0045:デンジャーリゾートとヤバいアトラクション
東京から南に350キロ。八丈島から100キロの地点で世界最大の豪華客船、ヘイヴン・オブ・オーシャンが、海中に潜む全長600メートルを超える巨大な何かに襲われて、沈没してから数日後の事。
東京湾から前例の無い奇怪な生物が東京各所に上陸したのを先触れとして、羽田空港にヘイヴン・オブ・オーシャンを沈めた巨大な生物が上陸する。
この時点で、住民の避難や巨大生物の侵攻阻止といった政府の対策は全く取られておらず、そのままだと無数の犠牲者が出るのは明らかだった。
魔法少女である『黒アリス』の旋崎雨音は、ヘイヴン・オブ・オーシャンの乗員乗客救助に絡み、海面下の巨大な何かとイージス艦にて交戦。
これの一時撃退に成功するに際し、海面下に潜んでいた巨大生物の姿を目撃していた。
恐らく、誰よりも早く巨大生物の脅威を感じ取っていたであろう雨音は、先に機知を得ていた他の魔法少女――――――一名は現役警視――――――や海上自衛官に警告を出すも、巨大生物の侵攻は雨音の想定を遥かに超えて早かった。
政府、世間、何もかもの動きが遅く、巨大生物の動きは速く、事態を正しく把握しているのは黒アリスただひとり。
本当はもうひとりいたのだが、諸事情によりこの時は使いものにならず。
とにかく黒アリスと、魔法少女のマスコット・アシスタントであるジャックは、2人だけで巨大生物との戦いに挑む。
その目的は、巨大生物の地上侵攻を足止めし、派手に暴れる事によって、人々の危機感を煽り避難させる時間を稼ぐ所にあった。
◇
甲高い電子音が、機内いっぱいに鳴り響いていた。
機体が激しく揺れ、黒アリスの血液が一斉に頭に上る。
気持ち悪い浮遊感に足元が定まらず、支えを無くした華奢な身体が天井に叩き付けられた。
「ッ――――――――――! ゴホッ!?」
そして、今度は派手に床へと落ちる。
巨大生物の砲撃を喰らい、急降下していた機体、AC-130U局地攻撃機の機首を、操縦席のジャックが引き上げた為だ。
「アマネちゃん!?」
「ど……どうなってる!? 立て直せる!!?」
マスコット・アシスタントが主である魔法少女を心配するが、自分の持ち場は放棄しない。良く出来た子だった。外見は40代の厳ついビッグマンだったが。
黒アリスの雨音は、痛いやら苦しいやらを我慢して無理矢理立ち上がる。口の中にサビ臭さが広がったが、それ以上の緊急事態だと完全に無視した。
機体の振動が激しい。機体後部の水平尾翼、垂直尾翼が丸ごと脱落していた為、破断して捲れた部分が空気の流れをかき乱している為だ。
「どんな感じなの……!?」
「油圧がゼロ! 電圧も下がってる! 機体が安定しないよ! エンジンも2機が応答してない!!」
つまり、墜落は時間の問題であった。
コクピットから見ると、すぐ下に海面が、左側に陸地の東京が見える。
機体は落ちては持ち直すを繰り返し、黒アリスは投げ出されないよう副操縦士席にしがみ付いていた。
「なるべく……機を水平にして!」
「ど、どうするの!?」
「後ろ開けて来る!!」
AC-130U局地攻撃機、全長約30メートル、全高約11メートル、翼幅約40メートル、4発のターボプロップエンジンを持つ大型航空機は、尾翼を含む後部を大きく欠損させ、今にも失速しそうなほどに速度を落としている。
黒アリスは25ミリ5連砲身機関砲、40ミリ機関砲、105ミリ榴弾砲を順に伝い、後部ハッチの開閉レバーを押し倒す。
が、ダメージの大きい後部は電装系が断線している為か、後部ドアは反応しない。
ならば、側面のドアから飛び出すか、と思うが、どこかに流されたり、飛び出した途端に機体にぶつかる危険もある。
黒アリスは魔法の杖を発砲。M134機関銃を作り出すと、秒間50発で7.62ミリ弾を斉射。
後部ドアをハチの巣にすると、撃ち抜かれた接合部分が脆くなり、後部ドアは脱落する。
そのまま黒アリスは、脇にあった投光機の足元をM134機関銃で薙ぎ払うと、
「ジャック! いらっしゃい!!」
身長180を超える大男と一緒に、大型の照明装置を押し出し空中へと飛び出す。
投光機に乗って滑るように着水する狙いだったのだが、失速限界間近と言ってもAC-130Uの速度は100キロを超えており、海面までも10メートル以上の高さがあった。
その為、そんなに都合の良い着水とはならず、投光機ごと派手に海面上を転がる痛い着水となってしまった。
直後にバランスを崩して機首から海面に突っ込み、爆発したAC-130Uの機内にいるよりは100倍マシではあったろうが。
◇
小心者の黒アリスがなけなしの勇気を振り絞り、痛くて冷たくて苦しい思いをした甲斐もあり、まず羽田近隣の住民が逃げ出し、遅れて行政から避難命令が出され、警察が避難誘導を始め、自衛隊が出動を開始していた。
巨大生物も、その後に空港ターミナルビルで寄り道をしていた事もあり、自衛隊の展開は間に合う。
だが、いざ攻撃を開始しても巨大生物相手に有効な打撃は与えられず、巨大生物を正面に置いている状況で小型の怪生物に側面や後方を突かれ、更に航空支援の戦力に想定外の大損害を出した為、総崩れとなり侵攻阻止に失敗。
また、高火力の自衛隊が東京都内で機動戦闘を行うワケにもいかず、撤退を余儀なくされた。
そして、約24時間後。
午後6時。
羽田を中心に東京都内の人間は一斉に避難を始め、特に東京湾に面する地域は、住民が真っ先に逃げ出した事により無人地帯の様相を呈していた。
江戸川区、葛西臨海公園付近も、騒乱のピークを過ぎ、車両が放置され、商店のガラスが割れ、路上にはゴミや何やら有象無象に散乱している光景が見られる。
混乱の波は、海から陸へと徐々に移動していた。
そんな人っ子ひとりいない臨海公園内にある、大型の観光ホテル。
2階にある客室のひとつで、ベッド上の雨音は布団を被って爆睡していた。




