0053:戦闘は火力
日焼けした褐色肌に、色が抜けた長い茶髪をウェーブさせている、ちょっと男勝りで荒れ気味だがキレイ目な女子高生、安保茉莉。
その弟である『アキ』こと安保徒秋は、身体がそれほど丈夫ではなく、学校以外はほとんど家に籠っている。
と言うのは、実は少々事実と異なっているのだが、体調を崩し易くて家に引き籠りがちなのは事実だ。
『素直』という言葉が辞書に記載されていない荒れ気味少女の茉莉は、新しく弟が出来た当初も、その弟へ本音を語る事が無かった。大分打ち解けてきたとはいえ、今も弟に対して素直に本音を話す事は無い。
だから、どうして自分がこんな海賊のような格好をしているかと問われても、応えようがなかったのだ。
しかし、巨大生物が東京を襲い不気味な生き物が溢れ返る現在の事態となり、現在しか見えていなかったノーフューチャー少女としても、反省せざるを得ない所は多かった。
こんな格好をしている理由も、弟への本当の気持ちも、何も話せないまま二度と逢えなくなるかも。何度そう思った事か。
海賊少女の茉莉は、弟と船で海へ出るのだ。
それなのに、こんな所でくたばっている場合ではない。
◇
とは言え、基本的に考えたりするのが苦手な絶対先行少女なので、いつものように真っ向から殴りに行く事しか出来なかった。
「ドォオオオラ死ねやバケモノがぁああああ!!」
「ブッ殺せぇえええええ!」
豪快にキャットウォーク――――――手擦り込み約4メートルの高さ――――――から跳んだ海賊少女は、ひょろ長い体形のフィギュア遣い能力者の顔面にしたように、ブーツのヒールを真下に怪生物へと自由落下。
群れの直中へ怪生物の一体を踏み潰し着地した海賊少女は、目の前にいた別の敵へと拳を振り上げ、全体重を乗せた拳を振り抜く。
しわがれた呻きを上げて吹っ飛ぶ怪生物だが、その後方には同じような姿が山ほど。
体育館の内外には、凄まじい数の4腕4脚の怪生物が蠢いている。
恐いのは、海賊少女も壇上の上に固まっている一般市民と同様。いや、この場で恐れを持っていない人間など、ひとりもいなかった。
だが、年中無休で喧嘩上等のヤンキー娘が先陣を切った事で、一気に体育館が修羅場へと変わる。
船長である茉莉に続き、手下の日焼けマッチョ海賊団が得物を振り上げ全力突撃。
海賊団との激突により群れから弾かれた個体は、自衛隊員の銃剣の間合いに入ったが最後、二人ないし三人から同時に銃剣をブッ刺されて床に転がる。
鈍器――――――刃が無い剣や槍――――――を構えて横一列に整列していた等身大美少女フィギュア軍団も、一斉に怪生物へと進撃した。
「どぉおおらあああああ!!」
「扱かせ扱かせ!!」
「ちょ!? 危ない! 死ぬ!」
それは古代の戦争か、さもなくば暴徒と機動隊の戦い。作戦無しのド突き合いであった。
途中で腰の物を思い出した海賊少女も抜剣し、二刀でもって前後左右を斬りまくる。斬るというよりは金属バットか何かでぶん殴る勢いだったが。
その足元では、何の因果かこんな局面まで付いて来てしまった軽さが身上の女子高生、廃島摘喜が逃げ惑う。もはやどっちに逃げていいかも分からない有様だ。
興奮した怪生物が激しい鳴き声を上げ、海賊団と自衛隊員の怒号とぶつかる。
無数に打ち鳴らされる足に、体育館全体が揺れていた。
歯を食いしばった海賊少女が怪生物を蹴り倒し、巨漢の海賊が別の怪生物を投げ飛ばす。
自衛隊員は防戦に徹し、逸れた個体を排除していく。
しかし、やはり数が多い。一体二体を倒した所でほとんど意味が無い。
今も壇上のある面以外、体育館の3面にある鉄の扉は全て破られ、後から後から怪生物は押し込まれているのだ。
「よ、洋介お兄ちゃん!?」
「は……? ギャァァアアアス! そういやこっちもでござったぁあああ!!」
弟の悲鳴――――――ひょろ長おたくは脳内排除――――――に顔を上げた海賊少女が見た物は、キャットウォーク上の天窓にびっしり張り付く多数の怪生物だった。
「アキ! ――――――――――ってぇ邪魔だクソが!!」
何より弟最優先の海賊少女は、その場を放って走り出そうとする。そこに、後方から海賊少女のロングコートを引き裂く怪生物の爪。
眦を吊り上げた海賊少女は裏拳で怪生物を殴り倒すと、連続して曲刀を叩きつけた。
「た、徒秋氏! ここはヤバいでち!」
「で、でも――――――――――――」
キャットウォークの上から姉の大暴れをハラハラしながら見ていた少年は、ひょろ長い背の男に脇を抱えられる様にして連れ出される。
背後からは、次々にガラスが砕けて落ちる音が。
「ぬあぁあああああああああああああああ!? 横スクロールアクションの如し!!」
すぐさま逃げ出そうとするひょろ長い男だったが、怪生物が向かう先でも窓を砕き、足元に落ちるガラスにたたらを踏んだ。
ヒョロ長男の家津と、海賊少女の弟徒秋は、前後を怪生物に挟まれる形に。
だが、ここで等身大フィギュアの2体が、軽やかにキャットウォークに飛び乗って来る。
やや背の低い金髪碧眼のフィギュアと、ヒラヒラした着物のような服を着たフィギュアは、家津と徒秋の前後に割って入ると、錫杖と長剣で怪生物をキャットウォークから叩き落とした。
「ナイスでちカームちゃんにナリヒラたん! ㌧!!」
「カッコイー!!」
自分以外の相手を称賛する弟に、姉の精神ダメージは割と大きかった。
「う……ぅおらくたばれぇえええ!!」
曲刀の刃を掴み取った怪生物の腕を逆に掴むと、若干涙目の海賊少女は連続ボディーブロー。そこから顔面を殴り飛ばす。怒りのコンビネーションに、怪生物は白い体液を吐き出しながら宙を舞った。
そして、一体が倒れても、怪生物は減るどころか数を増やして押し迫って来る。
「隊長! 上から乙種が侵入!!」
「ッ……そこの海賊は下がれ! 側面を突かれるぞ!」
それまでは壇上の一般市民100名以上へ、向かって来る怪生物を一方向から遮りどうにか防戦していた。
ところがここで、真横からも怪生物が侵入して来る事でバランスが崩れ、天秤が一気に傾く。
「遠条! 大場! 階段から来るのを阻止しろ!」
「了解!」
「了解です!!」
海賊団も剣を振るいながら後退させられていた。怪生物の筋張った腕は飽きもせず伸ばされ、曲刀やサーベルがそれを打ち払う。
「あッ!? クソッっ!!」
「グググ! ググ!!」
「ア゛ー!!」
銃剣が刺さったままでも、怪生物は自衛隊員達の方へにじり寄って来た。刺して突き飛ばしても、他の怪生物にぶつかり戻って来るほどに、個体間の隙間が無くなっているのだ。
「全員壇上に上がれ! 乙種は絶対に上げるな! 叩き落とせ!!」
中隊長の命令が自衛隊員達に伝わるが、それからどうしようというのか。
自衛隊員が、海賊団が、等身大フィギュアの騎士団が圧力に負け、壇上を背に後退する。
「グッ……! ちっくしょう!! ふざけんなよ! こんなとこでアキを殺せるか!!」
海賊少女の茉莉は、断じて諦める事は出来ない。怪生物に突き刺さったまま剣がどこかに行っても、こぶしひとつで抵抗を続けるが。
「ッ――――――――てぇ!? テメー!!」
「茉莉!」
「お姉ちゃん!?」
「船長!」
それも、良くここまで戦えたと言うべきか。
腕と足以外は全身筋肉のような怪生物の力に突き飛ばされ、海賊少女は背中から壇上の下に叩きつけられた。
壇上の端に、弟の徒秋と友人のムギが駆け寄り、手下の海賊が船長を背後に怪生物と殴り合う。
「ヒギャァアアア!? コロネちゃん!? ステンちゃん!!?」
文字通り体を張って喰い止めていた等身大フィギュアは、徐々にその身体を削られていた。
家津にとってはただのフィギュアなどではない。自分の命の一部に等しい傑作達である。
海賊少女は壇上に引き上げられ、追って来る怪生物の腕を自衛隊員達が蹴飛ばし、銃剣だけが武器となった小銃で叩き返す。
自衛隊員も海賊も、残った等身大フィギュアも壇上から登って来ようとする怪生物を蹴落とすが、遂に体育館一杯になった怪生物は、壇上の上にまで水嵩を増そうとし。
怪生物でごった返した体育館入口に、MH-60兵員輸送ヘリが怪生物を踏み潰しながら強行着陸して来た。
重量約10トンのヘリが地響きを立て、体育館を丸ごと揺らす。
それだけに止まらず、MH-60の両サイドにあるドアガン用の窓から、突き出された6連の砲身が回転を開始。
直後にMH-60搭載のドアガン、7.62ミリ口径6連回転砲身機関銃が爆音を上げる。
秒間50発という凄まじい量の弾丸が体育館内部と反対側へバラ撒かれ、壁や鉄の扉を撃ち抜き、怪生物の大群を薙ぎ払った。
体育館の壁は、一瞬で穴だらけに。伊達に遠距離用ショットガンなどとは呼ばれていない。
「なん……だ!? 救援か!!?」
自衛隊員の誰かが言い、隊長の三佐は吹き飛ばされたドアの方を凝視する。
問題の大本である巨大生物への対応や、他に救出しなければならない一般人が多過ぎて、他の部隊も応援に来るどころではなかった筈だ。
それに自衛隊なら、こんな無茶苦茶なやり方はしない。
それでも、絶望的な状況が力尽くで吹き飛ばされ、体育館に追い詰められていた人々に希望が産まれていた。
「あ……ありは……あ、ましゃか!?」
脚が外れたフィギュアに肩を貸していたヒョロ長男の家津は、ある既視感に呟きを零していた。
この、問答無用の大火力で全てを圧殺するかの如き所業に、刻み込まれた恐怖が頼もしさに変わって甦る。
一頻り7.62ミリ6連砲身機関銃が咆哮を上げると、MH-60の乗員席ドアが乱暴に開かれた。
そして、機内から降りて来たふたつの人影は、体育館内に侵攻するなりバカでかい大型火器を発砲開始。
火を噴く7.62ミリ機関銃携行型がキャットウォーク上の怪生物を八つ裂きにし、12.7ミリ重機関銃携行型が地上の怪生物群を一直線に蹴散らした。
7.62ミリ機関銃携行型――――――本体重量18キログラム、砲身長約1メートル――――――を振り回し、100キログラム近い弾倉を担いでいるのは、メイド服のような丈の短いミニスカートのエプロンドレスを纏う、金髪の美少女だ。
その後ろには、12.7ミリ重機関銃携行型――――――1.6メートル、約38キログラム+弾薬重量―――――を脇に抱える、ミニスカエプロンの金髪少女より頭一つ分は大きな厳つい巨漢が付き従っていた。
火薬の燃焼する煙が立ち込め、マズルファイアを噴き上げるふたりの姿がシルエットで浮かびあがる。
大口径の発する爆音が空気を叩き、無数の弾丸があらゆるモノを貫き、突破していく。
「多いわね……バケモノも、ヒトも……」
「……アマネちゃん」
あらゆる銃砲兵器を自由自在に作り出し、火力にモノを言わせるミニスカエプロンドレスの金髪魔法少女。
黒アリスの旋崎雨音。
それに、魔法少女を助けるマスコット・アシスタントの厳つい巨漢。
ジャック。
「まずコイツらを片付けるわ! 殲滅するわよ、ジャック!!」
「了解だよアマネちゃん!!」
薄闇になりつつある体育館の中、のっけから破壊神モードの黒アリスは、火薬燃焼ガスのような灼熱の呼気を吐き、焼けた銃口の様に爛々と双眸を光らせていた。




