0057:既に伝説になりかけていた
二機目の大型輸送ヘリに残る全ての一般市民を収容し、北葛西小学校の自衛隊は撤収の準備を進めていた。
同時に、中隊長の指示で分隊ごとに分かれ、学校周辺で逃げ遅れた人間がいないかの捜索活動が進められている。
そうは言っても葛西区は広く、僅か5分隊、1小隊25名では捜索できる範囲も時間も、たかが知れている。
知れているのだが、周辺の怪生物も一掃されただろうという事で、中隊長の釘山三佐が部下に命じて念の為に、と捜索させているのだ。
同時に、一分隊に学校内の後始末をさせていた。
「隊長、武器回収終わりました。と言っても大よそですが。何せ…………」
「回収出来るだけでいい。弾薬の方はどうだった」
角刈りで締まった顔の中隊長は、部下の持って来た銃の1丁を受け取り、スライドレバーの動作や薬室内を確認する。
弾は抜かれ、弾倉も外されているので危険はない。
基本的に自衛隊員であっても、自衛隊の装備以外で銃に触れる機会など、そうあるものではなかった。
中隊長が持っているのは『SCAR-H』というアサルトライフルで、東米軍が制式採用を決めているモデルだ。
昨夜から今朝にかけての戦闘で、M4カービンライフルの5.56ミリ弾ではストッピングパワーが足りないと誰かが言った際に、ある少女によって用意されたものだった。
無論、釘山三佐も初めて触れる。日本でこの銃に触れた事のある人間が、一体どれだけ居るというのだろうか。
銃の基本構造はどれも変わらないので、初見でも十分使えたが。
「一体何なんですかね、あの派手なメイド服の…………」
「…………あぁ」
それは、誰もが気にしているところだった。
体育館に殴り込んで来た当初はチョット激しい義勇軍か自警団的なものかと思ったが、良く良く観察してみれば、魔法の如き奇跡を振るい、やたら重い兵器を片手で振り回し、弾無限モードを現実のもとのする、見た目は可憐なだが、火薬の如く弾けている美少女。
それ以外にも、アニメのお面を付けていると思った相手が奇抜な服装の動く人形だったり、本物の剣を持った海賊らしき格好の集団がいたり、と。
怪生物の方で手一杯だったが、落ち着いて振り返ると、色々とおかしな者が多過ぎた。
巨大生物の襲来以降、自分達は夢でも見ているのか、それともどこか変な世界にでも紛れ込んだのかと思わずにはいられないのが、まともな神経を持つ自衛隊員達の本音だ。
実際には、もう2月ほど前からとっくに世界はおかしくなっていたのだが。
「…………国会議事堂の件だが」
「――――――――は? はい……」
校舎から体育館へ続く渡り廊下にて、中隊長は珍しく周囲を窺う素振りを見せると、少し声のトーンを落として言う。
その話出しからして、部下の一等陸曹もあまり大っぴらには言えない内容であろう事は察していた。
ちなみに、現在自衛隊内では「国会議事堂」と言う単語は腫れ物のように扱われている。
「部外秘になっているが、ウチからも偵察隊が出て当時国会議事堂を監視していたのは…………」
「知っています。あの時はどこもかしこも内々で閉じ籠って、なんか小隊ごとに勝手に偵察出した所もあったんですよね?」
先の吸血鬼大発生の折、陸上自衛隊の東部方面隊第一師団第二連隊が丸ごと吸血鬼化してしまい、蜂起するという大事件があった。
首謀者の第二連隊長、渋垣一佐が籠城する国会議事堂が崩落し、他の隊員もほぼ全員が気絶失神衰弱の上ズタボロのボロ雑巾姿で発見され、連隊壊滅という形でクーデターは終息したが、以降この件に関する情報は特定秘密となった部分が多く、隊内でも詳しい話が回っていない。
表向きはその辺の事情には詳しく触れず、第二連隊は説得の末投降、議事堂の崩落は副次的要因によって誘発された事故、という内容の報告書が官僚によって作文されたが、その実際は当事者達でさえ良く分かっていない、と言うのが本当のところらしいが。
「……国会議事堂の崩落前後、第二連隊の部隊がM1から攻撃されていたのを偵察が確認している」
「M1……東アメリカの戦車ですか? どこからそんな物が…………」
「攻撃して来たのは極少数のグループ。女2名、男1名で、女のひとりは黒い服装で短いスカート。大型火器を用い、高火力で遮蔽物ごと隊員を掃討していたという…………」
なにぶん、公式には外に出ない特定秘密扱いの聞き取り調査内容である。吸血鬼化と言う非常識極まりない現象もあり、情報を仕入れた当初は釘山三佐も話し半分に聞く程度だった。
ところが、その話を聞いた部下の一等陸曹は目を丸くしている。
そりゃそうだろう、つい最近それっぽいミニスカエプロンドレスの金髪少女を間近で見ているのだから。
「…………テロリスト、なんて単純なものじゃないんでしょうね」
「あと、あの件では死者がひとりも出ていない」
釘山三佐は外した弾倉から弾を一発取り出すと、真鍮と銅のフルメタルジャケット弾を指先で矯めつ眇めつ回して見る。
どこをどう見ても普通の7.62ミリ実包弾だし、圧壊プラスチックでもゴム弾頭でも、ましてや空包でもない。
これが、あのエプロンポケットから大量に出て来るのだ。一度じっくりその過程を観察してみたいと思うのは、単なる好奇心なのか、自衛官の性なのか。
「…………未来のメイド型ロボットか何かでしょうか?」
「分からん。そのような可能性もあるかも知れん」
一曹の冗談は、大真面目に応える三佐には通じていなかった。
自衛官として、そのような存在に思う所は多い。敵か味方か、危険か否か。
こんな存在を知って、自分はどうするのが正しいのか。
だが、判断するには材料が少なく、またその時間も少なかった。
「隊長! 第3小隊から通信、荒川緑地野球場避難所に乙種脅威生物多数! 現在は避難所から葛飾方面へ移動中ですが徒歩の為救援を要請しています! 一般人は50名以上との事です!!」
「江東区夢の島公園避難所の救援部隊からも乙種多数に包囲され救援要請が出ています!」
「豊洲幼児学園避難所は五千から一万の乙種生物に占領され一般市民多数が周辺ビルに避難! 救助部隊から応援の要請が――――――――――」
「連隊本部は救援を出していないのか!?」
隊長と一曹のもとに、分隊の隊員達が駆け足で報告を入れて来る。
救助活動を終えると無線で報告を入れた瞬間、手が空いたのなら助けてくれとの矢の催促だった。
第32連隊は小隊単位に分散し、23区で避難し遅れた人々の救助に当たっていたが、その多くが都内に溢れ返った怪生物に襲われていた。
各所で、江戸川区の第6中隊第1小隊が陥ったのと同じ窮地に、現在は他の部隊が立たされている。
そして、救援に向かう余裕のある部隊など無い。第6中隊第1小隊のヘリも、救助した一般市民を護送しなければならないのだ。
当初の予想よりも怪生物は数、力、共に強力な脅威であり、自衛隊の方は人員もヘリも火力も、まるで足りていない。
とても手が回らないが、かと言って見捨てるのも論外である。
ならば、
「黒衣はどこにいる?」
「ハッ!?」
三佐の目線の先には、校庭の隅で駐機している、本来日本には存在しないフル装備のMH-60特殊戦輸送ヘリがあった。
手段を選ばなければ、この事態もどうにかなるかも知れない。




