0041:対戦車路上教習
CH-47大型輸送ヘリコプター。通称『チヌーク』。
前後に長い胴体で、上部に3枚翅のローターを2機搭載する。
2機のローターが左右逆に回転する為、他のシングルローター機のように本体が回転するのを防ぐテイルローターが必要なく、またシングルローター機よりも細かい挙動を可能としている。
東米軍が採用するCH-47のF型はこの最新モデルであり、4870軸馬力のターボシャフトエンジンは歴代最高出力。
搭乗員3名の他、55名を収容可能。9メートル×2.3メートル×2メートルの貨物室には、車両や野戦砲もそのまま積み込める。
全長30メートル、全幅5.7メートル。最大時速295キロメートル、巡航速度270キロメートル。最大航続距離は約2000キロメートル、通常航続距離は約740キロメートルで飛行可能。
なお、これは最も重要な事だが、CH-47前方左右のキャビンドアには12.7ミリ重機関銃や5.56ミリ機関銃を、ドアガンとして搭載可能となっている。
◇
避難して来た一般人を満載した大型輸送ヘリ2機は、巨大生物から逃れる為に、部隊に先行して自動車教習所から飛び立とうとしていた。
だが、巨大生物の侵攻は想定より早く、また救出活動を援護していた対戦車ヘリ部隊も巨大生物の攻撃により攻め手を切られ、何の障害もなく巨大生物は飛び立つヘリへと巨腕を伸ばして来る。
機体の窓から見える巨大生物の姿に、ヘリの中の一般市民は悲鳴を上げていた。
しかし、
「目標、甲種脅威生物! 射撃用意!!」
最後の便を前に横一列に陣を作った自衛隊員達は、手にした重火器を一斉に巨大生物へ向ける。
同時に、護衛機であるAH-6特殊戦攻撃ヘリが機首を巨大生物へ向け、MH-60L特殊戦用輸送ヘリも、ドアガンのM134機関銃の6連砲身を回転させ、
「――――――――――撃て!!」
壁の様に迫って来る巨大生物へ対して、至近距離から押し返す勢いで一斉に発砲。
5.56ミリアサルトライフルが、7.62ミリアサルトライフルが、12.7ミリ重機関銃の弾丸が、曳光弾の光の筋を引き巨大生物に雪崩れ込んだ。
それだけではない。
救助にあたっていた第6中隊第1小隊を基幹にした部隊は、何故かやたらと装備が充実していた。
「SMAWランチャー発射準備! 対戦車弾頭!!」
「後方確認よし!!」
「RPG-7も持って来い!!」
給弾要員が手押し車でCH-47Fから飛び出して来ると、そこには大量の弾薬と、自衛隊では配備していない武装の数々が。
そもそもどうして自衛隊がCH-47Fで、CH-47Jではないのか。
だがそんな事は、この状況にこの火力の前では瑣末な問題だった。
タマゴ型のAH-6攻撃ヘリが、機体の左右2門搭載のM134から7.62ミリ弾をバラ撒き、MH-60Lもそれに続く。
特にMH-60Lは、乗員席からの砲火が凄まじい。
とはいえ、相手は50輌の戦車からの一斉砲撃や、AC-130U局地攻撃機からの砲撃にも耐えた程の破格の生き物。
個人携行兵器程度では600メートルを超える巨体の足止めにもならず、腕の一本は悠々と複々線――――――線路が4本――――――を超えると、自動車教習所の敷地内に侵入する。
中隊長の釘山三佐は動かない。
周囲の隊員が一般市民を背負い、必死の形相で山ほどの弾薬を撃ちまくっているのを前にしながら、もはや首が痛くなるほどに高く聳える巨大な姿を睨み、
「も一発!!」
どこかのビキニカウガールの叫びと共に、その巨大生物が後ろに傾き倒れ往く光景を、余さず目撃する事となった。
3万から4万トンの重量によって、倒れた先のマンションが一瞬で平地となる。
比喩抜きで、足元が僅かに沈んでいた。
釘山三佐の位置からは見えなかったが、巨大生物の脚の一本、その先の指の一本には、投げ縄がかけられていた。
理屈としては、人間が一歩を踏み出そうとしたところで、腰を引っ張られてバランスを崩した、に近い。
「ひゃっはー!! ウドの大木ー!! っとおヤベッ!?」
道路を走っていたビキニカウガールの白馬が、真横から壁のように迫って来る脚の一本から逃げて線路上に飛び降りた。
アスファルトを削り、捲り上げながら巨大な骨のような脚が通り過ぎる。
その突風でテンガロンハットが飛ばされそうになり、ビキニカウガールは慌てて頭を押さえた。
草木の生えない石と錆色の線路の中を、白馬が駆けていく風景はまさに荒野の一幕。乗っているのは胴回りの露出が激しいハイレグビキニの金髪美女だったが。
だが、誰であれ何であれ魔法少女であれ、在り難い援護には違いなかった。
「よし、離脱するぞ! 橋子!」
『収容完了しました。隊長も乗ってください!』
「我々はブラックホークで離脱する! 構わず飛べ!」
『了解、一号機、離陸します!』
怯える一般市民の最期のひとりまで、全員を収容し切ったCH-47はタンデムローターの回転数を上げ、50人以上乗せた巨体を宙に浮かせる。
計6枚の翅が空気を叩き、下向き気流が見上げる自衛隊員達に吹き付ける。
そのヘリが、跳ね上がるような動きをした巨大生物の脚に、空中で蹴り飛ばされた。
時折昆虫などに見られる、緩から急の動き。
実際には直撃はしなかったものの、CH-47は横回転しながら教習所の隣の建物に衝突し、胴体から路面に墜落した。
「隊長!」
「橋子!? ヘリの救助に向かう! 二号機、三号機は今すぐ離脱! エスコートは救出作業を援護!!」
自衛隊員十数名が、隊長に付いて撃墜された輸送ヘリへ一斉に走る。
そして、とんでもない嫌がらせをしてくれた巨大生物は、魔法少女達が見ている前であり得ない動きを見せていた。
背中から倒れたと思った巨大生物の4腕4脚の関節が、逆に曲がって身体を支え、立ち上がったのだ。
「ちょっ!? え!? どっちが前!?」
白馬を急停止させたビキニカウガールが仰天した声を出す。正面と思っていたのが背中? と混乱していたのだ。
その実際は、実は前も後ろもない。
生物は、生息する環境に最適化された生態を持つに至る。
つまり、前も後ろもなく、4腕4脚で上下左右関係無く、どんな地形でも踏破すると言うのが、この生物の本質だった。
「ならば全ての脚を叩き斬るまで!!」
「ダルマにしてやるデース!!」
しかし、そんな事は武者魔法少女組には関係なかった。
アスファルトに蹄の痕を刻まんばかりに馬を跳ねさせる鎧武者に、送電線の上を器用に駆け抜けていく巫女侍は、揃って脚の一本に狙いを定める。
特に共闘を拒む理由もないし、得物も似ているので同時にかかった方が、効率が良いと思ったからだ。
ところが、巨大生物が地面に突いた4腕4脚を同時に動かし、凄まじい速度でその場で180度旋回する。
旋回速度、僅かに3秒。
問題は、それが全長600メートルを超える巨大生物が行ったと言う事で、巨大故に回転運動における外周の速度は凄まじい物となった。
「――――――――――――ッ!!」
「ギャんッッ!!?」
旋回する巨大生物に弾かれ、何百メートルと吹き飛ばされる巫女侍と鎧武者。どちらも頑丈な魔法少女だったのが不幸中の幸い。
これがビキニカウガールなら、全身の骨くらいは砕けていただろう。
こちらも不幸中の幸いで、原形を保ったまま墜落したCH-47の内部は、例外なく負傷してはいたが死者は出ていなかった。
使いものにならなくなった機体から、自衛隊員達は唯一開いたキャビンドアから中の人々を引っ張り出す。
気を失っている者も多く、救出も一苦労だった。
そのヘリと、救助する人、される人々へ、巨大生物の面が向く。
剥き出しになった無数の歯がゴクゴクと打ち鳴らされ、自動車教習所の建物を踏み潰し、脚に引っかけた拍子に高層ホテルを倒壊させ、巨大生物の手が輸送ヘリの激突した建物を押し崩した。
「うおぉおおおお!?」
「ッ退避しろ! 一旦退避!!」
「ぎゃぁああああ!!?」
崩れた部分の大半はヘリではなく建物の逆側に落ちたのだが、僅かな破片だけでも直撃すれば事である。
自衛隊員は鉄兜――――――鉄ではないが――――――を被っているが、頭の上に落ちてくれば首の骨が逝きかねない。
AH-6とMH-60Lは、地上の隊員を援護すべく激しい射撃を続けている。
MH-60Lなどはドアガンに合わせて、そんな物まで積んでいたのか、無反動砲やら榴弾砲まで撃ち始めた。
近距離から弾丸の雨に撃ちすえられ、MH-60Lの乗員席からは白煙を引いた榴弾が弾ける。
それでも、巨大生物は気にも留めず、遂には対岸から線路を越える。
「行かせますかってぇのッッ!!」
線路上のビキニカウガールの頭上を、巨大生物の脚が通り過ぎようとした。
だが、これを再びビキニカウガールが投げ縄でキャッチ。反対側へ向かって走り、引き戻しにかかる。
重量も相手の力も一切無視する魔法の投げ縄は、たとえ相手が全量600メートル超、重量数万トンであっても、お構いなしに引き摺り回す事が可能だ。
しかし巨大生物も、自分を躓かせる小石の存在には、3回目にして気付いていた。
「さーあ今度はホントに海まで引き摺ってってやるわ! ヤー!!」
「相棒ヤバい!!」
これでめったに喋らない白馬が、珍しく切羽詰まった声でビキニカウガールに警告を発する。
そこに、今度は自ら小石を蹴っ飛ばしに来た、もう一本の脚が線路も何もかもを掘り返しながら、怒涛の勢いでビキニカウガールへ向かって来た。
「っぁあああああああ!? ヤバいこれは洒落にならない!!」
言われるまでもなく、白馬は全力疾走を開始。
その速力たるや、やはり普通の馬の範疇を越えて遥かに早いが、蹴るべき地面その物が盛り上がり始めては逃げようもなく。
「ヒッ!? ひゃやぁあああああああ!?」
掘り返される地面諸共空中に放り出された白馬とビキニカウガールは、今度は逆さまに土砂に埋まってしまった。
「ストーン殿!?」
「ジゴローはあっち掘り返して来るデス!!」
ヘタすると一キロメートル程吹き飛ばされていた鎧武者と巫女侍は、この時点でようやく戻って来る事が出来た。
と思ったら目の前で埋められるビキニカウガール。
巨大生物は地上からの銃撃を顔面で跳ね返し、それだけで大型の輸送ヘリを丸齧り出来そうな大顎を開くと、自動車教習所の場内コースを押し潰しながら自衛隊員と輸送ヘリに迫り、
「ンぐぅうウウうウウうウウうウウうウウうウウう!!」
その間に、怪力の巫女侍が割り込み、巨大生物の侵攻を真っ向から押し留めようとする。
しかし、それも巨大生物から見ると、豆腐に刺さったつま楊枝程度の感覚で。
巨大生物の顎――――――部分的に――――――を掴み、路面を削りながらも巫女侍は、成す術もなく輸送ヘリに向かって突っ込まされる。
墜落した輸送ヘリの中には、未だに脱出できていない一般市民が多く残っており、自衛隊員達も向かって来る巨大生物相手に退かず、誰もが命がけで巨大生物の侵攻を阻止しようとし、
その時、MH-60Lの乗員席から、一台の原動機付き二輪車が飛び降りた。
飛び降りたモスグリーンの原動機付き二輪車は、ビィイイイという甲高いエンジン音を立て教習コースを疾走。
障害物を避け、横滑りするようにカーブを曲がると、正面に巨大生物を据えて突っ込んで行く。
走ってきたのは、イタリア製でお洒落スクーターの代名詞とも言える、『ベスパ』という機種だった。
ハンドルの下のフロント部分が扁平な風防で覆われ、全体的に丸みのあるボディが特徴。
エンジンは2サイクル単気筒で、125ccという最も初期のモデル。
ただし、通常は車体を前後に貫く形で、75ミリ無反動砲など搭載してはいない。
座席からフロントの風防を貫き前方に伸びる砲身。
車体左右にぶら下がった予備の75ミリ砲弾ケース。
そんな物が付与された、傑作スクーターの空挺部隊仕様。
第二次大戦後のフランスが作り出した、対戦車兵器。
対戦車ベスパ、Vespa150 A.C.M.A. T.A.Pである。
「いったれ黒衣ぃい!!」
「ぶっ込めぇえええ!!」
「姐御ぉおおお!!」
MH-60Lの搭乗員――――――パイロット含む―――――――が、銃撃を続けながら対戦車ベスパへ向かって叫んでいる。
微力ながら巨大生物の侵攻を押さえていた巫女侍のカティは、ひと目ベスパに乗る少女の姿を見るや、涙が溢れて止まらなかった。
ややガンメタルシルバーの混じる金髪を棚引かせ、黒いミニスカエプロンドレスが捲れ上がるのも気にせず、対戦車ベスパに跨り爆走して来る、銃砲兵器系魔法少女。
黒アリスの旋崎雨音は、巨大生物の横っ面に突撃すると、ゼロ距離から75ミリ砲をぶっ放した。




