0052:戦いは数だよ姉貴
午後6時50分。一年で最も日が高い時期の、日没ギリギリの時刻である。
東京江戸川区葛西にある、夕日を受けて輝く高層マンション、その19階にある一室。
特殊な能力によって自律行動プログラムを入力された、動力も制御装置も無い等身大フィギュアが、遠隔地からの命令を受けて起動する。
漫画やアニメ、あるいは小説の美少女キャラクターを模したフィギュアは、能力者本人の執念とさえ言える細密なアルゴリズムによって、人間そのままの動きで歩きだしていた。
指定された命令に沿い、フィギュア達は室内に隠されていた武装を持ち出す。
10体以上が同時に動いていたが、室内で互いにぶつかるような事もない。
皮のボンテージ姿や水着に白衣、素っ裸に近いビキニ鎧等を着た等身大美少女フィギュア達は、全員が武装を済ますと、順番に規則正しく19階から地上へと飛び出した。
◇
体育館には続々と4腕4脚全長2メートルの怪生物が入り込み、100人以上いる一般市民を背に防戦する自衛隊員25名は弾切れ寸前。それでも、小銃の先に銃剣を付け、白兵戦で迎え撃つ構えだ。
一般市民が逃げ場を無くした鼠のように壇上で固まり、悲鳴を上げながら2階キャットウォークとの間で押し合いへし合いを繰り返している。
そして、
「あー! ヤッバーいもう限界!? 無理無理無理マオ姉ぇえええ! マオ姉ぇえええええ!!」
「落ちちゃうよー……!!」
ひょろ長い体形の男、家津洋介と、小学校3年生の線の細い少年、安保徒秋の頭の上にも、明り取りの窓を割って怪生物の腕が迫る状況となっている。
にもかかわらず、ふたりはキャットウォークの上から押し出されてしまった女子中学生を、必死になって落ちないように捉まえていた。
特別な能力者である家津は、命の無い人形にプログラムと言う名の命を与え、思うがままに動かす事が出来る。
と言っても、呼べばすぐに来るワケでもない。どうしたって距離的な制約は付いて回った。
「隊長、多々峰も残弾無しです!」
「横列、間隔狭く! 我らを壁として一切後ろに通すな!! 向かって来る物は全て倒せ!!」
角刈りの中隊長が怒鳴ると、隊員全員が銃剣を前に、迎え撃つ覚悟の面構え。
それが無理な命令だと、出した本人も出された隊員達も分かってはいた。何せ敵の数が違い過ぎる。
一般市民のいる壇上の前に一列となった自衛隊員へ、体育館内を塗り潰す様に大量に迫って来る怪生物の群れ。
それと小銃の銃剣が、いよいよ絶望的な衝突を行おうとした、その時。
「――――――――――ぅオラオラオラオラオラァ!! どけやクソどもぁああ!!」
犇めき合う怪生物の上を足場に、ワイルド海賊少女と自律稼働等身大フィギュア軍団が体育館内へと突撃して来た。
◇
一刻も早く、どんな事をしてでも、海賊コスプレヤンキー娘の安保茉莉は、弟のもとに行かねばならなかった。
ところが、自衛隊が派手な救助活動を行ったせいで、弟が避難しているという小学校はアッという間に怪生物の大群に取り囲まれてしまう。
安保茉莉は、黒いツバ広の三角帽に、同じく黒いロングコートとヒールの高いブーツ。形の良い胸はサラシを巻いて隠し、腰回りは水着にパレオという格好。
何故かそんな海賊らしきコスプレをしていたワイルド少女は、道中で偶々出会った友人のあ軽い女子高生、廃島摘喜と共に、避難所になっている小学校を目指していた。
しかし、学校に群がる凄まじい数の怪生物に阻まれ、進む事が出来なくなる。
茉莉に付き従う7人の日焼けマッチョと再三突破を試みるが、怪生物の大集団の端で小競り合いを演じるのが関の山だった。
だが、そんな足止めを喰らっていた海賊船長とその手下、加えあ軽め女子高生の横を、凄まじい勢いで突っ切っていく集団が。
前日にフィギュア遣いのひょろ長男が小学校への避難を前に、レンタル倉庫内に待機させておいた等身大美少女フィギュアの護衛達である。
フィギュア達は怪生物の群れへ向かって跳躍すると、みっしりと密集する肉の上を平地の如く駆け始める。
いずれも人間以上の身体能力を持つ自律稼働フィギュアだからこその芸当だったが、
「ま、待ちやがれテメェらぁああ!!」
「茉莉!?」
「船長が殴りこんだぞぉ! イケイケイケぇえええ!!」
「おぉぉおおおぉおぉおおお――――――――――――!!」
「ち、ちょっと待ってよ!?」
焦りやら負けん気やらで頭に血が上った海賊少女も、等身大フィギュア達を真似て密集する怪生物達の頭を足場に突撃。
7人の日焼けマッチョも船長の少女に続き、そして普通の少女でしかないムギもヤケクソで、気合と根性と勢いに任せて怪生物の上に乗り込んで行った。
◇
そして、無数の怪生物を踏みつけながら、等身大フィギュア軍団と海賊団は体育館へと到達すると、自衛隊員と怪生物の間に飛び降りた。
「マオ姉ぇええええ!! こっちこっち!」
キャットウォークの上から捉まえた少女ごと落ちそうになっているヒョロ長男が、鼻水を垂らして迎えるのが、角付きの兜にマントを身に着け、手甲を装着し、露出の多いピッタリと張り付いた服を着た、グラマラスな身体のアニメ顔の少女、らしき物。
あるライトノベルのヒロインを象った等身大美少女フィギュアの、『マオ姉』である。
「アキ!? どこにいるアキ!?」
「お姉ちゃん!?」
小さな手から命が一つ滑り落ちそうで、その重みに泣き顔になっている可愛らしい弟を発見した海賊少女の茉莉だが、すぐ上から怪生物の魔手が伸びているのを見て瞳孔が開く。
「あ゛ぁあぁあぁあああ!! マオ姉! お願いでちィイイイ!!」
「お姉ちゃぁああああああん!!」
20代後半のひょろ長い男と小学校三年生の美少年は、揃って泣きながら悲鳴を上げていた。
握力や腕力は本当の限界を迎えて、ふたりの捉まえていた女子中学生は頭から床へと落下し、
「イヤッ落ち――――――――――!!?」
その下へ滑り込んだフィギュアのマオ姉が、間一髪で女子中学生を捕獲。
一方海賊少女の茉莉はと言うと、
「どぉおおるぁあああ!!」
3メートル以上高い所にあるキャットウォークへ吼え猛りながら跳び付くと、手擦に掴まり這い上がる。
狼のように牙を剥く海賊少女のお姉ちゃんは、弟へ伸ばされた怪生物の腕を掴むと、明り取りの窓から引っこ抜いて体育館の床へと投げ付けた。
「あたしの弟に手ぇ出してんじゃねーぞボケが!」
鉄の手摺の上にバランスを取って立つ海賊少女は、親指で喉を掻っ切るジェスチャーを見せる。
だが、その足元は怪生物で埋め尽くされつつあった。
ようやく弟を見つけ出せたのに、安心するのは早いようである。
「チッ……メンドくせぇな……どうすっか」
「お姉ちゃん、だよねぇ……?」
「おう! 待ってなアキ。大丈夫だ! お前の事は姉ちゃんが――――――――――」
「なんか、可愛い格好してるね」
「――――――――ぇあッ!?」
カッコつけて親指を立てて、弟の言葉に我に返って硬直する男勝りの姉。弟へは、今まで何度となくこの格好の事を説明しようとして、結局今日まで出来なかったのだ。
目を輝かせる純な少年に、これでもかと言うほど追い詰められる、しどろもどろなワイルド海賊姉。
「いや一瞬せっしゃもどこのキャラの等身大フィギュアかと我が目を疑い――――――――――ギャブッっ!?」
「くたばれクソがぁ!!」
そして、何故か神妙な顔をして自分を見上げるフィギュアおたくのひょろ長男へ、情けない赤ら顔から修羅へと変貌した海賊少女は、顔面狙いでブーツのヒールを連打していた。
「テメーはいったいなにヒトの弟を連れだしてくれてんだ! 殺すぞこのキモオタドヘンタイがぁ!!?」
「お、お姉ちゃん! 洋介お兄ちゃんはボクを逃がしてくれたんだよー!!」
「キャァアアアアアア目がぁあああ! 目がぁアアああああ!!?」
痩せたひょろ長い男が顔を抑えてのた打ち回り、怒れる海賊少女の姉に、線の細い小さな弟が必死になって縋りつくという、キャットウォーク上は一足先に修羅場となっていた。
一階には、自衛隊員と怪生物の大群の間に乱入して来た海賊団と等身大フィギュア集団が、場に均衡を作っている。
それも、自衛隊員も怪生物も状況を掴みあぐねた故に出来た、今にも崩れてしまいそうな均衡だ。
現に、怪生物は獲物を窺う肉食獣の動きで、ジリジリと人間達への包囲を強めて来ていた。
「まずはアキをこっから出すのが先だからな……。テメーの死刑はその後だ!」
「お姉ちゃーん…………」
「ヒッ! ヒィイ!? ここから生きて出られる気がしないでち!」
虎穴に入り虎児を得ても、虎の巣から脱出せねば意味がない。
日焼けマッチョの海賊たちは心得たもので、一斉に腰にしていた曲刀やサーベルを抜き放つ。
一瞬気が削がれた自衛隊員と中隊長ではあったが、少なくとも闖入して来た連中は敵ではないと判断していた。
顔をヒールの痕だらけにされたフィギュア遣いのひょろ長男も、朦朧とした意識の中で、集結した等身大美少女フィギュア軍団に戦闘態勢を指示する。もっともこれは非常時の緊急手段なので、初めから積極的には使いたくなかったのだが、こうなっては仕方が無い。
こうして多少人数が増えた人間側だが、未だに圧倒的不利な状況は変わっていない。
自衛隊員25名、海賊8名、自律稼働等身大フィギュア31体。守らなければならない非戦闘員が100名以上。
それに対し、今や学校や体育館の内外にまで増殖した約8000体の怪生物が、無数の歯を鳴らして押し寄せる。




