0040:少女も万事魔法の馬
AH-64攻撃ヘリはM230、口径30ミリ機関砲を固定主武装とし、機体両側の小翼下部にハイドラ70ロケットランチャーと、AGM-114対戦車ミサイルを搭載しており、高火力の武装を揃えている。
平面で角ばった操縦席周辺は、ホウ素炭素製装甲板が装着され、搭乗員保護のブラスト・シールド、セラミック装甲板等の保護措置が取られている他、メインローター、燃料タンクにも耐弾性を高める装甲が成されており、その火力と合わせて空飛ぶ戦車と呼ぶのに相応しい戦闘用ヘリとなっている。
機体左右に搭載された四角い箱状のターボシャフトエンジンは、3329軸馬力というパワーをローターに伝え、約10トンの最大重量を空中で自由自在に振り回すのを可能としていた。
◇
山手線を横切る陸橋を踏み抜き、巨大生物の巨体が大きく傾く。
巨大生物の移動速度は、倍ほどに上がっていた。
4腕4脚を機械的に動かし、どんな障害物をものともせず、最大で時速300キロ近い速度で地上の人々を追い掛ける。
だが、その背に降り注ぐミサイルとロケット弾。
限界速度ギリギリの時速350キロで、4機編成、2編隊のAH-64攻撃ヘリが、巨大生物に牽制射を行い上空を駆け抜けていく。
その攻撃ヘリへ向かって、なんと巨大生物が跳んだ。
『クソァッ!? ジャンプした! ジャンプした!!』
「各機高度2000まで上げろ! チェイサー、左右に分かれる! こっちは3時!」
『ライダー2-1! 今のはヤバかった! 喰らったら一発だぞ!!』
地上1000メートルを遥かに超え、巨大生物が空中を飛ぶやかましい相手へ、4腕を泳がせる。
ヘリのパイロットにしてみれば、いきなり塔か何か危険な障害物が生えてきたに等しい。
あるいは、ハエ叩きで追われるのは、こんな感じなのかと。
幸いな事に命中率は低く、対戦車ヘリ部隊の8機は巨大生物の腕を文字通り擦り抜けられたが、その攻撃力と到達距離は驚異的であった。
「ライダー、チェイサー各機、距離を取って再攻撃。チェイサーは南から、こちらは北東から接近する」
『チェイサー了解』
『ライダー2-2よりライダーリーダー。北東には障害物があります』
「だからこっちはあのビルを縫って接近する。残りのロケット弾とミサイルを全弾叩き込むぞ」
『クソッ! 救出はまだ終わらないのか!?』
対戦車ヘリ部隊の隊長から指示が飛び、編隊は再び二手に分かれる。
全長600メートルを超える巨体を、跳ばすという離れ技を出した巨大生物は、地盤を大きく沈ませ地震を起こしながら着地。
既にダメージが限界を超えていた高層ビルの一棟は、その衝撃で崩落を始めた。耐震設計にも限度というモノがある。
4脚で立ち上がった巨大生物は、人間のような姿勢で高層ビルの上を毟り取ると、飛んでいくヘリに向かって投げつけた。
それだけで全長500メートルはある腕により、カタパルトで加速されたかのように弾かれたコンクリートの塊は、一般市民の救出地点である自動車教習所の真上を飛び越し、目黒にある高層マンションを貫通。大きな風穴を空けていた。
「キャァアアアアアア!!」
「ぅああああ!」
「何か飛んできた! 何か来たぞ今!?」
「早く乗れ早く!!」
「押すなバカ!!」
東米軍仕様のCH-47F大型輸送ヘリは、3機とも自動車学校に着陸していた。
山手線を横切り教習所に繋がる歩道橋には、今も多くの一般市民が列を成している。
巨大生物が踏み抜いた陸橋は線路上に良く見え、僅か数十メートルという距離に、人々は生きた心地がしなかった。
当然、一刻も早くこの危険地帯から逃げ出そうと、ヘリに殺到する事になる。
「落ち着いてください! 全員ヘリに乗れます! 全員救助します! だから慌てないでください!! ヘリの前には絶対に行かないでください! 危険です!!」
「ヘリへの振り分けは自衛官に従ってください! 搭乗人数が超過するとヘリは飛びません!!」
拡声器を持った自衛官が、ヘリ後部の搭乗用ランプ・ドアから一般市民へ向けて注意を叫んでいる。
着地前から、他の場所からも避難民を拾って来た輸送ヘリには、既に多くの人間が乗っていた。
「おい何やってんだよ早く飛べよ!」
「早く出発して! ここにいたら死んじゃうわ! 怪獣が来るわよ!!」
頭の上でヘリのタンデムローターが騒音を発していても、巨大生物の咆哮も、脚を踏み鳴らす地響きも聞こえるのだ。当然、他の誰を置き去りにしても、自分は逃げのびたいと思う。
そんな人々をどうにか宥める自衛官達がいる一方で、中隊指揮官である釘山三佐は巨大生物の姿を静かに睨んでいた。
◇
凶暴性を増した巨大生物が、地面を蹴り、高層ビルにぶつかりながら走っていった。
そして、残された3人の魔法少女はと言うと。
「鎧が無ければ即死でござった」
「ひゃっぽ(百歩)譲ってそれでもいいデスけど……なしてウマも無事です?」
かなり豪快に鎧武者の少女は巨大生物の脚に踏み潰されてしまい、正直かなり悲惨な死体回収も、巫女侍は覚悟していた。
ところが、巨大生物が脚を退かすと、激しく陥没した路面から平然と出て来る、赤備えの鎧武者少女。そして、逞しい栗毛の馬。
鎧武者の少女も栗毛の馬も、アスファルトやら土やらで汚れてはいたが、怪我らしい怪我もしていなかった。
「だから言ったじゃない巫女侍ガール。うちの四五朗は大丈夫だって」
魔法の投げ縄で鎧武者と栗毛の馬を易々引っ張り上げるビキニカウガールも、特に驚くべき事でもないと言うような口調。
驚いているのは巫女侍だけであった。
「拙者、秋山殿ほどの力も早さもござらぬが、鎧だけは頑丈に仕立てました故」
3万トンから4万トンの重量がかかって歪みもしない鎧など、頑丈なんて言葉では済まないほど。
つまり、この『不退転の鎧』こそが、島津四五朗の魔法というワケだ。
「…………ウマは?」
「挫けないのが拙者の魔法なれば、マスコット・アシスタントもまた同様の魔法が使えるのでござるよ。秋山殿は違うのでござるか?」
以前、自分のマスコット・アシスタントからそんな説明をされた気もするが、どうしてここでそんな話になるのか。
鎧から埃を払って言う鎧武者の少女に、眉を顰めた巫女侍は、ルージュの引かれた目を向けると、
「殿は甲冑の頑強さにパラメーター全振りでござるからな」
「しゃべったデース!!?」
栗毛の馬が口を動かし、これまた平然と喋り出して度肝を抜かれた。
ファンタジーな映画では時々見られる姿だが、現実になると巨大怪獣に引けを取らないインパクトである。
「ちなみに、わたしのエドも似たような感じだったりするのよん」
「よろしくな、ねーちゃん! イーハー!!」
「か、軽いデース!? いやイカンです! こんなツッコミじゃアマネは納得してくれんデスよ!?」
陽気に笑って言う美しい白馬とのギャップも合わせてトリプルパンチ。
まさかのアウェイ感に、追い詰められた巫女侍のお嬢さんはガクガクブルブル震えていた。助けてアマネ。
「つ、つまりウマがマスコット・アシスタントなんデス? なしてまたそげなコトに…………?」
ウマが、魔法少女を補佐する、マスコット・アシスタント。
某黒いアリスのマスコット・アシスタントも迫力満点だったが、これはある意味それ以上。
いや、魔法少女のマスコットキャラとしては、動物というのは間違っていないのか。
いやいや普通はそれならもっと小さな動物になるだろう。ウサギとか猫とか。
それを言ってしまえば、巫女侍のマスコット・アシスタントなんて着物を着崩したエロいお姉さんだったが。
「お互いマスコット・アシスタントが馬ってのは偶然だったんだけどね」
「拙者もストーン殿も己の魔法を形作る過程で、必然的にこうなったのでござる」
言われてみればなるほど、鎧武者には馬、カウガールには馬、と最も身近な相棒として無くてはならないモノだろう。
戦艦丸ごとマスコット・アシスタントであった魔法少女の例もあるので、そこは不思議ではないのかも。
馬が喋ると言う、現実に目の当たりにすると感じる、凄まじい違和感にさえ目を瞑れば。
「…………ウマ、デスかー」
ビキニカウガールと鎧武者の横に並び、ニッと笑いかける陽気な白馬と重々しく頷いて見せる栗毛の馬。
呆然と、一瞬だけ選択を誤ったかと思う巫女侍だったが、そんな考えはすぐに頭から取っ払われた。
自分はお雪さんサイコーである。
そんな感じで、章を跨いだ衝撃の新事実に囚われてしまった巫女侍だったが、直後に響いた爆発音で我に返る。
ペシャンコにされたと思った鎧武者の魔法少女が無事だったので一安心、している場合ではない。
「さーて……おばさん魔法少女は上手くやってるのかしらかしら? どうなのかしらー!?」
「脚の一本や二本斬り落としてやれば、避難する方々も逃げやすいでござるよ」
ビキニカウガールが白馬に飛び乗り、鎧武者の少女も栗毛の馬に乗って刀を抜く。
「アレ? ジゴロー、ヤリはどうしたデス?」
自身も大刀を抜き放ちながら、鎧武者得意の得物が代わっているのに気付く巫女侍。
その科白に、鎧武者の少女は馬上から斜め上を指差し、
「置き土産にござるな」
ニヤリ、と面具の奥で不敵に笑っていた。
◇
一方、一般市民の避難状況は、少々拙い事になっていた。
対戦車ヘリ部隊、チェイサー編隊は南側から山手線に沿って巨大生物に接近。攻撃後、ライダー編隊の攻撃アングルを空ける為に上空に退避する筈だった。
ところが、最終攻撃態勢に入った所で運悪く――――――と思いたい――――――巨大生物の生物弾が攻撃ヘリの一機に直撃。
それだけでも大事だったのに、コントロールを失ったAH-64は山手線の線路上に墜落してしまい、すぐ側の自動車教習所に避難していた50名以上の人々から悲鳴が上がった。
教習所に入っていた一般市民の方へは何も落ちて来なかったが、不幸中の幸いとは言えない。
何故ならば、対戦車ヘリを追い散らした巨大生物が、真っ直ぐ自動車教習所に向かって来たからだ。
「油島、麹丸、先に飛べ! 残りは橋子の機に収容しろ!」
『了解、三号機、油島、離陸します』
『二号機、麹丸機、離陸します!』
待機状態にあったCH-47Fの2機がローターの回転数を上げ、搭乗用の後部ランプ・ドアが閉鎖される。
残った人々はパニックだ。置いて行かれると思い込み、ヘリに群がろうとする人々を自衛官が必死で押さえた。
「遠条! アパッチのパイロットを救出してこい!」
「了解! 門名! 入定! 付いて来い!!」
命令を受けた中隊の隊員3名が、教習所から線路上に飛び降り胴体着陸したAH-64へと走る。
しかし、この時既に、すぐ間近で巨大生物の脚が、線路を挟んで対岸の道路にかかっていた。
圧倒的な重量が圧し掛かる地面が沈み込み、圧力に地盤が軋み、不気味な振動は教習所の人々にも届いて来る。
「釘山隊長!」
「全隊横列! ヘリを守れ! エスコートは援護! ブラックホークは輸送ヘリが飛び次第我々を回収しろ! アパッチの方は!?」
「手こずっているようです!」
墜落したAH-64は本体が歪んでおり、風防が開かなくなっていた。
ヘリのパイロットが「俺達は置いて行け」と機内で怒鳴っているが、救助に来た隊員は見えていない振りでキャノピーを抉じ開けようとする。
「クソッ! 開けよこのブリキ缶がぁあああああ!!」
「どうする入定!? 吹っ飛ばすか!?」
「アホか! キャノピーが砕けたら中は血の海だろうが! M9出せ!!」
風防の開閉部に銃剣の先を突っ込み、テコのように押し曲げる自衛隊員。
『遠条、もういい戻れ!』
無線での隊長命令同様、巨大生物の巨脚が次々に周囲に振り下ろされ、タイムリミットを告げて来る。
戻らなければ、中隊は一般市民を優先して逃げざるを得ない。そうなれば、自分達はこの地獄に置き去りになる。
「くぬっ! くぬっ!!」
「うぉおおおおおおお!!」
「ッぎぃいいいいい!!
それでも、3人の自衛隊員達はヤケクソ気味に、風防に取り付き満身の力を込め。
背後から伸びて来た細い女の手が、力尽くでキャノピーその物を引っ剥がした。
「はっ……!?」
「はぁああああ!!?」
金属が拉げ、ねじ切れる音が鳴る。
仰天して目を剥く自衛隊員が背後を振り返ると、そこには、
「そいつらさっさと連れて逃げるデスよ」
軽々と風防を頭上に掲げる、露出の多い巫女装束のような物を着た、キレのある美貌の女が。
「だ、誰!?」
「え? 巫女さん!? どこの神様のヒト!?」
その直後、巨大生物の足元で爆発が起こり、驚いた自衛官達がそちらに目を向けると、
「イイェァアアアアア!!」
「ブルッヒァアアアア!!」
何故か胴体はビキニ水着という姿の、ダイナマイトを咥え白馬に乗って線路上を疾走するカウガールが。
それに、
「先の雪辱を果たす! 島津四五朗いざ参るー!!」
線路に沿った道路を爆走し、馬上で刀を振り上げる鎧武者が。
「カッコ良くスパッと斬れるとイケてるデスねー……あ、踏み潰されないうちに逃げるデスよ?」
そして、改造巫女装束の女も、人間ではありえない速力でもって鎧武者の方へと走って行ってしまった。
仲間がヘリの中から負傷者を引っ張り出している横で、奇想天外な3人を見てしまった自衛官はハッと我に返り、
「あッ! あいつら、他の魔法少女か!? 黒衣の言う通り、本当にいた!!」
「遠条さん手伝ってくださいよ!!」
某銃砲兵器系魔法少女の言葉を思い出して、素っ頓狂な声を上げていた。




