0048:思っていても命が惜しいので誰も言わない
その地上30階のマンションは、1階から2階にコンビニエンスストアやクリーニング店といった生活に関わる各種店舗をテナントに入れ、住民が外に出ないで買い物が出来るようになっていた。
近年では東京などの大都市圏で、このようなマンションが多くみられるようになっている。24時間営業しているコンビニにはATMや薬、生鮮食品なども置いており、行政手続きも代行してくれるので、ほとんどの事はマンション内で事足りてしまうし、また店側も、常に一定の購買客数を見込めると言うワケだ。
それに、当然このようなマンションではセキュリティーレベルも高い。裏口から入れるような隙は作らないし、正面から入るには、当然鍵を用いるか住民の誰かに招き入れて貰うしかない。
ところがそのセキュリティも、力尽くの相手の前では無力なものだった。
コンビニの店舗内では、4腕4客で2メートルほどの怪生物が暴れていた。
弁当やスナック類、それに食べ物ではない物まで、怪生物は大口を開けて噛り付いている。
更に怪生物は、上階の世帯にまで侵入したらしく、窓ガラスの割れているような部屋もいくつかあった。
「アキっ!!?」
「お? え!? ちょ……! 茉莉!!?」
海賊のコスプレのような格好をしている、褐色肌に色の抜けた灰茶の髪のワイルド少女、安保茉莉は、ひと目自分の暮らしているマンションを見上げるなり、弾かれた様に走り出していた。
「うぉらぁあああああ! 船長に続けぇええええ!!」
「オラオラオラオラオラ!!」
続いて、上半身裸だったりヒゲ面だったり胸毛だったりバンダナを巻いていたりする7人の日焼けマッチョが、雄叫びを上げて海賊少女の後に続く。
そして、数テンポ遅れてちょっと軽めの普通女子高生、『ムギ』こと廃島摘喜が、置いていかれては適わないと、その後を追いかけた。
正面玄関のガラスは無残にも崩れ落ちており、そこにも怪生物が屯していた。
ソファを引き裂き、窓ガラス側で水の張っている浅い溝に横たわって、あたかも寛いでいる様だ。
コンビニという食糧庫に始まり、どの部屋にも大抵食糧があるマンションは、怪生物たちにとって理想的な溜まり場だ。
または、四角い同じような部屋が充填されたマンションと言うモノの構造自体が、何かを連想させていたのかもしれない。
だが、そんな怪生物たちの巣と化していたマンションへ、猛る海賊の一団が殴り込んだ。
「ゥオラッッ!!」
「――――――――――ゲッッ!!」
この上なく焦っている海賊少女は、サーベルや曲刀を抜く事にも思い至らず、サラシに巻かれただけの美乳も大胆に揺らし、いつも通りに行方を遮る邪魔者へと全力で殴りかかる。
怪生物の一体が打ち倒されると、エントランスに居た他の怪生物が4腕を広げ、嘲るように海賊少女へ向け喉を鳴らした。
しかし、そこに突っ込んでくる後続の7人の海賊。
彼らは怪生物へ躊躇なく飛び付くと、相手が迎え撃つ態勢をとる前に一気に叩く。
船長の少女も、こんな所で足を止めていられないと奥へ走り、手下の海賊達もそれに続いた。
「ま…………待ってぇ!!」
そして、運動不足な今時女子高生が、4腕4脚を投げ出し床にのびる怪生物を大きく迂回しながら、彼女なりの全力で陸の海賊団を追いかけていた。
某猪武者の如く、前しか見ないで突貫する海賊少女は、動かないエレベーターのドアに靴裏を叩き付けると、横にある階段へ。既に息の上がり切っているムギが、それを見て絶望的な顔をする。
階段にも踊り場や各階の入り口に怪生物がいたが、一瞬たりとも足を止めていられない船長の茉莉は強引にそこを突破。
一瞬でフルボッコの目に遭わされた怪生物が、階段を跳ねるように転がり、
「ウギャー!!? や、ヤダちょっと!!」
下から追いかけてくる友人のムギの脇を、気持ちの悪い悲鳴を上げながら落ちて行く。
今の茉莉には、周りがまるで見えていない。
何が何でも、一刻も早く自分の家に辿り着かねばならないのだ。
そんな勢いで20階まで駆け上がって来た船長の茉莉を先頭にした海賊団だったが、ホテルのような上品な廊下にも、場違いな怪生物の姿があった。
いったいどれほど、いつの間に増えたのか、などという疑問は茉莉は持たない。
重要なのは、弟を無事に助け出す事だけだ。
ところが、「安保」の表札が張り付いている部屋の前まで来ると、茉莉の鬼の形相が一気に青ざめる。
オートロックで重みも厚さもあった扉が、無残にも蝶番から壊されていたからだ。
「アキ!? アキ、姉ちゃん帰ったよ!!?」
「坊ちゃん! 船長のお姉さまが帰りましたよ!」
「坊ちゃん!?」
「うるせぇぞテメーら!!」
自分が、まだ迷って弟に見せていない格好をしているのも忘れ、手下に怒鳴りながら部屋の中へ。
すると、来訪者を察して、のっそりと出てくる4体の影が。
「こッ…………この!!」
マンション内もそうだったが、自分の住む家の中に、他人どころか人間ですらない奇怪な生き物が居るのは、凄まじい違和感と非現実感があった。
何より、ここは自分と弟の巣だ。
この場所を汚す輩は、それが例え大統領や王様だろうが。
「ブッッッ殺せ!!」
「うぉおおおおお!!」
「おぉおおおおおおお!!」
狭い入り口から撃ち出されるように、海賊少女とその手下が怪生物に突撃する。
家具などの調度もお洒落な約100坪の5LDK――――――約330平方――――――の中で、4体の怪生物と8人の海賊が大乱闘に。
牙を剥き出した海賊船長の茉莉は飛び蹴りを繰り出し、殴り倒し、海賊も集団で怪生物たちを袋叩きにしていた。
◇
15階辺りで置いてかれ、いきなり化け物の巣窟で孤立してしまうという悪夢のような展開に見舞われていたムギだったが、階上の激しい騒音と友人の雄叫びによって、どうにか目的地を見定めるのに成功していた。
表札に「安保」と印されている、入り口の扉が外された部屋。
その前まで来ると、
「アキー!? どこ行った!? 隠れてんのか!? 姉ちゃんだよー! 出てきなー!!」
「坊ちゃん! お姉さまですよー!」
中からは、今にも泣きそうになっている少女の声と、海賊の一人のダミ声が。
覗き込んだなら、涙目で家中をひっくり返している海賊船長の友人と、手下の海賊達が見える。ビジュアル的に、強盗か何かに見えてしまわないでもなかった。
強盗でも何でも、イケメンはイケメンだったが。
「アキー!? このクソどもがぁ!! まさかウチの弟食ったんじゃねーだろうな!? 吐き出せオラァアア!!」
「お前ら船長の坊ちゃん食ったんじゃねーだろうな!?」
「吐けぇ! 吐き出せぇ!!」
海賊船長の少女は、きれい目な顔を半泣きから修羅へと変えると、倒れている怪生物の腹をサッカーボールのように蹴り上げる。
海賊たちも自分の受け持ち(?)の怪生物へ、集団で蹴りを叩き込んでいた。
呆然とそんな修羅場を眺めていた疲労困憊のムギだったが、忙しそうな海賊たちを避けて家の中に入ると、荒らされ尽くした室内を――――――うっかり土足で――――――眺めて回る。
その時フと、砕けたガラステーブルの破片に混じり、一枚のメモ帳が床に落ちているのに気が付いた。
友人の家のものだが、安保さんちのお嬢さまは、今現在怪生物の腹を蹴飛ばすのに忙しい様子。
仕方なく、ムギはガラス片を除けて紙を摘み上げると、そこに書いてあった子供らしいお手本のような字を、聞こえるように読み上げた。
「えーと……? 『お姉ちゃんへ。下の階のお兄ちゃんと小学校に避難します。しらさき君ちも家族みんなで小学校に避難するそうです。徒秋』って、書いてあんじゃん」
ピタリと動きを止める、バイオレンス海賊集団。
特に、泣き怒っていた海賊少女の茉莉は、呆れたようなムギと顔を見合わせると、まん丸な目が徐々に三角に吊り上り、
「あ…………あのキモおた野郎がぁ!!」
弟を助けてくれたのに八つ当たり的な恨みの念を、あるひょろ長い体型の男へ、殺気と共に振り撒いていた。
一旦書き切った話を保存したら、今後の展開もまとめて書いておいたメモ書きもろとも保存エラーで全部消失…………
こんな事もあるんですね




