0042:魔法少女作戦群
第二次世界大戦後、縮小される軍の予算に戦後の情勢不安という環境下で、空挺部隊用に開発された高機動、高火力の兵器。
それが対戦車ぺスパ、Vespa150 A.C.M.A. T.A.Pである。
といえば聞こえはいいが、実際には相当迷走した兵器として有名。
75ミリ無反動砲が車体の前後を貫く形で搭載されているが、フロントの中央にはハンドルシャフトがあるので、砲身を通す事は不可能。よって、砲口は車体真正面からやや左側を向くこととなる。正面には撃てない。
車体重量は70キロ前後であるにもかからわず、無反動砲が50キロを超える為に、合計すると非常に重く、しかも座席の高さに据えられている為に重心が高く安定を欠き、走行時にかかる慣性も大きい。迂闊なコーナーリングなどしようものなら、遠心力にやられてスッ転ぶ。
重心の事を言うならば、前面の風防から砲身が大きく飛び出しているので、大分前に行き気味である。
しかし、魔法少女はそんな常識に縛られない。
低空でホバリングするMH-60L特殊戦輸送ヘリの乗員席で、蜂の名の由来となった2サイクルエンジンが甲高い音を立てていた。
エンジンの回転数を上げた所でギヤを一速に入れ、クラッチを繋ぐや乗員席のゴム敷きの床をベスパの駆動輪が擦り、摩擦が無くなった瞬間に発進。
自動車教習所のコース上に飛び降りた対戦車ベスパは、重量も重心バランスの悪さも一切無視して目一杯加速する。
銃砲兵器系魔法少女は、自らの作り出した武器、兵器に関して重量や反動の制限を99.9%受け付けない。
それは、75ミリ無反動砲に付属する原動機付き2輪車にも当てはまる。
魔法少女の黒アリスは不慣れな2輪も路面を蹴飛ばしながら操り、巨大生物が墜落した輸送ヘリに喰ら付くのを巫女侍が押し留める、その一瞬を狙い、
地面まで降りて来た巨大生物の横っ面、そこに空いた四角い穴の一つに砲身を体当たりする勢いで突っ込み、ベスパから跳び下りると同時に、砲尾ハンドルの発射スイッチを握り込んだ。
◇
ある日、太平洋から突然現れた全長600メートル超の巨大生物は、イージス艦や海上自衛隊の艦艇による攻撃にも沈まず、AC-130U局地攻撃機、10式戦車、対戦車ヘリ、戦闘機、これらの砲弾の直撃を受けてもなお、損傷らしい損傷を負って来なかった。
しかし、巨大生物の体表に無数に開く穴の内部へ、直接叩き込まれる75ミリ成形炸薬弾。
無反動砲の所以である、砲弾の反動を相殺する為に、砲の後部から凄まじい勢いで噴き出すバックブラスト。
そして、砲弾が貫通し、黄ばんだ白い体液を噴き出す巨大生物。
ここに来て初めて、不死身の頑丈さを誇っていた巨大生物は、明らかなダメージを見せていた。
「ぅぎゃぁああああん!!」
「うわぁ!? ごめんカティ!?」
人間でいえば下顎を撃ち抜かれた事により、大口から溢れ出した体液が、巨大生物の口の前で踏ん張っていた巫女侍に降りかかる。
巨大生物はこれまでにないほど激しい動きで、痛みに耐えかねるように頭部を地面に擦りつけて激しく身悶え、自動車教習所の路面をこそぎ落としていた。
そして黒アリスは、巫女侍の手を取って、全速力でその場から逃げ出した。
お気に入りの勝負服が嫌な匂いの体液に汚れてしまったが、そんな事は一瞬で頭から吹っ飛んでしまう。
何故ならば、自分が手を握る先には、今まで探し回り、そして死ぬほど心配していた親友の姿が。
驚くやら嬉しいやらの巫女侍だが、口を突いて出るのは素直になれない乙女心だったのが残念。
「『ごめん』じゃないデスよ黒アリスさん! いったい今までどこで何してマシたか!? カティがどんだけ――――――――え?」
だが、黒アリスの左目を覆う物を見て、息を飲んだ巫女侍の文句が尻すぼみになる。
「あたしだって、今まで、色々あったのよ、大変だったのよ! てかカティ! こんなとこで何してる!?」
息せき切って振り向く黒アリスの左目は、真っ白の医療用眼帯で見えなかった。
そんなアマネもクールでカッコイイです、なんてうっかり言えないカティである。
「黒衣より三佐! やっぱり穴の中イケるイケる!!」
『黒衣! 今すぐ代わりのヘリが必要だ!!』
巫女侍が言葉に迷っているのを他所に、走りながら黒いミニスカエプロンドレスの黒アリスは無線通信機越しに叫ぶと、エプロンポケットの中から魔法の杖のS&W M500を引っ張り出す。
墜落したCH-47大型輸送ヘリの前に到着すると、釘山三佐ら自衛隊員達は、未だに機内の人間を運び出している最中だった。
開いたのが片側のキャビンドアだけなので、ひとり運び出すだけでも時間がかかるのだ。
「勝左衛門! 後部ドア引っ剥がして!!」
「で、でも黒アリスさん……!? り、了解デース!」
散々心配させてくれる黒アリスに、文句を言ったり再会を喜んだり何故眼帯しているのか理由を聞いたりプロポーズの返事を貰いたい巫女侍だったが、基本的にご主人様の言う事には無条件で従ってしまう忠犬である。
所々露出の多い巫女装束の美少女に、否応なく自衛隊員達の目が集中する中、その美少女はCH-47の後部搭乗用ランプ・ドアの隙間に指を捻じ込むと、力尽くでロックを破断し、ジョイントを捩じ切り、湾曲させた挙句ドアその物をもぎ取った。
「むぅ…………」
救助に当たっていた隊員は目を丸くし、中隊長の釘山三佐は巫女侍の力に唸っている。
とにかく、経緯はどうであれ、速やかに墜落したヘリ内部の人々を助け出せるようになった所で、黒アリスの持つ武骨な小型砲が爆音と共に火を噴く。
放たれた魔法の弾丸は数百倍に膨れ上がり、新たな大型輸送ヘリへと変化していた。
これこそが銃砲兵器系魔法少女、黒アリスの魔法。
銃砲形成。
ちなみに、輸送ヘリなのに何故『銃砲形成』かと言うと、ヘリ部分はドアガンである12.7ミリ重機関銃のオマケという扱いである。
某ハイレグビキニのカウガールの言葉を借りれば、まことチート臭い。それ故の魔法少女なのだろうが。
だが、何度も見て来た筈の黒アリスの魔法に、今回ばかりは巫女侍もギョッとさせられる。
自衛隊の前デスよ!? と無言のまま黒アリスに視線で問うが。
「全員乗り変えろ! 橋子! 橋子一尉!? 行けるか!」
「だ、大丈夫です、行けます!」
中隊長の釘山三佐や他の隊員達も、多少驚いた顔はしていても、それ以上騒ぐ事もなく、黒アリスの魔法を受け入れている様子だった。
「あったんだわ、色々」
黒アリスは巫女侍へ、何とも言えない苦い顔をする。その『色々』の部分に、左目を覆っている眼帯の由来も含まれるのだろう。
それに雨音だって、この後の事を考えると頭が痛い。
とは言え、『今後』の事なんて巨大生物をどうにかしなければ、考えるだけ無駄となるだろう。
最も大きな後部ランプ・ドアが解放された事で、動ける人間は自力で新しい機体に乗り換え、全員の収容が完了する。
同時に、巨大生物も一頻り悶え終ったらしく、4腕4脚を以って巨大な胴を引き起こそうとしていた。
「三佐、狙い通り穴の中なら75ミリでも通りそう」
「やれるのか、黒衣……!?」
「いや例によって全く気は乗りません。けど、援護していただけると在り難いです」
黒アリスと釘山三佐、それに巫女侍が見ている前で、身を起こした巨大生物は体液を流しながら黒いアリスへ歯を剥き出した。
そして、巨大生物が動き出すまでの僅かな時間で黒アリスは作戦を伝え、魔法少女と自衛隊員達は一斉に行動を開始。
「一号機は即座に離脱! 二、三号機に合流し集結地点へ先行しろ!」
『隊長! 敵に動きが!!』
自動車教習所を覆わんばかりに迫る巨大生物は、4腕4脚で踏ん張り、喉を鳴らすようなくぐもった唸り声を出すと、下に向いた四角い穴からボトボトと小型の生物を捻り出した。
この局面で、この搦め手。意図してやった事か否かと、三佐の顔がより一層厳しいものとなるが。
「勝左衛門よろしくお願いしますッ!!」
「どぉーれデース!!」
目の前に転がり、立ち上がって威嚇して来る怪生物の一体を、巫女侍は3尺3寸の大刀、『深海』で一蹴。構わず巨大生物の足元を走り抜け、輸送ヘリから距離を取って、巨大生物の側面へ向かう。
巨大生物は魔法少女を追い、地面を揺らしながら脚を動かし向きを変えようとするが、
「エスコート、ブラックホークは上空より黒衣と他一名を援護! 体表の穴より垂直に攻撃しろ! 内部は脆い!!」
中隊長はこういうが、どこかの魔法少女じゃあるまいし、大型兵器で精密射など無理である。
それでも、AH-6特殊戦攻撃ヘリとMH-60L特殊戦輸送ヘリは指示通りに攻撃を開始。
巨大生物に対して後方から、M134機関銃3機による7.62ミリ弾、毎秒166発が豪雨となって叩きつけ、黒アリスと巫女侍から注意を逸らした。
自分を援護してくれるMH-60Lへ向け、激しい発砲音の最中で、黒アリスは無線越しに叫ぶ。
「マリー! 手下を使ってカウガールの姉さん掘り出して来て!!」
『アイサー!!』
MH-60Lが攻撃ポジション変更の為に高度を上げようとする直前、乗員席から跳び下りる褐色肌の少女。
色の抜けた灰茶色の髪をウェーブさせ、その上には黒いツバ広の三角帽を被り、ロングコートを纏ってはいるが、形の良い胸はサラシを巻くだけで隠し、下には水着とパレオのような物を身に付けていた。
「……どなたデス!?」
「前に遭った海賊のマリーよ。後で説明するから」
またえらく個性的なのが現れたと、巫女侍は一瞬状況を忘れてしまう。ヒトの事は言えないだろうが。
だが、言われてみれば確かに、以前黒アリスがイージス艦で吹っ飛ばした海賊魔法少女その人であった。
「オラァ! イクぞ野郎ども!!」
「アイアイサー!!」
「ウラァアアアアア!!」
海賊魔法少女が号令をかけるや、近くにあった無人の商店から、ヒゲ面、バンダナ、上半身裸という、これまたステレオタイプの海賊達(♂)が飛び出して来る。
「今度は海賊のマスコット・アシスタントなんデス!?」
「お? スゴイ勝左衛門、良く分かったわね」
感心したように黒アリスが言うが、馬がマスコット・アシスタントだった例もあるのだ。もはや何が出ても驚くまい。
海賊少女と手下の海賊、計8名は、手に手に曲刀やサーベルを持ち小型怪生物の群れと正面衝突。
そこを勢いと力尽くで突破すると、教習所から線路上に飛び降り鎧武者の少女と合流。数にモノを言わせたマンパワーで土砂やら線路やらを取り除き、土中から目を回したハイレグビキニのカウガールと白馬のエドを救出した。
地上に残っている自衛隊員達は、黒アリスから供与された火器でもって小型怪生物を倒しながら、巨大生物へ向けても牽制射を開始。無論、2機のヘリも釘山三佐の指揮でこれに追従する。
明確に意識するとやはり違ってくるのか、自衛隊による支援射撃は巨大生物の体表にある穴を通し始め、運悪く内部へ直撃を受ける度に、巨大生物は弾かれたかのように巨体を捩る。
自衛隊員達も攻撃の効果を実感していた。
しかし、それだってスケールの差で言えば針でチクチク刺されているようなもの。
ダメージを与えるには、もっと大口径の打撃が必要だ。
「攻撃を止めるな! 注意をこちらに引き付けろ!!」
そして、釘山三佐は魔法少女の黒衣アリスなら、それが可能だと知っていた。
「ストーン姉さん、無事!?」
『黒アリスガール!? 流石、ヒーローは遅れて現れるわね。ケホッ……』
どうせなら埋められる前に来て欲しかった、と死にかけながらも軽口を叩く、無線越しのビキニカウガール。ちなみに無線は海賊少女が携行している。
「こっちも大変だったのよ海に落ちたりモンスターの群れに襲われたり自衛隊にくっついて救助活動して回ったり……それより!」
黒アリスがこの4日間、どんな目に遭って来たのかは別の機会に。
時間も無いので、と前置きしてビキニカウガールにも作戦を伝える。
『でもそれなら自衛隊の攻撃で、とっくに死んでていいんじゃないの?』
「多分、大雑把な攻撃だと体表の構造で衝撃を吸収されるんだと思うわ。穴自体も結構深いし、穴に対して真っ直ぐ、内部に向けて攻撃するのが正解なんだと思う」
対戦車ロケット弾対策に、戦車が周囲に金網のようなサイドスカートを装備する例がある。着弾すれば先端から超高温のガスを発して戦車装甲を溶かすのだから、その前に金網で引っかけようという発想だ。
巨大生物の体表は、それに近い働きをするのでは、と雨音は考える。
故に、必要なのは網の目を通す、高火力高機動な精密射撃。
条件をクリアできるのは、今のところ黒いアリス以外にはいないのだ。
『オッケー分かった。脚は止めるわ。喰らわせておやんなさいな!』
『こちらはお任せ下され、黒衣殿!』
『姐御、あたしらは!?』
「ストーン姉さんは怪獣の動きを止めて、四五朗はその援護! マリーは手下と雑魚を蹴散らしながら遊撃! あたし達に向くザコを排除! 勝左衛門はあたしの護衛兼サポートよ! 三佐!」
『好きにやれ! こちらも倒す気で援護する!』
「よし! 状況開始!!」
言うと同時に、黒アリスは地面に向かって魔法の杖を発砲。
作り出されるのは、砲身長3.4メートル、口径106ミリのM40無反動砲。
黒アリスは巫女侍に無反動砲の三脚を外させると、砲身だけになったそれをライフルか何かのように抱え上げる。
「ここで仕留めるわよ! カティ!」
「もちろんデース! カティとアマネが合体すれば楽勝デスねー!!」
改造巫女装束を黄ばんだ体液で汚しながらも、巫女侍は心底嬉しそうに黒アリスへ頷いて見せる。
眼帯を着けた黒アリスも一瞬だけ笑みを見せると、無反動砲を抱え、巫女侍と共に巨大生物前方へと走った。




