0031:猪巫女侍を放し飼いにしないでください
魔法の投げ縄で小さな女の子を引っ張り上げたビキニのカウガール魔法少女は、その子を鞍の前にスポッと収めると、怪生物も放置車両も纏めて白馬で飛び越える。
怪生物達は4腕を伸ばし、疾走する白馬と少女達を捕まえようと、馬にも劣らない速度で追い縋った。
速力では白馬が勝るが、4腕4脚全てを移動に使える怪生物は、走る地形を選ばない。
放置車両の上を平地のように走り、ガードレールを物ともせずに越えてくる怪生物は、背後だけではなく左右からも白馬の少女達に接近し、
そこに、白馬と正面衝突する勢いで、栗毛の馬を駆る赤備えの鎧武者が突っ込んで来る。
「往けッ、剋天!!」
鐘を鳴らすかのように澄んだ響きだが、気合の入った咆哮は、気持ちの悪い怪生物の鳴き声の比では無い。
槍を背負った騎馬武者は、白馬のビキニカウガールと接触するギリギリ脇を走り抜け、追いかけて来た怪生物を2匹纏めて槍で突き通す。
それだけでは飽き足らず、鎧武者の魔法少女は槍にブラ下がった邪魔モノを強引に振り払うと、8肢を広げて飛びかかって来る怪生物のど真ん中を貫いた。
「やったー四五朗グロかっこいー!!」
「アホな事言ってないで! まだ終わってないでござるよ!!」
部活で剣道をやっている剣道少女の島津四五郎は、腹で声を出すことを知っている。
そして言われるまでもなく、ビキニのカウガールも油断はしていない。と言うより出来ない。
軽い科白とは裏腹に、いつもの陽気な笑みも緊張と怖気で引きつり、手綱を握る手に力が入っている。
それでも、怪生物が飛び込んできた鎧武者に群がろうとすれば、ビキニカウガールは馬を回しながら腰のコルトSAAを抜き放ち、超高速の6連射。
リボルバーの弾を撃ち尽くしたと思ったその時には、ショットガンを既に構えており、別の怪生物を撃ち倒す。
発砲音に、ビキニカウガールの懐に居た小さな少女は目を丸くしていた。
鎧武者の少女が駆る馬が前足で大きく跳ねると、まるで人間が打ち下ろすかのように前足を怪生物に叩き付け、暴れる馬上にあっても鎧武者の少女は左右二匹に槍を打ち込み、刀で斬り伏せる。
その鎧武者に別の一体が飛びかかるが、ビキニカウガールが手斧を投げつけ空中で叩き落し、地面に落ちた所をライフルで撃ち抜いた。
「な、なに!? 誰!!?」
「スゲェー!!」
一瞬で蚊帳の外に置かれた人々は、乱入して来るや怪生物相手に暴れ回る騎馬とカウガールに歓声を上げる。
奇抜な格好だとか武器を持っているとか、そんな事は今はどうでもいい。
絶望的な状況下から生きる希望が生まれた彼らは、逃げる事も忘れて放置車両の陰から馬上の少女達の姿に見入り、頭上から新たな脅威が迫っているのに気付かなかった。
「クサ……まーくん、なにこの臭い……?」
「はぁ? …………ぁ、あ!? ぉああああああ!!?」
大学生くらいの男女が悲鳴を上げて、ようやく他の人間も、それに気付いた。
いつの間にか間近まで迫っていた三体の怪生物は、逃げ遅れた人々を取り囲み、品定めするかのように低く唸っている。
筋肉で膨れ上がった怪生物は、対照的に枯れ木の如き4腕4脚で放置車両から滑り降りると、嗤った形に裂けている大口を開いて、ワイシャツ姿の男性に咬み付く、
「くっ――――――――――ったばるデース!!!」
直前に、のっぺりとした怪生物の脳天に3尺3寸の大刀が振り下ろされ、あまりの力にアスファルトに沈み込んでいた。
新たな闖入者に怪生物が振り向くと、目の前で猛獣のように牙を剥き出しにした美貌の巫女侍が、大刀を振り上げている。
身を守る為ではなく相手を捕らえる為に、矢のような勢いで4腕を突き出す怪生物だったが、巫女侍は完全にそれを無視して相手を袈裟斬りに。
勢いあまり、怪生物のすぐ後ろにあった軽自動車をも木っ端微塵に打ち砕く。
飼い主不在で手綱を握る者の居ない巫女侍は、続けてもう一匹の怪生物へと殴りかかり、他方では鎧武者とカウガールも次の獲物を仕留めていた。
◇
3日前の夕刻になる。
『先に大騒ぎを起こせば、警察も自衛隊も動きやすくなると思う。各人、家に帰らない場合はあたし以外と合流のこと』
旋崎雨音のメールは、いつも用件以外の事は書かれていない。
だが、重要な件ならば電話にするか、もっと他にメールで記しておくべき事もあるだろうと、受け取ったカティーナ=プレメシスは思わずにいられない。
雨音からの電話を取らなかったのはカティだったが。
故に、自業自得とは言わないが、メールを見た直後からカティは猛ダッシュである。
羽田空港で魔法少女のAC-130が落とされた事により、巨大生物の存在と脅威を疑う者は居なくなっていた。
東京羽田から離れているここ室盛市でさえ、全ての人々が駆け足で動き回り、テレビや携帯電話では非常時の放送が行われている。
それは、東京大田区の住民は警察の誘導に従い即時避難しろという命令。その周囲に住む人間へも、避難勧告を出すと言うものだった。
もはや見て見ぬ事など、誰にも出来ない。
少し考えれば、巨大な生物が気紛れにどこへ行くか分かったものではないと、誰にだって分かるのだから。
東京都心ほどではなかったが、室盛でも交通の混雑は始まっていた。
信号は無視され、車道でもお構い無しにヒトが駆け回っている。
動かないバスの中には、窓に押し付けられるほどに乗客が詰まっていた。
そして、カティはそれら一切を無視して、一心不乱に走っている。
それで羽田まで行く気か、と突っ込みを入れる冷淡少女は、今はここには居なかった。
「ふぇえええ……アマネ! アマネー!!」
号泣しながら走る可憐な金髪少女はかなり目を引く存在だったが、この状況では気にする人間はほとんど居ない。
また、カティも雨音以外の事は考えていない。
足が動かなくなるまで走り続け、蹲った所でようやく自分の魔法を思い出し、マスコット・アシスタントのお雪さんに大刀『深海』を持って来てもらったのだが。
「勝左衛門さま、雨音さまはどうされたのですか?」
そこで、いつも一緒の親友の事を問われ、カティはまた泣き出してしまう。
ワケが分からず、カティ至上主義のおっとりお姉さんは、珍しくオロオロしていた。
その後、巫女侍の秋山勝左衛門へと変身したカティは、雨音の向かった羽田空港へ、人間を超越した速度で駆けて行く。
だが、どれほど速く走っても過去には戻れず、既に黒アリスは行方不明となり、羽田空港のある区域では警察と自衛隊が展開を始めていた。
それでも丸二日、カティは修羅場と化した羽田周辺を闇雲に走り回ったが、結局雨音は発見出来ず。
同じように、黒アリスを探してゴーストタウンと化した街に到着したカウガールと鎧武者に遭遇し、今に至っていた。
◇
「ママー!」
「さりり! す、すいません、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございました・・・・・・!」
白馬の騎士ならぬビキニのカウガールから、4~5歳と思われる小さな少女は母親の手に返された。
とりあえずは怪生物を駆逐した、ビキニカウガール、鎧武者、巫女侍の、3人の魔法少女。
助けられた8人のうちの一人。壮年のカメラマンは無意識に、一枚の絵かコミックの一コマの様に居並ぶ、特別な少女達をファインダーに収めていた。




