0037:ジャイアントオフセット衝突事故
10式戦車の主砲、44口径120ミリ滑腔砲は、初速1580~1750メートル/秒。弾種と精度にもよるが、射程距離は4キロメートルを超える。
装弾筒付翼安定徹甲弾は発射と同時に、爆発エネルギーを一身に受ける弾頭を覆っていた装弾筒を分離。
侵徹体と呼ばれる弾頭は、装弾筒を切り離した後の細い形状からほとんど空気抵抗を受けず、ほぼ最大の運動エネルギーを保ったまま目標に着弾。
水平に近い角度でなければ、弾頭は目標の装甲に突き刺さり、着弾地点に集中する圧力によって流体のように変化し内部に浸食。
巨大な運動エネルギーの全てを伝え、対象を破壊する事となる。
現代における侵徹弾道学の粋を集めた究極の弾頭。
完成したばかりの東京スカイツリー並に巨大な生物の姿は、明治神宮3キロ圏内のどこからでも見る事が出来た。
巨大生物を取り囲むように配置された戦車隊は、10式戦車の精密射撃能力を以って巨大生物に対して集中砲火を実行する。
50の砲口が炎を噴き出し、火薬の爆発する衝撃波が、戦車周囲の空気を強烈に叩いた。
戦車だけではない。別の地点、ビルの屋上や高架からは陸自の120ミリ迫撃砲が、空からは20機の――――――半数は高空で待機――――――F-2戦闘機が91式誘導装置を搭載したMk.82爆弾を投下し、横並びになったAH-64攻撃ヘリのAGM-114ミサイルが白煙を噴いて飛翔する。
間断無い高火力の攻撃が、明治神宮諸共巨大生物へ叩きつけられていた。
爆風で木々は薙ぎ倒され、隣接する高速道路、原宿駅、参宮橋駅といった建造物が巻き添えを食って破壊され、貴重な都心の緑は火の海に。
その光景を、第34普通科連隊に属する小隊の一つが、汎用ヘリのUH-1Jで高空から偵察していた。
「第四偵察隊より本部。第一次打撃評価。有効殺傷圏内へ着弾9割。えー、甲種目標への効果は現状では砲撃の影響により視界極めて悪く、えー、確認不能。観察を続けます。送れ」
『偵察隊本部了解。引き続き評価偵察を実施せよ』
大量の生木が燃え、真夏の積乱雲のような濃い煙が偵察ヘリの飛ぶ高度1000メートルまで余裕で届いて来る。煙自体が高温なので、熱センサーも役に立たない。
総理官邸の災害対策本部では、大臣閣僚や幕僚長、都知事や23区長、学者、有力政治家、各省庁の責任者、在日東米軍司令官らが、現場の映像を固唾を飲んで見入っている。
「どうなった!? 報告は!?」
焦れる閣僚は誰ともなく、情報通信を担当する自衛官を急かして無い物強請り。
だが、状況不明という報告以上のモノは上がってこず、陸空の偵察から入る報告に現場も指令本部もジッと耳を澄まして、自衛隊、官邸、東京の全てが沈黙したその時、
急激に煙が消えつつあると、複数の偵察隊から一斉に通信が入り始めた。
それは良いこれで何がどうなっているのか見えるようになる。などと能天気な事を考えていた者もいたが、煙の動きを見て、すぐにおかしな事に気が付く。
普通、煙は下から上に向かうものだ。
ところが大量の煙は、煙柱の中腹から一点へ吸い込まれるようにして小さくなっていき。
偵察と官邸が見たのは、巨大な怪獣が立ち上がって4脚を踏ん張り、大量の煙を吸い込んで、ただでさえ巨大な胴体を倍ほどに膨らませている姿だった。
甲種目標、巨大生物健在の報は一瞬で全体に伝わる。
とは言え、おいそれと信じられる話ではない。
数百発の戦車砲弾、投下爆弾、榴弾を喰らっておいて、どうして形を保っていられるのか。
官邸の対策本部は即座に再攻撃を命令しようとし、現場では巨大生物の尋常ではない様子に、警戒するよう部隊本部から指示が出た。
2通りの命令の祖語に、確認やら何やらで自衛隊の動きが止まってしまう。
『ライダーリーダーよりライダー2-1、9時方向、低空に退避! チェイサー1、2、逃げるぞ付いて来い!!』
しかし、第一次防衛戦で身内を落とされている対戦車ヘリ部隊の隊長は、今すぐに低空へ避退するよう僚機へ指示。
その直後、空気の弾ける音とともに、巨大生物の体表に無数に空く四角い穴の中で、胸に当たる部分から白煙が噴き出した。
間一髪、AH-64の至近を砲弾代わりの小型生物が掠めていき、音速を超えている証の衝撃波がAH-64を大きく揺らす。
巨大生物の砲撃はAH-64だけには向けられず、胴体の各所から噴き出す生物弾は、どういう理屈なのか戦車部隊や迫撃砲の普通科中隊の方にまで飛来し、一発は高層ビルを撃ち抜くほどの威力を見せていた。
「配置がバレているのか!? いや、あの畜生にそんな知能が……!」
「攻撃だ! 畳みかけろ!!」
「いや、一旦退かせるべきだ!」
官邸の災害対策本部では、閣僚や政治家が興奮しながら好き勝手な事を喚いている。
だが言われるまでもなく、現場は既に動いていた。
『第1偵察隊より本部。甲種目標に第一次攻撃のダメージは見止められない。繰り返す、甲種目標にダメージ無し』
『各航空戦隊は第二次攻撃に備え高度5000まで上昇の事』
『甲種目標が動きます!』
「ダメだ! 明治神宮から出すな! これ以上都内に被害が広がるのは許さんぞ!!」
命令を受け、一時的に距離を取っていた対戦車ヘリ部隊が戻り、一直線に連なりハイドラ70ロケット弾を発射。
ランチャーから噴射炎を噴き出し、立て続けに放たれた小型ロケット弾が、巨大生物の足元や胴体に着弾する。
だが、50輌の戦車、20機の戦闘機、8機の攻撃ヘリに、50の迫撃砲の一斉攻撃を受けてダメージらしいダメージも無いのだ。
対戦車成型炸薬弾頭のロケット弾とはいえ、巨大生物の動きは止まらない。どころか、ヘリに向かって速度を上げて来た。
対戦車ヘリ部隊は緊急回避。高度を上げて分散する。
こうなると、戦車部隊もタイミングを合わせて一斉攻撃とはいかない。それに、射程4キロ以上の44口径120ミリ滑腔砲は、迂闊な方向に向けられない。
多少予定より被害が拡大しても、戦車や戦闘機に巨大生物を攻撃させよう。そんな事を言い出せる閣僚や政治家は存在せず、巨大生物が明治神宮を出た時点で、官邸の災害対策本部は何も言えなくなっていたのだ。
しかし、被害の拡大と責任問題を恐れて完全に沈黙してしまった官邸だが、現場は沈黙してはいられない。
作戦中止とも言われていない自衛隊と各隊本部は、自他の被害を抑える為に現場レベルのみの情報連携でもって、対甲種目標作戦を続行。
巨大生物は自分を攻撃した自衛隊を襲い始め、応戦する自衛隊との戦線は高速で南下を始めていた。
◇
午後4時7分。
魔法少女刑事の情報通り、自衛隊が巨大生物に総攻撃を始めたらしく、遠くから派手な爆発の音が聞こえる。
花火の音の様で、もっと硬質で重い響きが、周囲のホテルやオフィスビルといった高い建物に反響していた。
一刻も早く、音の方から離れようとする、50人からの一般人の集団。
始めは早足で移動していた彼らだったが、その足は徐々に早まり、集団はパニックを起こす寸前となっていた。
何故ならば、爆発音と足元を揺らす地震にも似た地響きが、聞く毎に大きく、激しくなって来ているからだ。
「……また大きくなったでござるな」
「じゃなくて、多分どんどん近付いてんだってばさ……」
緊迫するビキニカウガールと鎧武者の少女は、馬を回して後方を睨んでいた。
最初は反響して分かり辛かった音の方向も、今はハッキリと分かるほどになっている。
人々がほぼ駆け足になっている最中、ビキニカウガールと鎧武者は馬を止め、巫女侍と魔法少女刑事は高所から状況を見ようと、周辺で一際高いビルの外壁を駆け上がった。
だが、わざわざそんな事をする必要もなく、まるで距離をスッ飛ばして来たかのように、たった今歩いて来た大通りの向こう、見通せる位置で爆発が起こり始める。
「危ない逃げろ!!」
誰かがこう言ったのを皮切りに、徐々に悲鳴が起こり始め、集団から我先にと走り出す者が現れた。
こうなると、もはや歯止めが効かない。
小型の怪生物も恐ろしかったが、自分達の見えない所で、桁違いに巨大な何かが暴れ回っているというのは比べ物にならないほど人々の恐怖を煽っていた。
「…………え?」
ビルを駆け上がり、屋上から見える東京のパノラマを想像していた魔法少女刑事は、冗談のようなその光景に、思考が停止してしまう。
「ッ…………やばデス!? 飛ぶデスよ!!」
たった今170メートルはあるビルの外壁を上がって来たばかりなのに、巫女侍は魔法少女刑事のマントを引っ掴むと、屋上から躊躇なく飛び出した。
その直後、上から十数フロア、3分の1を吹っ飛ばされる高層ビル。
あまりの勢いにぶつけられた高層ビルの上から3分の1は、別の高層ビルにぶつかり跳ね返ると、よりにもよって50名の人間が逃げようとする方向へと落下して来た。
集団は急には止まれず、行こうとする人間と戻ろうとする人間がぶつかり、絶叫混じりの大混乱に。
同時に、2機のヘリが上空を高速で突っ切り、たった今崩れた高層ビルに追い打ちをかけるように、ロケット弾やらミサイルが着弾。爆発の破片と爆発音が地上に降り注ぐが、それとは別に、明らかに爆発とは違う重低音が空間全体を押し包む。
そして、恐怖と混乱は最高潮に達する。
へし折れ、噴煙を巻き上げる高層ビルを上から押し潰す、長大で筋張った腕。
また別の腕は、並んで立つ別のビルの壁面に突き込まれ、二つの高層建築物の間で連絡橋のように繋がっている。
ビルとビルの間に、まるで狭い隙間でも覗き込むかのように入り込んで来る巨体。
誰もが、見上げずにはいられなかった。
だが、自分の視界いっぱいに広がるあまりにも巨大な生き物の姿は、誰もの常識と理性の枠に収まらず、最も恐怖の対象とするべき存在であるにも関わらず、それを認知できずにいた。




