0035:魔法少女刑事物語
総理大臣官邸に設置された『巨大生物災害対策本部』では、総理以下内閣閣僚に与野党の大物政治家、全自衛隊への指示を通す統合幕僚監部の統合幕僚長、東京都知事と各区長、警察庁長官や警視総監と幹部、古生物学者や動物学者、そして在日東米軍司令官が揃っていた。
本部である地下階の危機管理センター内に大量に置かれた大画面モニターには、明治神宮を中心に渋谷区に展開している自衛隊の状況や、周辺住民の避難状況、神宮緑地内で相変わらず横たわっている巨大生物の様子が映し出されている。
間もなく始まる対巨大生物処理作戦は、明治神宮から3キロ圏内を殺傷危険区域として想定していた。
官邸はそのギリギリの位置にあったが、作戦前に逃げ出したとあっては、諸外国に対する日本政府の体面や、実際に巨大生物を相手にする自衛隊の士気にも関わるとあって、踏み留まらざるを得なかったのだ。
羽田さえ封鎖されなければ、今頃は半数は日本から逃げ出していたところ。
「自衛隊は怪物を倒せるのか!? すぐに東アメリカ軍へ出動を要請するべきでは!?」
閣僚のひとりが、早速全員が疑問に持っている事を口にする。
どれほど巨大であろうとも、所詮は生身の生き物。ミサイルの一発でも直撃すれば、肉が弾け骨まで焼き尽くされ、簡単に死ぬだろうと、最初は誰もが思っていた。
だが、そんな認識は羽田の第一次防衛戦の惨状を見て、消し飛んでいた。
今度は陸自東部方面隊の大半を投入し、航空自衛隊を併せて航空戦力も大半を継ぎ込むとはいえ、どうせならば安保条約のある東米国の在日米軍も一緒に動いてもらい、全戦力を注ぎたいと思うのは当然の人情だった。
だが、
「えー……司令官とも話しましたが、在日米軍への出動要請はですね……えー、自衛隊との急な連携は混乱を招く危険もあり、ですので、自衛隊の行動後の『支援』という事でですね、お願いしたいと」
長卓の議長席に着く総理は、どこか他人事のように言う。
それなら何の為に今まで合同訓練などをやって来たのか、と何人もの閣僚が思うが、真っ先に何かを言うべき防衛大臣や公安委員長、官房長が何も言わないので、畑違いの閣僚は何も言えない。
在日東米軍の司令官も知らん顔をしており、既に裏で何かしらの同意が行われているであろう事は、誰の目から見ても明らかであった。
「御心配には及びません……自衛隊は全力を尽くします。私は必ず、自衛隊が総力を以ってすれば巨大生物を仕留め、日本の脅威を排除出来ると考えております」
防衛大臣がどこか上の空なスピーチを行い、統合幕僚長が微かに呆れたように鼻を鳴らす。
戦車や戦闘機を持ち出した所で、巨大生物を確実に仕留める保証はない。
しかし、仕留められないとも言いきれず、この根拠のない防衛大臣の科白を否定する事も出来なかった。
何より、仕留められればそれに越した事はないし、仕留められなければ、いよいよ拙い事になる。
「怪獣の様子はどうなってますか?」
閣僚のひとりが誰に向けるでもなく言うと、多数連なるモニターの中で、最も大きな画面に巨大生物が大写しになる。
3日前に明治神宮の緑地に居座ってから、体勢はほとんど変わっていなかった。
「あれから72時間が経とうとしていますから、やはりバイオリズムというより失った体力を回復している最中と考える事が出来るでしょうな」
巨大生物の生態や対処に関して助言を求められる立場の関東大学の教授達だが、当然、こんな未知の巨大生物の事など全く分からない。
それでも、政治家や軍属よりは正解に近いところを言い当てられるだろう、程度の認識だ。
事実、巨大生物が体力を回復すれば、今度は元気いっぱいで動き回る事になるだろうとの学者陣の予想に基づき、自衛隊による総攻撃は目一杯急がされていたのだ。
「代々木、大久保、代官山、青山、四谷、各方面戦車部隊配置完了。陸上自衛隊各連隊、各中隊、作戦計画に基づき展開完了。一部は既に所定の行動を開始しております。横田、百里より航空部隊、作戦空域へ移動開始。到着は作戦開始の30分後、1600を予定しております」
全情報を統括するパソコン端末のオペレートを行う、制服姿の自衛官が報告を行う。
大画面が巨大生物の中継映像からダークグリーンの戦略画面に切り替わり、各自衛隊の戦力が地図上で、三角形の光点で表示されていた。
「住民の避難は…………」
「埼玉の連隊が受け持っています」
「後30分しか無い……」
「可能な限り捜索するしかありません。怪物は、今この瞬間に動くかもしれないのですし」
「単なるアリバイではありませんか? そもそも私は、この生物の対処にはもっと検討を重ねるべきだと――――――――――――」
多くの人的、物的被害を出すと分かり切っている作戦を前に、閣僚たちは戦後の責任問題を見据えて腹の探り合いを始めていた。
そして、そんな自己保身しか見えていない閣僚達を他所に、退席して大会議室を出た在日東米軍の司令官は、懐から携帯電話を取り出す。
「…………間もなく始まるようです。……ええ、通達は済んでおります。情報は全て……各基地に秘密裏に収容出来るよう手配を……」
日本全土で通信規制がかかっていても、一部の人間の携帯電話は別だ。
指令の端末は特に、最優先で本国との通信が確立出来るようになっていた。
「はい、その時は勿論、最優先すべきは……我が国の兵士は他人の国の為ではなく、我が国の為に命をかける。当然の事かと」
在日東米軍の司令官――――――空軍中将――――――ともなると、命令できる人間は数えるほどしかない。
日本の閣僚だけではない。どんな形であれ、戦後に備えているのは、この国の人間だけではなかった。
◇
羽田に巨大生物が上陸してから、4日後。
午後3時33分。
当初、組織立って一般市民の保護と避難誘導を行っていた警察ではあるが、厳格な指揮命令系統も長くは維持しなかった。
警官といっても、軍人や自衛官とは違う。本当の意味で職務に命を捧げる事の出来る警官は多くなく、巨大生物の姿を見た途端、逃げ出してしまった者がいるのも、仕方が無いと言えば仕方なかった。
怪生物の襲撃や避難して来た一般市民の飽和、致命的な人員不足で機能しなくなった警察署も出始め、警察組織自体が崩壊しかけている一方で、独自の判断で一般市民を守ろうという警官も確かに存在していた。
特に都心は、その傾向が顕著に出ていた。
「マジカルスラーシュ!!」
「うぉおおおおお!!」
「トリアちゃーん!!」
魔法の伸縮式警棒が、嗤った様に顎を開く怪生物の横っ面を殴り飛ばした。
秋葉原の路上ライブのような歓声が上がっているが、現場はかなり拙い事になっていたりする。
50人近い避難中の一団は、100体以上の怪生物の群れに追われていた。
港区は恵比寿。
近くにある学園地帯に避難していた人々を脱出させ、南へ向かう人々を守る警官隊15名を率いる魔法少女。
ボリュームのあるプラチナブロンドを幾房もの縦ロールにしている、パッチリとした目に顔の輪郭も柔らかく、幼い顔立ち。
オレンジのワンピースに白いマントを羽織る、一見して小学生くらいに見えるこの少女こそが、巷で噂の魔法少女刑事、『トリア・パーティクル』であった。
公務員だ治安維持が仕事だ、と、警察ばかりも責められない。
既に限界だったのだ。
異常で奇妙な事件が世間で多発し、前例の無い事例の数々に警察官は振り回され、先の吸血鬼の騒動の時点で、警察組織はガタガタになっていた。
そこに来て、今回の巨大生物の襲来に、大量の怪生物の発生。
言うなれば「割に合わない」事この上なく、安定した公務員生活と、恩給によるゆとりある老後だけを夢見て警官になった人間に、耐えられる筈もなかったのだ。
通常、部隊の2割が戦闘不能になった時点で、その部隊は機能しなくなると言う。警察の人員損失はそれ以上であり、多くの警官が指揮命令系統を失い孤立した。
そこを纏めたのが、魔法少女刑事だった。
魔法少女刑事の中のヒト、三条京警視が管理官代行として、最初に事態の収拾に赴いた警視庁管内の警察署がいきなり崩壊しており、内部には避難して来た人間も多く、外からは怪生物もやって来る。
事態は急を要し、普通の警察官としての対応を早々に諦めざるを得なかった三条警視は、魔法少女と魔法の警察手帳の力で孤立した警官を逐次吸収し、幾つもの混成部隊――――――管轄、部署を問わず――――――を作り人命救助に当たらせたのだ。
魔法の伸縮式警棒を振り上げ、人々を率いる姿は小さなジャンヌ=ダルクの如しだったと後に警察関係者の間で語られる事になるが、それはさて置き。
そうしてある程度自衛が出来る集団を作り出した魔法少女刑事は、それらを東京脱出のルートに乗せ送り出し、自身は次の孤立警官達を集めに行く。
その過程で渋谷に近い学園地帯に数十人の人間が避難しているのを知り、大慌てで彼らを引き連れ南下していたのだ。
何故なら、その学園地帯は自衛隊の対巨大生物作戦地域の中に入っていた。
警官達の拳銃、回転拳銃のニューナンブM60やS&W M36が次々と発砲される。
中目黒から大崎方面へ、山の手通りを走る50人以上の集団は、バラバラになりかけていた。
「クソッ! 死ね! 死ねぇ化け物が!!」
「全員走れ走れ! とにかく逃げろ!!」
何の支援も移動手段もなく、50人という人数は避難させるには多過ぎた。
人々を庇いつつ、警察のこれまでの歴史で使用した弾丸の数を遥かに上回る勢いで拳銃を撃ちまくる警官達だが、4腕4脚の怪生物は2メートルを超える巨体に合わない素早い動きをする為、中てるのも難しい。
また、当たったとしても9ミリ弾では効果薄だった。
「キャァアアアアアアア――――――――――!!!」
「うわッ!? わぁああああ!!」
警察官の健闘虚しく、逃げ遅れた順に一般市民が怪生物に捕まっていく。
即座に、警官2名が警棒を引き抜き、一般市民にしがみ付く怪生物を何度も殴りつけ、蹴飛ばして引き剥がす。
そうしている間にも、他の怪生物に市民が襲われていた。とても手が追い付かない。
「マジカル! ダブルマグナム!!」
飛び上がった魔法少女刑事は、両手持ちした2丁の回転拳銃を連続で撃ち下ろす。
白い体液を噴き出し倒れる怪生物を他所に、魔法少女刑事は腕に装着した身体を覆うような透明の防弾盾で、他の怪生物に体当たりをかけ、魔法の伸縮式警棒を引き抜きざまに、居合抜きのように怪生物を打ち抜く。
「やったーカッコイイー!」
「暴力幼女萌えぇええりゃぁあああああ!!」
「あなた達もさっさと逃げなさい! 回り見えてるの!?」
こんな状況でも秋葉系男子は動揺せず、何故か魔法少女刑事に固定ファンが付いていたが、本人としては応援(?)よりもさっさと避難してくれないと、動き辛い事この上ない。
幼い顔で怒鳴りながら、魔法少女刑事は拳銃の弾倉を解放。
10発分の薬莢が排莢され、弾倉が戻されたと思ったその時には、既に弾丸は再装填されていた。
見れば、そこら中で市民が襲われている。
魔法少女刑事は2丁の銃を見るが、正直に言ってこの状況では頼りない。
とても無理だ。一体いつの間にここまで数を増やしたのか。怪生物の方が避難住民と警官を足した数より多いのだ。現実的に、喰い止め切れるものではない。
一瞬だけ、何もかもを諦めてしまいそうな脱力感に襲われてしまう。
だが、魔法少女刑事に、いや警察官である三条京に選べる道などありはしない。
力尽きるまで、可能な限り人々の避難を助けるのだと、開き直るしかなかった。
何故ならば、自分は警察官なのだから。
「フウッ! ぅヌウ!!」
小さな魔法少女は拳銃を口に咥えると、魔法の伸縮警棒を翼のように広げて人々の頭の上を飛翔する。
「トリアちゃーん!!」
「頑張れトリアちゃん!!」
この状況でもファンを辞めずに応援を続ける方も熱が入る。萌え系というか、燃え系。ある意味見事なオタク根性。
魔法少女刑事は警官に咬みつく怪生物に飛び蹴りを入れると、魔法の腰ヒモで怪生物を3体纏めて縛りあげ、間を置かず次に向かう。
目線の高いポジションから他の警官を援護射撃し、魔法の手錠で行動を縛り、魔法の伸縮式警棒の連撃で怪生物をボコボコに。
だが、ほとんど焼け石に水の有様。
「みんな逃げて! ここは…………この魔法少女刑事! トリア・パーティクルに任せて!!」
血迷って成ってしまった魔法少女ではあるが、もはや自身、縋るのはコレしかなかった。
滝の水を手の平で受け止めるように、小さな魔法少女は歯を食いしばって無謀な戦いに挑み続け、
「往くでござるよ、ストーン殿! 秋山殿!!」
「うわ面倒臭ぇ! 一番多く倒したヒトに後で奢りねイェアァアア!!」
「またハズレっぽいデース! 腹いせに全滅八つ当たりデスねー!!」
そこに、アスファルトを盛大に打ち鳴らして2頭の馬が突っ込んで来た。
逃げ惑うヒトの流れに逆流する3人の魔法少女、ビキニカウガールのレディ・ストーン、鎧武者の島津四五朗、巫女侍の秋山勝左衛門は、各々の得物を手に交戦圏内に突撃する。




