0007:迷探偵魔法少女雨音(仮称)発進
見た目は愛らしいお人形のような容姿のカティだが、その中身は偏った日本文化の知識と時代劇をこよなく愛する、少々残念な金髪美少女。
妙に片言の日本語も、それが日本における外国人の作法だと思っている節があった。その気になればキチンと喋れるのである、この娘。
そしてカティは部屋もまた、その内面世界を如実に表すカオスっぷり。
元は普通の――――――しかし十畳超えてる――――――洋室だったであろうそこには、入口から見える正面には武者鎧が鎮座し、壁には日本刀や槍がディスプレイされ、小型ポンプで一定時間ごとに作動する小型ししおどしが時を告げる。
そして本棚は、当たり前のように時代小説やBDやDVD、漫画本が占領していた。
「なので貸してあげるデス!」
「いや……ノーサンキュー」
「絶対面白いデスよ! 見ないと損デース! 是非アマネにも見て欲しイ………」
と、友人の旋崎雨音は、ボストンバッグでなければ入らない量を貸し出された事があり、全てに目を通すのに――――――律義な事に――――――大変な時間と労力を費やした。
だって断ると悲しそうにするから、と項垂れる雨音も、大概ヒトが良かったが。
それらの娯楽メディアは、カティの持つ経済力も背景にして今現在も増殖の一途を辿っており、監視も監督もする者が居ない完全フリーダムな生活環境の下、日本文化フリークの少女は新たに手に入れるそれらを、心行くまで貪る事が出来、結果として睡眠時間や食事の時間が削れる、と。
始めは少々羨ましくも思った雨音だが、今は心配が先に立っていた。
◇
さて、そんな愛らしい容姿とは真逆の爛れた生活を送っている友人であるからして、寝不足のツケを学校で払う姿を見たのは、これはもう一度や二度ではない。
高校生活の初っ端からこれでは、中間考査が心配ではあるが。
しかし、と雨音は自室のベッドに寝転び考える。
今日のカティの様子は、それら寝不足時の姿とは多少違って見えた。
単に眠いとか言うのではなく、かなりの疲労があるようにも感じられたのだ。
でなければ、胸の谷間で顔をグリグリやられた瞬間に絞め落としてやったものを。
カティが突然「魔法少女が~」等と言い出してから、一週間が経っていた。
雨音自身も余裕が無い状態だったが、その件とも全く無関係とも思い込めず。
勿論、無関係であっては欲しいが、もはや雨音にその辺りを確かめる術も無い。
いったいどうしたものか、と今まで悩み、悶々としていたのだが。
「ん………?」(………まてよ?)
フと、もっと深刻な事態になっていやしないかと思い立つ。
もし、カティが何かしら特別な能力、それも「魔法少女」なる冗談のようだが洒落にならないモノの類、ないしそれに関連する何かを手にしたと仮定した場合。
あの時代錯誤少女は、一体どんな行動に出るだろうか。
猪娘+何でもありの謎能力+偏った趣味+寝不足(睡眠時間の削減+体力的消耗)=??少女
「…………しまった、あたしとした事が!」
なんて演技じみた科白が思わず出てしまうのは、やはり親友に洗脳された影響か。
雨音は充電機から携帯をもぎ取ると、最新の着信履歴に返信をかける。
「出ないしッ!」
呼び出し音は聞こえるが、カティではなく留守番電話サービスに繋がってしまう。
しかも、こんな時に某時代劇の暴れん坊チックな殺陣のBGMが若干ムカつく。
時刻は午後の十時。
とうに日が落ち、早ければ就寝してしまうヒトも居るだろう。
だが、事もあろうにカティは夜型。
寝ているとは考え辛いし、こう言っては何だがカティは雨音の電話にはすぐに出る。
となると、いよいよ雨音の嫌な予感は、現実味を帯びてくるワケで。
「ん……………ぬぅう………」
これで心配性な冷製JKが、ベッドの上で丸くなって身悶える。
カティが時代劇よろしく、江戸市中――――――室盛中心街――――――を素浪人気分で歩き回っている可能性は、低くないと思われる。
探しには行きたいが、どこかのイノシシ――――――うりぼう――――――金髪娘じゃあるまいし、どこにいるかも分からない相手を探して徘徊するとかいう、非効率的な方法を取る気は無い。
手立てに心当たりが無くも無いが、ハッキリ言って緊急事態の非常手段。
こんな事で魔法少女の力に頼ったら、そのまま坂道を転がり落ちるが如く、どうしようもない程ドップリとハマり込んでしまいそうでイヤ過ぎる。
何より、なんか負けた気がするし。
だが、それでも、
「ぐぅう…………ッ、ジャーック!!」
見捨てるよりは、数千倍マシだったろう。
呼ばれて飛び出て、雨音の部屋の扉が勢いよく開かれた。
そこに立ち塞がるのは、黒いスーツに身を包む、ガッシリとした身長180センチはある、強面のビッグガイ。
「ぅ………うぅ………」
しかし、サングラスの奥でキラリと光る漢の魂。
殴り込みのような勢いで登場した、ギャングかマフィアのような大男は、登場後5秒で泣いていた。
「…………酷いよアマネちゃん、アレから一週間も放置だなんて。ボクさみしかったよ…………」
「ええい大塚〇夫さんみたいな渋い声で情けない声を出すな……。だってしょうがないじゃない呼ぼうにも用なんて無いし家族に見つかったら言い訳不能だし……」
言い訳する魔法少女(素体)も、泣きべそをかく大の男を相手に、対応もやり難くしていた。
とはいえ、今は少年の心を持ったオヤジを宥めるよりも、のっぴきならない大事がある。
「それより、ほら……アレちょうだい」
身体は大人、心は子供。
その正体は、雨音を魔法少女などという枠にはめようとする謎の存在、『ニルヴァーナ・イントレランス』の回し者。
特殊な能力を与えられた女子高生をサポートする、魔法少女の『マスコット・アシスタント』プログラム。
その名を、ジャックと言った。
ちなみに、外見から雨音が命名した。
「ぅええん……アマネちゃんが呼んでくれないと、ボクら待機領域で同期モードに固定されるんだから……その間は何も出来ないんだよ! もっと一緒にお話ししたり遊んだりしたいよ!」
「あんたその外面で遊びたいとか、殺傷沙汰の比喩っぽくて外で聞かれたら即通報だからね」
おまけに住所不定で身分証明無し。
トドメに、捕らえた不審者が霞のように消えたとなれば、これはもう都市伝説級の異常事態であろう。
今から自分もそれと大差ない存在になる事を考えると、雨音も少し泣きそうになった。




