0051:名称は今考えたとか
体育館への入り口は、3方向の壁に計6か所。観音開きの扉は鉄製であり、中は空洞だが銃弾だって止める強度を持つ。
だが、守りの強さと言うものは、最も弱い部分で決まる。
扉自体は絶対的な強度を持つとしても、鍵となる構造部分や蝶番はどうしても脆くなってしまうものだ。
外部から強力な力を加えられた場合、負荷が集中して破綻し始めるのは、そういった脆い部分だった。
体育館は辺り一面4腕4脚の怪生物が犇めき合い、怖気を振るう唸り声を上げて押し寄せて来る。
避難住民を背に追い詰められる一個小隊分25名の自衛隊員達は、体育の機材や何やらで拵えた即席のバリケードの隙間から、頭を出す怪生物へ小銃弾を撃ち込んでいた。
「隊長! 西側、扉の方が限界です! 破られれば簡易バリケードじゃ一瞬ですよ!?」
「一般市民が上に行くまででいい! 引き延ばせ!」
連射する余裕などとうに無く、今は単発で5.56ミリ弾が放たれている。
当初避難していた1000人近い人数は、怪生物が雪崩を打って押し寄せる前に、800人以上がヘリによって脱出するのに成功していた。
怪生物にヘリポートとして使っていた校庭を埋めつくされる前に、それだけ脱出させられたのを幸運と捉えるべきか、100名以上残してこんな事態となったのを不運と思うべきか。
救出にあたる陸上自衛隊東部方面隊第1師団第32連隊第6中隊の隊長、釘山三等陸佐は、残された市民を体育館2階に誘導し、屋根からロープを使いヘリに収容させる算段だった。
こう言ってしまえば簡単だが、体育館2階部分は小さな放送室と体育館の奥行き分×ひとり分の幅のキャットウォークしか無い。
それに、屋上の存在しない体育館の上にヒトを送る方法すら、これから考えねばならない有様だった。
だが、相手はのんびり考える間など与えてくれない。
「おい何やってる!? さっさと上がれよ!!」
「早く上がって!!」
「押さないでよ!!」
「ヤダ死にたくない!!」
狭い階段に狭いキャットウォークを、恐慌寸前の100人以上の人々が押し合いながら登っていく。自衛隊員はそんな人々の間を無理矢理縫いながら、ヘリに収容させるべく屋根の上に上る方法を必死に模索していた。
体育館の上では、大型輸送ヘリのCH-47JAが滞空飛行中。パイロットは地上を埋め、ヘリに向かって筋張った4腕を伸ばす無数の怪生物を見て喉を鳴らす。
体育館内での自衛隊員の時間稼ぎも、そろそろ限界が近い。
「ッ……弾切れ!? 門名、残弾無し!!」
「同じく遠条、小銃弾残弾無し!! 拳銃に切り替えます!」
ガキンッ! と音を立て、小銃のサイドレバーが止まる。
即座に拳銃に持ち換える隊員だが、それだって一分も持たない。
そのように、一階で自衛隊員達が必死に怪生物を押し留める一方で、危険は別の方面からも迫っていた。
押し寄せる怪生物の一部は、偶然にも積った同類が足場となる事で体育館の外壁を登り、キャットウォークより上にある明り取りの窓に手をかける。
体育館の2階部分である狭いキャットウォークには、一階への侵入に備えて避難した人間で、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。
そこに、全く予想外の方向から忍び寄る危険。
しかも、明り取りの窓は鉄筋入りの安全ガラスではなく、怪生物の筋張った腕により簡単に砕け散ると、真下の人々に降り注いだ。
「うわッ!? わぁああああ!!」
「痛ッ! 刺さった! 刺さった!!」
「オイ上いるぞいるぞいるぞ!!」
ガラス片が落ちて来たのも大事だったが、その割れたガラスから怪生物が腕を伸ばしている方が、遥かに大事だった。
人々は火で炙られたかの如く逃げようとするが、狭いキャットウォークの左右にもヒトが詰まっているのだ。逃げようが無い。
「いやッ!? キャァアアア落ちる――――――――――――!!」
圧力は弱い所に集中し、結果として手擦り側に押し付けられていた中学生くらいの少女が、キャットウォークから宙へと押し出される。
ひっくり返った少女は縋りつく物も無く、頭から3メートル下の床へと落ちようとした。
「なぁああああああう!!」
が、その足首を偶々隣にいたひょろ長い背の男が、奇声を上げながら間一髪で捉える。
背が高ければ手足も長い。怪生物とタメを張る腕の長さでもって、落下する少女の脚を掴むが、筋力はまるで無いヒョロ長男の家津洋介。
一瞬で腕力は限界を振り切り、少女の全開になったパンツを見る余裕もなかった。
「ヒギィイイイ!? って! 手がちぎれるでござるゥウウう!!」
「お、お兄ちゃん!?」
鼻水を垂らして絶叫する貧弱男を助けるべく、自分も手摺の隙間から落ちそうな少女を捉まえる徒秋少年。
細い腕で女子中学生の太腿を引っ張り込むが、非力具合ではヒョロ長男よりも上だ。
一階では今にも怪生物が入り込んで来そうで、自衛隊員も救出に向かえない。
「だ、誰か助けてくだちぃいいいい!!」
「ん~~~~~~!!」
悲鳴のように助けを求める家津だが、誰も彼も自分の事で手いっぱいだ。
怪生物は上からも潜り込もうとし、その下のキャットウォークにいた人々は我先に逃げようとし、女子中学生のように落ちそうになる者も続出する。
「うんぎぃいいいいい!!」
「うー! うぅー!!」
キャットウォークの人々が自衛隊員の制止を押し切り、階段から一階へと雪崩落ちる。
激しく揺さ振られる家津と徒秋は、汗で滑る少女の脚を離さないよう必死だ。
そして、人々の戻った一階では、遂にバリケードの一角が崩れて怪生物が侵入を開始した。
「クソッ! 全員を壇上に上げろ!!」
「三佐! 南側も破られます!!」
自衛隊員は残弾乏しく、上と下から怪生物が迫り、筋力皆無なヒョロ長男は力尽きる寸前。
5.56ミリ弾が怪生物を撃ち抜くが、一体倒しても他の個体を挑発するだけで、もはやほとんど意味を成さない。
「付け剣! 近づいて来る奴から斬り捨てぇ!!」
中隊長の命令が飛び、弾を使い切った小銃の先端に短い剣、銃剣が取り付けられた。
自衛隊員も白兵戦を選択せざるを得ない状況に追い込まれ、体育館の外では怪生物が入場待ち。
家津の頭の上でも、明り取りの窓から入り込もうと怪生物が腕を振り回し、
「お兄ちゃん!!」
そして、自分を信じる少年の眼差しが、フィギュアおたくのヒョロ長男に覚悟を決めさせていた。
「ふぬぅッ!! 事ここに至っては是非も無し!」
少女の重さに白目を剥きながらも、唾を飛ばして叫ぶ家津。
等身大フィギュアが動くのを不特定多数の人間に見られるリスクは承知している。だが、このままでは自分の命も、同士――――――小学校三年――――――の命も危険だった。
そんなワケで、遠隔操作という利点を生かし、最悪の場合無関係を装う方向で、
「今こそ超絶乙女親衛騎士団、出陣の刻でござるぅううううううううう! 助けてマオ姉ぇええええええええええ!!」
フィギュア遣いの能力者、家津洋介の悲鳴に応え、小学校に近いレンタル倉庫内と、一キロほど離れた30階建てマンションの一室で、人間大の可動フィギュア達が動きだす。




