0056:好きだけど怖いから付かず離れず素直になれず
午前8時47分。
着陸場所が確保出来た事で、自衛隊のCH-47大型輸送ヘリが北葛西小学校の校庭に着陸し、残されていた一般市民の収容を行っていた。
東京湾から羽田に巨大生物が上陸したのが2日前の事。
直後の混乱でこの小学校に避難して来た近隣住民は、自衛隊による救出作業の最中で大量の怪生物に襲われ、体育館に立て篭もるのを余儀なくされる。
救助活動開始から僅か一時間で怪生物に埋め尽くされ、時間を追うごとに数が増えていく体育館とその周辺。
丁度その時体育館内には、等身大フィギュアに命を与える特殊能力者のひょろ長男、家津洋介が避難していた。
そして、家津が保護して一緒に避難して来た小学校3年の少年、安保徒秋を追い掛け、姉である海賊少女の安保茉莉も、怪生物の囲みを突破して体育館へ到達する。
こうして、自衛隊員25名と8人の海賊、フィギュア遣いが招集した31体の等身大フィギュアが体育館での防衛戦を行うが、8000体以上に数を増やした怪生物は津波の如く押し寄せ、100名の一般市民諸共押し潰されそうになっていた。
そこに殴り込んで来たのが歩く火薬庫、銃砲兵器系魔法少女の黒アリスである旋崎雨音だった。
黒アリスに銃砲と弾薬を山ほど供給され、火力の塊と化した自衛隊と等身大フィギュアの集団は怪生物に対して総攻撃を開始。
押し寄せて来る怪生物を逆に砲火で押し返し、10時間以上の戦闘の末に、その全てを殲滅するに至った。
激しい戦闘を終えた朝。誰も彼も一睡もしておらず、人々は疲れ切った顔でCH-47大型輸送ヘリに乗り込んでいる。
命の危機を脱した安堵も、拭えない恐怖もある。今も少し目を向ければ、もはや動かない不気味な生き物が大量に転がっているのが見える。
彼等が気持ちの整理を付けるのは、まだまだ先の事のなのだと言う事を、実戦経験者の魔法少女は知っていた。
「…………連戦は辛いわ」
その実戦経験者、ミニスカエプロンドレスの金髪娘、魔法少女の黒アリスは校舎の壁に座り込み、軽機関銃を抱えて燃え尽きていた。
振り返れば、海難救助の際に巨大生物とイージス艦で殴り合い、防波堤では巨大生物を小型にしたような怪生物相手に立ち回り、羽田では怪生物に乗っていた攻撃航空機ごと東京湾に叩き落とされ、辛うじて生き延びた思ったら素っ裸の所を怪生物に襲われ、トドメが今回のコレ。
ヒビが入って灼熱になっていた乙女融合炉も大分落ち着き、今は完全停止状態である。
と言う比喩的表現はともかく、半日以上アドレナリン全開で走り回っていたのだから、力尽きて当然だった。
ホヘっと気の抜けた顔でヘリを眺める黒アリスに、母親に手を引かれた小さな女の子が手を振っている。
一体自分はどんな風に見られているのだろう、と思いながら、黒アリスは無意識に手を振り返した。
「…………まぁ、甲斐はあったわね――――――――って!?」
CH-47はタンデムローターの回転を上げると、収容した人々を乗せ砂煙と共に舞い上がる。
黒アリスは機内の少女を見送りながら、痛む左目を抑えて緩慢に立ち上がった。
◇
誰も居なくなった体育館内では、痩せたひょろ長い男がへたり込んでいた。
「うぅ……うー……ぼ、ボクぁ……ボクぁ……」
フィギュア遣いのひょろ長い男、家津の前には、31体の等身大フィギュア達が整列している。
どれもが、造形と芸術性、それに萌えと言う面に措いて申し分ない、珠玉の美少女フィギュア達だった。
そして、どのフィギュアも無傷ではなかった。
本来フィギュアは、特に等身大フィギュアとは、架空の存在を現実の存在として明確な形を与え、人間と同じ目線から鑑賞する、目で愛でる物である。そういう意味では、フィギュアに命を与える家津の能力とは、やや的外れな物であると言えるかもしれない。
だが、その存在の趣旨から外れていたとしても、家津の愛するフィギュア達、自慢の恋人達は、武器を取って怪生物と戦い抜き、自らが傷付きながらも人々を、そして自分を守り抜いてくれたのだ。
例えそれが、家津の与えた命によるモノに過ぎないとしても。
「うグッ……ぅひ……あ、ありがとうございましゅ……ありがとうございましゅ…………」
ひょろ長い男は崩れた顔から涙と鼻水を落とし、ひたすらに感謝、ただ感謝。
傷付こうが手足が外れようが関係ない。
本来愛でられるだけの等身大フィギュア達は、今は家津の嫁であり戦友であり、言葉に出来ないそれ以上の存在となったのだ。
「み、皆の勇敢な姿は、他の誰が忘れてもボクぁ忘れんでちよ……敬礼!!」
「けいれい!!」
しゃちほこばって額に手を翳す家津。
その隣では、たった今トコトコ歩いて来た徒秋少年が、同じように手を翳していた。
「おお……た、徒秋氏……聞いて下され見て下され……。彼女等はどんなに汚れようと、壊れようとも、美しさは全く損なわれんでござる」
「うん……カッコ良かったよ」
少年は、等身大美少女フィギュアをロボットだと思っている。
そして、見た目はともかくロボットが嫌いな男の子はいない。
身を呈して戦い、八面六臂の活躍を見せたその雄姿は、少年の中にも熱い魂となって、確かに焼き付いていた。
そんな所に、
「弟にアホな事させんなキモオタがッ!!」
「ゴエスッッ!!?」
「洋介お兄ちゃん!? お、お姉ちゃん!!?」
徒秋の姉、海賊コスプレ少女のヤンキー娘、安保茉莉が参上。
現れるや否や、針金のようなひょろ長い男の尻を蹴飛ばしていた。
「あたし言ったよなぁ……テメーの死刑は後回しだって! お祈りは済んだかクソおたヤロー!!」
「ヒィイイイイイイお助けぇええええええ!!」
嫌われているという自覚はあった。しかし、ひょろ長フィギュアおたくの家津は、徒秋の姉に直接的な暴力を振るわれた経験など、今までは無かった。
だが、ヤンキー娘のお姉ちゃんとしては、弟を死地に誘ってくれた外道は死して然り。
その実際は、意外と面倒見の良い近所のお兄ちゃんが家族の不在に身動きが取れなくなっている幼い少年を連れて避難してくれたのだが、素直になれない弟大好きな魔法少女はそんなの知ったこっちゃない。
重要なのは、――――――弟が――――――死ぬかと思った、その結果だけである。
「と言うワケで……テメーはバスケットコートに吊るしてやる!」
「イエー!! 吊るし首だー!!」
「吊るせー!!」
至極海賊的に処刑を宣告する海賊の船長。
一気に湧き上がる手下の海賊が、尻を突き出した格好で突っ伏すひょろ長い男を引っ張り上げようとするが、キズだらけの等身大美少女フィギュア軍団が家津を庇うように割って入った。
「んだこのダッチワイフどもがー!? つ・ぶ・す・ぞ!!」
「船長ー!!」
「ブッ潰せー!!」
「ひぎゃぁああああ! ま、マオ姉! 嬉しいけど御無理をなさらずにぃいいいい!!?」
2本ツノの兜を被ったマントの美少女フィギュア、『マオ姉』と、ツバ広の三角帽に同じくマント姿の海賊少女が正面から睨み合いに。
手下の海賊は曲刀を抜き、等身大フィギュア騎士団も鈍器――――――剣も槍も刃が無い――――――を持ち出し、一触即発の状態。
つい12時間と少し前に戦場となっていた体育館内が、再び人外どもの修羅場となる。
と、思われたその時。
「お姉ちゃんやめてよ! ロボット壊れたらロボットかわいそうだよ! 洋介お兄ちゃんもかわいそう!!」
「ッとぉ!? あ、アキ!?」
海賊団と等身大フィギュア激突の寸前に、海賊ヤンキー少女のマントが後ろに引っ張られた。
水を刺されて憤怒の顔で振り返る海賊少女だったが、その目が弟と合うなり、鬼の形相は驚愕、気拙さ、恥ずかしさ、照れ、と高速で変化し、水を差されるどころか冷や水をブッかけられていた。
「お姉ちゃん! 洋介お兄ちゃんはウチで留守番してた時にモンスターからボクを助けてくれたんだよ! 命のおんじんなんだから怒らないで! あとロボットも壊しちゃダメ!」
なりは小さくてもハキハキと、他人に受けた恩をハッキリと申告する利発な徒秋少年。ロボットも高価なモノであると分かっている。ロボットではなかったが。
そして、可愛い弟から怒ったように言われてしまうと、キモオタだからと言って八つ当たりも出来ないお姉ちゃん。弟が危険な時に傍にいなかった後ろめたさもあった。
「で、でもなアキ? それならお、お兄ちゃん? も一緒に家で待ってりゃよかったじゃんかよ? こんなヤバい所に逃げて来なくたって……姉ちゃん心配したんだぞ?」
しゃがみ込み、しどろもどろに言い訳がましく言う海賊姉が、ワケも無く手を彷徨わせる。
本当に心配したのだ、というのをどうにか強調したい姉だったが。
「家のドア壊されちゃったから、あのモンスターに……。お姉ちゃんには連絡出来ないし…………」
「ぐあっ!?」
特に恨み節を利かせたモノでもなかったのだろうが、しょんぼりする弟に痛い所を直撃される姉。
真っ青な顔で後退る船長を、手下達が動揺しながら支えていた。
「お姉ちゃんどうしてメールも通じなかったの? それにどうして海賊のコスプレ?」
「そ、それはだな――――――――――――」
「そのヒト達は? お姉ちゃんの友達?」
「こっ!? いっ! こいつら、は……!?」
「あっしらは船長の船に乗ってる船員でさぁ、タダアキ坊ちゃん」
「テメーらは! まだ! それは! 黙っとけッッ!!?」
7人の日焼けマッチョへ叫ぶ海賊少女。怪生物を相手にした時以上の突っ込み方をされても、正直何もかもが弟に説明出来ない。
こんな事なら、もっと早くあの軍艦を太平洋に沈めて弟に全てを話しておくんだったコンチクショー、と内心で後悔に狂っていても、全ては後の祭りであった。
海賊少女が言葉に詰まり、糸の切れた操り人形のようにカクカク震えている後ろでは、フィギュア遣いの家津がマオ姉に助け起こされている。
そんな、ある意味昨日よりもカオスな場となった体育館内に、ブーツの音を響かせ入って来る少女がいた。
「一体何の騒ぎなのよ、これは?」
「た、大佐!?」
「え? あッ!? アンタはッ!?」
片手で左目を抑え、ゴツい軽機関銃を胸の谷間からぶら下げるように抱えている、黒いミニスカエプロンドレスの金髪少女。
黒アリスである。




