大佐はこれからどうするでちか? やっぱり正義の魔法少女として人助けに行くでち?」
「いやいやもうあたしの仕事は終わったと思いたいわ。この二日で2度も死にかけてるし、いい加減ウチに帰るわよ」
ボヘッ、と湿気た溜息をつく大佐の姐御。
それに目が痛いし、と黒アリスが左目を擦っている所で、ひとり蚊帳の外感のあった少年は、近所のお兄ちゃんの服の裾を引っ張り、
「『魔法少女』!? 『魔法少女・バトルロイヤル』みたいに? ホントに!!?」
ミニスカエプロンドレスの少女とひょろ長いお兄ちゃんを交互に見回し、若干興奮気味に話しかけていた。
世間一般の魔法少女像とは違うだろうが、『魔法少女』だと言われてしまえば、確かに黒アリスのやらかしているのは魔法以外の何ものでもない。
ちなみに、『魔法少女・バトルロイヤル』とは徒秋が家津に借りて読んだ事のある漫画のタイトルである。その内容もまた、所謂テンプレ魔法少女物とは一線を画してたりする。
「ねえ洋介お兄ちゃん、ホントに魔法少女っていたの!? お姉ちゃんホントに魔法少女なの!?」
「い、いやそれはでござるな徒秋氏……」
「『神獣ドラゴンカイザー』に変身したりする!?」
「た、多分『レジェンドタイプ』とは違う魔法少女でち……」
「どんな魔法少女だ…………」
口を滑らせたかと、黒アリスの怒りを恐れて怖々目だけ動かすひょろ長お兄ちゃんだったが、何やら子供から羨望の目で見られるミニスカエプロンの少女も、追い詰められた顔でテンパっている。突っ込みは忘れなかったが。
その黒アリスさんは、不意に徒秋少年の姉の方へ視線を合わせると、唇だけ動かし「なんとかして」と。
弟が何に食い付いたのか分からない姉の海賊少女も、黒アリスの姐御からの応援要請となれば無視も出来ず。
「あ、アキ……? 魔法少女ってのはキモ……お兄さんの例えであって、姐御は……姐御は……なんだろう?」
「おい」
海賊少女の姉がフォローに迷うのも致し方なし。だって魔法少女じゃ無ければテロメイドか戦争の狼である。
そんなフォロー失敗で黒アリスに怯えるお姉ちゃんだったが、フと徒秋少年は、普段と違う格好の姉をマジマジと眺めた後、
「お姉ちゃんも、魔法少女?」
と、ピンポイントにブチ抜き、場を静まりかえらせていた。
「ヤバい現状から事実を推測する能力に優れたお子様!?」
「流石徒秋氏でち!!」
「――――――――――――ちょ! バッ!? おまッ!? 姐御!!?」
言われてみればお姉ちゃんは、黒いツバ広の三角帽にロングコート、内側は胸を巻くサラシに、水着のような下とパレオを身に着け、かと思えばヒールの高いブーツで、曲刀まで装備している。
こんな海賊のような特殊な格好から、知り合いの魔法少女と関連付けるのは、なかなか大した推理力と言えた。
おかげで海賊魔法少女の姉は、完全にリーチが掛かっていたが。
しかも、怒るに怒れない――――――男の方は別――――――所からトドメまで刺される始末。
とは言え、早々に打ち明けるつもりではあったのだ。
あったのだが、覚悟が固まっていない所で舞台に立たされても、百戦錬磨のヤンキー少女としても困るワケで。
「お姉ちゃん……ホントに、本物の?」
「い、いやなアキ…………オマエあの、海賊船好きだったじゃんか? あの遊園地のとか。だから、姉ちゃん――――――――――」
どう言って良いか分からなかったので、とにかく一番伝えておきたかった事が、海賊魔法少女の口から自然と出てこようとする。
と同時に、体育館の入口のひとつから、4腕4脚の怪生物が中に飛び込んで来た。




