0055:火器厳禁魔法少女
砲身が赤熱し、陽炎を上げる7.62ミリ口径6連装回転砲身機関銃。
秒間50発という鬼のような発射速度は、黒アリスの背負っていたドラム型大容量マガジンを一分足らずで空にし、6連装の砲身が駆動音を立て空回りしていた。
「ジャック、再装填!!」
「カバー!!」
背中合わせで12.7ミリ重機関銃携行型を掃射していた黒いスーツの巨漢と前後を入れ替え、ミニスカエプロンドレスの黒アリスは背負っていたドラムマガジンと7.62ミリ機関銃を放り投げると、お腹の位置のエプロンポケットに手を突っ込む。
「んッ……くぬッッ……!?」
銃や兵器は魔法の杖で叩き出すが、弾薬や砲弾、弾頭の類はエプロンポケットから直接引き出せる。これも、黒アリスの魔法のひとつだ。
しかし、エプロンポケットの横幅は30から40センチしか無い。
『魔法』と言うだけあってその辺の制約は曖昧だったが、どう見てもポケット長より大きな7.62ミリ大容量ドラムマガジンを引き出すのは、黒アリスとしても苦戦を余儀なくされる。本当にどんな仕組みになっているんだか。
「ふんぬっっ!?」
それでも、一抱えもある銀のドラムマガジンを気合で引っこ抜いた黒アリスは、7.62ミリ機関銃から伸びる給弾ベルトを、新しい方のドラムマガジンに接続。
設計上想定されていないやり方で給弾を終えると、再度7.62ミリ機関銃を抱え上げ、怪生物の壁に向けて発砲を再開した。
◇
圧倒的火力を以って体育館のど真ん中へ侵攻して来た二人組、ミニスカエプロンドレスの金髪少女と黒いスーツの厳ついオヤジ。
その二人が振るう兵器は本来車両や航空機に搭載する大型火器であり、重量、反動共に大きく、持ち歩くには向いていない。
ところが、12.7ミリ重機関銃の大男はともかく、どう見たって華奢でか弱そうなメイド調の少女が、6連砲身を回転させながら何十キロもある機関砲で怪生物を薙ぎ払っている。
冗談を通り越して、鬼気迫る光景だった。
個人では持ち得ない火力を生身で実現し、圧倒的な数に囲まれながら、一方的に蹴散らしている。
「おぉおおお!?」
「スゲェ!? 何だあれ!!?」
壇上に逃げていたのが幸いして、避難している人々は弾膜に曝されずに済んでいた。
もっとも、黒アリスだって一般市民へ弾を流さないよう、射線をやや下に向けていたのだが。
「たた隊長……アレは一体……!?」
「…………分からん、が…………」
ただ目を見張るばかりの自衛隊員達だったが、中隊長の三佐だけは、何か拙い物を見るような渋面を作っていた。
確かに圧倒的でド派手な攻撃力を見せつける正体不明の二人だが、三佐には分かる。
この二人は、ド素人だ。
一見して怪生物の大群を押しているようだが、怪生物の数は未だ限りが見えず、同類がどれだけ銃弾に撃ち抜かれようとも、恐れる様子もなく敵へと突っ込んで行く。
メイド調の少女と黒スーツの巨漢の戦力の底は分からない。しかし、この二人のリズムが破綻すれば、アッという間に怪生物の数に飲まれるのは明らかだ。
「全員聞け!」
故に、中隊長の三佐は小隊規模の自衛隊員24名を、それに海賊団と等身大フィギュア騎士団を待機させる。
◇
ヴゥウウウウ! と派手な炸薬音を打ち鳴らし、景気良く弾をバラ撒く7.62ミリ機関銃。
だが、射手である黒アリスは、その弾道が定まらなくなって来たのに気付いていた。
見れば、6連に束ねられた銃身が先端まで真っ赤に染まり、チリチリと音を立て、黒アリスの顔にまで熱気を叩きつけている。
(オーバーヒート!?)
銃砲兵器系魔法少女の黒アリスは発砲の反動も重量も無視できるが、銃その物の限界までは超えられない。
設計上想定されない連続射撃に、6連装回転砲身機関銃は極短時間で消耗しきっていた。
ならば、新たな兵器を魔法で出してしまうのが、銃砲兵器系魔法少女の所以である。
「ジャック、そっちは!?」
「もう半分!」
12.7ミリ重機関銃の給弾ボックスは最大で100発装填。発射速度は秒間10発だから、あと5秒。
「ッおぉおおりゃぁあああああ!!」
射線が切れ、突っ込んで来た怪生物を重量18キロの機関銃でぶん殴ると、黒アリスは魔法の杖を通常モードで2発発砲。
怪生物を吹っ飛ばした直後に、銃砲形成モードで2発発射。
その弾丸が新たな銃器に変形する間に、ジャックの12.7ミリ重機関銃の装弾ボックスを入れ替え、魔法の杖の弾倉を解放。スピードローダーを使い5発を一度に再装填し、
「――――――――――フッ!!」
腰を落として怪生物の腕を躱わすと、至近距離から顔面へ向けて50口径弾をブチ込んだ。
「ジャック、それ終わったらこっち使って! 再装填早いから!!」
「分かった!!」
黒アリスは作り出した直後の5.56ミリ軽機関銃を振り上げ、ストックを肩に押し付ける構えで連射。ライフル弾を近い位置にいる怪生物から順に撃ち込み――――――マルチプルターゲット・エンゲージメント――――――脚を止める。
息つく暇もない怪生物の大攻勢に、黒アリスは極限の集中力で以って迎え撃っていた。
中隊長の三佐は黒アリスをして『素人』と断ずるが、それでも黒アリスとて実戦証明済みの魔法少女だ。
潜った修羅場も数知れず。
素人なりに自分の戦術を組み合わせ、自身の持てるオプションを最大活用し、ひたすら怪生物の数を削る。
だが、ここで偶然か故意か、怪生物が地上で黒アリスとジャックを引き付けていた一方で、天井の梁を伝っている個体がいた。
人間という生き物は、どうしても上に対する注意は行き渡らない場合が多い。
ましてや、今のふたりは接近距離にまで押し寄せて来る怪生物の大群を迎撃するので手一杯だ。
なので、他に注意など持って行きようが無く、
「ふぐアッ――――――――――!?」
「ッ……ジャック!?」
ジャックの上に落ちて来た怪生物に、致命的な不意を突かれた。
「う、うわっ!? うわぁああ!!?」
「ジッとしてなさい!!」
怪生物とジャックの両方へ向けて怒鳴った黒アリスは、5.56ミリ軽機関銃を振り上げ、ゴルフのスイングの様に振り抜き、怪生物を叩き返す。
「ジャック! そのまま伏射!!」
自分の上に乗っていた怪生物が殴り倒され、立ち上がりかけたジャックだが、黒アリスの怒声に従い倒れたままで軽機関銃を掃射。迫っていた怪生物の集団を、大火力で押し返した。
黒アリスもジャックの反対側へ、片膝を着き前面へ弾を集中する。
秒間17発がマズルファイアと同時に噴き出し、炸薬の衝撃波が空間を痺れさせていた。
同類が倒れても、その身体を踏み越え、次々と突っ込んで来る4腕4脚の怪生物の津波。
「クッ――――――――そ!!?」
一度崩れてしまった迎撃の間隙は、もはや埋める事は叶わない。
倒されても倒されてもお構いなしで次を押し込む怪生物の大群は、悪態を噛み潰す黒アリスへと徐々に迫り、ガキッ! と。
(――――――――――弾切れ!?)
怪生物の壁は、既に黒アリスから距離5メートル圏内。
しかし、こんな時の為に5.56ミリ軽機関銃は再装填の早いベータC-MAGに換装して作っておいたのだ。
この程度は、想定の範囲内。
「舐、め、る、なぁああああ! うらぁああああああああ!!」
弾倉を排除し、エプロンポケットから取り出し、装填し、レバーを引いて装薬。
透き通りながら覇気に満ちる怒声で吼えた黒アリスは、片手で軽機関銃を撃ち放ちながらジャックへ予備弾倉を放る。
一方で、ニーソックスに挟んでおいた9ミリ拳銃を引き抜き連続発砲。
その弾が切れると、9ミリ拳銃を咥えて再装填。間近に迫った怪生物を蹴り飛ばし、頭部に集中砲火する。
本職の自衛官でさえ、たじろぐ程の戦意を黒アリスは見せていた。
「死にたい奴から列に並べ!! 順に地獄へご招待よフハハハハハハ!!!」
「アハハハハハハハハ!!」
戦意というか、魔法少女とマスコット・アシスタント揃ってオーバーヒートしていたのだが。
そして、第6中隊長の釘山三佐も、素人と見て今まで観察していた黒アリスの獅子奮迅に、考えを改めていた。
これならば、ふたりを回収して防衛に徹するよりも、攻勢に出られる可能性が。
「第6中隊聞け! あの二人を援護する! 続け!! お前達はその気があるなら非戦闘員を守れ!!」
中隊長は海賊団と等身大フィギュア達に一般市民の防衛を任せると、部下を率いて壇上から飛び降り怪生物の中を突撃する。
先頭を走る中隊長は怪生物へ体当たりし、続く部下は小銃に付けられた銃剣で怪生物を貫きつつ前進。
そして、陸上自衛隊東部方面隊第一師団第32連隊第6中隊第一小隊は、銃砲兵器系魔法少女である黒アリスの援護に入る。
「予備の弾は無いのか!?」
射界の側面より、怪生物を押し倒しながら接近する角刈りの自衛官の科白に、黒アリスは何も考えずに魔法で応えてしまっていた。
それほど事態はテンパっていたのだ。
「ちょっとそこ退いて!!」
中隊長に9ミリ拳銃を押しつけた黒アリスは、怒鳴りながら魔法の杖を起爆。
至近距離で改めて目撃する現象に、角刈りの中隊長以下、第一小隊の全員が目を剥いた。
自衛隊員達の足元に撃ち込まれた5発の弾丸は、その場で見る間に膨張すると、全てが同じ形状を取る。
現れたのは、5.56ミリアサルトカービン。ピカティニー・レールを初めとし、フォアグリップ、増加弾倉、それに近接戦闘用のドットサイトまで付いている芸の細かさ。
「使える!?」
「う……!? うむ……!」
中隊長としては、89式小銃でも使える5.56ミリNATO弾が無いのかを訊いたのだが。黒アリスはそんな細かい事聞いちゃいない。
観察して分かっていたつもりだったが、こうも簡単に奇跡を見せられると、熟練の中隊長ですら見たモノをどう理解して良いのか判断に迷う。
だが同時に、ベテラン故に優先順位は迷わない。
「遠条、入定、門名、弦近! ライフルを持て! 防御円陣! 残りは近接――――――――」
銃剣にて近接防御、と中隊長が言いかけた所で、魔法の杖の再装填を終えた黒アリスが再度発砲。
今度は黒アリスと同じ空挺仕様の軽機関銃と大型弾倉、それに12.7ミリ重機関銃の3脚仕様を作り出していた。
もはや呆れている場合ではない。
ここに、自衛隊と黒アリスの機能は、完全に合致していたのだから。
◇
「弾薬も銃も気にしないでいいから! 撃ちまくって!!」
「壇上まで後退するぞ! 体育館内の敵を排除! M2は壇上の上に設置しろ!!」
手練の射手と武器弾薬が揃い、人間側の総反抗が始まった。
四方八方に撃ちまくりながら後退した自衛隊員と黒アリスは、そこを防御基点に据えて怪生物群へ一斉射。
弾膜を突破して来る個体もいたが、近接防御を任された海賊団と等身大フィギュア騎士団が、数でこれを返り討ちにする。
「M2弾切れ! 残弾ゼロ!!」
とでも言おうものなら、軽機関銃を2丁脇に抱えた黒アリスが駆け込んで来て、エプロンポケットから山ほど出した弾薬ボックスを置いて、また走って行く。
その内、等身大フィギュア騎士団までアサルトライフルやら軽機関銃を撃ち始め、あるいは予備弾倉を持って自衛隊員達の間を走り回っていた。
この際、黒アリスも自衛隊員達も細かい事に構っていられなかった。
「火力を出入り口に集中! 分隊ごとに各地点を確保!」
「三佐! M2装備の軽装甲機動車を出すわ! アレならまんまバリケードになる!!」
「それより自動投擲銃はあるか!?」
「ちょっと待って! ジャック、援護射撃!!」
角刈りの中隊長に付いて走り回るフルアーマー魔法少女の黒アリスは、自らも図抜けた火力で敵をフッ飛ばし、自衛隊員を援護し、一般市民を守って怪生物を迎撃する。
体育館を完全に制圧しても、怪生物の大群は獲物に群がろうとするのを止めなかった。
徹底抗戦を始めてから既に1時間を経過。
外は日も落ち暗闇が訪れていたが、怪生物は体育館に集まって来る。
ここまでくれば、自衛隊員も海賊も魔法少女も、そして一般市民さえも総力戦の構えであった。
体育館の出入り口や空気窓から曳光弾の光が飛び、破裂する榴弾が怪生物を吹き飛ばし、一瞬の炎が周囲を照らし出す。
何台も置かれた軽装甲機動車が煌々とヘッドライトを放ち、体育館内に明りを確保していた。
一般市民が負傷者を手当てし、邪魔な薬莢を率先して掃除していく。
そして夜が明け、視界を確保出来るようになった事で自衛隊員と黒アリスは、暗中の防戦から攻勢に転じた。
「準備は良いか、黒衣!?」
「行くわよジャック!!」
「黒衣が出ると同時に防御円陣! 乙種を近づけるな!!」
半分ほどになったとはいえ、怪生物はまだまだ大量に蠢いていた。
体育館の出入り口を一か所だけ解放し、中隊長の釘山三佐自ら率いる分隊が怪生物を排除しつつ外へ飛び出すと、その真ん中から黒アリスが魔法の杖を発砲。
弾丸は校庭のど真ん中でMH-60特殊戦用輸送ヘリに変化し、操縦席にジャックが、副操縦士席に釘山三佐が飛び乗り、他の分隊員も乗員席へ、最後に黒アリスがドアガンに着く。
MH-60が飛び立つと、等身大フィギュア騎士団と自衛隊員も体育館の外に展開。
空と陸の全員が、ありったけの高火力装備だった。
低空を舞うMH-60が左右のドアガンと乗員席から火を噴き、地上部隊も一斉に攻撃を開始。
銃弾や砲弾が跳ね回り、怪生物が校庭の土と一緒にバラバラに宙を舞った。
怪生物達はどれだけ数が減らされても、どれだけ激しい攻撃を受けようと、決して逃げず、人間を襲うのも止めようとしない。
そこには凶暴性や食欲といった本能よりも、むしろプログラムを入力された機械のような印象さえ受ける。
「踏ん張りどころだテメェら!! ここまで来てバケモノどもにやらせんじゃねーぞ!!」
「うぃーす!」
「アイサー船長!!」
MH-60が体育館上空を飛行し地上の敵を駆逐する一方、群れではなく単体で忍び寄る怪生物は、海賊少女率いる海賊団が叩きのめしていた。
「た、頼むでござるよ皆の衆! 自衛隊の方々に邪魔にならん程度に援護射撃するでち……!」
緞帳に隠れてブツブツいうヒョロ長男のフィギュア遣いであったが、等身大美少女フィギュア達は命令に忠実に、床に近い空気窓から伏射姿勢で正確な援護射撃を行っている。
「第3分隊は校門を封鎖。上から援護する」
小隊へ指示を出す釘山三佐の後ろでは、黒アリスがグレネードランチャーやら無反動砲で怪生物を吹っ飛ばしていた。
午前7時12分。
こうして、遂に自衛隊員と海賊団、等身大フィギュア騎士団、そして魔法少女の黒アリスは、総力戦の末に8000体もの敵の殲滅に成功する。
後には力尽きた無数の不気味な生き物が転がり、誰もが燃え尽きてはいたが、見事に全員生き残って見せた。




