0038:不退転魔法少女
東京の空に、多くのヘリが犇めき合っている。
AH-64攻撃ヘリ、UH-1J汎用ヘリ、AH-6特殊戦攻撃ヘリ、MH-60L特殊戦用輸送ヘリ、CH-47F大型輸送ヘリ。それに、マスコミのヘリや所属不明な怪しい機が複数。
ヘリよりも高い高度では、F-2戦闘機が数機ごとに編隊を組んで飛行していた。
眼下には、ビル群を踏み付け、衝突しては破壊していく4腕4脚の巨大生物。全長で600メートルを超え、筋張った長大な腕脚でその巨体を支え、地形を選ばず踏み潰して進んで行くその姿は、上空にいる自衛隊のパイロット達の、事前の想像を遥かに超えた威容だった。
あまりに現実離れした、それまでの常識を吹き飛ばす光景。
誰もが巨大生物の侵攻に目を奪われ、その足元にたくさんの人々が逃げ惑っているとは思いもよらない。
そんな中、
『チェイサー2-1よりライダーリーダー! 2時方向、あのチヌーク達は接近し過ぎでは!?』
『どこの部隊だ!? 輸送ヘリの参加なんてブリーフィングで言ってたか!?』
「連隊本部へ、こちらライダーリーダー。作戦空域の輸送ヘリ部隊はそちらで掌握しているか」
覚えの無いAH-6特殊戦攻撃ヘリ、MH-60L特殊戦用輸送ヘリ、CH-47F大型輸送ヘリの編隊が、強襲でもするかのような勢いで巨大生物へ向かって降下していく。
攻撃の邪魔になるのだが、それ以上に、巨大生物に目を付けられれば襲われても仕方がないほど接近していた。
何をしたいのかは分からないが、場合によっては援護に入らなければならない。
僚機に再攻撃の準備を指示し、自分達の指揮権を預けている連隊作戦本部に照会を取る対戦車ヘリ部隊の隊長だったが。
『甲種目標全攻撃部隊へ、作戦は一時中止! 当該区域、目黒区、三田付近に一般市民多数! 全ての攻撃を中止して下さい!!』
少し間を開けてからの連隊本部の応答には、この作戦に参加していた自衛官の全員が息を飲んだ。
逃げ遅れた人間が多いと聞いてはいたが、よりにもよってこのタイミング。
報告を聞いた官邸の災害対策本部に居る政治家達は言葉に詰まり、自衛官達は奥歯を噛み締める。
自衛隊とは、国民を守る為に存在する組織だ。巨大生物の撃滅よりも、それは優先されなければならない。
『それじゃアレは救出部隊か!? 隊長!!』
「ライダーリーダーより本部! 我々も援護に向かう!」
連隊本部から了承を得る前に、対戦車ヘリ部隊は機首を大きく傾け一気に降下する。
地上50メートルを、山手線の線路に沿う形で巨大生物へ急接近数する対戦車ヘリ部隊へ、作戦本部からも命令が発せられた。
『了解、対戦車ヘリ部隊は第32連隊第6中隊の救出活動を援護して下さい!』
◇
蛇に睨まれた蛙というか、サイズ比的には人間とアリに近い。
もはや生物というか地形や景色を見ている気になっていた地上の人間達だったが、その地形が身動ぎし、自分達に向けて嗤ったような大口を開けたとなれば、のんびりと見ている事など出来やしない。
「うわぁあああああああああ!!」
「ぎゃぁああああああああああああああ!!」
一斉に逃げ出す人々だが、一番広い逃げ道である道路は、降ってきた高層ビルの瓦礫によって塞がれてしまっている。
そして、後方には巨大生物が。
必然、左右にあるビルの間の広場や小さな緑地へ散らばって行く人々へ、見下ろす巨大生物は恐怖を誘う叫び声を叩きつける。
内臓をかき回すような激し過ぎる超重低音により、周囲の高層ビルのガラスは全て砕け散り、それだけで気絶してしまう人間までいた。
「こっ……!? コレは流石に無理ゲー!」
地面を踏むだけで大穴を開ける巨大過ぎる生き物を前に、いつもは陽気なビキニカウガールの笑みも完全に引き攣っていた。これは冗談抜きで核兵器が必要な次元である。
「こんな……!? どうすれば……どうすればいいの?」
チビッ子魔法少女刑事は心が折れかけていた。
人々は恐怖に逃げ惑い、敵はあまりに巨大で、自分の力はあまりにも小さい。
魔法少女になった筈なのに、警察官なのに、出来る事は何もなかった。
だが、ふたりの魔法少女が巨大過ぎる存在を前に、呆然自失としていた横で、
「では、拙者は参りまする」
「んじゃカティも付き合うデース。コイツには黒アリスさんがお世話になったデスからネ」
事も無げに言う鎧武者の島津四五朗と、顔に影を落として双眸を光らせる巫女侍の秋山勝左衛門。
魔法武将少女のふたりには、まるっきり恐れの欠片も見られない。
「ち、ちょっと待った四五朗に巫女侍ガール!?」
「あんなのどうにもならないわよ! あなた達も逃げなさい! その力は家族とか友人とか、自分の近しいヒト達を守る為に使うの!」
肩をいからせ、チビッ子魔法少女は怒鳴りつけるように若い魔法少女達を諭した。
今回ばかりはビキニカウガールも同意する。
見捨てておけないからと言ってここまで人々を守ってきたが、自分が死んでは意味が無い。
何を成すにも、誰を助けるにも、まずは自分が生きていなければならないのだから。
と言った考えも間違ってはいないと思うが、現代の武人たらんとする少女の命の使い切りかたは、自由と自立を求める荒野のカウガールとは、また違うのだった。
「これほどの敵を前に逃げて、拙者は他に何者と戦えば良いのでござろうか。戦場に在ってこれと戦うは侍の本分! トリア殿、ストーン殿も悔いなきよう、己の本分の為に往かれるがよろしい! さすればこの身を魔法少女とした意味もあろうと言うもの!!」
「いやゴメン四五朗、何言ってるか分かんない!」
「拙者にも良く分からぬー! 往くぞ剋天号!!」
面具の奥で溌剌と笑った鎧武者の少女は、言うが早いか全力で馬を走らせ、巨大生物の方に突っ込んで行ってしまった。
その勢いに呆気に取られ、何故かあらゆる意味で完敗感漂うビキニカウガールは、鎧武者の少女を引き止める姿勢のまま硬直。
「カティは何か分かりマス。戦わない魔法少女はクソの役にも立たないデスねー」
そして、溜息を突いて踏ん反り返る巫女侍も、肩を回して身体を解すような仕草の後に、大刀を肩に乗せて鎧武者の後を追う。
「…………時々巫女侍ガールは口悪いわね」
巨大生物に立ち向かう魔法少女ふたりだが、風車に立ち向かうドン・キホーテどころの話ではない。巨大生物にピントを合わせると、ふたりはまるで豆粒だ。
そして、呆然とふたりを見送るビキニのカウガール、荒堂美由は、何となく焦るような感じを覚える。
迷わず強大な敵に突っ込んで行けるふたりの少女は、自分よりも遥かに自由で、何モノにも囚われていないように見えた。
そして、フと思う。
この巨大生物と、荒堂の家。相手にして面倒臭いのはどちらだろう、と。
「…………うん、大した事無いわ」
「ちょ……あなた……!?」
腑に落ちた顔をするビキニカウガールの意図を悟り、チビッ子魔法少女刑事が慌てて止めに入ろうとした。
だがその時、魔法少女刑事の持つ警察無線に入る通信が。
『魔法少女刑事のトリア・パーティクル、こちら陸上自衛隊第一師団第32普通科連隊第6中隊。応答せよ、魔法少女刑事、トリア・パーティクル。こちらは自衛隊の救出部隊だ、応答せよ』
思わず、顔を見合わせる魔法少女刑事と、ビキニカウガール。
無線の声は、お堅い大真面目な口調で魔法少女刑事を呼んで来るが、魔法少女刑事の方は自衛隊に知り合いなどいない。
魔法の警察手帳が通用して、魔法少女刑事などという怪しい存在を認知させられる範囲は、あくまでも警察関係者に限られる。
だと言うのに、自衛隊が魔法少女刑事をフルネームで御指名とは、一体どういう了見か。
しかし、そんな疑問は無線の内容によって吹っ飛ばされてしまった。
『その地点から南へ。市の行政ビルの下に広がる公園から陸橋を使い山手線を越えれば自動車学校の駐車場がある。そこまで一般市民を誘導しろ。ヘリで救助する。繰り返す。行政ビルに隣接する公園から陸橋へ、その先の駐車場で救助する。貴官ら警官は一般市民を誘導しろ』
無線の内容を肯定するかのように、極低空をヘリの編隊が通過していく。
救助の為、市民を、誘導。
それが出来るのは、警察官である自分しかいない。
「ふむふむ……面白くなってきたじゃんよ! ねぇ!?」
無線を聞いたビキニカウガール魔法少女は、それ以上何も言わずに、魔法少女刑事を置いて白馬で突っ走って行ってしまった。
もっともそれは、何も言う必要が無いと分かっていたからだが。
「全員聞いたわね!? 北側広場に逃げたヒト達を捉まえて、全員を山手線の向こうにある自動車学校に誘導するわよ!!」
『了解しました、トリアちゃん!!』
『トリアちゃん、陸橋に近い一般人はすぐに誘導を始めます!』
希望と、警官としてやるべき事、そして自分の魔法少女キャラを思い出したチビッ子魔法少女刑事は、無線から他の警官に指示を出し、自身も避難誘導を開始すべく飛び上がった。
巨大生物は凄まじい臭気と絶叫を撒き散らし、地面を抉り、高層ビルを打ち崩しながら逃げ惑う人々を追い回す。
何も顧みず、傲慢に勝手気ままに東京を蹂躙する怪物は、止める術など存在しないように見えた。
だが、相手はどれほど強大だろうと、恐ろしかろうと、魔法少女の乙女達には一切関係ないのである。




