0050:ヒートアップ野外ライブ会場
小学校3年の少年、安保徒秋と、同じマンションに住んでいた能力者、家津洋介。
少年趣味のある大人には近づけられない愛らし少年と、ひょろ長いばかりで痩せ過ぎの男のギャップの有り過ぎる二人組は、奇怪な4腕4脚の生物に溢れ返る自宅マンションから脱出すると、約1キロ離れた徒秋の通う小学校へ向かう。
2人組、とは言ったが、RPGの如く怪生物と遭遇する道中では、強力な護衛も同行していた。
ある者は水着のような格好に手甲や脚甲を付け、またある者はどこかの学校の制服らしきモノを着ており、またある者はSFチックな鎧を纏う。その他も、動物を模したブーツやグローブを着けていたり、スクール水着(旧)だったり、大砲やミサイルランチャー――――――ガワだけ――――――を背負っていたりと、普通の格好をしているとは言い難い。
そして全員に共通して、手には剣や槍、こん棒と言った原始的な武器を持っており、そして一様に顔の表情に変化と言うものが無かった。
それもその筈、徒秋と家津の周囲を固めていたのは、人間ではなかったりする。
「洋介お兄ちゃん……このヒト達って、ロボット?」
「う、うむ! いかにもでち! これこそメイドインジャパンの技術を結集した汎用人型ロボット! アクティブ・アクション・フィギュア、略して『A・A・F』でござるよ!」
「スゴイ! 『トーヨー』の『アシモフ』よりカッコイイね!!」
「も、もちろんでち!!」
無論、日本の誇るロボット技術の産物でもない。
ほとんど無人の街の中で、遭遇する怪生物相手に鈍器でもって応戦していたのは、構造的にはただの等身大美少女人形だった。
いずれもアニメ、漫画、小説の登場人物を人間大の関節稼働フィギュアとした物だが、いずれも動力などは勿論の事、電子装置の欠片も搭載していない。
では、何故ただの人形が人間のように動き、あまつさえ古風な武器を手に強力な怪生物と戦う事が出来るのか。
これが『ニルヴァーナ・イントレランス』により与えられた家津洋介の特殊能力、美少女フィギュアに限定して命を与える、ギャル・スクリプト・ランゲージ――――――家津命名――――――の力だった。
当然、そんな事を徒秋少年に言うワケにもいかず、家津はロボットであるという少年の勘違いに、そのまま乗っかっていた。
なお、彼女らが持っている鈍器は、いくつかの経験の末に反省した家津が、秋葉原で購入しておいた武器である。
そして、約1キロの道のりを等身大実戦アクションフィギュアに護衛され、徒秋と家津は多くのヒトが避難していた小学校へと到着する。
当然、等身大の目立ちまくる美少女フィギュアは学校の中には入れられないので、近くにあったレンタル倉庫へ勝手に隠しておく。
尊敬の眼差しをしている素直な少年にも、「企業秘密なんで誰にも言っちゃダメでち!」と言い含めるのを忘れなかった。
◇
男っぽい口調なワイルド系セクシー海賊の安保茉莉と、同じ女子高生である友人の廃島摘喜。
弟の徒秋に遅れる事丸一日、姉の茉莉は友人のムギ――――――摘喜――――――と一緒に弟の足跡を辿り、避難先である小学校へと向かっていた。
ちなみに、この小学校は警察署が隣接しており、ムギの家族も避難している可能性が高かった。
だが、
「なん……じゃ、こりゃ……!?」
「ね、ねぇ茉莉? あ、あっちなんかライブ会場前みたいになってるけど…………」
そこまで怪生物を殴り倒しながら来たものの、だんだんその遭遇率が上がっていると思ったら、角を曲がった途端に目にするのは、祭りの際の人混みのように怪生物が群れを成す光景。
しかも、近づいて分かったが、学校の方からは銃声らしき音も聞こえる。
「あ……アキ……!」
「ま、茉莉さん、まさか――――――――――」
『まさか』の後をムギが継ぐ前に、海賊少女はコートを翻し、胸やらパレオやらを目一杯揺らしながら、一直線に怪生物の壁に突っ込んで行ってしまった。
それに、当然手下の海賊たちも雄叫びをあげて続き、軽めな普通女子高生のムギも、半泣きで喰らい付いて行く羽目になった。
北葛西小学校の体育館には、警察の横と言う立地もあり約1000人が避難して来ていた。
無論、警察の保護を期待しての避難先だったのだろうが、肝心な警察の方が手一杯。他の地区に回してる人員もいるので、当然その体育館にばかり人員は回せない状況。
だが、その避難住民の多さもあって重要視されたのか、自衛隊の被災救援部隊から、早い段階で警察に無線で救助の知らせが入る。
小学校に限らず、公的な――――――公立のではなく――――――学校には大抵広い運動場があり、ヘリポートとして被災した一般市民の救助に使われる。
そんなワケで、地上を急ぐ海賊少女からも、タンデムローターの大型輸送ヘリ、CH-47の自衛隊仕様が小学校上空を飛び回るのを見る事が出来た。
そして当然、既に都内に数千から増殖していた怪生物にも、激しいローター音を立ててホバリングする物体の存在を認知される事となる。
後はもう誘蛾灯に群がる羽虫の如く、体育館は併設する校舎、警察署諸共、救助活動開始から僅か一時間足らずのうちに、凄まじい数の怪生物に囲まれてしまった。
そこら中に分散していた怪生物が、一斉に一点に集まって来る。そのあまりの早さに、自衛隊も対応し切れない。
「正面に乙種! 数――――――――――多数! とにかく多数!!」
「撃て!!」
土嚢やブロック、または放置車両や学校の機材を使って構築された防衛線に、凶暴な怪生物が津波となって押し寄せて来た。
救助に当たっていた自衛隊の中隊が89式5.56ミリ小銃で防戦するが、滝の水を手の平で受けるに等しく、怪生物の動きは止まらない。
仕舞にはヘリの発着スペースも失われ、多くの市民を残したまま、自衛隊員30名が体育館に立て篭もる事となる。
「お……お兄ちゃん、ボクら……ヘリコプターには乗れないの!?」
「だ、大丈夫でござる徒秋氏!」
怯えて固まる近隣住民に混じり、徒秋少年と能力者の家津も取り残されていた。
壁一枚を隔てて迫る悪意に、単なる一般人でしかない人々が悲鳴や鳴き声を漏らす。
鋼鉄の扉を閉ざし、床やキャットウォークの窓から筋張った腕を伸ばしてくる怪生物を、自衛隊員がモグラ叩きの様に排除していた。
だが、いかんせん普通科の小隊員だ。それほどの重装備があるワケでも無い。
「三佐!?」
「全員を上に避難させろ! ヘリを上空に待機させ屋根の上から収容させる!」
「百人以上いますよ!?」
「なら急げ!!」
他の隊員同様、迷彩服に鉄兜、防弾チョッキと言う姿の中隊長だが、小銃の弾は尽き、9ミリ拳銃で応戦していた。
促されるまま体育館の壇上に上がり、袖から階段を上がっていく避難住民と自衛隊員。
弟を追う海賊少女は分厚い怪生物の壁の前に跳ね返され、学校に近づく事も出来ない。
少年の手を握って励ますひょろ長い能力者も、多過ぎるヒトの目に、自分の出が分からず青い顔で滝のような汗を流している。
そして、怪生物の爪と数による圧力は、鉄の扉を外側から徐々に歪ませ、今にも決壊しようとしていた。




